第20話 屋敷前にて VSシリウス
「まさか、シスンがここにいるとは驚いたぜ」
そう言って背中の大斧を握って、片手で容易く持ち上げる。
俺が言葉を返す前に、割り込んだのはシリウスだ。
「何だ、お前は?」
「俺は【蒼天の竜】のミディール。冒険者だ」
「俺とシスンの戦いを邪魔するのか?」
シリウスはAランクパーティーの【蒼天の竜】の名前を聞いても動揺する様子はない。
肝が座っているのか、無知なのかどっちだろう?
それにしても、どうしてミディールさんがここに……?
ランドレイの屋敷から出てきたようだが、二階の屋根にいたということは、真っ当な訪問じゃなさそうだ。
「同じギルドに所属する後輩が困ってるみたいなんで、助太刀に来た」
どうやら、俺に手を貸してくれるらしい。
ここはミディールさんの言葉に甘えて、任せてもいいのだろうか。
それ以前に、シリウスがそれを許してくれるのかも疑問だ。
「だりゃああああああああっ!」
ミディールさんは既に臨戦態勢だった。
いとも簡単に、大斧を振り回す。
「むん!」
ミディールさんの大斧とシリウスの大剣が、一合、二合、三合打ち合って互いに後ろへ跳んだ。
シリウスは大剣を肩に担いで、こちらの様子を窺っている。
ミディールさんが背中越しに、俺に話しかけた。
緊張感が伝わってくる。
「シスン。アンドレイはお前が考えている以上にヤバイ。この場は俺に任せて、お前はここから出ろ」
「それはできません」
「…………何?」
「アンドレイは街で子どもを攫っています。他の冒険者や憲兵は手を出せない理由があるみたいですが、俺はヤツの行動を見過ごせませんから」
俺の位置からじゃミィデールさんの顔は見えないが、彼は笑ったように息を吐いた。
「アンドレイについてどこまで知ってる?」
「え……?」
「それ以外に何か掴んだか?」
「まだ何かあるんですか?」
ミディールさんは俺にだけ聞こえるように小声で話す。
俺はシリウスを警戒しながら耳を傾ける。
ミディールさんがネスタの冒険者ギルドから受けた直通の依頼
クエスト
とは、アンドレイの調査だった。
「最近、エアの街周辺から行方不明者が多発していてな。どうやら、ここに囚われているらしい」
「本当ですか……?」
「さっきも子どもが中に連れ込まれたところだ。俺も屋敷に侵入しようとしていたところに、丁度シスンが来たんだ」
「また子どもが……!?」
別の街で調査をした後、アンドレイの屋敷に侵入しようとしていたらしい。
ミディールさんは俺より情報を持っている。
そして、それ以上の情報を得るには、やはり屋敷に侵入するしかないようだ。
「おっと、詳しく話をしている余裕はなさそうだ」
痺れを切らしたシリウスが、大剣を担いで歩いてくる。
ミディールさんが舌打ちをして、大斧を構え直す
「あいつは強敵だぞ。アンドレイの相棒みたいなやつだが少々特殊でな……。できれば戦いは避けたい相手だ」
「俺がやります」
俺はミディールさんの前に出る
また子どもが攫われたとなると、もはや一刻の猶予もない。
「…………ったく、無鉄砲な後輩だぜ。わかった二人で行くぞ」
「いえ、すぐに終わらせます」
「なっ……!? おい、待てま――――」
ミディールさんの制止を最後まで聞かずに、俺は飛び出した。
駆け出す俺に、シリウスは微塵も動じず立ち止まって大剣を構える。
俺は走りながら、【剣士】のスキル《ソニックウェーブ》を放った。
剣から発生した刃が、シリウスを襲う。
「むんっ!」
シリウスは大剣を軽々と回転させて、俺の《ソニックウェーブ》を凌ぎきる。
これで倒せるとは思っていない。
だが、俺がシリウスに近づくまでの時間稼ぎには十分だった。
俺はひとつ目の鍵を開けて、バラフ山脈でドラゴンを斬った時と同じだけの力を解放した。
「はああっ!」
閃光が走る。
俺の剣がシリウスの胴を真横に薙いだ。
重厚な金属鎧には直線状の裂け目が入り、その隙間からは血が飛び散った。
ふらつきながら一歩、二歩と後退し、顔を覆う兜の下からも血が流れる。
体の内部まで傷つけられ、口から血を吐いたのだ。
仰け反った重装備の巨体が地面に倒れる重々しい音がした。
加減はできなかった。
それでも両断までいたらなかったのは、シリウスがドラゴン以上の強さだと物語っている。
だが、もう生きてはいまい。
「お、おい……。何だよ!? 今の斬撃は……! 全く見えなかったぞ……?」
ミディールさんは目を見開いて驚愕しているように見えた。
俺は仰向けに倒れているシリウスを一瞥してから、自分の剣を確認する。
鎧を斬ったが、俺の剣は刃こぼれひとつしていなかった。
流石、ドワーフのオヤジさんの剣だな。
納得して俺は剣を鞘に収めた。
ミディールさんは構えを解いて、駆け寄ってきた。
「シスン。お前、絶対俺よりレベル上だろ?」
「え……あー」
「特に《ソニックウェーブ》を放って、相手の懐に飛び込んだ直後……あれは何なんだ? 一気に力が増したように感じたが……」
俺が何て言い訳しようか言葉に詰まっていると、倒れていたシリウスに変化があった。
「ごふっ!」
血を吐いた。
息を……している?
