第5話 死竜を探せ
「眠い。もう限界だ」
みんなと別れてから学院寮に真っ直ぐ帰宅した俺の眠気は、まさにピークを迎えていた。
幸いにも約束した待ち合わせまでは時間はたっぷりとある。
いまは疲れ切った体を休めることに専念しよう。
その後のことは夜になってから考えればいい。
何人かの生徒とすれ違い足早に自分の部屋に入ると、制服のまま一直線にベッドへ飛び込む。
意識を手放すのにそう時間はかからなかった。
◇ ◇ ◇
その日の夜、俺は集合場所へと向かった。
早めに起きて準備を進めていたが、予想以上に遅くなってしまったようだ。
「アル、遅刻よ。何かあったの?」
セシリアが駆け寄ってくる。
その後ろにはみんなの姿が見えた。どうやら全員揃っているようだ。
俺はごめんと謝って輪の中に入る。
これが平常だとでもいうように俺を咎める者はいなかった。
俺を待っている間もセシリア、ミリアム、ブレンダは女同士でおいしいお茶の話に花を咲かせていたらしいし、ハロルドとロイドは剣術について会話が盛り上がっていたようだ。
ここはウルズの町の西側にある冒険者区。
この道を真っ直ぐ進めば、雰囲気はがらりと変わる。
近くの酒場には明かりが灯り、中からは喧噪が聞こえてくる。
仕事を終えた冒険者が酒を酌み交わしているのだろう。
通りにもまばらだが人の往来はある。
時間と場所が場所だけに、俺たちはそれぞれ制服から私服に着替えている。
こんな時間に制服は逆に怪しすぎるからだ。
俺は爺さんのお古の革鎧を身につけていた。
セシリアとブレンダも、平民に近い服装だが上品さは隠しきれていなかった。
スカートでなかっただけ良しとしよう。
ロイド、ハロルド、ミリアムも問題ないだろう。
「それにしても、みんなよく家を抜け出せたな。正直、俺しか来なかったなんてオチも想像してたよ」
学院寮にも門限はある。
しかし寮母のおばさんは早寝早起きが習慣の人だった。
門限を過ぎたら点呼をとって、そのまま自分の部屋へと戻りすぐ就寝する。
俺を含む何人かの寮生は寮母の行動パターンを把握して、たまにこっそり抜け出すことがあったりする。
今夜も同じ要領でここへ来たのだ。
もっとも、俺は夜の仕事のせいでそれが常習化している。
俺が懸念していたのは他のみんながどうやって家を抜け出すのかだった。
「わたしは……えっとね、どうやって口実を作るか考えてそわそわしていたら、下の姉様が勘違いして手伝ってくれたの」
「勘違い? いったい何のだ?」
下の姉というと、セシリアは三姉妹の末っ子だから二番目の姉か。
俺も顔は知っているが、ちゃんと話したことはないな。
セシリアが思い出したように含み笑いをする。
「恋煩いと勘違いされちゃったの。ねぇ、おかしいでしょ? それで逢い引きしに行くと思われて、姉様が私に任せてなんて張り切っちゃって」
「なるほど。でも姉さんに勘違いされたままだと、あとでややこしいことにならないか?」
「そうなのよ。何かうまく誤魔化す方法はないかな」
「俺も一緒に考えてやるよ。寮母のおばさんに叱られた時、いままで百通りの言い訳で切り抜けてきたからな。その経験が役に立つ時がきた」
「もう! アルの言い訳と一緒にしないでね」
同じく貴族のブレンダとハロルドだが、こいつらも簡単に出てこれたらしい。
「父が帰宅していたけれど兄二人と内緒の話をしてたみたいだから、その隙にこっそり屋敷を出てきたわ。父もあたし一人姿が見えないところで、気にも留めないわ」
確かブレンダは兄妹が多かったな。
兄が二人に姉が二人、それと幼い妹が一人だったか。
前に見かけたときは、元老院議員の親父さんはブレンダを一番溺愛しているように見えたけどな。
お兄さん二人は政治家だったはずだから、内緒の話ってのは仕事関係のだろう。
「本来、この時間は明日の予習をしているんです。だから部屋の窓から外に出るのは簡単なんです。貴重な時間を使っているので、闇夜の死竜にお目にかかれないと割に合わないですよ」
ハロルドは子爵家の一人息子だ。親からの期待も大きいに違いない。
毎日学院から帰宅すると夕食の時間まで剣を振り、食後は趣味の読書、深夜は勉強をしていると前に聞いたことがある。
ちゃんと寝ないと大きくなれないぞ。
「私もなんとか出てこれた……かな?」
ミリアムが自信なさげに言った。
「かな?」
「あ、うん。寝ている弟たちを起こさないようにって集中してたから、お父さんやお母さんにもしかしたら気付かれていたかも……」
「いや、それなら声かけられてるって」
ロイドに突っ込まれて、ミリアムは「あっ、そっかぁ」と照れ笑いする。
「それよか、俺なんか二重に苦労したんだぜ」
「あ、そうなのね。それじゃ、みんな今日の行動だけれど――」
「ちょ、待てーい! ブレンダ俺の話を聞け、それと今日仕切るのは言い出しっぺの俺だ」
自分の話を聞いて欲しそうなロイドが俺に目配せしてくる。
「わかった。ロイド言ってみな。何が二重なんだ?」
「それがよ、親父と兄貴が寝静まるのを待ってだな――」
話が長かったのでまとめるとこうだ。
深夜に外出しやすくするため、工房から帰宅した鍛冶職人の親父さんとお兄さんを日頃の感謝と称して手料理を作って出迎えた。
