第22話 一息ついて
「もぅ、私も一緒に行ってたら倒せてたんでしょ?」
「ああ、そうかも。ミディールさんによると聖属性が弱点らしいから、アーシェとは相性がいいんじゃないかな」
南の広場でアーシェと落ち合った俺は、アンドレイの屋敷での一件を事細かに説明した。
「でも、アンドレイを倒せてよかったわね。これで、街も平穏を取り戻せるわ」
「だったらいいんだけどな……」
「あの【重戦士】が気になってるの?」
アンドレイは倒したが、側近だというシリウスには逃げられている。
手放しには喜べない。
「夜に【蒼天の竜】の宿泊先で、情報交換をすることになってるから、そこで詳しく聞こう」
「わかったわ。それより……」
「ん?」
アーシェの視線が俺の左足に向いた。
「その血だらけのズボンを何とかしましょ」
「……そうだな」
顔に付いた血は拭き取っていたが、ズボンの替えは宿にあるので今は血塗れ状態だ。
周りにいる人達にも、不審な目で見られている。
騒ぎになる前に着替えないとな……。
この姿をメルティに見せて心配をさせるわけにはいかず、俺達は彼女に挨拶をせずに宿に帰っていった。
***
夜になり、【蒼天の竜】が滞在する宿にやってきた俺達は、ミディールさんの部屋にいた。
昼間に来た時は子どもの命がかかった緊急事態だったのでよく見てなかったが、Aランク冒険者だけあって俺達の宿泊先とは格段に広さや質が違っていた。
「どうした? 部屋を見回して……そんなに珍しいものでもあったか?」
「ううん。でも、私達の部屋と比べると全然違うなって」
「この街でも一番の高級宿だからな。代金は全部ギルド持ちだ」
ミディールさんが、どうだと言わんばかりに胸を張った。
「へー。そうなんですか?」
Aランクパーティーの特権なのか、冒険者ギルド直通のクエストだからなのかわからないが、ここでの宿泊費用はネスタの冒険者ギルドが支払ってくれるらしい。
昼間に解毒を施した子どもは、夕方には目を覚まして、近くにあった彼の家まで送っていったようだ。
俺は胸を撫で下ろした。
「本当に無事で良かった……」
「お前の手柄だぜ、シスン」
俺と別れた後ミディールさん達【蒼天の竜】は、再びアンドレイの屋敷に向かい地下の部屋から牢の鍵を見つけて、攫われた人々を助け出したそうだ。
ちなみに屋敷の裏に別館があり、そこに攫った人達を閉じ込めていたらしい。
攫われたのは子どもから大人までいて、老若男女問わず十数人が囚われていたという。
アンドレイは奴隷商人をしていたので、中には本当の奴隷もいたかも知れないが全員解放したそうだ。
憲兵や冒険者ギルドにも、アンドレイの脅威はなくなったと報告済みらしい。
地下室で発見されたアンドレイの死体は、憲兵が引き取って埋葬するそうだ。
「それにしても、アンドレイを倒すなんて、やるなシスン」
「まぁ、何とか」
俺はミディールさんに褒められて、気恥ずかしくなり頭を掻いた。
隣にいるアーシェは「んふふー」と嬉しそうだ。
「お前がシリウスをぶった斬った時は驚いたぜ。流石はドラゴンを倒しただけはあるな」
「あの……ところで、そのシリウスはどうして逃げたんですか?」
体感ではシリウスの実力は、決定的な差はないにしてもミディールさんを上回っていたはずだ。
そのシリウスを退かせたということは、何か秘策があったのか、それとも……。
「それがわからないんだよな。俺としては倒す手段がないから、時間を稼ぐので精一杯だったんだが、戦いの途中で向こうが退きやがった」
「シリウスが?」
「ああ。シスンが屋敷から出てくる少し前だったな」
シリウス自ら退いたのか。
何か考えがあっての行動だろうか。
今となってはわからない。
「そうですか……。他に何か変わったことはありませんでしたか?」
「いや…………。あ、そうだ。あいつ魔法も使えるみたいだぜ。氷の……なんだっけ」
昨日、俺に使った魔法だな。
初級の氷属性単体魔法だ。
今日スコット達に教わった中にもあったし、昨日シリウスがそれを放った時に、咄嗟に俺も使えたやつだから印象深い。
「《アイシクルランス》です」
「おう、そうだ。《アイシクルランス》だ。予想してなかったから、不意打ち気味に一発もらっちまったぜ」
「その魔法は、俺も昨日見ましたから」
「え、昨日もって……。お前、シリウスを知っていたのか?」
「はい。昨日、街中で子どもを攫おうとしたアンドレイと遭遇したんで、その時に」
俺は昨日、偶然にもアンドレイやシリウスと遭遇していたことを話した。
関わるなと忠告したが、予期せぬ遭遇だから仕方ないとミディールさんは言った。
「まぁ、とにかくアンドレイが死んだ以上、この街は安泰だ」
「シリウスは放っておいて大丈夫なんですか?」
ミディールさん達が集めた情報では、側近のシリウスはアンドレイのように力のない街の人達を襲うような真似はしないらしい。
「シリウスは戦闘狂っていうか、ただ強者と戦いたいってタイプみたいだな。アンドレイの人攫いには興味なかったみたいだしな。もちろん、俺達が調べた範囲の話だから、絶対そうだとは言い切れないが」