まだ、生きていた!
「シスン! 離れろっ!」
ミディールさんが叫んで、後ろに大きく下がって大斧を構える。
俺は再び剣を抜いて、三歩下がった。
シリウスは上半身を起こすと、大剣を地面に突き刺してゆっくりと立ち上がった。
最後に大剣を地面から抜いて、頭上で一回転させ肩に担ぐ。
「凄まじい斬撃だった。並の体なら死んでいたな」
シリウスは自らの腹を見てつぶやいた。
立ち上がったシリウスの腹を見て、俺は目を細めた。
鎧の裂け目から流れていた血は止まり、何故か泡立ち始めている。
「これは……?」
治癒魔法を使用した形跡はなかった。
だけど……回復している?
鎧の裂け目から流れた泡立った血は、煙を出しながら瞬く間に乾いていった。
そして、シリウスは何事もなかったように不敵に大剣を構える。
何が起こっているかわからず訝しみながらも、俺はシリウスの大剣を撥ね上げるように剣を振るった。
大剣は上空に弾き飛ばされて、回転しながら落ちてきて地面に突き刺さる。
「むう……!」
シリウスの顔の向きから注意が大剣の方に向いた一瞬の隙を、俺は逃さなかった。
すかさず、俺は肩から脇にかけて斬り裂いた。
「ぐはあっ……!」
さっきの斬撃と合わせて、鎧には二筋の裂け目が入っている。
新しくできた傷からは激しく血が噴き出した。
シリウスは膝をついて、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。
その巨体はピクリともしない。
シリウスから流れ出した血が、地面を赤く染めている。
「何だったんだ……?」
俺は独り言のようにつぶやいてから、視線をシリウスからミディールさんの方へと移した。
「シスン。多分、こいつはまた立ち上がるぜ?」
「どういうことですか?」
ミディールさんは何かに気づいたようだった。
大斧を握ったまま、すり足でこちらに近づく。
シリウスを足で転がして仰向けにし、俺の腕を掴んで後ろに下がらせた。
「見てみろ。もう血が止まりかけてる。俺が調べた限りだと、こいつは人間じゃない」
ミディールさんが調べた?
どういうことなんだ?
シリウスは人間ではないとすると、一体何なんだ?
顔は隠しているが、体格からドワーフやエルフでもないのは確かだ。
だとしたら、モンスターなのか?
喋るモンスターなど聞いたこともないが……。
「人型のモンスターだとでもいうんですか?」
「いや、こいつは魔族だ。恐らくアンドレイも同じと考えた方がいいだろう」
「魔族……?」
魔族……。
魔族とは、爺ちゃんが昔戦ったという魔王が従えていた種族だ。
魔王がいなくなってからは遙か遠い辺境に追いやられたと聞いている。
魔族の知り合いがひとりいるがそれ以外に見たことはないし、その人は悪い人じゃないのは確かだ。
それに致命傷にもなる傷が、勝手に治癒するなんて聞いたこともない。
「こいつが魔族だと知っていたんですか?」
「ああ。そこまでは調べていた」
「しかも、厄介だぜ。こいつは再生能力まで持っているらしい。これは予想外だったがな。倒しても復活するアンデッド系のモンスターの比じゃないぞ。となると……普通の武器や攻撃じゃ倒すのは難しいぜ」
「そういった場合、普通はどうやって倒したらいいですか?」
爺ちゃんからも、そういった相手と戦う時の話は聞いていない。
ミディールさんは何か知っていそうだった。
「聖属性の攻撃なら再生できないはずだ。逆に言えば、今の俺達にはヤツを完全に倒すのは無理ってことだ」
聖属性…………それなら、アーシェの《ホーリーブロウ》ならいけるのか。
スコット達に教わった攻撃魔法にも、聖属性のものはない。
「シスン。屋敷に入るんなら行け」
ミディールさんから意外な言葉が出た。
さっきはここから去るように言ってきたのに、何か考えがあるんだろうか。
「いいんですか?」
「お前が俺より強いのは、今のでわかった。中にはアンドレイがいるはずだ。俺が行くより、お前が行った方がいいと判断した」
「中に……アンドレイが? でもシリウスの方は?」
「時間くらいは稼いでやる」
確かに俺が戦っても負けることはないが、ミディールさんの言うとおりなら延々これを繰り返す羽目になる。
だとしたら、無駄に時間を浪費するだけだし、他の手が思いつかない以上ここはミディールさんに素直に任せた方が良さそうだ。
「わかりました。そういうことなら、ここはお願いします」
丁度、シリウスが起き上がってきた。
緩慢な動きで地面に突き刺さった大剣に向かって、のそのそと歩き出した。
「ああ! 任されたぜっ!」
ミディールさんがシリウスに攻撃をしかけている間に、俺は剣を鞘に収めて屋敷まで走り扉に手をかけた。
そこで振り返ると大剣を引き抜いたシリウスに、ミディールさんが大斧を振り下ろしているところだった。
「なるべく早く戻って来ます! 何とか保たせてください!」
そう声を張り上げて俺は扉に向き直る。
鍵は掛かっていなくて、すんなり扉は開いた。
背後からは大斧と大剣が打ちつけ合う重厚な金属音が聞こえたが、俺はもう振り返らずに屋敷の中へと入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます