第4話 五年風竜クラスの六人
授業が終わり帰路に着く俺たち。
俺以外の仲間はみんな家から通学しているが、俺は別の町出身なので寮生活だ。
なぜ地元の剣術学院に入学しなかったかというと、ここが名門と呼ばれる由縁、ウルズ剣術学院が過去に剣聖を輩出したことがあるからだ。
もちろん決めたのは俺の両親と爺さんである。
アステリア王国内在住で満十二歳を迎えた者は、貴族平民の身分を問わず、入学試験に合格さえすれば無償で入学することができる。
六年制で一クラス二十人の生徒が在籍し、一学年につき十二クラスがある。
全学年を合わせると生徒の数は千四百人を越え、アステリア王国内でも二番目に規模は大きい。
途中まではみんな帰る方向が同じなので、おなじみの面子が勢揃いしていた。
俺の隣には保護者兼、世話係兼、姉兼、仲間――兼任させまくって、すまないな――のセシリアが並んで歩いている。
「そのベルト、気に入ってくれたみたいで良かったわ」
セシリアの視線の先には、俺の腰に巻かれたベルト。
先日の誕生日にセシリアからプレゼントされた品だ。
剣も装備できるようになっているが、もちろん今は帯剣していない。
町の中で帯剣を許されているのは、軍に所属する兵士と警官、それと冒険者免許を持った冒険者だけだ。
当然、むやみに抜剣することは法律で固く禁じられている。
「ああ、前のがかなりボロボロになっていたからな。買い換えようか迷ってたタイミングだったから、めちゃくちゃ助かったよ。改めてありがとうな、セシリア。俺も来月のセシリアの誕生日にプレゼントを渡したいんだけど、何か欲しいものはあるか?」
「アルがわたしにプレゼントをくれるの!? やった。アルが選んでくれたのならなんでも嬉しいわ」
俺の誕生日は十日前の風竜の月七日だった。
セシリアは来月の岩竜の月三日に十七歳になる。
古来、世界の暦は、
樹竜の月
氷竜の月
雷竜の月
風竜の月
岩竜の月
水竜の月
幻竜の月
炎竜の月
金竜の月
光竜の月
闇竜の月
死竜の月
と、十二の月に分かれていて一年が三百六十五日ある。
各月が三十日まであるが、例外として雷竜の月だけ三十五日まで存在する。
この名称は大陸で古くから伝わる、〈神器〉を守護していたという十二神竜と呼ばれるドラゴンの名からきている。
現在広く知られる話では、樹竜から順番に交代で〈神器〉を守護する決まりになっていたにもかかわらず、四番目の風竜が五日も遅れてやってきたので雷竜の月は三十五日まで存在し、その上風竜はちゃっかり三十日その場に居座ったのでこうなったとされている。
その際、待ちくたびれて怒った雷竜は稲妻を落とし、それがこの地にできた広大な裂け目になったそうだ。
俺とセシリアの後ろに続くのは、ロイドとハロルドだ。
「なぁハロルド、この後うちに寄って剣の稽古に付き合ってくれないか?」
「嫌ですよ。僕は自分のペースで鍛錬を積んでいますし、明日の予習もしないといけませんから」
「おまえは真面目か」
「ロイドよりは真面目だと自負していますよ」
「るっせぇ……」
さらに後方には小柄な少女ミリアム・マーキアと、同い年ながら妙に大人びてメリハリの利いた体型のブレンダ・アーベントが歩いている。
ミリアムは平民出身のパン屋の娘で、青みがかった黒髪を後ろで二つに分けて結んでいる。
趣味は綺麗な魔鉱石を集めることで、冒険者をしている俺の爺さんがたまに土産として送ってくるものを分けてあげると喜んでくれる。
爺さん曰く換金すると小遣い程度になるらしいが、学費が無償な上食事付きの学院寮に住んでいる俺は金に不自由していないし、魔鉱石に興味はないので構わない。
歩みの遅いミリアムに合わせて足を進めるブレンダは貴族の家柄で、彼女の父はセシリアの父ダグラス将軍と肩を並べる政財界の大物だ。
ブレンダの使うザフィーア流剣術は、優雅さと気品を備えている。
見ていて惚れ惚れするような剣捌きだ。
「ブレンダちゃん、午後のブランドン先生の授業……わかった?」
「一応ね。ハロルドほど理解はできてないけれど、まぁ問題ないと思うわ」
「ブレンダちゃんは頭いいもの。私もロイドくんと同じで四年生の内容なのに忘れちゃってたよ。家に帰ったらちゃんと復習しなきゃ」
「ミリアム、自分の頭をロイドと同じだなんて卑下するのはやめなさい。あなたはもっと賢い子よ?」
ブレンダはミリアムの髪を撫でると、前を歩くロイドに聞こえるように言った。
それを聞いたロイドは黙っていない。
「ブレンダぁ? そいつは聞き捨てならないな。それじゃ俺がバカって聞こえるんだが?」
「あら、そう言ったつもりだけれど伝わってなかったかしら?」
「こ、この野郎……」
二人のやり取りはいつものことだ。
この不毛なやり取りは両者が飽きるまで続く。
立ち止まって振り返った俺はロイドの肩に手を置くと、笑いを堪えながら真面目くさった顔で告げた。
「ブランドン先生の言ってたとおり勉強にも力を入れろ。おまえだけ六年に進級できないなんてことになったら俺は泣くぞ。大丈夫、ロイドなら必ずできる」
「何を根拠に言ってんだよ。アルも俺の頭の中身知ってるだろ?」
