第30話 遺跡研究者はアレだった
《ライティング》の光球はエステルさんの頭上、頭三つ分ほどの高さに揺らめきながら浮かんでいる。
その為、少し先の方まで視界は明るい。
階段を下りて行くと通路があった。
「ねぇ、何だか寒くないかしら? 床の隙間からから冷気を感じるんだけれど」
「そうか? 何も感じないが……」
アーシェが言うが、クラトスさんは首を振った。
「あたしも何も感じません。地下ダンジョンはこういうものではないでしょうか?」
「私も特には何も……。シスンさんはどうです?」
エステルも違和感は覚えていないようだ。
マリーさんも同じ所感みたいだが、俺に尋ねてきた。
「確かにアーシェの言ったとおり、冷たい空気は感じますね。僅かなのでそれほど気にはならないですけど」
先へ進むほどに感じる冷気に気がついているのは俺とアーシェだけのようだった。
まぁ、凍えるような寒さでもないし、防寒具など必要ないだろう。
元よりそんな荷物は持ってきていないが。
通路を進んで行くと脇に窪みがあり、そこで早速古びた宝箱を見つけた。
「シスン、罠があるかもしれないから、迂闊に触っちゃ駄目よ?」
「わかってるよ」
エステルさんが宝箱に手を触れるか触れないかくらいの間隔で手を翳し、一呼吸置いて大きく頷いた。
「…………ん。大丈夫です。罠はありません」
「どうしてわかるんです?」
「私のスキルです。ですので、間違いはないと思います」
「えっと……、エステルさんの職業を聞いても?」
「はい。あたしの職業は【探索者】なので、《罠感知》スキルがあるんです」
【探索者】か……初めて聞く職業だ。
《罠感知》は対象物に仕掛けられた罠を見抜き、危険を回避することができる有用なスキルだそうだ。
罠がないとわかったので、俺は宝箱に手をかける。
だが、宝箱には鍵がかかっていた。
「鍵がかかっていて、開かないです。斬りましょうか?」
「待ってください。あたしが開けます。《解錠》スキルがあるので」
なるほど、【探索者】はその名のとおり探索向きのスキルが豊富なようだ。
俺はエステルさんに場所を譲る。
エステルさんが鍵穴に触れると、いとも簡単に宝箱はカチャという音を立てて蓋が僅かに持ち上がった。
「開けてもいいかしら?」
横から覗き込んでいたアーシェが言うので、エステルさんは頷いた。
アーシェがゆっくりと宝箱の蓋を持ち上げる。
そこには、紫色の液体が入った瓶が一本入っていた。
「ポーション?」
俺は見慣れた回復用アイテムのポーションだと思ったが色が違う。
ポーションは青色だったはずだ。
すると、エステルさんが手に取って眺めた。
「これはエリクサーですね。瀕死の重傷をも癒やし、同時に魔力も回復できる最上級のアイテムで、非常に高価なものです」
そう言って、マリーさんに手渡した。
【商人】のスキルにも同種の《鑑定》というのがあるが、エステルさんはより専門的に見ることができるその上位互換とも言うべき《遺物鑑定》というスキルを持っているそうだ。
受け取ったマリーさんはエリクサーを荷物にしまい込んだ。
「それでは、このエリクサーは私が責任を持って預からせていただきます」
そして、俺達は通路を奥へと進んで行く。
ここまでは一本道だった。
僅かな傾斜があり、奥へ行くほど地下に潜っている感覚がある。
しばらく進むと、部屋らしい大きな空間に行き着いた。
ぱっと見は、ここで行き止まりのようだが……。
「行き止まりだわ。もしかして、ここで終わりってことはないわよね?」
「それはないだろう。地下ダンジョンには必ずといっていいほどクリスタルがあるって話だし。エステルさん、どうなんですか?」
エステルさんはその場で部屋の隅々まで見渡してから、俺の目を見て言った。
「ここまでは家で言うと、玄関みたいなものです。この部屋のどこかに地下ダンジョンへ続く入口があるはずなので、手分けして探しましょう」
「エステルさん、素人の俺達が思い思いに探して、罠とかの危険はないのか? 前回みたいなのは勘弁して欲しいんだが……」
クラトスさんが心配そうな表情で言う。
その口ぶりから、前回は災難に遭遇したのだろうと察しがついた。
エステルさんが、
「大丈夫……」
と言って、マリーさんを見る。
「だと思います。マリーさんはどう思います?」
「どうして、私に聞くんですか? エステルさんが専門でしょうに」
「そ、そうですね……多分、大丈夫です」
