第19話 憲兵の詰所

 俺とアーシェはスコット達【希望の光】と昼食を満喫した。

 アーシェは何でも好きなものを食べていいと言ったが、スコットは気を遣ってくれたのか値段も安価で大衆的な店を選択した。


 ドラゴン討伐の報酬がたんまりあるから、俺達の懐具合は気にしてくれなくても良かったのだけれど、【希望の光

】はみんな食が細いらしい。

 俺やアーシェの方が、彼ら四人と同じくらい食べていたような気がする。

 故郷イゴーリの村では、爺ちゃんから「食べるのも修行の内じゃ」とよく言われていたのを思い出した。


 ネスタの街に帰ったら今度一緒にクエストをしようと言われたので、約束してスコット達と別れた。


 そして、俺達は憲兵の詰所へと向かった。

 朝食時に女将さんから聞いた話では、このエアの街には東、西、南の三ヵ所に憲兵の詰所があるらしい。

 午後からはメルティの興行に顔を出す予定なので、効率良く移動するために、東、西、南の順番で回ると決めた。

 ここから、東の詰所はすぐ目と鼻の先だ。


 詰所は冒険者ギルドと同じくらいの大きさの建物だった。

 その詰所を囲むように身長の倍ほどの石造りの塀があり、正面には鉄製の門がある。

 門の前には、憲兵がひとり立っている。

 俺が近づくと、憲兵は目だけをギロッと動かした。


「こんにちは。ちょっといいですか?」


 だが、憲兵は素っ気なく言葉を返す。


「子どもは帰りなさい」

「何だって? 俺は話を聞きたいだけなんだ。とりあえず話を……」


 子ども扱いされてしまった。

 確かに十七歳の俺は実年齢より幼く見られるが、冒険者ギルドの登録条件である十六歳を越えている成人だ。

 俺がどうしたものかと思案していると、隣のアーシェが自らの冒険者カードを取り出して提示した。


「はい。これを見て。私の冒険者カードよ。シスンも出して」

「あ、うん。はい、俺の冒険者カード」

「う、うむ。冒険者だったのか。これは失礼した」


 憲兵は俺達の冒険者カードを交互に確認する。

 アーシェは冒険者カードに記されているBランク表示を指す。


「私達、これでも一応Bランクの冒険者よ。このシスンはバラフ山脈のドラゴン討伐の立役者なんだけど、噂くらい聞いたことはないかしら?」

「あ、あのドラゴン討伐のか!?」


 憲兵は驚いた様子で俺を見つめる。

 そして、上長に確認するから待ってくれと言い残して、門を開けて中に入っていった。

 子どもだからという理由で危うく門前払いになりかけたが、アーシェの機転で上手く事が進みそうだ。


 ほどなくして、俺達は憲兵から謝罪の言葉と共に、詰所の中へと案内された。

 憲兵の態度は一転して、急にお客様扱いになった。


 詰所の中にいた憲兵は対応が親切丁寧だった。

 元々そうなのか、さっきの件で態度を変えたのかはわからない。


 今からこの東の憲兵隊を統括している隊長が、会ってくれるらしい。

 待っている間、憲兵からドラゴン討伐を感謝された。

 俺は謙遜して曖昧に頷いていたが、アーシェは俺を褒め称えて、憲兵は憧憬の表情で俺達を眺めていた。


「俺がこの東の詰所の責任者で、憲兵隊の隊長を務めるフロートだ。君がシスンくんで、そっちがアーシェくんだね? いやー、ドラゴン討伐は聞いたよ。流石、Bランク冒険者だ」


 東の憲兵隊を仕切るフロートさんは、痩せぎすの五十代くらいのおじさんだった。

 俺は単刀直入にアンドレイの所在を聞いた。

 だが俺がアンドレイの名前を出した途端に、フロートさんが挙動不審になる。


「……そ、そんなことを聞いてどうするんだね?」

「何をしている人ですか?」

「……商人だよ。宝石商をしている」


 表の顔は宝石商なのか。


「そうですか。俺達は、奴隷商人のアンドレイについて聞きたいんですけど」

「どれ…………。い、いや何を言っているんだね」


 別にこの国は奴隷制度はあるし、人身売買も違法ではない。

 後ろめたい職業であるのは違いないだろうが。

 だから、宝石商を名乗っているのだろう。

 それにしても、フロートさんは明らかに動揺していた。


「そのアンドレイとかいう人に、知り合いの妹が攫われかけたんです。まだ四歳の女の子です」

「…………うっ!」


 フロートさんは額に大粒の汗を浮かべて、目を泳がせていた。

 何か隠している。

 昨日の冒険者ギルドでもそうだったが、言いたくても言えないみたいな感じだろうか。

 どこからか圧力がかかっているか……アンドレイの報復を恐れているか、そのどちらかだろう。


「しょ、証拠はあるのかね?」

「俺達、現場に居合わせたんです。だから助かったんですけど」

「そ、そうか。わ、わかった街の見回りを強化しておこう……」


 アンドレイを捕えるという選択はないのか……。

 やはり、簡単に手を出せない事情があるようだ。


「わかりました。ただ、街の子どもを攫うのは犯罪ですよね? 見つけたら、こちらで対処していいですか?」


 駄目だとは言えないだろう。

 フロートさんは力なく、首を縦に振った。


 西と南の詰所も同様の反応だった。

 もちろん、何かあった時は対処していいと言質は取ってある。

 南の隊長に至っては、渋りながらもアンドレイの屋敷まで教えてくれた。

 そこも探ってみよう。


「憲兵もあてにならないわねー」

「多分、アンドレイから圧力がかかっているんだろう」

「商人が憲兵や冒険者ギルドに圧力をかけたって言うの?」

「ああ」

「お金で買収でもしたのかしら?」

「それはこれから調べるさ」


 南の詰所を出ると丁度いい時間になったので、南の広場のメルティに会いに行く。

 メルティと少し会話してから、昨日と同じ内容の興行を見る。


「メルティには悪いが、流石に二日続けて同じ内容を見るのは……」

「そんなことないわよ。メルティとお姉さんの踊りはずっと見ていられるし、弟くんの玉乗りも楽しめるし」


 アーシェが楽しんでいるようで良かった。

 さて、ここはアーシェに任せて、俺はアンドレイの屋敷を調べるとしよう。


「アーシェ、今から別行動だ。ここは任せた」

「え!? 何なのよ、急に!」

「俺はアンドレイの屋敷を調べる」

「私も行くわよー」

「メルティ達を守ってやってくれ。アーシェがいれば、どんな敵が襲ってきても大丈夫だろう」

「わ、私がいれば大丈夫って、私を化物みたいに言わないでよー。んもぅ」

「そういう意味じゃないよ。アーシェがいれば安心して、俺は自分の役割を果たせるってこと」

「……わかってるわよ。じゃあ、気をつけてね」

「ああ」


 俺は大通りを北に向かって歩いていく。

 しばらく歩くと、アンドレイの部下らしい男を見かけた。

 昨日の取り巻きと同様、統一感のある服を着ているのですぐにそうだとわかる。


 二人の男が人気のなさそうな路地に入って行くので、不審に思い後に続く。

 俺は壁の角に身を隠して、状況を探った。


「お、おじさん……誰?」

「いいから黙ってついて来るんだ」

「おい、坊主。声を上げたらどうなるかわかっているな?」


 昼間から子どもを攫おうとしていた。

 二人の男に挟まれた少年は、恐怖に顔を歪めていた。

 こいつら、堂々となんてことを。


「は、離してよ!」

「静かにしろ」

「死にたいのか」


 俺は一足飛びで男の背後に近づくと、首筋に手刀を叩き込んだ。

 少年の腕を掴んでいた男は気を失い、力なく地に伏した。


「だ、誰だ!?」


 二人目の男の胸ぐらを掴んで、壁に押しつける。

 そのまま腕で首を圧迫して、絞め落とした。

 二人とも、これでしばらくは動けないだろう。


「大丈夫か?」

「う、うん……。ありがとう、お兄ちゃん!」

「人が少ないところは危ないから、大人達がいる場所で遊びな」

「うん、わかった!」


 少年は少し前まで恐怖していた感情を忘れたように、元気に走っていった。

 こういうことが日常的に行われているのか?

