第17話 【■■■■】 その頃爺ちゃんは
イゴーリの村は今日も平穏じゃ。
日課の散歩がてら、儂は教会に立ち寄って神父と茶を飲んでいた。
「シスンは上手くやっとるかのぅ」
「ははは。流石の【剣聖】も心配ですか?」
儂のつぶやきに親友の神父が反応する。
シスンがアーシェと共にこの村を発って、もう二ヶ月以上になるのぅ。
手紙もくれんし、どこで何をしとるのやら……。
内心はそう思いつつも、口をついて出た言葉は――。
「心配なんぞしておらんわ」
「じゃあ、あなたが寂しいんですね」
「ええい。うるさい爺いじゃのぅ」
「ええ。お互いにね」
神父が遠くの空を見つめながら、嬉しそうに微笑んでいる。
「何じゃ? やけに嬉しそうじゃのぅ」
「ええ。アーシェのことを考えていました。大好きなシスンとずっと一緒にいられるんですから喜んでいることでしょう。孫の喜びは私の喜びでもあるんですよ」
「そうじゃのぅ。シスンもアーシェを好いとるのは間違いないようじゃが、結構そのへん鈍いところがあるからのぅ」
あやつら二人は村の誰が見ても、わかりやすいくらい相思相愛じゃ。
アーシェは年頃になって、よりシスンを意識しだしたが、一方のあやつはまだまだ子どもじゃからなぁ。
「いずれくっつくんじゃろうが、アーシェも苦労しとるじゃろう」
「ははは。確かにそうですね。でも、シスンのそういうところが好きなんじゃないんでしょうか」
シスンとアーシェがこのイゴーリの村を出て変わったことと言えば、儂がすることがなくて暇になったくらいじゃ。
いつもあの二人と修行に明け暮れていたからのぅ。
もちろん、今でも最低限の鍛錬は怠ってはおらん。
この村はシスンやアーシェがいなくても、何の心配はない。
この前のように野盗が襲ってきても、儂や神父が片づけるからじゃ。
この神父もこう見えて、儂と一緒に冒険した仲じゃし。
「どうしました? 急にニヤけて」
「年を取ると昔のことばかり思い出すんじゃ。お前とパーティーを組んでいた頃とかのぅ」
「なるほど。当初Fランク冒険者だった私達が、結成した【剣の試練】の話ですか。私はAランクの時にパーティーを抜けて引退しましたが、あなた達はその後Sランクにまでなった」
儂が初めて冒険者になった時に結成したパーティー、【剣の試練】の立ち上げメンバーは、この神父とエルフの【弓使い】に傭兵上がりの【戦士】じゃった。
当時未熟だった儂らは、苦労してAランクにまで上り詰めた。
これで一区切りついたと、仲間の誰かが言った。
すると、神父は故郷イゴーリの村に帰ると言い出した。
説得の甲斐もなく、神父は【剣の試練】を抜けたんじゃったのぅ。
「どうして、途中で抜けたんじゃ?」
「あの時みんなには言ったでしょう。私の限界だったんです。あれ以上のレベルは私には無理ですよ」
そう言う神父のレベルは、あの頃とほとんど変わらない80ほどじゃ。
当時のメンバーも、さほど変わらんレベルじゃった。
神父の言うようにその後、儂らは新しいメンバーを加えてSランクパーティーになった。
だが、神父のレベルの限界がそこだったとは儂は思っておらん。
「お前の血を受け継いだ孫のアーシェを見れば、それはお前の思い過ごしだったとわかったじゃろう」
「そうですかね。私の血だけじゃないような気もするんですが」
「ふん」
儂らは互いの顔を見合わせて笑った。
昔の仲間のことを思い出す。
「みんなまだ生きておるかのぅ」
「少なくとも、長命種だった彼女はまだ健在ですけどね」
「何じゃ……そうなのか?」
「……おや? 知ってって行かせたんじゃないんですか?」
「いや、初耳じゃ」
「今は冒険者ギルドで働いていますよ」
「そうじゃったのか」
儂は幾多の冒険を共にしたエルフの【弓使い】の顔を思い浮かべた。
生真面目な、おなごじゃったのぅ。
【剣の試練】の紅一点。
その真面目な性格どおり、きちんと作戦立てての正確無比な射撃には定評があったわい。
神父との昔話に花を咲かせる。
延々と続きそうな昔話を切り上げて、儂は最近気になっていることを神父に語る。
「最近、魔王が復活の兆しをみせているらしいのぅ」
儂の発言に、穏やかだった神父の目が鋭く光った。
魔王。
それは、かつてこの世界を恐怖に陥れた存在じゃった。
