第21話 屋敷内で VSアンドレイ

 背後の扉を閉める。

 目についたのは、煌びやかな内装だった。

 素人目にも豪華だとわかる。

 今立っている場所は吹き抜けになっていて、左右には曲線を描く階段が二階へと繋がっている。

 左右の階段は二階で合流し、奥の廊下へと通じているようだ。 


「どっちから上っても一緒だな」


 俺は左の階段を選んで二階に上がった。

 目の前には長い廊下がある。

 立ち止まって耳を澄ませ人の気配を探る。


「問題なし……と」


 左右には三つずつ扉があるが、人の気配は感じないので無視して足早に進んでいく。

 その先には下へと続く階段があった。


「不気味なほど静かだな」


 また下に行くのか……。

 それにしても、人の気配が全くしない。

 ちょっと不気味だな。


 階段を下りると、そこは突き当たりで左右に廊下が分かれていた。

 とりあえず、左の廊下を進んで角をひとつ曲がると食堂があった。


 長いテーブルが置かれている。

 その隣にも部屋があり、そこには調理場が併設されていた。

 俺は軽く見回して何もないことを確認すると、分岐まで戻って右の廊下を進んだ。


「左右で同じ構造だな」


 角を曲がった先には扉があった。

 扉の向こうからは人の気配と、話し声が漏れ聞こえる。

 その様子から、結構な数の者がいるとわかった俺は、思い切って扉を開いた。


 そこにいたのは、アンドレイの取り巻きの男達だ。

 扉を開けた俺に、咄嗟に気づいたのは部屋にいた十人の内四人だけだ。


「誰だ!?」


 男のひとりが叫ぶが、俺は瞬時に昏倒させていた。

 その叫び声で、気づいてなかった者も含めて全員に注目される。

 俺は素早く的確に急所を狙い、彼らの意識を奪っていった。

 剣を抜くまでもなく、全て手刀で終わらせた。


「待機場所か何かか……」


 男達が十人もいたとなると、そう考えるのが妥当だろう。

 俺が部屋に入った時は、くつろいでいたようだし。

 部屋を見回すが、ソファとテーブルあとは高価そうな調度品くらいしかなかった。


 屋敷の部屋はこれで全部だ。

 二階の部屋には入っていないが、気配からして誰もいなかったはずだ。

 アンドレイはここにはいないのか?

 連れ去られた子どもはどこにいる……?


 もう一度部屋を見回す。

 そして、違和感を覚えた。

 テーブルや調度品は、規則正しく歪みもなく綺麗に配置されているのに、ソファだけが微妙に斜めに置かれていたからだ。


「不自然だな。ここまできちんと並べるヤツが、ソファだけこんな置き方するのか……?」


 今しがたの戦闘で、動いたものじゃないはずだ。

 俺はソファの下を覗き込んだ。

 すると、石造りの床に木製の蓋が被さっていた。


「隠し部屋……地下室か」


 急いでソファを動かす。

 木製の蓋を開けると、冷たい風が頬を撫でた。

 そこには、地下へと続く階段があった。

 俺は今一度、倒れている男達に目をやった。

 目が覚めるまでもうしばらく時間があるだろう。

 そう思って、地下へと下りていった。


 長い階段を下りていく。

 果たして、その先には長い通路があった。

 何だ?

 微かに臭うこれは……。

 異臭が鼻につく。

 血の臭い…………、いや、これは死臭だ!



 嫌な予感がする!

 俺は足早に奥へと進んでいく。

 行き着いたのは重厚な鉄の扉だった。

 鍵がかかっていて、通常の手段で開きそうもない。

 俺は思いっきり蹴飛ばした。


 バァンッ!


 鉄の扉は大きくひしゃげたので、続けて三度連続で蹴ってみる。


 ガンッ! ドゴォ! ガタンッ!


