第23話 【光輝ある剣】 落ちていく

 アンドレイの軍門に降ったその日。

 俺達【光輝ある剣】はアンドレイの屋敷に招待された。

 金にものを言わせた豪華な屋敷だった。


「凄いな……。こんなに儲けているのか」


 俺は屋敷の内装や高級そうな調度品に目を奪われた。

 後ろを歩いていたオイゲンを見ると、酷く落ち込んでいた。

 原因は失った左腕だろう。


 俺達の傷は《ヒール》で治してある。

 だが、オイゲンの失った左腕は【高位神官】のソフィアの治癒魔法をもってしても治せない。

 オイゲンには悪いが、盾の持てない【重戦士】など使い物にならない。

 パーティーを抜けてもらうしかないだろう。

 機会を見て、話そう。




 ***




「そうですね。子ども二人と、大人ひとりでいいでしょう」

「…………えっ!」


 アンドレイの指示で、街に出て人を攫うことになった。

 流石に俺も抵抗を覚えたが、俺の心情に気づいたのかアンドレイが俺達をある場所へと誘った。 

 そして、地下に連れて行かれて、俺達は目を疑った。


「何を驚いているんです。私の配下となったから、この姿を見せたんですよ」


 目の前でおぞましい姿となったアンドレイがいた。

 顎が外れそうなほど大きく口を開けると、その中から現れたのはクネクネとうねる触手だった。

 アンドレイはモンスターだったのだ。

 いや、しかしこんなモンスターは見たことがない。

 ドラゴンなどのごく一部を除いて、モンスターには知性などないというのが常識だ。

 知性を持ったモンスター……つまりアンドレイはドラゴン並にヤバイと察した。


 エマとソフィアは軽く悲鳴を上げて、ブルブルと震えながら抱き合っている。

 オイゲンも驚愕の表情で固まっていた。


「わ、わかりましたっ! す、すぐに人を攫ってきます!」


 アンドレイの機嫌を損ねてはならない。

 俺の直感はそう言っていた。

 その醜悪なアンドレイに得体の知れない恐怖を感じ、俺はズボンを少し濡らしてしまった。

 幸いにもこの部屋の悪臭のせいで、仲間には気づかれていないようだ。

 こんな状況なのに、俺は少しホッとしていた。




 ***




 一仕事終えた後、俺達は高級店で腹を満たすことにした。

 アンドレイからはたっぷり給金をはずまれている。

 待遇が良くないと、肉体的にも精神的にもこんな仕事はやっていられない。


「ねぇ、ベルナルド」

「何だ、この肉はやらんぞ」


 俺は極厚のステーキを切り分けながら、エマを睨んだ。


「ち、違うわよ。あれ、シスンじゃない?」

「…………何だと?」


 俺はエマの指す方を見た。

 シスンがいた。

 どうしてこんなところに!

