第16話 深夜の再会

 宿に戻ってから俺の部屋で、アーシェと話をした。

 俺達はベッドに並んで腰かけている。

 メルティが心配なので、しばらくは様子を見るためにエアの街に滞在することを告げた。


「アンドレイみたいなヤツがいるとわかったからには、この街を離れられないな。俺はこの件が片付くまでは、ネスタの街には戻らないつもりだ」

「私もそのつもりよ。攫われそうになったのが、例えカタリナちゃんじゃなかったとしても、こんなの許せないわ」

「そうだな。クエストじゃないから、報酬は出ないが、俺達で悪人退治といくか」

「ええ!」


 アーシェは拳をもう片方の手の平に叩きつけて、大きく頷き了承した。

 賛成してくれるとわかっていても、彼女の同意が得られてホッとする。

 それと、俺は考えていることをアーシェに教える。

 冒険者ギルドで、わざと人目につくように聞き込みした件についてだ。


「近いうちに俺達は狙われるだろう。それが、今日か明日かはわからないが」


 冒険者ギルドであれだけ人の目も気にせずに、アンドレイのことを聞いて回れば十分だろう。

 内通者がいるいないに関わらず、アンドレイのことを嗅ぎ回っている俺達のことは、ヤツの耳に遅かれ早かれ入るはずだ。


「不意打ちを食らっても大丈夫だと思うけど、一応用心はしておいてくれ。特に他の者に被害が及びそうな時は慎重に行動しよう」

「そうね。私達なら返り討ちにできるけど、他の人だとそうはいかないものね」


 理解が早くて助かる。


「そういうことだ。さて、少し早いがベッドに入ろうか」


 俺はすぐに寝ようと服を脱ぎ捨てて、そのまま体を倒して寝転がった。

 上半身裸で寝るのは昔から俺の習慣だった。

 爺ちゃんもそうだったしな。


「シスン」

「ん、何だ?」


 アーシェは立ち上がらず、俺を見下ろしている。 


「それ、他の女の子の前だと誤解招くわよ」

「え?」


 …………俺は何かマズいことをしてしまったのか?


「シスン。ひとつ言わせて」

「何だい?」

「女の子と一緒にいる時は行動に気につけなさい。もし、シスンに好意を持っている女の子がいたら、いつか誤解を招くわよ? 私だからシスンの本意が通じているだけなの。わかった?」


 わからない……。


「夜中に襲われるかもしれないから、今のうちにそれぞれの部屋で就寝するのよね。了解よ。じゃあ、おやすみなさい」

「ああ。そう言ったつもりなんだが……」


 アーシェは自分の部屋へ戻っていった。

 俺は意味がわからずに、しばらく呆然としていた。

 考えてもわからなかったので、ベッドに横になった。


「ふぅ。何だったんだアーシェのやつ」


 ベッドに横たわると、ミディールさんの忠告が気になった。

 奴隷商人アンドレイ。

 厄介な相手なのだろうか。

 目を瞑る前にシリウスに掴まれた腕を見ると、もう痣は跡形もなく消えていた。

 とりあえず眠ろう。

 なるようになるだろう。



 ***



 街の灯りが消えて、人々が眠りについた頃合い。

 俺は廊下を歩く何者かの気配で目が覚めた。

 音をたてずに慎重に歩いているようだが、気配までは消せていない。

 俺は相手に気づかれないように起き上がると、壁にたてかけた剣を掴んだ。


 誰かが扉の向こう側に立っている。

 気配はひとり……か。

 だが、シリウスほどの強者の圧は感じない。

 もしアンドレイの手の者なら、シリウスから俺の実力は伝わっているだろう。

 俺を殺すのは難しいと判断できないほど、アンドレイも馬鹿ではないだろう。


 俺が扉を睨みながら耳を澄ませていると、微かに衣擦れの音が聞こえた。

 動いた……が、剣じゃない!


 魔法だ!


 予想どおり、襲撃してきたか。

 しかも、魔法攻撃とはな。


 ダンッ!