 扉を完全に破壊して、部屋の中にいた人物と対面を果たした。


「困りますね。勝手に侵入して家を壊すなんて。本当に酷い人だ」


 アンドレイだった。

 右手に掴んでいるのは、力なくうなだれた幼い子どもだった。

 この子がミディールさんが言っていた、攫われた子どもに違いない。

 それを目の当たりにした途端、俺は一気に頭に血が上った。

 俺は拳を握りしめる。


「アンドレイッ! なんてことを……!」


 部屋は薄暗かったが、向こうの壁には今壊したものと同じような扉がある。

 部屋には死臭が充満していた。

 アンドレイがここで何をしていたのかは明らかだ。


 俺は剣を抜いた。

 それを見て、アンドレイは掴んでいた子どもをまるでゴミをのように投げ捨てた。

 床に放り出された子どもは小さな悲鳴をあげ顔を上げようとするが、力尽きたのかビクンと体を震わせてそのまま動かなくなった。


 俺が子どもに駆け寄ろうとするのを察してか、アンドレイが道を塞ぐように立ち塞がる。

 そして、おもむろに腰を落として溜めをつくると、次の瞬間、


「見られたからには、ここで死んで貰いますよ」


 不気味な笑みを浮かべたアンドレイは、体に似合わない俊敏な動きで俺に迫り右手を突き出した。

 その手は、俺の首筋を狙っている。


「首をへし折って差し上げます」

「遠慮するっ!」


 その伸ばした右腕は、俺に触れることはなかった。

 俺が瞬時に、剣で肘から先を切り飛ばしたからだ。

 血飛沫が上がり、俺の頬にもその一部が付着した。


 奴隷商人アンドレイ。

 シリウスや取り巻き連中を侍らせて自分では戦わないタイプだと思ったが、そうではなかったようだ。

 アンドレイは俺の目の前で動きを止めた。

 だが、その顔は痛みに震えるでもなく、狂気に満ちていた。


「シスン……くんでしたか? あなた、ただの冒険者ではないですね」

「そう見えるか?」

「私の初手を防ぐだけでも、たいした腕だと褒めておきましょう。しかし、もの覚えは悪いようです。言いませんでしたか? 私の邪魔をするなら容赦はしないと」

「どの口で言うんだ? 宿にまで刺客を放ったのは、そっちが先だろう」

「あれは単なるお遊びです。シリウスさんと互角に戦えそうな相手に、【光輝ある剣】のような三流の冒険者が敵うわけないでしょう」


 やはり、エマによる宿屋の襲撃はアンドレイの指示だったか。

 アンドレイは右腕をだらんと下げたまま、まるで痛みを感じていない風に話を続ける。

 痛くないのか……?

 あのまま出血し続けたら、命だって危ういはずだ。

 それに、治癒魔法ではあの右腕は治せない。


「それでは、私の本気をみせましょう。さあ、苦痛に歪む顔を見せてください」


 アンドレイが右腕を肩の高さまで上げた。

 まだ血は流れているが、気にした様子はない。

 俺はその断面に何か動くものがあると気がついた。


「……そういうことか」


 その様子を見て、俺は理解した。

 こいつもそうなのか……と。

 ミディールさんの話ではこいつも魔族だったな。

 シリウスのように再生能力があるとしたらこいつは厄介だ。


 目の前で肘から先の右腕を失ったアンドレイは、微塵も狼狽えた様子はない。

 その右腕は血を滴らせているが、中から触手のようなものが蠢いていた。

 斬られた右腕から現れた二本の触手は、まるで蛇のようにうねうねと動いている。


「触手? そういう魔族もいるのか!」

「ほう……、私の正体を知っているのですか?」


 触手が素早く伸びて、俺の左足に巻きついた。

 途端、アンドレイが大きく口を開けて、その喉奥から別の触手が勢いよく飛び出した。

 左足に巻き付いているものより太い。


 その触手は不規則な動きで翻弄しながら、ムチのように俺に攻撃を仕掛ける。

 俺は剣で斬りかかるが、触手には思った以上に弾力があった。

 剣を弾くと、今度は別の角度から俺に仕掛けてくる。

 俺の剣とアンドレイの触手が一進一退の攻防を繰り広げる。


 シリウスには及ばないが、ドラゴンよりは強いか……。

 俺は触手を弾きながらも冷静に分析する。

 その間も俺の左足に巻き付いた二本の触手は、ぎゅうと締め付けてくる。


 膠着状態を破るべく、俺はひとつ目の鍵を開けて力を解放すると、眼前の触手を叩き斬った。


「はああああっ!」


 斬られた触手は床に落ち、陸に打ち上げられた魚のように跳ねた後、死んだように動きを止めた。

 口から飛び出してきた触手の根元は、だらんと垂れ下がっている。

 想定内なのか、アンドレイは不敵に笑っている。


「お前は再生しないのか?」

「……ほう。あれからシリウスさんと戦ったのですか?」

「ああ。ついさっきな」

「シリウスさんにも困りましたね。自重するように注意はしていたんですが……。そして、ここにいるということは……一体どうやって彼を退かせたのですか? 実に興味深いですね」


 アンドレイの視線が俺の左足に向けられるのと、俺がその左足に痛みを覚えたのははぼ同時だった。

 痛みの先に視線をやると、巻きついた触手が脈打っている。

 これは……!?


