第15話 魔法の才能

 冒険者ギルドでの聞き込みを済ませ宿に帰ろうとすると、アーシェが俺の袖を引っ張った。

 何事かとアーシェの視線の先をなぞると、受付にクエスト達成の報告に来ていた見知ったパーティーを見つけた。


「あれは……、ネスタの冒険者ギルドに所属している【希望の光】じゃないか。彼らもこのエアの街に来ていたんだな」

「ねぇ、いい機会だと思わない?」

「何がだ?」

「魔法の習得に決まっているじゃない。彼らが魔法に特化したパーティーなのは知っているでしょう?」

「確か、そうだったな」


【希望の光】は魔法に特化した、俺達と同じBランクのパーティーだ。

 リーダーのスコットは【魔法剣士】、メンバーは【神官】、【精霊使い】、【魔法使い】と全員が魔法職に就いている。


「スコット達に魔法を教わりましょ。お互い知らない仲でもないし、きっと引き受けてくれるわ」


 アーシェは彼らに魔法の教えを乞うことを提案する。

 俺としては時間の余裕があれば魔法を習得するのもアリだという認識だったが、アーシェはそう考えてはいないようだ。

 すっかり、魔法習得に乗り気なアーシェだった。


「こんばんは、スコット。あなた達もこの街に来ていたのね」


 アーシェは俺の返事を待たずに受付の方へ歩いていき、スコットやその仲間に声をかけた。


「やあ、アーシェじゃんか! あ、シスンおっす!」

「ああ。お前たちとこの街で会えるとは思ってなかったよ」

「はは、俺もだ。お前らも依頼

クエスト

か?」

「ううん、私達はただの観光よ。たまにはゆっくりしたくてね」

「知り合いの冒険者が旅芸人をしていて、その興行を見に来たんだ」


 アーシェとスコットが挨拶を交し、俺もその輪の中に入っていった。

 スコット達はネスタの冒険者ギルドに所属しているが、こうやって余所の街へたまに遠征をするそうだ。


「スコットはしばらく滞在するのか?」

「うん。十日ほど稼いだら、ネスタの街に帰るつもりだ」


 どうやら、バラフ山脈のドラゴン騒ぎでこの街への遠征は、しばらくお預けになっていたようだ。

 十日間はクエスト漬けらしい。

 彼らにも予定があるだろうし、アーシェの提案は悪いが却下だな。

 と考えていると、


「ねぇ、スコット。お願いがあるんだけど」


 アーシェがもう話し始めていた。


「何だ? 先に言っておくが、金ならないぞ?」

「違うわよ。あのね、私達に魔法を教えて欲しいの」

「魔法を……? 何だ、急に? お前ら、魔法職にでも転職するのか?」


 唐突なアーシェのお願いに、戸惑うスコット達【希望の光】の面々。

 アーシェが戦力強化のために、魔法を習得したいと身振り手振りで説明すると、熱意が伝わったのか快く引き受けてくれた。

 クエストを終えて疲れているにも関わらずスコットは近くに宿を取ってあるらしく、そこで簡単な魔法を教えてくれることになった。


 スコット達が宿泊している宿に着くと、一番広いスコット達の部屋に案内された。

 ベッドが三つ並んでいる広めの部屋だ。

 【希望の光】のメンバー四人の内【精霊使い】だけは女性なので、彼女はひとり部屋で他のメンバーは三人部屋だそうだ。

 今はスコットの部屋に【希望の光】の四人と俺とアーシェを合わせた六人が集まっていた。


「えっと、早速だけどシスンとアーシェは何か魔法は習得してる?」

「俺は【神官】の時に覚えた《ヒール》だけだな」

「私も《ヒール》なら使えるわ。でも、あとから覚えたシスンの方が上手く使えるのよね」


 レベル差もあるんだろうが後から習得した俺の《ヒール》の方が、アーシェのそれよりも回復量や発動までに要する時間は上だった。

 その時は、アーシェは魔法が苦手だからという結論に至ったのだが、さっきの《アイシクルランス》を考えると、もしかしたら俺は魔法も得意なのかもしれない。


「《ヒール》だけか。本当は魔法を習得したいなら、魔法職に就くのが一番の近道だけど……一応やってみようか」

「宜しく頼む」

「お手柔らかにねー」


 部屋の中なので攻撃魔法は危険だからと、今回はそれ以外の魔法を教えてくれるらしい。

 確かに今から街の外で始めるには、時間が時間だしな。


 ちなみにスコット達は、そのせいでクエストにかける時間が減るので、アーシェがお詫びに昼食をご馳走すると約束していた。

 クエストの報酬に比べたら、昼食代など微々たる金額だが、それで俺達に協力してくれるスコットは本当に人がいい。

 【希望の光】のメンバーも不満を言うどころか、楽しそうだと言って乗り気になっていた。


「よっし。じゃあ、まずは《バインド》だ」

「どういう魔法なんだ?」

「見た方が早い。こういうヤツだ……《バインド》!」


 スコットは【神官】に手のひらを向けた。

 途端、【神官】が固まったように、身動きが取れなくなったみたいだ。


「うぬぬ……!? ス、スコット! てめー……、俺に《バインド》をっ!」

「はは、まぁ、いいじゃんか。《バインド》はこういう魔法だ。魔法抵抗の高い相手には効かないが、こうやって一時的に動きを封じることができる」


 スコットは【神官】を横目で見つつ、笑いを堪えながら俺に説明してくれる。

 体は動かせないが口は何とか動かせるようだ。

 魔法の特徴をしっかり頭に叩き込む。

 それにしても俺達に見せるためとはいえ、仲間に魔法をかけるとは…………【神官】に申し訳なく思った。


 スコットがまず基本動作からやろうと言うので、俺は彼の動きを思い出して真似てみる。


「やってみる」

「いいぞ。俺に《バインド》をかけてみろよ。まぁ、一発では無理だと思うけど」


 魔力を右手に込めて、スコットの動きを封じるんだ!