 この街はどうなってるんだ?


 それから、いくつかの通りを抜けると、アンドレイの屋敷が見えた。

 昨日見た屈強な男が三人、門の前に立って見張りをしている。

 俺は普通に近づいていく。


「止まれ。…………!? お、お前は昨日の……!?」


 男達が戸惑っている。

 俺を知っているということは、昨日のヤツらで間違いないな。


「アンドレイはいるか?」

「……帰れ。こ、ここは子どもの遊び場じゃないんだぞ」

「話がしたいだけだ。シスンが来たと伝えてくれ」

「アンドレイ様は忙しい方だ。用件があるなら俺が聞いてやる」


 こいつらはアンドレイのやっていることを、どこまで知っているのだろう。

 人攫いもしていたし、深いところまでアンドレイの思惑を把握しているのだろうか?

 だとしたら、締め上げて吐かせるか。


「子どもを攫っていることについて聞きたいんだ」


 男達の目つきが変わる。

 男のひとりが殴りかかろうとするのを察した俺は、すかさず《バインド》を放つ。


「くっ!」


 残る二人の男が、俺を挟み込むように移動した。

 警戒から、排除に切り替えたか。


「よっぽど、聞かれたくないような話のようだな。益々、聞き出したくなった。怪我をしたくなかったら、今の内にアンドレイを呼ぶんだ」

「調子に乗るなよ! ガキがっ!」


 男はアンドレイに取り次ぐ気はないらしい。

 三人を倒して屋敷に入るのは容易いが……。

 俺は鉄柵の門越しに、庭の向こうにある大きな屋敷を横目で見る。

 すると、扉が開いて人が出てきた。

 あいつは……!


「確か……シリウスだったか」


 昨日出会った【重戦士】だった。

 男達もシリウスに気づいたようだ。

 シリウスはゆっくりとこちらに歩いてくる。


「あ、シリウスさん! このガキがアンドレイ様を出せと、しつこいんです!」


 シリウスは俺の目の前で立ち止まった。

 昨日と同じ出で立ちで兜で顔は見えず、背中に大剣を担いでいる。


「お前、中に入れ」

「シ、シリウスさん!? アンドレイ様の許可なくそれは……!」

「俺の許可では問題か?」

「い、いえっ!」


 シリウスは中へ入れと言うが、アンドレイの指示ではないようだ。

 だが男達はシリウスに睨まれて、屈強な体に似合わず縮こまっている。

 俺は門をくぐって庭に足を踏み入れる。

 屋敷付近まで歩くと、ふいにシリウスが振り向いた。


「ここでいいだろう」

「何がだ?」

「屋敷に入りたければ、俺を倒してからにしろ」


 そういうことか。

 シリウスが俺の前で初めて大剣を抜いた。

 その形状から判断するに、斬るより叩き潰すって感じだろう。

 俺も応えるように、抜剣する。

 街中だし範囲攻撃魔法は使えない。

 剣で一気に片をつけるしかない。

 そう考えた時、頭上から声がした。


「せっかく忠告したのに、お前ってやつは」


 声のした方を見上げると、屋敷の二階部分の屋根にひとりの男が立っていた。

 男は跳躍すると空中で一回転を披露する。


 ザンッ!


 上空から俺とシリウスの間に着地したのは、見覚えのあるAランク冒険者だ。

 一度見たら忘れない、顔に刻まれた大きな傷が特徴のミディールさんだった。


「え……ミディールさん!?」

「行け、シスン。こいつの相手は俺がするぜ」


 ミディールさんは、背中に担いでいた巨大な斧に手をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る