「そうですか。魔族にも色々いるんですね……」
俺はアーシェを横目で見る。
「人間だっていい人もいれば、悪い人もいるでしょ。魔族も同じなのよ。だからって、あのシリウスとかいうのが悪くないとは言ってないわよ。ただ、無差別に弱者を襲ったりはしないって点では、安心ってだけで」
アーシェの言うとおりだろう。
【蒼天の竜】のメンバーは、黙って聞いていた。
「さて、ここから本題だぜ」
ミディールさんが笑みを浮かべて言う。
「ミディール、いいのか? ギルド直通のクエストをシスンに話しても」
「マリーに怒られるわよ」
【剣闘士】の大男と【賢者】の女性が、ミディールを止めようとする。
しかしミディールさんは気にした風もなく、問題ないと言わんばかりに片手をすっと挙げた。
「シスン、今からする話はマリーには内緒だぜ?」
「全く、お前というヤツは……。まぁ、リーダーの判断だ。俺はもう知らんぞ」
「ちょっと、あんた達止めないの?」
【賢者】が【剣闘士】に問いかけるが、彼はもう勝手にしてくれとそっぽを向いている。
続いて、静観していた【高位神官】を見やるが、彼も肩を竦めて首を横に振った。
【賢者】は諦めたように、肩を落とした。
「いいんですか? 俺に話しても……。本当は話しちゃ駄目なんですよね?」
「ああ。本当はな。だけど、シスンも首を突っ込んだからには、何が起こっているのか気になるだろう?」
「それは、そうですね。気にならないと言ったら嘘になります」
俺は黙って話を聞くことにした。
「最初に断っておくが、全部は話せないぜ。だから、お前が気になっているところだけ教えてやる」
そう前置きして、ミディールさんは話し始めた。
二ヶ月ほど前から、エアの街を中心としたこの地方各所で、人が失踪する事件が起こっていた。
そして、この地方にある各冒険者ギルドは捜査を始めるが、その時点で既に奴隷商人アンドレイが怪しいと目星がついていたらしい。
というのも、いくつかの目撃証言があったからだ。
「そんな前からわかってたんですか? ギルドは何も教えてくれなかったのに……」
「まぁ、聞け。この話には続きがある」
しかしある夜、アンドレイを嗅ぎ回っていた冒険者や憲兵が、一夜にして失踪または殺されてしまったらしい。
アンドレイがやったという証拠は残されてはいなかったが、彼に敵対する者がどういう末路を辿るのかを人々に知らしめるには十分な凶行だった。
「それで、ギルドや憲兵は話すのを躊躇っていたってわけですか?」
「そういうことだ」
「でも、どうして今になってネスタの冒険者ギルドが動いたんです?」
「マリー達、ネスタの冒険者ギルドが知ったのも最近のことだ」
二ヶ月前……。
そうか、バラフ山脈にドラゴンがいたから情報が入ってこなかったのか。
いや、ギルド間には魔法で連絡を取り合う魔法石があったはずだ。
「どうして、ネスタみたいに大きなギルドにすぐ連絡しなかったんですか?」
「お前も知ってるだろうが、連絡する手段はあったさ。だが、他のギルドが下手に手を出して、失敗した時に報復を受けるのはこの地方の者だからな。迂闊に連絡できなかったんだろうぜ」
なるほど。
それで、Aランクのミディールさん達が派遣されたのか。
しかし、俺がこの街に来ていて良かった。
【蒼天の竜】だけだと、返り討ちに遭っていただろうし……。
「言っとくけど、俺達のクエストは、アンドレイを探ることだけだったから、まさか戦うとは思ってなかったぜ」
「え? そうだったんですか?」
「ああ。ヤツにAランクパーティーも殺されていたからな。ネスタのギルドもそこまで馬鹿じゃないぜ」
「そしたら……、ギルドにも策があったということですか?」
「そうだ。俺達が情報を持ち帰って、Sランクパーティーが出張る予定だった」
【蒼天の竜】の役割は情報集めで、本来アンドレイやシリウスと戦うのはSランクパーティーだったという。
ちなみに、この地方にはSランクの冒険者はひとりもいないようだ。
俺達が本拠地にしているネスタのギルドにも所属はしていない。
別の地方から呼ぶつもりだったのだろうか。
何にせよアンドレイは死に、このエアの街や近隣の村も救われた。
***
翌日は、アーシェと二人で、街のまだ行っていないところを見て回った。
このエアの街に来て四日目ともなると、あらかた観光は終わった。
「メルティの興行を見られたし、エアの街に来て良かったわね」
「変な事件には遭遇したけどな」
「シスンが解決したじゃない。流石シスンねっ」
事件を解決できた。
そして、魔法も習得できた。
俺にとって有意義な時間を過ごせたとも言えるだろう。
明日はここを発ち、ネスタの街に向かう。
俺はアーシェに手を引かれながら、この街での最後のひとときを楽しんだのだった。
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