第28話 同行者たち
話を聞くと、なんとエステルさん達は依頼主の遺跡研究者とその同行者だった。
まさか、この二人がそうだったとは……。
パン代は経費で何とかなるからとマリーさんに言われ、その場は収まった。
そして、改めて自己紹介をすることになった。
「えー……先ほどは見苦しいところを見せちゃいました。ごめんなさい……。遺跡研究者のエステルです」
エステルさんは二十代前半くらいの女性だ。
背は女性の平均くらいだから、マリーさんとほぼ同じだ。
アーシェよりは高い。
長めの黒髪を首の後ろで結んでいる。
装備は革の鎧にスカートで、薄手のタイツと革のブーツを履いていた。
腰には短剣が申し訳程度にぶら下がっているが、遺跡研究者という肩書きからして戦闘職なのかは疑問だ。
後で聞いてみよう。
腰に巻かれたベルトには、分厚い紙の束もぶら下がっていた。
その束の一番上にはぎっしりと文字が書かれている。
研究熱心なんだろうか。
「同行者のクラトスだ。職業は【高位神官】だから、回復は任せてくれ」
クラトスさんは聖職者らしい服を纏い、武器は鎚矛を携えている。
丁寧に手入れされた口ひげを蓄えていて、年は三十歳くらいに見える。
肩には大きめの麻袋を背負っている。
エステルさんが荷物を持っていないので、クラトスさんが二人分の荷物を持っているのだろう。
膨らみ具合からして、中にはぎっしり物が詰まっていそうだ。
さっき、お金を出すのにも一苦労していたしな。
「同じく同行者のマリーです。宜しくお願いしますね」
マリーさんは普段と違う格好をしていた。
上半身は布の服の上から革の胸当てを付け、下はスカートでロングブーツを履いている。
その為、エルフ特有の透き通るような白い肌の太ももが露わになっていた。
腰のベルトにナイフが二本と、背中には弓を背負っている。
様になっているし、格好いいな。
まるで、現役の冒険者みたいにしっくりくる。
「シスンです。宜しくお願いします」
「アーシェよ。宜しくねー」
自己紹介が終わり、俺達はネスタの街を出発した。
道中は会話をしながら、まずはバラフ山脈を目指す。
「マリーさんが同行するなんて、驚きましたよ。まさか、実は冒険者に復帰していたとか……ですか?」
「ふふっ。いえ、私は歴とした冒険者ギルドの職員ですよ。ただ、冒険者時代の習慣なんかは中々抜けなくて、今でも鍛錬は欠かしていないですけどね」
「へー、そうだったんですね」
たまに、こうして冒険者に同行することもあるらしい。
仕事の息抜きだと言っていた。
マリーさんはSランクの冒険者だと昨日聞いている。
Sランク冒険者の実力を見られるいい機会だ。
楽しみにしておこう。
「エステルさん達は、パーティーを組んで長いのかしら?」
「あたし達はずっと一緒にいるわけじゃなくて、遺跡調査をする時だけ、このクラトスさんとパーティーを組んでいるんです」
「腐れ縁だな。この偉い先生がすぐ疲れたとかしんどいとか言うから、その
心当たりがあるのか、エステルさんはあさっての方を向きながら頬を掻いた。
なるほど。
遺跡調査をする時だけの臨時パーティーってことか。
腐れ縁と言うからには、何度も一緒に冒険しているのだろう。
クラトスさんは、遺跡調査に行くときは代理の人に教会の仕事を任せているようだ。
それにしても、国内でも有名な遺跡研究者と聞いていたから、もっと年配の人が来ると思っていたけど意外だな。
やり手なのだろうか。
「あの、モンスターと遭遇した時の配置なんかはどうしましょうか?」
「私とシスンが前衛でいいんじゃないかしら。強いモンスターは出ないって話だし、エステルさんを守りながら戦うより、速攻で終わらせた方が早いわよ」
「それはそうなんだけど。一応、確認をね」