次に二人に酒を勧め、べろんべろんに酔わせて寝かせつけた後、親父さんの懐から工房の鍵を拝借した。
最後に工房に侵入して必要なものを物色したのち、ここに至る。
「あなた正気? 犯罪者の素質があるようね。もう絶交しようかしら」
「いいのか、ブレンダ? 俺がおまえらのために危険を冒して用意してやったのによ」
ロイドはドヤ顔で、背中に背負っていた荷物を地面に下ろした。
金属音を耳にし、俺たちはその中身に見当がつく。
俺たちは今、剣を所持していない。これから危険な夜の町に繰り出そうとしているのにだ。
各自、愛用の剣は学院の教室で保管されている。
しかし、そこは言い出しっぺの鍛冶職人の次男坊。
「へっ、どうだ。親父の工房から人数分くすねてきたぜ」
地面に人数分の剣を並べる。
大きさや形状の違う六本の剣だ。
「やるな、ロイド。だけど詰めが甘い。親父さんたちが目を覚ます前に、これを工房に戻して鍵も返さなきゃならない。そこまでちゃんと考えてるか?」
「え?」
「「「え?」」」
ロイドの反応に、みんなが目を丸くする。
いやいやいや、ロイドくんさぁ。
「おバカ」
ブレンダがぽつりと言うと、ロイドはすべてを理解し膝をついた。
後のことなんて考えてなかったと。
復活の早いロイドが立ち直るのを待ってから、俺たちは剣に手を伸ばす。
俺が一番短い小剣を手にすると、ロイドが制止した。
「アル、ちょい待ち。その小ぶりなのはミリアムのだ。おまえはそこの長剣を使え」
「……なるほど、わかった」
使い勝手のいい小剣に思わず手が伸びたが、小柄なミリアム用にわざわざ小剣を用意したらしい。
ロイドのやつ優しいとこあるじゃないか。こういう気配りはできるんだよな。
「ミリアム、どう? 使えそう?」
ブレンダが心配そうにミリアムの顔を覗き込んだ。
「うん……思ったより軽くて握りやすい」
「だろ? 使い潰していいぞ。どうせ親父も数までは把握してない……と思う」
「バレたら親父さんに引っぱたかれるな。その時は俺も一緒に謝ってやる」
俺はロイドの肩を叩きながら言った。
「それで、今からどうやって探すのかしら? ちゃんと、考えてあるんでしょうね?」
ブレンダが剣帯に長剣を装備しつつ尋ねる。
「ああ、もちろんだ。闇雲に探しても、この広いウルズの町で闇夜の死竜と遭遇する可能性は低いと思ってる」
「そうね。だとしたら手分けして探す?」
そこで、一人だけ剣を手に取っていないハロルドが口を挟んだ。
「ちょっと待ってください。みんな当然のように剣を受け取ってますが、町の中での帯剣は法律に違反しますよ。もし巡回中の警官に見つかれば……」
「ハロルド、ここはどこかわかって?」
「冒険者区です……けど」
「冒険者なら剣を持っていても不思議じゃないわ」
「僕に冒険者のフリをしろと? ブレンダ、本気ですか?」
ハロルドは困惑しているようだったが、何が起こるかわからないのに丸腰は危険すぎるということも十分承知している。
身を守りたい時に、身を守る術がないのは致命的だ。
俺たち剣術学院の生徒のほとんどは魔法が使えない。ハロルドもその例外ではなく、剣のみが拠り所だ。
ブレンダが説得するまでもなく、渋々納得したようだった。
「ほらよ、これ使え」
「……何です? この古びた剣は?」
ロイドがハロルドに手渡したのは、余り物で年季の入ったくすんだ剣だった。
「見てくれはアレだけどよ、そいつは親父が打った業物だ。おまえなら使いこなせるはずだ。ちなみに他のみんなが手にしているのは俺が練習で打った剣だ。どうだ、俺も腕を上げただろ」
ロイドは肘をぐっと曲げて、二の腕を叩いた。
それを聞いたブレンダはそそくさと剣帯から剣を取り外し、ハロルドに差し出した。
「ハロルド、あたしそっちがいいわ。交換してくれる?」
「丁重にお断りします」
セシリアが最初に笑い、つられてみんなが吹き出した。
そんなこんなで、俺たちの準備が完了した。
ロイドの計画では二人のペアを三組作り、捜索の範囲を広げるのだという。
目的は闇夜の死竜を見つけること。
ただし、見つけたら何をするかまでは考えていなかったようだ。
とにかく実物をこの目で拝みたい、みんなそう考えているらしい。
ペアはじゃんけんで意外とあっさり決まった。
そうして決まったペアは、ロイドとハロルド、ミリアムとブレンダ、そして俺とセシリアだ。
うん、偶然の組み合わせにしては戦力のバランスが取れているのではなかろうか。
グラナート流中級のハロルドに、剛の剣ザルドーニュクス流初級のロイド。
守りに長けたディアマント流ではあるがミリアムの腕だと不安が残る。
しかし技巧に優れたザフィーア流初級の使い手、ブレンダがいるなら適切なフォローができるだろう。
そしてグラナート流初級のセシリアには同じくグラナート流初級の俺だ。
まあ、実際のところ俺はアレクサンドリート流上級なんだが、それは双剣あっての話だし、そもそも俺が闇夜の死竜と呼ばれる本人だとは誰も思っていないだろう。
「それじゃあ、行動開始だ。闇夜の死竜を探せ」
ロイドが宣言する。
俺はみんなが怪我をすることなく、無事に明日を迎えられることに気を巡らせていた。
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