第29話 ナタリヤ平原の遺跡

 翌日、宿の一階にある食堂でアーシェとマリーさんと朝食を食べていると、二階からクラトスさんが申し訳なさそうに下りてきた。


「どうでしたか?」


 マリーさんが尋ねるが、クラトスさんは首を横に振った。


「起きる気配はなさそうだ。……すまない、我々だけで食事を済ませよう」


 朝食の時間になっても起きてこないエステルさんを心配して、クラトスさんに様子を見に行ってもらったのだが、まだ寝ているようだった。

 いくら仲間だとはいえ女性の部屋に入るわけにはいかず、扉越しに声をかけただけのようだ。


「私見てくるわ」


 一足先に食べ終えたアーシェが、軽快な足取りで二階の階段へと向かう。

 やがて、真上からドタバタと慌ただしい音が聞こえた。

 エステルさんの部屋は、丁度この真上にある。


「おいおい! 何やってんだ!? 大丈夫なのか?」


 クラトスさんとマリーさんが顔を見合わせる。


「心配しなくても大丈夫だと思いますよ」


 二人をちらりと見ながら、俺は肉を煮込んだスープをすすった。


 二階から響く音に他の客に朝食を提供していた宿の主人は顔を顰めるが、マリーさんが笑顔で頷くと途端笑みで会釈を返した。

 マリーさん、流石だなぁ。

 俺ではこうはいかなかっただろう。


 そして、俺の予想通りアーシェがエステルさんを背負って階段を下りてきた。

 エステルさんは毛布でぐるぐる巻きにされている。

 小柄なアーシェが芋虫状態になったエステルさんを背負う姿は、何だかおかしかった。

 マリーさんは口元を押さえて「ふふっ」と笑い、クラトスさんは眉間を押さえていた。

 当のエステルさんは、まだ目を瞑ったままだった。


「はい、エステル。お口開けてー。はい、あーん」


 アーシェは自分の隣にエステルさんを座らせて、その口にパンをちぎって放り込んだ。

 エステルさんは目を閉じたまま、口を動かして咀嚼する。

 そうして、ごくりと飲み込んだ。

 ……寝ぼけながらパンを食べている。

 アーシェは楽しそうだ。


 全員の食事が終わった頃、ようやくエステルさんは目を覚ました。

 何があったかクラトスさんから一部始終を説明されると、俺達に平謝りしていた。

 そして、俺達は支度を済ませて村を出た。




 ナタリヤ平原を真っ直ぐ進んでいくと、俺達は目的地の遺跡に辿り着いた。

 大昔の祭壇だったらしいが既に放置されて久しく、草は生い茂り地面の石畳は苔だらけで、まるで廃墟のように寂れている。


 その祭壇の手前には兵士が十人と、冒険者パーティーらしき集団が三組ほど立っていた。

 祭壇を取り囲むように配置されているので、おそらく見張りをしているのだとわかる。

 マリーさんが先頭に立って、兵士の隊長らしき人物に近づく。


「ここは国と冒険者ギルド管轄で立ち入りが制限されている。引き取ってもらおう」

「ご苦労様です。私はネスタの冒険者ギルド職員、マリーと申します」


 マリーさんは冒険者ギルドの職員証と、今回の依頼書を見せて説明していた。

 ほどなくして、俺達の目的を知った隊長は頭を下げた。


「これは申し訳ない。あなた方が遺跡研究者一行でしたか。マリー殿やエステル殿の顔を知らなかったとは言え、失礼しました」


 隊長の話では、地下ダンジョンが出現するまで長い間放置されていたので、この遺跡はモンスターの住処になっていたらしい。


 近隣の村人に採取クエストで同行していた冒険者が地下ダンジョンを発見し、近くの冒険者ギルドに伝えて、そこから国へ報せがいったようだ。

 そこで国とギルドは人員を派遣し、モンスターを一掃して地下ダンジョンに誰も立ち入らないように見張りを立てたというわけだ。


 地下ダンジョンはある日突然その姿を現わす。

 それがいつ、どこで出現するのかは誰もわからないのだ。

 また、誰がどういった目的で作ったのかも未だに解明されていない。

 世界各地にある地下ダンジョンは、元々何もない場所にある日突然出現したものだ。


 事前のエステルさんによる説明だと、魔法文明時代に作られたものが今になって何かがきっかけで出現したという説が有力なのだそうだ。

 確かに今の魔法では、こんなものを人工的に作り出すのは不可能だ。


 エステルさんは早速荷物から紙の束を取り出して、真剣な表情で何かを書き留めている。

 集中しているのか、誰の声も耳に入っていないようだ。

 研究熱心なんだなぁ。

 その隣のクラトスさんは、荷物を下ろして汗を拭っている。


「地下ダンジョンが出現したって聞いたけれど、どこにあるのかしら?」


 アーシェが誰に向けるでもなくつぶやいた。


「あそこに見える大きな柱の真裏です」


 エステルが作業に没頭しているのを見て、代わりにマリーさんが一際大きな柱を指した。

 祭壇を囲むように柱が七本建っている。

 その祭壇の中央に一際大きな柱があった。


「モンスターが出たぞ! 迎撃しろ!」


 突然、兵士のひとりが大声で叫んだ。