 俺は魔力を収束させた右手に集中した。


「…………はっ!」


 俺はスコットに《バインド》を放った。

 申し訳ないが、スコットに向けて。


「…………はぁうっ! え!? う、動けないっ……!?」


 硬直したスコットが目を見開いている。

 他のメンバーも同様の反応だった。


「シ……シスンくん、本当に初めて……なのかい?」

「ああ。《バインド》は今初めて見せて貰った」

「おいぃ……とりあえず、解除してくんね?」

「俺も解除して! 早く! んで、スコットを殴りたい」


 【魔法使い】は信じられないとでも言う風に、俺に尋ねてきた。

 硬直に耐えかねた【神官】とスコットが、助けを求める。

 【精霊使い】が二人に解除の魔法をかけて、《バインド》の効果は解けた。


「スコット……てめーよくも! この野郎!」

「痛い痛い! 頭をポカポカ殴るなって!」


 【神官】も本気で怒ってはいない。

 ふざけてじゃれているように見える。

 仲がいいんだな、このパーティーは。

 俺はぷっと笑ってしまった。


「シスン凄いわ! やっぱり魔法の才能もあるのよ!」


 アーシェが俺をベタ褒めしてくるので、ちょっと照れくさい。


「アーシェの言うとおりだ。シスン……これは凄いぞ!」

「そうなのか? 《バインド》って初級の魔法だろ?」


 俺だって魔法には大きく分けて、初級、中級、上級の段階に分かれているのは聞いたことがある。

 この難易度からして、《バインド》は初級程度だろう。

 しかし、スコットの反応は別のところにあったようだ。


「確かに《バインド》は初級の魔法だ。勘のいいやつなら、初めてでも発動できるヤツを見たこともある」

「そうなのか。だったら、何に驚いているんだ?」

「だけど……魔法発動時に魔法名を詠唱しないで、使ったヤツは見たことがないんだ……」


 【希望の光】の全員が、驚愕の面持ちで俺を凝視する。


 スコットが言うにはこうだった。

 通常、魔法を使うには呪文を詠唱するのが必須だと言う。

 初級の魔法は、その魔法名が呪文の役割を担っており、それを声に出して発することで、初めて発動となる。

 中級以降の魔法には、呪文を読み上げたあと最後に魔法名を発して発動できるらしい。

 ちなみに、魔法の難易度が上がるにつれて、その詠唱の呪文は長くなるそうだ。


「つまり、どういうことなんだ?」

「シスンがやったのは、無詠唱という魔法発動だ」

「…………無詠唱?」


 通常でない魔法の発動手段。

 詠唱を一切行わないやり方を、無詠唱と呼ぶそうだ。

 スコット達はSランクパーティーの魔法職の一部が、無詠唱で魔法を使うという噂を聞いたことがあるらしいのだが、実際に目にしたのは俺の《バインド》が初めてだったという。


 アーシェも含め、スコット達は興奮していた。

 人がいいというのか、好奇心旺盛というのか、俺を試すかのようにメンバーが交代で、色々な魔法を教えてくれる。

 俺達は時間を忘れて、魔法の習得に勤しんだ。


「なんてヤツだ! シスン……お前、魔法の才能あるぞ!」

「本当か?」

「嘘じゃないって! なぁ、みんな! そうだろ?」


 スコットが振り返って【希望の光】のメンバーに尋ねると、アーシェも彼らの横に一列に並んでうんうんと頷いた。

 俺は彼らの持ち得る攻撃魔法を除いた全ての魔法を、無詠唱で習得した。


「どうしてシスンにできて、私にはできないのかしら……」


 だけど、アーシェには魔法は向いていなかったようだ。

 通常の詠唱ありでも、上手く発動できなかったのだ。

 それはスコットがフォローしてくれた。


「アーシェ。できなくて普通なんだ。だって本当なら、まず魔法職に就いて然るべきなんだ。それでも一朝一夕にはいかない。何日も修行が必要だ。言い方は悪いけど、シスンの覚えの良さは異常だ」

「そうなのね……。シスンだけ魔法を覚えて、ちょっぴり悔しくなっちゃったわ」

「ごめん、アーシェ」

「ううん。いいのよ。やっぱりシスンは凄いんだってわかって、嬉しい気持ちの方が大きいわ」

「そうか……。ありがとう」


 俺とアーシェはスコット達に御礼を言って、明日の朝は攻撃魔法を習得するために街の入口で待ち合わせの約束をして別れた。

 明日は攻撃魔法を教えてくれるらしい。

 少し楽しみだな。

 爺ちゃんに新しい技を教えて貰う時みたいに、ワクワクしてきた。


 魔法を覚えたら剣術と絡めて、今より戦術の幅ができる。

 もっと強くなれそうだ。

 こうして俺は、爺ちゃんへの手紙に書く自慢が増えたことに何だか嬉しくなった。

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