第26話 レアクリスタル 後編
テーブルに置かれている小さな箱が気になる。
鉄製の箱で鍵穴があることから、貴重な品だというのがわかる。
しかも、この話をする時にわざわざ用意したということは……。
俺の期待はどんどん膨らんでいった。
「……スンさん。……シスンさん?」
「あ、……は、はい!」
「シスンさん。今から専用のクリスタルについて話をしようと思うのですが、宜しいですか?」
「もぅ、シスンったら! マリーさんの話聞いてなかったでしょう」
「いや、ちゃんと聞いてたよ」
とアーシェに言うが、実は右から左だった……。
俺はマリーさんに話の続きを促した。
でもやっぱり、この箱が気になるな……。
「まず専用のクリスタルについてですが……、正式名称はレアクリスタルと呼ばれています」
「レア……クリスタル……」
俺は無意識に復唱していた。
「レアクリスタルを使い転職をすると、それは光の塵となって消えてしまいます」
「えっ!? 壊れちゃうのかしら?」
マリーさんは首を横に振る。
「いいえ、レアクリスタルは一度使うと消えてしまいますが、世界のどこかで新しいレアクリスタルが顕現します」
「どうして、そうなるんですか?」
「それは長い年月を生きている私にもわかりません。一説によると、クリスタル自体が遙か大昔の魔法文明時代に作られたものなので、何らかの魔法の仕掛けが働いているらしいです」
長命種であるエルフのマリーさんの知識を持ってしても、魔法文明時代のことは詳しくわからないらしい。
一体何年前の時代なんだろう……マリーさんの年齢も気になるが、俺はテーブルの上に置かれている箱を一瞥して、頭を切り替えた。
マリーさんが丁寧に教えてくれたので、レアクリスタルのことはわかった。
一度使うとどこかへ行ってしまう。
だけど、俺が聞きたいのはそれじゃない。
【剣聖】に転職するためのレアクリスタルの所在だ。
もしかして目の前にあるこの箱に、そのレアクリスタルが入っているのだろうか?
「マリーさん。もったいぶらずに教えてください。【剣聖】に転職するためのレアクリスタルがどこにあるのか、知っているんですか?」
俺は逸る気持ちをできるだけ抑えながら、マリーさんを見据えて尋ねた。
「一旦、落ち着きましょシスン」
俺に声をかけるアーシェも、そうは言ったものの妙にそわそわしている。
アーシェも箱の中身が気になっているようだ。
マリーさんは頷くと、ポケットから鍵を取り出した。
「それは?」
「箱の鍵です。一応、私の私物の中では一番貴重なものですから」
「えっ!? その箱ってマリーさんの私物だったんですか!?」
マリーさんが俺の反応を見て、くすりと笑う。
意外だった。
ギルド職員であるマリーさんの私物じゃ、箱の中身はレアクリスタルじゃないかも知れないと、若干期待度が下がる。
「ええ、そうですが……ギルドの備品だと思いましたか?」
「はい。それで、その箱の中身って……」
「今開けますね」
マリーさんは鍵穴に鍵を差し込んで回した。
しかし、すぐに開こうとはせずに、遠い目をしながら語り出した。
「私……こう見えても、昔は冒険者だったこともあるんですよ」
「「マリーさんが!?」」
アーシェと同時に大声で驚いてしまった。
それを見てマリーさんが、口元に手をあてて微笑を浮かべる。
「ふふっ。本当に息ぴったりですね」
アーシェの方を見ると目が合ったが、彼女はすぐにぷいと目を逸らしてしまった。
でも、チラチラと俺の様子を窺っているようだ。
「すいません。続きをどうぞ……」
「この箱の中身は、私が冒険者時代に手に入れたものです」
マリーさんって、元冒険者だったのか!
でも、今はギルド職員をしているということは、もう引退したのだろうか。
うーん……マリーさんが戦っている姿なんて、想像できないなぁ。
「では、お見せします」
俺とアーシェは息を飲む。
マリーさんが箱を開けた。
箱の中身は、手の平サイズの水晶体。
教会にある転職用のクリスタルをそのまま小さくしたような形状をしていた。
「もしかして、これが……」
「はい。レアクリスタルです」
それは、最初の予想どおりレアクリスタルだった。
「このレアクリスタルで転職可能な職業は、【剣聖】ただひとつです」
「…………これが、【剣聖】のレアクリスタル!」
見つけた……!