俺の問いに答えてくれたのは、クラトスさんだった。
「できれば、シスンくんとアーシェさんに前衛を任せたい。オレもエステルさんも一応戦闘はできるが、できれば無駄に魔力を使いたくない。申し訳ないが、頼めるか?」
「ええ、俺達は大丈夫です。元々そのつもりでしたから」
申し訳なさそうに言うクラトスさんに俺が返事を返すと、そのやり取りを見てマリーさんが深く頷いた。
「その為に私やシスンさんとアーシェさんが同行するんです。安心して、お二人は遺跡調査に集中してください」
話をしていると、早速モンスターが現れた。
目の前の草むらにゴブリンが四匹と離れたところに二匹だ。
「片付けます」
言うなり俺は、《ソニックウェーブ》を放つ。
衝撃波となった刃が風を切るように、四匹のゴブリンを切り刻む。
アーシェが出るまでもない。
近づいてくる前に戦闘は終了だ。
俺は残る二匹を射程に入れて、二発目を繰り出そうとする。
「シスンさん。あのゴブリンは私が」
背後から声がしたと同時に、俺の顔のすぐ横を射出された矢が通り過ぎた。
次の瞬間、その矢はゴブリンの首筋に命中してそれは息絶えた。
マリーさんの射撃だった。
間髪入れずに二射目が放たれる。
その矢は見事にゴブリンの眉間を射貫いていた。
「流石ですね、シスンさん」
「いえ、マリーさんこそ」
「ありがとうございます」
マリーさんは笑顔で言った。
射るところは直接は見られなかったが、狙いといい速度といい申し分ない。
Sランクは伊達じゃなさそうだ。
「お二人とも、凄いです! あっという間じゃないですか!」
「本当だな……。マリーさんの弓の腕前は知っていたが、シスンくんも頼りになるようだ。ということは、その相棒のアーシェさんも……?」
クラトスさんは視線を俺からアーシェに移動した。
アーシェはその視線に気づいて、腕を曲げて力こぶを作ってみせる。
だが、力こぶと呼ぶにはあまりにも貧弱で筋肉質ではないアーシェのそれは、女の子らしく可愛らしいふにふにした二の腕だった。
しかし彼女が自信満々の顔をしていたので、クラトスさんには何となく伝わったようだった。
「エステルさん、今回の遺跡調査は少し楽できそうだ。あんたが、ドジさえ踏まなけりゃな」
クラトスさんが気になることを、さらっと言った。
ドジを踏まなけりゃ……か。
エステルさんは、そういう人なのだろうか。
「うっ……。で、ですねー! あたしも頑張りますっ!」
エステルさんは一瞬言葉に詰まりながら、苦笑した。
それから、何度かモンスターを撃退して、俺達はバラフ山脈の麓に辿り着いた。
マリーさんが矢を射るのも見ることができた。
弓に矢をつがえて弦を引き矢を放つ。
次の瞬間には放たれた矢は、モンスターに突き刺さっていた。
連射というのだろうか、マリーさんはとにかく発射間隔が短いのだ。
続けざまに二射目、三射目を放つ。
狙いを定めていないのではないかと疑いたくなるが、全て命中しているのだから凄いの一言に尽きる。
相当な練度であることが窺えた。
ここで一旦、休憩だ。
昼食を摂って、北に進んでいく。
見えてきたのはだだっ広いナタリヤ平原だ。
目的地の遺跡はナタリヤ平原のど真ん中にあるが、今から遺跡に向かっては日が暮れてしまう。
俺達は近くの村で一泊することになった。
「宿は取りましたので、皆さん自由行動としましょう。ただし、明日の遺跡調査に支障がでないように、できれば今日は早めに休息を取ってくださいね」
マリーさんが手際よく宿の受付を済ませてくれて、俺達はその場で解散した。
その後、俺達は装備や所持品の点検をして体を休め、翌日遺跡へと向かったのだった。
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