 多分アーシェも気づいているだろうが、念のため俺は壁を強く叩いて彼女に報せる。

 同時に、俺は扉を開けた。


「あっ……!?」

「え……!? エマ……?」


 俺の部屋の前に立っていたのは、元【光輝ある剣】のエマだった。

 俺は久し振りに見た、元パーティーメンバーに戸惑った。

 エマは【賢者】らしい、魔術師のローブを着込んでいる。


「ひ、久し振りね。シスン。元気だった?」

「それは、こっちの言葉だよ。突然すぎて、今も驚いている」

「え……っと、どうして裸なのかしら?」

「あー……。寝る時はいつもこうなんだ」

「シスン。彼女は誰? 私にも紹介してくれるかしら?」


 エマのすぐ後ろには、隣の部屋から出てきたアーシェが立っている。


「あ、ああ。エマはエイルで一緒のパーティーだったんだ。エマ、この子は今の仲間で一緒にパーティーを組んでいるアーシェだ」

「そう……。あなたが【光輝ある剣】の……。ふぅん」

「……そ、そうなのね」


 アーシェにエマのことを正直に紹介したのはマズかったかな。

 アーシェは異様に【光輝ある剣】を憎んでいるからな。

 まぁ、俺のために怒ってくれているのだが……。


「どうして、ここにエマが? パーティーを抜けたって聞いたけど……」


 偶然なはずがない。

 俺達がここにいるとわかって来たんだろう。

 しかも咄嗟に誤魔化したようだが、魔法の詠唱を中断したみたいだ。

 スコットから教わった知識が、早速役に立った。

 やはり、俺を狙いにきたのか。

 俺の問いにしばし逡巡したエマは、伏し目がちに答えた。


「……ベルナルドに聞いたの?」

「ああ」


 込み入った事情があったのか、エマはその理由を語ろうとはしなかった。

 パーティー内でいざこざがあったのかも知れない。

 部外者の俺がとやかく言うことじゃないな……。


「今はパーティーに復帰したわ。ソフィアも一緒にね」

「そうなのか? それは良かった……と言っていいんだよな?」

「もちろん……」


 アーシェがさっきから、エマを観察するようにじっと眺めている。

 エマと長話をすれば、アーシェを刺激するだけだろう。

 ここは用件だけ聞いて、今日のところは引き取って貰おう。


「エマ――――」

「ねぇ、エマっていったわね。あなたがここにいる理由を教えてくれるかしら?」


 ここに来た目的を、俺がエマに尋ねようとする前に、黙って様子を見ていたアーシェが口を開いた。

 アーシェの割り込みを予想してなかったのか、エマはしどろもどろになりながら、言い訳じみたことを言い始める。


「へ、部屋を間違えたみたい。ごめんねー。私もこの宿に宿泊していたのよ。まさか、シスンに会えるとは思ってもみなかったわ」


 エマの言ったことが本当かどうかは、今の時点では確認のしようがない。

 朝になれば女将さんに尋ねることができるが……。

 アーシェが怪訝な視線で更にエマを追求する。


「それで、こんな深夜までどこかへ出かけていたっていうの? 怪しいわね」

「……そうよ。私がどんな行動を取ろうと自由じゃない」


 アーシェとエマが睨み合っている。

 うーん……俺が割り込める雰囲気じゃないけど、このままだと埒があかない。

 カマをかけてみるか。

 アンドレイと繋がっているのかだけ、確認しておいた方がいいだろう。


「アンドレイ」

「っ……!?」


 アンドレイの名前を出した瞬間、エマは魔法を発動するべく、ローブの袖から慣れた手つきで杖を取り出す。

 だが、エマの詠唱が完成する前に、俺は《バインド》を無詠唱で放った。


「…………えっ!?」


 エマは何が起きたか理解できていない風な様子で、固まっている。

 俺の《バインド》は容易く成功していた。

 そして、身動きの取れないエマの手に握られている金属製の杖を、俺は軽く手刀でへし折った。

 二つに分断された杖が、金属音を響かせて床に落ちた。


「う、嘘でしょっ!?」


 エマが目を見開いている。

 彼女は俺の実力を知らない。

 アーシェ共々、俺を簡単に倒せると思ったのだろう。

 今の驚きは俺が魔法を使ったことに対するものなのか、それとも実力が下だと思っていた俺に出し抜かれたことに対するものなのかはわからない。

 だが、エマに諦めさせるのに十分な効果はあったはずだ。


「嘘だと思いたいが、俺に攻撃しようとしたのか……?」

「ご、誤解だわ! そんなことするわけないじゃないっ!」

「魔法を詠唱しようとしてなかったか? 俺の《バインド》にかかったから、意識が乱れて詠唱を中断したように見えたんだが……」

「ほ、本当に誤解よ! も、元パーティーメンバーだった私を疑うの!?」


 次の瞬間、アーシェが機敏な動作でエマのローブの胸ぐらを掴んで壁に押しつけた。

 小柄なエマの足は宙に浮いている状態だ。

 アーシェの細いながらも鍛え抜かれた腕の力だけで、ぐいぐいとエマを壁に押しつけている。


「嘘つき女。次に嘘をついたら、あなたの頭は壁にめり込むことになるわよ」

「うっ…………!」

「エマ、アンドレイを知っているのか?」

「……な、何のこと?」


 アーシェにとっては造作もないことだ。

 既に怒り心頭なアーシェなら、本気でやりかねない。

 これ以上は他の宿泊客にも迷惑がかかる。

 俺はアーシェの肩に手を置いた。


「アーシェ。離してやってくれ」

「でも!」

「本当にアンドレイを知らないんだな?」

「だ、誰のことかしら? 知らないわよ、そんな人!」

「そうか……わかった」

「ふん。シスンに感謝しなさいよね」

「くっ……!」


 アーシェが手を離して、俺が《バインド》を解いてやる。

 エマは咳き込み、その場にへたり込んだ。

 それと同時に、ガラスが砕ける音が響いた。

 三人とも俺の部屋の窓に、一斉に注目した。 

 背後の窓ガラスが割れていて、人影が飛び込んでくる。

 侵入者……!?