「ああ、そこには筋肉が詰まっているらしいな」
そこで俺が表情を崩すと、みんなが一斉に吹き出した。
「もう、アルったら笑わせないで」
「僕は頭痛がしてきたよ」
「ロイドくん、一緒に頑張ろ、ね?」
「次の試験が楽しみねぇ」
「いいんだっ、俺は気合いで乗り切るぜ!」
セシリアが目尻に涙を浮かべながらお腹を押さえ、
ハロルドが眉間を抑えながら首を振り、
ミリアムが駆け寄って励まし、
ブレンダが胸を揺らして笑い、
ロイドが駄目なほうへ決意を固めた。
ウルズ剣術学院での成績は定期試験の結果と生活態度などが加味されて総合的に評価される。
定期試験は剣術の実技と一般教養や歴史などの学科があり両方の総合点で評価されるが、ロイドの場合実技で学科をカバーしているようなものだ。
しかもロイドの場合その比率がとても大きい。
十二もあるクラスは成績順に上から、暦にちなんで樹竜クラス、氷竜クラス……と振り分けられていき、最後は死竜クラスとなっている。
俺たちは四番目の風竜クラスに在籍している。
現状、そこそこ優秀な成績を修めていると言っても差し支えないだろう。
したがって、ロイドが俺たちと一緒のクラスで六年生を迎えたければ、剣の稽古と並行して、いやひとまず剣術は置いといて勉強することが必須となる。
仲間の中でハロルドを除く全員が、一年生から同じクラスにいた。
飛び級したハロルドとは四年生からの付き合いになる。
ウルズ剣術学院五年風竜クラスでも特に仲のいい六人。
俺が大好きで一緒にいて楽しい、五年風竜クラスでも気の置けない仲間たちだ。
俺が物思いに耽っていると、いつの間にかみんなと別れる広場に着いていた。
会話のテンションが徐々に下がり、自ずとみんなの足が止まる。
また明日会えるとわかっているのに少し寂しく感じてしまうのは、俺だけではないはずだ。
「そういやよ、昨晩出たらしいぜ」
思い出したようにロイドが口を開く。
俺は視線をロイドに向けて聞き返した。
「何がだよ?」
「ロイドの言うことだから、どうせたいした話じゃないわよ」
「ブレンダ、てめー」
「まぁ、待ってやれブレンダ。嘆息するのは話を聞いてからでも遅くはないはずだ。笑えれば儲けものだ」
「アル、おまえまでっ」
ロイドは怒りを鎮めるように深呼吸し、手招きで皆を呼び寄せた。
訝しみながらも全員で輪になって集まる。
「いいか? 面白い話だから期待しろよ?」
「前置きはいいから、早く続きを言いなさい」
「ブレ……、いや、まぁ聞けって。今朝、親父の工房を訪ねてきた警官から聞いたんだけどよ、昨晩、闇夜の死竜が現れたらしい」
「「「――!?」」」
ひときわ目を光らせたのはハロルドだ。
普段の冷静沈着な姿はどこへやら、ロイドに詰め寄った。
「本当ですか!?」
「おっ、いい反応だぜハロルド。やっぱ興味あるよな、おまえは」
「当然です。ウルズの守護神、神出鬼没の英雄ですから」
「えらく持ち上げるねぇ。俺らの中じゃ剣術で一番のハロルドなら気になるか」
「ええ、そう……ですね」
ハロルドはグラナート流剣術の使い手で、中級試験に合格するほどの腕前だ。
冒険者や軍に配属された大人とも十分渡り合える実力を持っている。
ウルズ剣術学院が卒業までに初級試験の合格を目標に掲げていることからも、その力量はずば抜けていると言っていい。
「俺らの中じゃ唯一の中級だもんな。俺も卒業までには中級取りてぇ!」
「あなたは無理。強くなりたければ頭も鍛えなさいね」
ブレンダはブランドン先生の言葉をロイドに深く突き刺した。
「唯一の……か」
ハロルドは小声でつぶやくと、俺のほうへ目をやった。
そこで俺を見られても困るんだけどな。
「ん、どうしたハロルド? 可愛らしい女の子ならいざ知らず、男から熱い視線をもらうと寒気がする」
冗談めかして言うと、俺の脇腹をセシリアがつまんでねじり上げた。
ぎゅ、て音した。ぎゅって。痛い。
すると、今度はブレンダがセシリアとミリアムの間に割り込んで、二人の腰に手を回した。
「あら、アル。ここにクラスメイトの可愛い女の子が三人もいるのに、他にどんな子から熱い視線っていうのを送られたいのかしらね?」
「じょ、冗談だよブレンダ。セシリアも手を離してくれる? ね?」
べーっと舌を出して、セシリアはようやく俺の脇腹を解放してくれた。
ハロルドはまだ俺を見つめていた。
何か思うところがあるらしい。
だいたい察しはつくが、ここでは黙っておこう。
やがて、諦めたようにハロルドは俺から視線を外す。
「おーい、話を戻すぞ。その警官の話だと、町の中に怪しいヤツが潜んでるらしくてよ」
(口の軽い警官もいたもんだ。取りあえず、ロイドの話を最後まで聞いてみるか)
「でだ、ハロルドじゃなくてもみんな闇夜の死竜が気になるよな?」
俺とロイドを除く四人が無言でうなずいた。
みんな興味があるらしい。
そこで、ロイドから不意打ち気味に打ち明けられる。
「今夜、闇夜の死竜を俺たちで見つける。どうだ?」
ロイドは白い歯を見せて告げた。
面倒なことになったと俺は思った。
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