これがあれば、俺は【剣聖】になれるんだ!
俺にとって最高の宝物は、今手の届くところにあった。
「やったじゃない、シスン! マリーさんが【剣聖】のレアクリスタル持っていたなんて……! でも……、どうして私達に見せてくれたのかしら?」
アーシェの言うとおりだ。
どうして、俺達にこれを見せてくれたんだろう。
その理由はすぐに教えてくれた。
「私の担当している冒険者、シスンさんが【剣聖】を目指していると知ったからです。今説明したとおり、私がこのレアクリスタルを所持している以上、世界中どこを探しても【剣聖】に転職できるレアクリスタルは絶対に見つかりません。だって、世界にひとつしか存在しないのですから」
確かにそうだ。
マリーさんに見せてもらわなかったら、俺は世界中を旅してレアクリスタルを探し回っただろう。
絶対に見つからないものを探して……。
この流れだと、俺に譲ってくれるのだろうか。
「担当している冒険者が見つかりもしないものを探しているのに、応援しているので頑張ってくださいなんて、私の口からは言えません。だから、探し物はここにありますと伝えておきたかったんです」
「そうだったんですか……」
マリーさんが俺を見定めるように見つめてくる。
「シスンさんの反応を見ていると、このレアクリスタルが喉から手が出るほど欲しているのはわかりました。ですが、私もタダで差し上げるわけにはいきません」
「で、ですよね」
やっぱりそうだよな。
こんな貴重な品を、俺にくれる義理はない。
マリーさんがいくら良い人であっても、それをただ受け取るだけってのは虫が良すぎる考えだ。
でも、何とか交渉はしたい。
「ごめんなさい、意地悪で言っているんじゃないんです。これをシスンさんにタダでお譲りしてしまっては、シスンさんの為にならないと思ったからです。これは、担当者としての私の考えです」
「その言い方だと、何か条件次第で譲ってくれるという風に聞こえるんですが……」
俺が戸惑いつつ尋ねると、マリーさんは微笑みながら頷いた。
「はい。私の出した条件を飲んでいただければ、このレアクリスタルをシスンさんにお譲りします」
「本当ですかっ!?」
譲ってくれる……!
今、マリーさんは確かにそう言った。
「あの……、その条件っていうのは?」
「さっきの護衛クエストを受けてください」
「え……? それだけ……ですか?」
「はい」
正直、拍子抜けしてしまった。
どんな難題を出されるのかと身構えてしまったが、護衛クエストくらいで済むなら、例え報酬が少なくてもいい。
アーシェだって同意してくれるはずだ。
「遺跡調査で得られるアイテムは、国や冒険者ギルドにとって貴重な財産です。ですので、私達は非常に助かりますし、シスンさんやアーシェさんも良い経験ができると考えています」
「シスン、やりましょ! これで、【剣聖】になったも同然だわ! シスンの夢が叶うのよ!」
「あ、ああ。そうだな。マリーさん、その護衛クエストは俺達が受注します」
こうして、俺達は護衛クエストを受注した。
それに、レアクリスタルが手に入るとわかれば、今すぐにでも出発したいくらいだった。
故郷イゴーリの村を旅立ってから、まだ二ヶ月と少し……。
いよいよ【剣聖】になる日が、現実味を帯びてきた。
護衛クエストは三日後の朝から始まるそうだ。
東門の前で依頼主の遺跡研究者一行と合流するらしい。
「一行というと、何人かいるんですか?」
一応は護衛クエストだ。
同行者が少ないほど守りは容易になる。
「依頼主である遺跡研究者の先生がおひとりと、依頼主が雇った先生の同行者が二人です。ですから、シスンさんとアーシェさんを加えると全員で五人になります」
厳密には依頼主は国とギルドだ。
遺跡研究者の先生とやらは、ギルドが適任だと推薦した人物のようだ。
何でも、この国では有名な遺跡研究者らしい。
その辺の事情には、俺もアーシェも疎いのでマリーさんからきちんと話を聞いた。
護衛クエストの件で準備できることは、そう多くない。
精々、装備の点検やアイテムの準備くらいだろう。
だけど、モンスターが手強くない時点で、俺達はいつもどおりの準備で事足りるだろうと結論した。
それから、アーシェがマリーさんの冒険者時代の話しに興味を持っていたようで、身を乗り出して質問責めにしていた。
俺も多少は興味があったので、黙って耳を傾ける。
「マリーさんが冒険者をしていたのって、どのくらい前の話なのかしら?」
俺も気になっていたが、いきなりそれを聞いてしまうアーシェが凄い。
それって、年齢を聞いているようなもんじゃないか……。
まぁ、男の俺が聞くより、同じ女性のアーシェが聞く方がいいのかも知れない。
「そうですね……。五十年前から四十年ほど前までの、およそ十年間は冒険者をしていました。今の私は人間の年齢で言うと二十代半ばくらいですから、冒険者になったのはシスンさんやアーシェさんと同じ年頃の頃ですね」
マリーさんは嫌な顔ひとつせず答えてくれる。
五十年前……。
ある程度予想はしていたし、マリーさんの落ち着いた雰囲気から大人の女性だとは思っていたが、五十年か……。
爺ちゃんや神父様と同じくらいの世代になるのかな。
「そうだったのね。私達の大先輩じゃない。どんな職業に就いていたの? 剣を振るのは想像できないから、魔法職かしら?」
「五十以上の職業を経験しましたが、最終的に落ち着いたのは【弓使い】系ですね。元々、エルフの集落に住んでいた頃は、弓で狩りをすることが多かったですから。魔法も中級までならいくつか使えますよ」
アーシェが尋ねた他の質問に対してのマリーさんの返答をまとめると、大体こんな風だった。
Sランク冒険者になり、Sランクパーティーにも所属していたことがある。
リーダーの引退でSランクパーティーが解散した後は、傭兵稼業をしていた。
その過程でレアクリスタルを発見した。
数え切れないくらいのクエストを達成してきたが、大事な仲間を失った経験もある。
いつしか、冒険者をサポートするギルド職員という仕事に興味を持ち、当時懇意にしていたネスタの冒険者ギルドのギルド長に相談して就職した。
「冒険者を引退して、ギルド職員になったきっかけって何かあるのかしら……? だってSランクだったんでしょ。勿体ないじゃない」
「きっかけ……ですか? そうですね……、仲間の死を目の当たりにしてきて、そうならないようにギルドの担当者としてサポートできることがないかなって……。そう思ったんです」
確かに冒険者としてだと、助けられる仲間は自分の見える範囲に限られるのかも知れない。
その点、ギルドの職員だと、直接守るわけじゃないけど、担当している冒険者が無理のない範囲でクエストを受注できるように配慮したり、アドバイスできるからだろう。
その他にも冒険者が安易に命を落とさないように、ギルドの職員も情報収集などでサポートしてくれているはずだし。
「今のがひとつ目の理由です。もうひとつはやはりSランクパーティーに所属していた時の、リーダーの引退を引きずっていたのかも知れませんね」
「どういう人だったの? 男の人? あ、わかったわ! マリーさんの初恋の人だったりして!」
流石に、込み入った事情を聞きすぎだろうと思ったが、マリーさんは別に隠す風でもなく、懐かしそうに語ってくれた。
俺が口を挟める類いの話じゃなくなってきたので、黙って耳を傾ける。
「うーん。多分、恋ではないと思います。私も若かったですし、誰かに甘えたかったのはあるかも知れませんが……、頼れるお兄さんみたいな感じでしょうか。それに、どちらかと言うと私の好みは年下の男性ですから」
「ふぅん……そうなのね」
アーシェが口を尖らせながら、俺の方をちらりと見た。
……なんだろう?
それにしても、そのリーダーはマリーさんの兄貴分的な人だったんだな。
その頼れる兄貴分が引退したら、確かに意気消沈してしまうのかも知れない。
すっかり話し込んで、気づいたら昼を過ぎていた。
クエスト一件分の時間が飛んだ。
でも、収穫は大いにあった。
【剣聖】のレアクリスタルの情報だ。
しかも、それが手に届くところまできているのだ。
俺の胸は高鳴った。
午後は掲示板に残っていたCランク相当の討伐クエストを一件こなして、2000点だけ獲得した。
そうして日課のクエストを消化しつつ、俺達は三日目の朝を迎えた。
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