モンスターとは似て非なる、魔族と呼ばれる者達を統べる王。
モンスターと魔族を同じに考えている輩もおるようじゃが、両者には決定的に違うものがある。
知性の低い魔物と違い、人間と同等かそれ以上の知性と力を持ち合わせたものを魔族と呼ぶ。
上位の魔族となると、言葉を話したり人間に擬態する者までいるから厄介じゃ。
その魔族に幾多の国や冒険者が、挑んで散っていった。
儂は魔王に対峙した日のことを思い出す。
「ええ。下手に混乱を招いてはいけませんから、村の者達には黙っています。それに、各国の首脳や冒険者ギルドの幹部か、Aランク以上の一部冒険者でないと知らない情報ですからね」
冒険者を引退したとはいえ、当代の【剣聖】である儂には、様々なところから世界の危機に関する情報が入ってくる。
神父にも同様のツテが健在のようじゃ。
「魔王が復活したら、また剣を取るのですか?」
「ふん。馬鹿を言うな。第一、儂の剣はお前の孫にくれてやったわい。この老いぼれに何を期待しておるんじゃ」
「魔王が復活したら、今の冒険者で太刀打ちできるでしょうか?」
神父もやはりそれを懸念しておったようじゃ。
「五十年前。全盛期の儂でも封印がやっとだったからのぅ」
「そうですね。では、なおさら【剣聖】の出番でしょうに」
「いいや。若い者に任せる。シスンやアーシェもおるしのぅ」
「…………シスンは、それほどですか?」
神父の真剣な問いに、儂は一旦間を置いてから答えた。
儂は神父を安心させるためではないが、本音で語った。
「あやつは既に儂をこえておるよ。今の儂じゃなく、全盛期の儂をな。普段は全力を使わぬように言い聞かせておるが、儂の全力など今のシスンの七割の力に及ぶまい」
「まさか……!? あの子がそんな力を秘めていたとは、私も驚きました……。それはもう……」
「そう…………シスンは世界最強じゃ」
儂は確信を持って言い切った。
神父がごくりと喉を鳴らしたのがわかる。
歴代【剣聖】でも、シスンに敵う者はおるまい。
あれほど、剣の神に愛された者はおらんじゃろう。
ひょっとしたら、剣の神が魔王を倒すために、儂に託したのかもしれんな。
それは、神のみぞ知るということか……。
十七年前にシスンを拾った時、子どもを育てたことのない儂は戸惑ったが、神父や村の者に助けられて何とかやってきた。
本当に良い子に育ってくれた。
儂の自慢の孫じゃ。
儂が物思いに耽っていると、儂らを呼ぶ声が聞こえた。
「神父様ー! お手紙が届いていますよー。アーシェからです。もちろん、シスンからも届いています」
村の若者が、今届いたばかりだという手紙を急いで持ってきてくれた。
早速、封を開けようとするが、神父はアーシェからの手紙を開けようとせずに、ニコニコ笑みを浮かべながら儂を眺めている。
「何じゃ? お前は見ないのか? 可愛い孫娘からの手紙じゃのに」
「私は家に持ち帰って、妻と一緒に読みますから」
相変わらず、何年経っても仲がいいのぅこの夫婦は。
連れ合いのおらん儂には、その感覚はわからんが……。
「ふん。それじゃ、儂は今見ようかのぅ」
儂を封を開けて、手紙に目を通した。
シスンに読み書きを教えたのは神父じゃ。
本当に感謝しておる。
こうやって手紙を貰うことができたんじゃから。
「ふぅむ……。……なるほど」
『ドラゴンを討伐した』……と。
ほぉ……儂のスキルを模倣したか。
『完全な再現には至らず』……当たり前じゃ。
儂が何年も研鑽を重ねて習得したものを、いくらシスンといえど簡単に習得されては堪らんわい。
だが……、【剣聖】転職前にそこまで至ることができるのか?
いや、現にシスンはやっておるから……。
つくづく、儂の想像を超えていきよる。
「はぁー。この程度で自慢してきおってからに……やっぱり子ども……じゃ……の」
「おや、どうしました? 声が震えていますが……ひょっとして泣いているのですか?」
「ち、違うわい! これは汗じゃ! ふぅ……、こんなに日射しが強いと年寄りには応えるわい。儂はもう帰るぞ」
穏やかな眼差しで見守る神父から顔を背けると、儂は家に向かって歩き出した。
何故か、目からこぼれ落ちる汗は止まらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます