第18話 攻撃魔法をぶっ放せ
翌朝、事情を知らない女将さんから窓ガラスの修理代を請求された俺は、素直に提示された金額を支払った。
アーシェは本当のことを説明しようとしていたが、そうしたところで宿を追い出されるだけだろう。
俺は代わりの部屋を用意して貰った。
二つ隣の部屋。
つまり、アーシェの隣の部屋だ。
「今日は予定どおりでいいの?」
朝食のパンを口に頬張りながら、アーシェが俺に尋ねた。
スコット達【希望の光】に魔法を教えて貰う予定に、変更はないかという確認だ。
俺は野菜を噛みしめつつ、予定どおりと頷いた。
「その後はスコット達に昼食を奢る約束だろ? 午後はメルティの興行の様子を見に行く。あ、その前に憲兵の詰所に行ってみよう」
「詰所に?」
俺は女将さんの作った肉を煮込んだスープを飲みながら、アンドレイについて考える。
エマ達とアンドレイの関係を詰めた方が良かったかも知れない。
昨夜はそこまで気が回らなかった。
まぁ、済んでしまったことは仕方がないとして、今日はアンドレイの住処を探ってみよう。
このまま、ネスタの街に帰るなんてできないからな。
冒険者ギルドはあてにならないし、憲兵の詰所で情報を集めよう。
俺達は街の入口で【希望の光】と合流した。
スコット達は冒険者ギルドでクエストを受注していた。
「どうせやるならクエストも兼ねた方が、報酬も貰えるしな。あ、ちゃんとお前らの名前も申請してあるから、冒険者ポイントと報酬は均等分けになるから安心してくれ」
「いや、それは流石に悪いよ。スコット達だけで受け取ってくれればいい」
「水くさいこと言うなって。同じギルドに所属する仲間なんだから」
スコットが固辞するので、俺はその厚意に甘えることにした。
今回スコットが受けたクエストは、エアの街から少し離れたところにある荒野でのモンスター狩りだ。
ダイアウルフという狼のモンスターが繁殖して、近隣の街や村の畑を荒らしているらしい。
「いきなり実戦でも、シスンなら大丈夫だわ。ね?」
「そうだな。魔法が実戦でどれほど効果があるのか試せるし、なにより街の人達も助かるだろう」
本来、Bランクパーティーが請け負うには簡単過ぎるクエストだが、結構な数が相手ということで、Bランクパーティーにクエストが回された経緯があった。
「お、いたいた。かなり多いな」
スコットが遠くを指しながら、俺に目配せした。
「ああ。確かに多いな。繁殖期なのか?」
「さあなー。俺達はクエストをこなすだけだ。ここなら周りに被害が出ることもないから、バンバン魔法がぶっ放せるぞー」
「スコットくん。相変わらず危険な発言だね……。魔法は遊びじゃないんだよ?」
スコットが【希望の光】の良識者である【魔法使い】に、たしなめられていた。
「スコット。それじゃあ、宜しく頼む」
「ああ。まずは……あまねく火の精霊よ、汝が司る紅蓮の炎を以て、立ちはだかる全ての敵を討ち滅ぼせ……」
スコットが詠唱を開始すると、スコットの右手に魔力が収束していくのがわかる。
その魔力は詠唱が進むにつれて膨れ上がり、スコットの右手からは深紅に燃え上がる炎が顕現した。
詠唱の呪文が必要ということは、これは中級以上の魔法か。
俺はスコットの一挙手一投足を頭に叩き込む。
「《ファイアストーム》!」
スコットがダイアウルフの群れに、《ファイアストーム》という魔法を放った。
ひりつくような熱風が、俺の頬を無遠慮に撫でた。
前方のダイアウルフの群れは、炎の竜巻に巻き込まれて無残にも焼かれていく。
辺りには肉の焼け焦げた臭いが広がった。
「これが《ファイアストーム》か!」
もしかしたら【光輝ある剣】にいた時にエマが使っていたかも知れないが、詠唱から発動まできちんと見るのは初めてだ。
その効果はダイアウルフの死骸を見れば一目瞭然だった。
群れの中心を狙ったため効果範囲から逃れたものもいるが、【希望の光】の紅一点である【精霊使い】が追撃する。
「シスンくん。今度は彼女の方を良く見ててください」
【魔法使い】に言われるまでもなく、俺は魔力を察してその挙動を視界に入れている。
「強固なる地の精霊の脈動……汝の領域を侵すものに鉄槌を下し……」
女性特有のしなやかな動作とは裏腹に、真剣な眼差しからは力強さを感じる。
地面から砂埃が舞い、魔力のこもった彼女の両手に、土や石が集まって巨大な塊を形成していった。
「大いなる大地にひれ伏せよ…」
俺もアーシェもその光景に釘付けだ。
「《ストーンフォール》!」
土と石でできたその巨大な塊は、彼女の手から離れるとダイアウルフの頭上へ飛んでいく。
《ストーンフォール》で踏み潰されたダイアウルフは、詠唱の呪文どおり地面にひれ伏した形だ。
さっきのスコットの《ファイアストーム》と合わせて、二十匹はダイアウルフを仕留めたが、まだ十匹は残っている。
「シスン。できる範囲でやってみろ。お前なら、上手くできる気がする」
「わかった」
俺は両手を前に突き出す。
二人が見せてくれた魔法は頭に深く刻まれている。
俺は息をひとつ吐いて、魔力を両手に注いだ。
確かこうやって、魔力を両手に集中させて……。
こうだっ!
