第103話 デスの行動

 《ドラゴニックモード》を使ったあとの記憶はほとんどないが、破壊の神デスを追い詰めたのは確かなようだ。

 だが、アーシェに大怪我をさせてしまった。


 周りを見るが、ティアやエステル、マリーさんやゴリラスも傷ついている。

 前方には破壊の神デス本体と戦っているウェイン王子がいるが、もう限界のようだ。

 俺は近づいて行った。


「くっ……! シ、シスン!? おまえ、《ドラゴニックモード》を解除したの……か!?」


 ウェイン王子は疲れているにも関わらず、驚きの声を漏らした。


「ええ、大切な仲間に助けられました」

「馬鹿な……! 歴史書にも解除方法など記されていなかった……!」

「……歴史書?」


 やはり、ウェイン王子は《ドラゴニックモード》によるドラゴン化を知っていたか。

 しかし、その解除方法までは知らなかったようだな。

 それで自分は使わなかったのか。


「あとは俺に任せてください」

「ふざけるな! あと一歩だぞ? 手柄をおまえにくれてやるわけにはいかん! 見ろ、アレはもう死に損ないだ」


 確かに本体には大きな穴が開いて血がドバドバと流れている。

 触手が全滅した今、攻撃手段がないように見える。

 しかし、油断はできない。

 剣の神は破壊の神デスを滅ぼすには《星河剣神》が必要だと言った。

 なら、本当の戦いはこれからだと言うことだ。


 俺はこの戦いで《星河剣聖》を二度使っている。

 今までならそれで体力が尽きていたが、ドラゴン化した影響か、最初の分の疲労は回復している。

 つまり、実質さっきの八本目の触手に放った一回分しか消耗していない。


 ということは《星河剣神》を使えるだけの力もまだ残されているということだ。


「どけ、各国の軍もこの戦いを見ている。俺が力を示さねばならんのだ」


 俺を押しのけて破壊の神デスに向かって剣を振り上げる。

 その瞬間、破壊の神デスは体当たりを敢行した。

 予想しなかった挙動にウェイン王子は宙を舞った。

 しかし、地面にぶつかる寸前にアルスたちが駆けつけて、身を挺して庇った。


 次に破壊の神デス本体は奇妙な動きをした。

 穴がさらに広がり血が噴き出したのだ。


「なんだ、これは! ふははははっ、力尽きたかバケモノめ!」

「いや、なんだか様子が変です! 迂闊に近寄ってはいけない!」

「うるさい! 最後のトドメは俺が刺す!」


 ウェイン王子は俺の忠告を無視して走り出す。


「これで、終わりだ!」


 剣を振り下ろした。

 しかし、その剣は何かに遮られたように途中で止まった。


「な、なんだと!?」


 破壊の神デス本体から、その穴の中から何かが飛び出して攻撃したのだ。

 黒い腕のようなもの。

 いや、腕じゃない。


 触手だ!


「まさか、体内にも触手があったのか!?」

「どういうことだ、シスン! 触手は【剣聖】のスキルで皆殺しにしたんじゃなかったのか!?」


 俺はウェイン王子の問いに答えることができない。

 目の前には人間の胴体ほどの球体に、八本の触手がついたものが姿を現わした。


 元の破壊の神デス本体は干からびたようにしぼんでいる。

 もう動く様子もない。


 こっちが本当の本体……なのか?


 得体の知れない球体は八本の触手を地に着け、それらを器用に動かしながら歩いて来る。


「弱キ人間ガ、ココマデ我ヲ追イ詰メルトハナ。少々、ミクビッテイタゾ」


 そして、喋った。


「誰だ、貴様は! 魔族の飼い慣らしたモンスター風情が!」

「ホウ、コレハ面白イコトヲ言ウ。魔族モマタ弱キモノ。コノ、『デス』ノ前デハ虫ケラニ過ギン」

「……デスだと? それが貴様の名か、モンスターよ!」


 デス……!


「モンスター風情が人の言葉を話すとは笑止! 消え去れ!」


 ウェイン王子がデスに攻撃を仕掛けた。

 だが、デスはそれを巧みに躱し、ウェイン王子の頭に覆い被さるように張りついた。


「ウェイン王子!」

「王子! 今行きます!」

「バケモノめ! 王子から離れろ!」


 飛び出したのはアルスたちだ。


「くっ……! 離れろ! 気色の悪いや……ぐぼおおっ!?」


 デスはその触手をウェイン王子の口に侵入させていく。


「王子っ!」

「アルス、こう密着されては手出しできん! くそっ!」


 八本の触手をすべてウェイン王子の口内に侵入させたデスは、その体であるらしき球体を変形させ滑り込ませるようにした。

 そうして、完全にデスの姿はウェイン王子の体内に侵入した。


「王子、大丈夫ですか!?」


 アルスが駆け寄った。

 だが、ウェイン王子は振り向きざま剣を一閃した。


 なっ……!?


「うああああああああっ!」

「アルスゥゥゥッ!」


 アルスの胸から血が噴き出した。

 カルスは剣に手をかけるが躊躇している。

 ウェイン王子は戸惑っているカルスに肉薄した。


「カルス! 避けろっ!」


 俺の声に反応したカルスだが、間に合わない!

 だが、ウェイン王子が途中で剣の動きを止めて、俺とカルスを交互に見やる。


「アルス! しっかりしろ! 死ぬなっ! 王子!? 何故です!?」

「ドケ、無力ナ人間ヨ。我ノ邪魔ヲスルナラ死ヌゾ?」


 カルスは動けない。

 目の前のウェイン王子の異変に気づいているし、なにより凄まじい圧を感じているのだ。


 ウェイン王子は俺の前までやって来る。


「デスか……! ウェイン王子に寄生したのか!」

「な、なんだと!? 【剣聖】! これはどういうことだ!」


 状況を受け入れられないカルスが戸惑っている。


「オマエノホウカラ来テクレルトハナ。人間、オマエハ覚エテイルゾ。ムカシ、我ガ殺シ損ネタ人間ダ」

「なん……だと?」


 俺を殺し損ねた?

 まさか……!


「剣ノ神ノ加護ヲ受ケテ生マレテキタ人間。我ノ障害トナル存在ダ」


 そうか……、おまえが……!

 《星河剣聖》で倒した八本目の触手がデスだったはずだ。

 だが、どういった経緯かは不明だが、ウェイン王子に寄生した本体の中から出てきたものは八本目の触手デスのようだ。

 それはつまり……俺の両親を殺したやつだということだ。


 しかし、そのことに対しての怒りはあまりない。

 俺が両親の顔はおろか声すら覚えていないからだ。

 十七年前、俺が赤ん坊だった頃の話だ。


「アルスッ!」


 カルスがアルスを抱き寄せながらもウェイン王子……いや、デスの動向を気にしている。

 アルスはどうやら一命を取り留めたようだ。

 さっきカルスがポーションを飲ませたのが効いたのだろう。


「我ガ、ココマデ消耗スルトハ思ワナカッタガ、オマエガ相手ダッタノナラ納得ハデキル」


 口調や声色は禍々しい気配を放っていて、ウェイン王子とは似ても似つかない。

 ウェイン王子は完全にデスに乗っ取られたようだ。


 だが、デスも力の大部分は失ったはず。

 ウェイン王子に寄生したデスを倒せばすべて終わるのだが、事はそう簡単ではない。

 普通の冒険者が寄生されたのではない。

 【勇者】のウェイン王子というのが問題だ。

 ウェイン王子の身体能力やスキルの力は大きい、それをデスが思いのまま操るというのは非常に危険だ。


 それに、デスと戦うということはウェイン王子と戦うということだ。

 現にカルスは剣に手をかけたまま動けない。


 俺は……ウェイン王子を斬れるのか?


「ドウシタ? 決着ヲ、ツケヨウデハナイカ。破壊ノ神デアル我ト、剣ノ神ガ選ンダ人間。ドチラガ強イノカ」


 そうだ、俺は剣の神に世界の命運を託された。

 ここで、こいつを止めなきゃすべてがなくなる。


 俺は剣を構えた。


「ちょ、ちょっと待て【剣聖】! 貴様、ウェイン王子と戦うつもりか!」


 カルスが厳しい口調で俺を詰問する。


「もう気づいているでしょう。こいつはウェイン王子の姿ですけど、中身は別人です」

「そんなことはわかっている! 十何年も王子に仕えてきたのだ! それでも……王子に手を上げるなどッ……!」


 そんなやり取りをデスは退屈そうに眺めている。


 デスとの戦い。

 おそらくギリギリの攻防になるだろう。

 予測しないタイミングでカルスが間に入ってくることは、どうしても避けたい。

 ならば、カルスを納得させるしかないか。


「できるだけ、ウェイン王子を傷つけずに戦います」

「無理だ! できるわけないだろうッ!」

「ウェイン王子の体からデスを引きずり出して倒します」

「だからっ……そんなこと――」


 カルスが言い終える前に、俺は周囲に対して圧を放った。


「くっ……!」


 圧を受け止められないカルスは地面に足が張りついたように動けない。

 これで俺が冗談で言っているのではないということと、実力を認めてくれればいいのだが。


「こ、これが……【剣聖】の力……なのか! ……確かに王子に並ぶ力の持ち主だとは認めよう。だがっ、王子を傷つけずに戦うなど……それは無理だ!」


 やはり、このくらいのことでカルスが引き下がるわけがないか。


「今からデスと戦いを始めますので、その場を動かないでください。巻き添えで怪我をしますから。それと、絶対に割り込んでこないように念を押しておきます。その場合、ウェイン王子の身の安全は保証できません」

「き……貴様ッ!」


 半ば脅しだが、こうでもしないとカルスの邪魔が入る。

 カルスはもの凄い形相で俺を睨むが、続く言葉が出てこない。



「ソレデ、話ハ終ワッタカ?」

「ああ。俺がおまえを倒す」

「面白イ、デハ始メヨウ」


 デスも剣を構えた。


 こうして、デスに乗っ取られたウェイン王子との戦いが始まった。

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