 その方向を見ると、八匹のダイアウルフが平原の東側からこちらに向かってくるのが見えた。

 唸りながら祭壇に近づこうとしている。

 一番近くにいた兵士が剣を抜いたが、少し及び腰になっていた。

 冒険者パーティーが駆けつけようとするが、俺がやった方が早いと判断する。


「俺に任せてください」


 言うや否や俺は周囲の安全を確認すると、《ファイアストーム》でダイアウルフを焼き払って全滅させた。

 兵士や冒険者達から、「おおっ!」とどよめきが起こる。


「す、凄いっ!」

「八匹をまとめて!?」

「それより、今の無詠唱じゃないのか!?」


 兵士と冒険者達が、驚きと称賛の声を上げていた。

 クラトスさんは、「道中での手並みといい、流石マリーさんの推薦だ」と感心していた。

 そうか……マリーさんがエステルさんに俺達を紹介したのか。

 俺の知らないところで、売り込みをしてくれているようだ。

 マリーさんが俺達の担当でよかった。


「シスンさん、いつの間に攻撃魔法を?」


 俺が《ヒール》以外の魔法を使えることを知らなかったマリーさんが、少し驚いた表情で尋ねてくる。


「エアの街で、偶然【希望の光】に会ったんですが、その時にいくつか魔法を教えてもらったんです」

「……それってここ数日で習得したってことですか!? しかも無詠唱なんて……」


 Sランク冒険者ともなると、無詠唱は然程珍しくないのか、それに関してはあまり驚いていなかった。

 マリーさんが驚いていたのは、むしろ魔法の習得速度だった。


「シスンったら、魔法の才能もあるのよ」


 アーシェは腰に手をあてて胸を張った。


「もしかして、アーシェさんも?」

「ううん。私も教えてもらったんだけど、残念だけど無理だったわ」


 アーシェは肩を竦める。


「ここに来るまでのモンスターとの戦いで、シスンさんとアーシェさんの実力はわかりました。実際に見てみると私の想像を超えていました。既にBランクの域は越えているでしょう」


 マリーさんにそう言われて、嬉しくなった。


「あ、そうだわ! ねぇ、マリーさん。上級魔法が使える冒険者を紹介して欲しいのだけれど。私達……というかシスンに魔法を教えてくれる人を探しているの」


 そうか、アーシェの発言を聞いて思い出したけど、マリーさんなら上級魔法が得意な冒険者を知っていそうだな。


「わかりました。そういうことなら、何人かあてがあるのでネスタの街に帰ったら相談しましょう」


 マリーさんは逡巡してから、頼みを聞いてくれた。


 モンスターがいなくなったので、中央の柱裏に移動する。

 そこには穴があり、階下へ続くであろう階段が見えるが、地上と地下の境には透明状の膜があった。

 その膜は中心から外側に向かって、水面のように波紋を浮かべている。


「何ですか、これは?」


 初めて見る光景に、俺は疑問を持った。

 すると、今まで作業に集中していたエステルさんが顔を上げた。


「地下ダンジョン入口の扉ですね。これが残っているということは、まだ誰も入ったことのない未踏の地下ダンジョンだという証拠です」

「へぇー。そうなんだ。私達も初めて見たわ。ね、シスン?」

「ああ。未踏の地下ダンジョンはこうなっているのか」


 ということは、今まで俺が行ったことのあるダンジョンは全て、誰かがもう入った後だったということだな。

 誰も入ったことのない地下ダンジョンか。

 これは楽しみだ。


「ねぇ、未踏の地下ダンジョンなら、宝物やアイテムなんかも沢山あるんじゃないかしら?」

「そうですね、でもそれらは発見されても国とギルドの所有になりますので、残念ながらシスンさん達の手元には一切残らないんです」


 マリーさんが言うように、確か依頼書にもそう書かれていたはずだ。

 そして、見張りを立てている理由はそこにあった。

 未踏の地下ダンジョンゆえ、盗掘行為を防ぐためであるらしい。


 今回、偶然にも発見したのが良識のある冒険者だった為すぐに国やギルドに連絡がいったが、発見したのが身勝手な冒険者や野盗だったならば先行して地下ダンジョンに足を踏み入れていただろう。

 そして、宝やアイテムなどは根こそぎ奪われていたに違いない。


 事前の打ち合わせどおり隊列を組む。

 俺が先頭ですぐ後ろにはエステルさん。

 地下ダンジョンの専門家である彼女がこの位置だ。

 そのエステルさんの隣には、彼女を守るためにアーシェがいる。

 アーシェとエステルさんの後ろにはクラトスさんが、最後尾にはマリーさんが続く。


「では、行きましょう。《ライティング》」


 エステルさんが宣言して、地下ダンジョンの光源となる魔法を発動した。

 足のつま先が膜に触れた瞬間、それは空気に溶けるように霧散する。

 膜に遮られていた地下ダンジョンにこもったカビ臭さが、風に流されて鼻につく。


 こうして、俺達は未踏の地下ダンジョンに足を踏み入れた。

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