第27話 待ち合わせ

 出発当日の朝。

 俺とアーシェは東門の前で依頼主一行を待っていた。

 もちろん、俺の腰には新調したドラゴンブレードがぶら下がっている。

 今日までに五件の討伐クエストで試し斬りは済ませてあるが、とても満足する結果だった。


 前にドワーフのオヤジさんにもらった剣も良かったが、ドラゴンブレードの斬れ味はそれとは比較にならないくらい段違いだった。

 素材の希少性を考えれば当然なのだが、より少ない力でモンスターを斬り伏せることができた。

 改めてドラゴンの牙の硬度とオヤジさんの腕に感服したのだった。


「まだ誰も来ないわねぇ」

「俺達が早く着きすぎたんだろう。すっぽかされることはないから、気長に待っていよう」


 アーシェは地面に腰を下ろし、荷物の上に肘をついて退屈そうにしている。

 俺は辺りの様子をぼんやり眺める。

 ネスタは大きい街だけあって、朝の時間でも東門を往来する人は多い。

 エルフの冒険者やドワーフの職人など、その種族や職種も様々だ。


 俺達は依頼主の顔は知らないが、向こうは知っているらしいので、声をかけてくれるそうだ。

 遺跡研究者か……、だけどそれらしい人は見当たらないなぁ。


 石造りの東門の壁には、何人もの人が集まりだしている。

 そのほとんどが冒険者で、彼らも誰かと待ち合わせをしているのだろう。

 俺とアーシェのすぐ隣にも丁度今大きな荷物を背負った冒険者風の女性が、【神官】らしき男を伴ってやってきた。


「あたし達が一番ですね」

「そのようだ。さて、今のうちに荷物の確認をしておくぞ。また忘れ物をされたら敵わんからな」


 女性と【神官】の男との会話から、彼女達も待ち合わせなのだとわかる。

 これだけ待ち合わせの人が多いと、誰がそうだか見当もつかないな。


 少しすると、東門から街の外に向かう列にミディールさん達【蒼天の竜】の姿を見つけた。

 俺が声をかけるより先に、その列を抜けてミディールさんがこちらにやって来る。


「よお、シスン。これからクエストか?」

「はい。ミディールさん達、ネスタに帰って来てたんですね」

「ああ、昨日な」

「そちらも、今からクエストへ?」

「たいしたもんじゃないぜ? ちょっとした小遣い稼ぎだ」


 ミディールさんと挨拶を交していると、列に並んでいた【賢者】の女性が小走りで駆け寄った。


「ミディール、ほら行くわよ」

「おう。そんな急かすなって。クエストは逃げやしないんだから」


 どうやら、【蒼天の竜】が出発するので迎えに来たらしい。

 彼女は俺達に会釈すると、ミディールさんの腕を掴んで行ってしまった。


 それから、他にも見知ったパーティーが通り過ぎる度に挨拶を交し、時間は過ぎていった。


「ねぇ、もうそろそろ時間じゃない?」

「そうだな。もう来てもおかしくないだろう」

「私達、やっぱり早く来すぎたんだわ」

「遅れるよりいいじゃないか。早く来て別に損はないだろ。顔見知りのパーティーとも会えたし、気分のいい朝だ」


 俺は東門にできた列が少し落ち着き始めたのを見て、視線を街の方へと向ける。

 朝からクエストに出発する第一陣は、一段落ついたようだ。


「ふぅん。まぁ、そういうシスンが好きなんだけどね」

「え? 何か言ったか?」

「ううん。独り言よ」


 ふいにアーシェは荷物から昼食用に用意していたパンを出し、小さな口を目一杯開いて囓り始めた。


「アーシェ? 今食べていいのか? 後で腹減っても知らないぞ」

「ひとつくらい、いいじゃない。お腹が減っていたら、モンスターと戦えないもの」


 アーシェは、もっともらしい理由を語る。

 確かに爺ちゃんの教えで、冒険者になったらいつどこで戦いが始まるかわからないから、食える時に食っとけと言われていたな……。

 それにしたって、家を出る前に朝食を摂ったばかりだろうと一瞬思うが、美味しそうにパンを頬張るアーシェを見ていると、まぁいいかという気持ちになった。


 その時、ぐぅ、と腹が鳴る音が聞こえた。

 ……俺やアーシェじゃない。

 俺の腹は満たされていたし、アーシェは今その途中だ。

 一応ちらりとアーシェを見ると、パンを咥えたままの状態で止まっていた。

 そして、その目は隣の冒険者風の女性に注がれていた。

 俺も目でそれを追う。


「……………………」

「あっ! ごめんなさいっ! あまりにも美味しそうだったので、つい……」


 冒険者風の女性は恥ずかしそうに顔を朱に染めて、ぺこりと頭を下げた。

 どうやら、腹を鳴らしたのはアーシェでもなく、この冒険者風の女性だったようだ。

 アーシェはパンを半分に割ると、その片割れを差し出した。


「食べる?」

「えっ! そんなっ! 大丈夫です、お気遣いなくっ!」


 ぐぅぅぅ。


 大丈夫という言葉とは裏腹に、冒険者風の女性の腹が再び悲鳴を上げた。

 今度は俺も目撃したから間違いない。


「はぁぅ……」

「だから朝食を摂っておけって言っただろ。……恥ずかしいところを見せてしまって、すまない。その気持ちだけ、もらっておくよ」


 うな垂れる冒険者風の女性を諭しながら、【神官】の男はアーシェに頭を下げた。


「別にいいですよ。アーシェ……あっ、この子には後で俺の分をあげるので、良かったらもらってください」


 俺もアーシェも、パン代をケチろうなんて全く思っていない。

 困った時はお互い様だ。

 目の前にお腹を空かした人がいるなら、遠慮せずに食べてもらいたい。


「いや、それは困る。だったら、代金を払おう……。ええと……」


 【神官】の男はそう言って断ると、俺達からパンを買うつもりなのか荷物を漁り始めた。

 何か面倒なことになったな。

 人に親切にするのも中々難しい。

 冒険者風の女性は口を開いたまま物欲しそうに、アーシェが差し出したパンを見つめている。


「はい、あーん」


 アーシェは荷物を漁る男を余所に、冒険者風の女性の口にパンを突っ込んだ。


「あむあむあむ。ごっくん。…………美味しいっ! パンがこんなに美味しいものだったなんてっ! ありがとうございます、旅の人!」


 冒険者風の女性は咀嚼して嚥下すると、アーシェの手を取りパンの味を絶賛した。

 露店で買った普通のパンだが、空腹時の彼女にはご馳走に感じたのかも知れない。

 何にせよ、満足してもらえて良かった。


 【神官】の男は唖然としていたが、すぐに立ち直って俺とアーシェに謝った。


「本当にすまない! 連れがこんな……。エステルさん、あんた大の大人が子どもにパンを恵んでもらうなんて」

「だって、朝食を食べ損ねたんですもん……ぐすん」

「エステルさんが、出発ギリギリまで寝てるからでしょうが」

「ごめんなさい……」


 エステルと呼ばれた女性は、しゅんと縮こまった。


「あんた達すまんな。これ、パンの代金だ」


 【神官】の男は申し訳なさそうに、俺にパンの代金を手渡そうとする。


「いや、いいですって。たいしたものじゃないし」

「いや、それは駄目だ。きっちり支払う」


 代金の受け取りを拒否していると、誰かが俺の肩をそっと叩いた。


「遅くなってすみません。お待たせしました」


 聞き覚えのある声がして、俺は振り向いた。

 そこにいたのは、見慣れた顔。

 冒険者ギルドで俺達を担当してくれているマリーさんだった。


「え!? マリーさん……? どうしてここに?」


 俺は咄嗟に質問を投げかけていた。

 マリーさんがここにいる理由がわからなかったからだ。

 そして、彼女は笑顔を崩さずにさらりと答えてくれる。


「私も行くんです。遺跡研究者の同行者のひとりは実は私なんです」

「「えーっ!?」」


 俺とアーシェは二人して驚いた。

 まさか、マリーさんと一緒に行くことになるなんて、考えてもみなかった。

 呆然とする俺とアーシェを差し置いて、マリーさんの視線は冒険者風の女性へと注がれた。


「ところで、二組とも既にお知り合いでしたか?」


 マリーさんは俺とアーシェの方と、エステルさんと【神官】の男の方を交互に見て首を傾げた。

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