 こっちが本命か!?

 俺は侵入者を見て驚いた。


「ソフィア……?」

「む。また新たな女ね」


 そこにいたのは、ソフィアだった。

 ソフィアは服についたガラス片を払い落とした。

 状況を理解していないソフィアは、エマに声をかける。


「エマ、首尾はどう……です」

「……ば、馬鹿!」

「え、な、何……です?」


 ソフィアまで……?

 エマだけじゃなく、ソフィアまで俺達を襲撃しに来たのか?

 どういうことだ?


「ソフィア、行くわよ!」

「ま、待つ……です!」


 エマが立ち上がって逃げると、窓をぶち破って侵入してきたソフィアも後に続いた。

 追いかけようとするアーシェを、俺は止めた。

 鎚矛で窓を割るという【高位神官】らしからぬ登場をしたソフィアが滑稽すぎて、俺は気が抜けた。

 目の前ではアーシェが鼻息荒く、ぶつくさと文句を言っている。


「何なのよ、もぅ!」

「どうやらエマの反応からしてアンドレイに関係しているっぽいな……」

「きっと仲間よ。アンドレイと一緒に悪いことをしているはずだわ」

「仲間かも知れないが、アンドレイが裏で何をしているのか知らずに協力している可能性もある」

「たとえば、シスンに嫌がらせするために利害の一致したアンドレイと手を組んだ……みたいな?」

「そういう線もあるかも知れない。いくらベルナルド達でもそこまで悪いことはしないと思いたい」


 言って部屋の床を見ると、割れたガラスが散乱していた。

 あー、これは酷いな……。

 そのままにはしておけないので、俺は割れたガラスの破片を拾い集める。

 見かねたアーシェが手伝ってくれた。

 ひととおり綺麗に掃除してから、俺とアーシェは二人してベッドに腰かけた。


「痛っ!」

「シスン、大丈夫!?」

「ああ。細かい破片がまだ残ってたみたいだ。少し血が出たけど、何ともない。《ヒール》しておくから大丈夫だ」


 俺は《ヒール》で、足の裏を治療した。

 血は止まり、傷も残っていない。


「良かったわ。あんまり驚かせないでよねー」


 少し間を置いて仕掛けてくると思ったが、そうでもなかったな。

 アンドレイも襲撃が失敗したとなっては、しばらく襲ってはこないだろう。

 まだ朝まではたっぷり時間はあるだろうから、ゆっくり眠れるな。


 俺はそのままベッドに倒れ込む。

 何故か、アーシェがビクッと肩を震わせた。


「ごめん。驚かせたか?」

「う、ううん。大丈夫よ」


 アーシェがもじもじしながら、俺を見下ろしている。

 だが、俺と目が合うと、すっと視線を逸らす。

 で、またチラチラと俺の様子を見ている。


「…………何なんだ? どうかしたか?」

「ううん。……何でもないわ。シスンは無自覚シスンは無自覚ごにょごにょ……」


 アーシェは独り言をつぶやいているようだが、よく聞こえなかった。


「言いたいことがあるなら言っていいんだぞ? 俺達そういう仲だろ?」

「え、え!? そういう……仲って……? やだっ……そんな……こ、心の準備が……」


 言いたいことがあれば、ハッキリ言えばいいのに。

 俺達は幼馴染みなんだから。

 あ……、もう眠い。

 部屋が片付いたら、急に眠気がきた。


「アーシェ」

「ひゃ、は、はい!」


 アーシェはベッドに座ったまま姿勢を正した。

 俺は意味が分からず、首を傾げて言う。


「夜はまだ長いから、寝ようか」

「…………………………」

「ん……? どうしたんだ? アーシェ?」

「お前も自分の部屋で寝てこい…………ね」

「うん? だから、そう言っただろ?」

「はぁー……」


 アーシェは勢いよくベッドから起き上がると、たったったっと軽快に扉まで進んでから、俺に振り向いた。


「おやすみっ」


 ぺっと舌を出して言うと、部屋を出て扉を閉めた。


「だから、何なんだよ……。わからないよ」


 俺はベッドの上で寝返りをうって、窓から入ってくる夜風を頬に感じながら、束の間の休息をとった。

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