 アーシェも一緒だった。

 ああ……アーシェ。

 君に相応しいのはシスンなんかではなく、俺なのに……。

 俺はアーシェに殴られた鼻を撫でる。

 ネスタの街の冒険者ギルドで、俺の好意に気づいたアーシェが照れ隠しに殴ってきたのだ。

 その時のことを思い出して、ついニヤけてしまう。



「ねぇ、何ニヤニヤしてるのよ?」

「……お前には関係ない」

「変なこと考えている時の顔……です」

「何を考えていようと、俺の勝手だろう。これだから女は……」


 エマちソフィアが頬の緩んだ俺に絡んできたが、適当にあしらう。

 というか、今シスンに見つかるのは良くない。


「隠れろ!」

「えっ!?」

「いいから、早く!」


 俺とオイゲンは素早くテーブルの下に隠れる。

 だが、エマとソフィアは座ったままだ。

 俺はソフィアを、オイゲンがエマをテーブルの下に引っ張って身を隠すように言った。


「どうして隠れる……です?」


 ソフィアが聞いてくるが、無理もない。

 俺とオイゲンしかシスンがドラゴンを倒したのを見ていない。

 だから、エマとソフィアはシスンを昔のままの雑魚だと思っているはずだ。

 しかも、もしシスン達に見つかってあの醜態をバラされたら、俺はリーダーとして終わる。

 エマとソフィアには絶対に知られるわけにはいかない。

 俺の沽券に関わる。

 それは避けたかった。


「おい、他の店で仕切り直しだ」

「えー! 私まだ全部食べてないのにー!」

「デカい声を出すな。いいから見つからないうちに出るぞ」


 俺達はこそこそと会計を済ませて高級店を出た。


 そして別の店で改めて食事をした。

 さっきの店より味は数段劣るが、仕方ないだろう。

 シスンめ。

 本当に忌々しいヤツだ。




 夜になり、エマとソフィアがアンドレイに呼び出された。

 二人が出ていってから、オイゲンがそわそわし始める。


「二人が心配なのか?」

「当たり前だ! お前はどうして落ち着いていられるんだ」


 アンドレイの指示はシスンの暗殺……らしい。

 シスンが泊まっている宿屋を襲撃するそうだ。

 だが、シスンを舐めているあいつらは失敗するだろう。

 もっとも甘ちゃんのシスンのことだ、命までは取らないはずだ。

 帰ってきたあいつらを笑ってやろう。


「俺達も仕事に行くぞ。準備をしろ」


 俺は適当にオイゲンを宥め賺して、今夜も獲物を攫いに出かける。

 Aランク冒険者がする仕事じゃないが、今はただひたすら耐える時だ。

 そもそも冒険者ギルドにバレたら、冒険者資格の剥奪くらいでは済まないだろう。

 慎重に事を進めないとな。




 ***




 アンドレイの配下になって五日が過ぎた。 

 たった五日だが、俺達の精神は相当に疲弊していた。

 それにアンドレイの恐ろしさは、嫌と言うほど身に染みていた。

 今すぐにでも逃げ出したいが、捕まった時のリスクが大きすぎる。

 こいつらに、唆されたなんて言い訳は通用しないだろう。


「これ、いつまで続くのよ? もう限界だわ……」

「おい、ベルナルド。エマの言うとおりだ。ここから逃げ出す手はないのか?」


 俺は視線をエマとオイゲンに向ける。


「そんなことをすれば、見つかった時に確実に殺されるだろう。それでもいいのなら勝手にしろ」


 アンドレイの食事部屋へと続く裏道となる狭い通路に、俺達は身を隠していた。

 俺達にはアンドレイの許可なく行動することは、許されていない。

 待機を言い渡された俺達は、この狭い通路で半日ほど過ごしていた。


「この臭い、我慢できない……です」


 ソフィアが嘔吐いて、エマが背中をさすっている。

 嫌な臭いが鼻をつくが、文句を言って殺されては堪らない。

 黙って従うしかなかった。


 その臭いは目の前の扉から流れてくる。

 この通路とアンドレイの食事部屋の間には鉄の扉がある。

 ちょうど反対側にも同じような扉があり、そこは屋敷に通じていた。


「夜になれば、いつもの仕事だ。それまで我慢しろ」


 扉の隙間から、僅かだが食事部屋の光景が窺える。

 今は見たくない。

 そこには、とてもおぞましい光景が広がっているからだ。


 突然、大きな物音がしたので、俺達はその隙間から中の様子を覗いた。

 そこにいたのは、なんとシスンだった。

 どうやら、鉄の扉を蹴破ったようだ。


「鉄の扉があんなに簡単に壊れるなんて、信じられない……です」


 ソフィアが驚いているが、俺とオイゲンは目の前でドラゴンを両断したシスンを見ているので、そんなに動じなかった。

 エマは昨日の襲撃で、自慢の金属製の杖を折られたらしいので、納得したような表情だ。


 それでも、俺達は唖然とした。


 とんでもないものを見てしまったからだ。

 シスンの化物じみた圧倒的な強さをだ。

 俺達がビビっていたアンドレイが、まるで雑魚扱いだった。

 化物のアンドレイが斬られるのは本当に痛快だった。

 斬ったのがシスンというのを除けばだが。


「ドラゴンを倒した実力は本物だったということか……」

「おい、アンドレイは……死んだのか?」

「え!? それって、アイツから解放されるってことじゃない! やったわ!」

「シスンに感謝……です」


 俺達は預かっていた鍵を使って、扉を開けた。

 そこには、アンドレイの首が転がっている。


「うげ。気持ち悪……」


 エマが舌を出して顔を顰めた。


「この化物めっ! 人間様をこき使いやがって!」


 オイゲンがアンドレイの首を蹴り飛ばした。

 それは壁に叩きつけられる。

 ソフィアは目を背けた。


「おらああああっ! 俺の左腕はっ! もう戻ってこないんだぞっ!」


 なおもオイゲンはアンドレイの屍を、足蹴にして鬱憤を晴らしていた。


「シスンのおかげで助かったわね。早くここから出ましょ」


 エマは早くここから出たいようだ、ソフィアも同意するように頷いている。

 そうだな。

 エイルの冒険者ギルドに帰り、冒険者生命の終わったオイゲンの代わりに新しいメンバーを加えて、【光輝ある剣】の出直しだ。

 新しいメンバーは女にしよう。

 俺が新しい門出を想像して気分良くしていると、突如それは起こった。



「ぐああああああああああああああっ!」



 突然、部屋の中にオイゲンの絶叫が木霊したのだ。

 俺は何事かと後ろを振り返るが、そこにいるのはいつもと変わらないオイゲンだった。


「おい、どうしたっ!?」

「…………いえ、何でもありません。……しばらくはこの体でもいいでしょう」


 オイゲンがつぶやいた。


「え、何だって?」


 声はオイゲンだが、まるで別人の口調。

 それに、何を言っているのかわからない。


「ここにいても得られるものはないので、それでは我々もギルドに戻りましょうか」

「…………ちょっと、オイゲン止めてよねー。何、その口調?」

「アンドレイみたいで気持ち悪い……です」


 そうだ……、その口調は冗談でも止めてくれ。

 俺は違和感を覚えてオイゲンを凝視した。

 エマやソフィアが言うように、言葉遣いが気持ち悪かったからだけじゃない。

 オイゲンから得体の知れない、何かを感じたからだった。

 だけども、そこにいるのは普段と見た目は変わらないオイゲンだ。


「どうした? 俺の顔をジロジロ見て」

「いや……」


 口調も元に戻っている。

 単なる悪ふざけか……。

 って……おい!?

 どういうことだ!?


「オ、オイゲン……! その左腕はどうしたっ!?」

「ん……。この左腕がどうかしたか?」


 オイゲンは失ったはずの左腕を俺に見せて動かした。

 エマとソフィアに同意を求めて見やるが、二人はきょとんとしている。


「ベルナルド、どうしたの……です?」

「急に大きな声出さないでよねー。びっくりするじゃない」

「…………え? お前ら何言って……」


 戸惑う俺の肩にオイゲンが左腕を回した。


「行こうぜ。リーダー」

「そうそう、行きましょ」

「エイルに帰る……です」


 エマとソフィアが俺の背中を押す。

 いやいや、お前ら本当にどうしたんだよ……?

 絶対におかしいだろ……何で誰も気づかないんだ……?


「……俺は夢でも見ているのか?」


 俺は不安を拭いきれないまま、アンドレイの屋敷を出た。

 こうして、俺達【光輝ある剣】はエアの街を発ちエイルの街に帰るのだった。

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