エステルさんに尋ねられて、マリーさんは戸惑った風に頬を掻いている。
もしかしたら、エステルさんは自分の判断に自信がないのだろうか。
少し不安になった。
行動しないことには先にも進めないしここで時間を浪費するわけにはいかないので、俺達は手分けして部屋を調べることにした。
とはいっても何もない部屋である。
あるのは石の壁に床。
広いこの部屋をくまなく探すのは骨が折れそうだ。
エステルさんは四つん這いになって、床についた砂を払って確認しながら移動している。
俺達もそれに習って探すことにした。
「エステルさん、何もないぞー?」
「……………………」
クラトスさんは、もう断念してしまったようだ。
無理もない。
余程の忍耐がないと、こんなことはできないだろう。
そんな中、遺跡研究者だけあってエステルさんの集中力は流石だ。
休むことなく床をくまなく確認している。
誰の声も届いていないようだ。
しばらく探したが何も見つからなかった。
まだこの部屋の半分ほどしか見ていない。
どれくらい時間がかかるのだろうか。
それに、みんなも少し疲れているようだ。
これ以上は集中力も低下して、余計に効率も悪くなるだろう。
「エステルさん、少し休憩しましょう」
「……………………」
声をかけるが、エステルさんは集中していて気づいていない。
右の壁際を見るとクラトスさんが壁にもたれて休んでいる。
少し離れた位置ではマリーさんが壁を調べていた。
左の壁際ではアーシェがしゃがんで床を調べている。
「エステルさん、半分は調べたんで、一旦休憩を……」
もう一度エステルさんに声をかけようとしたその時、俺は彼女の足の付近に何かを見つけた。
目を凝らすと床の一部分が僅かに盛り上がっている。
手の平の厚みほどの僅かな膨らみ。
近づかないと気づかない、ほんの僅かな差だ。
「エステルさん、動かないで!」
俺の声は相変わらず、エステルさんに届いていない。
仕方ない……。
俺は背後からそっと近づいて、エステルさんの足がそれに触れないように手を伸ばした。
同時にかがんで床を調べていたエステルさんの足が、盛り上がった床に触れた。
その瞬間。
――――ゴゴ、ゴゴゴ、ゴゴゴゴゴ!
地下ダンジョンが地鳴りのような音を響かせて、大きく振動した。
「うへぇ!? な、何が起こったんです!?」
「罠です! 気をつけてくださいっ!」
エステルさんが慌てて辺りを見回す。
マリーさんはこれが何かの罠だと教えてくれる。
――――ゴゴ、ゴゴゴ、
「おい、床に穴が開いてるぞ! みんな気をつけて!」
俺が叫んで注意喚起する間にも、床には大小いくつもの四角い穴が出現していた。
穴が綺麗に四角になっているのを見ると、地下ダンジョンが崩落したのではなく人為的な仕掛けだとわかる。
これだけ穴が開いては全員が一ヵ所に集まるのも難しい。
引き返す通路の手前も穴で遮られている。
先に進むしか道は残されていないようだ。
――――ゴゴゴ、ゴゴゴゴゴ、
「うわぁ!」
しまったっ……!
振り返ると丁度、クラトスさんが悲鳴を上げて穴に落ちてしまった。
助けに行こうにも、俺の位置からはその穴まで辿り着けそうもない。
一番近くにいるのはマリーさんだが……!
「私が行きます! シスンさんはエステルさんを頼みます!」
マリーさんは、クラトスさんが落ちた穴に躊躇なく飛び込んだ。
「もぅ! これは何なのよ!」
アーシェの前には大きな穴が開いている。
とても跳び越えてこちらに来られそうにない。
俺ならアーシェのところまで跳べるかも知れないが、エステルさんを放っておくわけにはいかない。
アーシェもそれはわかっているはずだ。
「アーシェ!」
俺はアーシェに声をかける。
彼女と目が合い、お互い頷く。
口に出さなくても意思の疎通はできている。
俺達はこの間に次の行動を決めていた。
「シスン! 下で合流しましょう! 先に行くわ!」
「わかった!」
アーシェは目の前の穴に飛び込んだ。
全く……とんだ入口もあったものだ。
地下ダンジョンが大きな口を開けている。
俺達を歓迎しようとしているのか、はたまた食らおうとしているのか。
俺は隣のエステルさんを見るが、彼女はすっかり怯えてしまっている。
「エステルさん、行きますよ」
「えっ!? ええええええっ!」
俺はエステルさんを抱きかかえると、目の前の大穴に飛び込んだ。
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