「俺の血を吸ってるのか!?」

「ええ、そうです。やはり、若い人間の血は美味ですね」


 ……アーシェを連れてこなくて正解だった。

 彼女がこんな触手の化物を見たら、ギャーギャー騒いでいただろう。

 俺がほくそ笑んだのが気に障ったのか、アンドレイは怒気を含ませた声で言う。


「余裕でいられるのも今のうちですよ。その触手からは逃れられません。あなたも干からびてしまいなさい」


 左足に巻き付いた二本の触手が、先ほどよりもキツく締め付けてくる。


「これがどうしたって?」


 俺は左足に巻きついている触手を掴み、力任せに握りつぶした。

 ブチュブチュ、という破裂音を発し触手は潰れ、その中から血が噴き出す。

 おかげで、左手と左足は血まみれだ。


 さっき斬り落とした触手より弾力はなかった。

 触手に強い弱いの概念があるのかわからないが、体感だとさっきの触手の方が強いと思った。

 顔を上げて、アンドレイを睨みつける。


「ば、馬鹿な! レベル100の冒険者でさえ絞め上げる私の自慢の触手をっ!? 素手で握り潰すなんて……!」


 途端、アンドレイの顔から笑みが消える。

 今までの余裕が嘘のように崩れ去ったようだ。

 動揺しているのは明らかだ。


「俺のレベルがそれ以上だった……ただ、それだけだろ」

「聞いていないっ! 私は聞いていませんよ! レベル100を越える冒険者がこの街にいるなんてっ!」


 アンドレイが目を見開いて、後ずさる。

 俺との実力差をようやく理解したようだ。


「そんなっ! 吸血と同時に、体内に猛毒を流し込んだんだんですよ! 立っていられるはずが……!?」


 毒をもらっていたのか。

 全く気づかなかった。

 爺ちゃんとの修行で幼いころから毒に対する耐性はついているから、俺に毒で攻撃するのは意味がない。


「残念だったな。俺に毒は効かない」

「そ、そんなっ!」


 狼狽えるアンドレイに、俺は床を蹴って迫った。

 俺の動きに全く反応できずに棒立ちのままだ。


「ひいっ!」


 アンドレイが気づいて小さな悲鳴を上げた時、俺が振り下ろした剣は既にヤツの首筋に肉薄していた。

 真横に剣を薙いだその一撃が、アンドレイの首を斬り落とす。

 首は床に落ち、なんとも言えない音を立てた。

 再生能力を持っていないなら、これで終わりのはずだ。


 俺は床に倒れている子どもに目をやる。

 そして、すぐさま子どもに駆け寄った。

 子どもを抱き起こすと、微かだが呼吸をしていた。


「まだ、生きている! 《ヒール》!」


 こんなところで、【神官】で覚えた魔法が役に立つとは思わなかった。

 俺の《ヒール》で子どもの外傷や体力は治癒した。


「うっ……うぅ……!」

「安心しろ。必ず助けるからな」


 子どもはまだ苦しそうに呻いている。

 顔色は悪く、毒が回っているようだ。

 習得したばかりの解毒魔法をかけるが、効果が見られない。


「初級の解毒じゃ無理なのか!」


 普通の毒じゃなかったらしい。

 だが、【高位神官】ならともかく、俺は上級の解毒魔法は知らない。

 冒険者ギルドに今から走って、運良く上級の解毒魔法を使える者がいるだろうか?

 いなかったら最悪だ。


 だとしたら教会の方が、まだ可能性はあるか。

 考えている時間も惜しい。

 子どもの体力が持つか心配だが、俺は急いで屋敷を出ることにした。

 部屋を出る際にアンドレイの亡骸を一瞥するが、生気を感じなかった。




 屋敷を出ると、ミディールさんが地面に膝をついて肩で息をしていた。

 シリウスの姿はなかった。


「ミディールさん! 大丈夫ですか!?」

「ああ。だけど、すまん。途中で逃げられた。それより、その子どもは?」

「詳しい話は後でします! 毒を受けて、危険な状態なんです!」

「それなら宿に【蒼天の竜】のメンバーがいる。ついて来い!」


 そう言うとミディールさんは、立ち上がって走り出した。

 俺は子どもを抱えたまま、その後を追いかける。

 門には見張りをしていた男達の姿はなかった。

 シリウスと一緒に逃げたのだろうか。

 俺は考えるのは後にして、【蒼天の竜】が宿泊しているという宿に急いだ。


 並走しながら、俺はミディールさんに屋敷であったことを話した。


「アンドレイをやったのか?」

「はい。死体は地下に転がっているはずです」

「そうか。後味の悪い役目をさせてすまんな。冒険者ギルドと憲兵には俺から報告しておこう」

「わかりました。お願いします」


 宿に着くとミディールさんが簡単に説明し、【蒼天の竜】の【高位神官】が上級の解毒魔法を施してくれた。

 子どもはまだ意識を失っていたが、これで容態は回復に向かうだろうとのことだった。


「ありがとうございます。本当に助かりました」

「いいってことよ。それで、シスンはこの後どうするんだ?」

「アーシェと合流して、アンドレイの屋敷で起こったことを話します」

「そうか。それなら、夜に俺達と情報交換しようぜ。お前に話しておきたいこともあるしな」

「わかりました」


 そうして俺は、南の広場にアーシェを迎えに行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る