「はあああああああっ!」
「「「!?」」」
荒れ狂う炎と巨大な落石が、ダイアウルフを襲う。
威力も申し分ない。
スコット達に勝るとも劣らない出来だった。
初めてにしては上々だ。
俺は右手から《ファイアストーム》を、そして左手からは《ストーンフォール》を放つことに成功していた。
それぞれの魔法は狙いどおりダイアウルフに直撃し、それらを全滅させた。
よし!
中級の攻撃魔法も無詠唱でできたぞ!
俺は達成感で満たされた。
「おい、スコット! できたぞ! 無詠唱でできた!」
「「「……………………!!!!!」」」
何故か、【希望の光】の面々は顎が外れそうなくらい口を大きく開けていた。
【神官】に至っては、地面に尻をつけていた。
そうか……、流石に中級魔法を無詠唱でできるとは、彼らも思ってなかったんだな……。
俺は頭をかきながら、スコットに声をかける。
「スコット……?」
「…………はっ! あ、ああ……ごめん。唖然としてた」
俺が首を傾げると、【魔法使い】がスコットの肩に手をやった。
「……スコットくん。……シスンくんは本物の天才のようです」
「シスン凄いわ! 天才だってー! 私はわかってたけどっ!」
アーシェが飛び跳ねて喜んでくれている。
ちょっと照れくさい。
「シスン……。お前今……何やったか、わかってるか?」
「え? 中級魔法を無詠唱で……」
「無詠唱どころじゃないって!」
「と言うと?」
「お
俺は何かおかしなことをしたのか……?
「え? マズかったのか?」
「そんなヤツ初めて見たし聞いたよ!」
他の【希望の光】のメンバーはこくこくと頷いた。
スコットの話では、普通だと魔法は一回発動してから次の魔法を発動するらしい。
俺がやったみたいに、二つの魔法を同時に放つなんて信じられないと驚いていた。
それから、狩り場を変えて他の魔法も教えて貰った。
今のところ二つ同時は可能だとわかった。
三つ同時を試してみたが、三つ別々の集中をするので骨が折れる。
できないこともないが、頭をそれに使う時間があるなら剣を抜いて斬った方が早いだろう。
だから、実用的なのは二つ同時までだと判断した。
こうして、俺は【希望の光】が習得している魔法を全て身につけた。
残念ながら、またしてもアーシェは詠唱込みでも失敗した。
だけど、落ち込んではいないようだ。
俺が習得できたから満足と言ってくれた。
「あーあ。たった一日で習得するなんて、お前なら古代魔法をも使いこなすかもな」
「スコットくん。確かにシスンくんは天才だけど、それはどうかな?」
「でもよ。シスンの無詠唱を見たら、期待せずにはいられないだろー?」
「…………それも、そうだね。シスンくんならいつか古代魔法を使えるかも知れないね」
スコットと【魔法使い】の会話を聞いて気になったので、古代魔法とは何か尋ねてみた。
古代魔法とはかつてこの世界で栄えた魔法文明時代に編み出された強力無比な魔法だそうだ。
その威力は上級魔法の比ではないと、昔の文献に残っているらしい。
「噂じゃ、Sランクパーティーで使えるヤツがいるとか、いないとか」
「そうなのか。本当に存在するなら一度見てみたいな」
「シスンなら、それを無詠唱でできるかもねー。その日が待ち遠しいわ」
アーシェが期待を込めて、キラキラと瞳を輝かせる。
一息ついたところで、スコットが話題を変えた。
「ところで、シスン。ひとつ聞いていいか?」
「何だ?」
「お前らはパーティー名を付けないのか?」
ほとんどの冒険者パーティーは名前を付けている。
俺が初めて所属した【光輝ある剣】や、スコット達の【希望の光】、そしてミディールさん達の【蒼天の竜】のようにだ。
名前のないパーティーもあるが、特にこだわりがなければ付けるのが慣習みたいなところがある。
スコット達だけじゃなく、以前からそれを尋ねる冒険者やギルド職員、街の人達は少なからずいた。
ドラゴンを倒して以後は特に顕著だった。
だけどその問いに、俺は例外なくこう答えていた。
「俺が目標を達成したらパーティー名を付けるんだ」
「え? 目標って何だよ? 教えろよー」
「スコット。それは、秘密なの。いつか、その日が来たらわかるわ。ね、シスン?」
俺とアーシェは見つめ合って頷く。
目標とは、俺が【剣聖】になること。
そしたら、俺とアーシェのパーティー名を付ける。
もうその名前は考えてある。
もちろん、アーシェにだけは伝えてあるし、彼女も賛成だった。
「さあ、スコット食事にしよう」
「何でも好きなものでいいわよー。シスンに魔法を教えてくれたんだもの。奮発するわ」
「お、おい。はぐらかさないで、教えてくれよー」
「きっと、近いうちにわかるわよ」
先頭を歩いていたアーシェが、満面の笑みで振り返った。
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