第14話 奴隷商人
「奴隷商人のアンドレイか」
「ほう。私を知っているんですか? この街では見かけない顔ですが……」
アンドレイの取り巻きがざわつき、俺が視線を移すと、彼らをかきわけて重厚な鎧を着た男が現れる。
装備からしておそらく【重戦士】だろう。
【重戦士】の男は頭全体を覆う兜を着けているので顔はわからないが、背中には大剣を背負っている。
アンドレイの用心棒なのか?
その【重戦士】は殺気剥き出しで、隠す素振りも見せない。
「うえっ……。ひっく……。うえええええぇん!」
子どもながらに何かを察したのか、とうとうカタリナが泣き出した。
ミディールさんの忠告は気になるが、カタリナを助けるのが先決だ。
一気に駆け寄ってアンドレイの腕に一撃を加えて、カタリナを救出しよう。
俺はそう決めて、予備動作なしで数歩の距離を詰めた。
剣を抜くまでもない。
俺の手刀の一撃は、
「させるかよ」
アンドレイの隣にいた【重戦士】に阻まれた。
「シスン!」
ただならぬ空気を感じたアーシェが、俺を心配して叫んだ。
俺の腕は【重戦士】に掴まれたままだ。
見た目どおりの怪力だ。
並の冒険者なら腕をへし折られていただろう。
だけど俺には効かない。
「大丈夫だ」
俺は【重戦士】の手を振り払い、アンドレイからカタリナを助けようとする。
だが、またしても【重戦士】はそれを阻む。
ただの力自慢じゃなさそうだ。
その力を活かすだけの早さもある。
その姿から物理攻撃一辺倒だと思っていた俺は、【重戦士】の動きに変化があったのに気づいた。
「なら、これはどうだ。《アイシクルランス》!」
【重戦士】が突如右手を突き出し、叫ぶと同時に氷の槍を放った。
「魔法っ!?」
剣で防ごうにも、今から抜いていたのでは間に合わない。
俺は咄嗟に【重戦士】と同じ行動をとった。
「はあああああっ!」
「何だとっ!?」
パキィンッ!
俺が模倣した《アイシクルランス》は、見事に【重戦士】のそれを相殺した。
なるほど……この感覚か。
俺は魔法には精通していなかったが、【神官】になった時に習得した《ヒール》の要領で、初めて見た攻撃魔法を瞬時に真似できた。
「てっきり剣士かと思ったが、魔法も使えるようだな」
「お前もな。初めて使ったが、案外上手くいくもんだな」
「…………初めて? ふん。くだらん見栄を張るなよ? 小僧」
魔法か……意外と使い勝手がいいかも知れない。
機会があれば、習得してみるのも悪くない。
覚えておいて損はないだろう。
だが、今は目の前の【重戦士】に集中だ。
俺と【重戦士】が呼吸を合わせたように、剣の柄に手をやった。
しかし、アンドレイが待ったをかける。
「シリウスさん、待ってください。こんな場所で戦うつもりですか?」
アンドレイはシリウスと呼んだ【重戦士】に声をかけて、カタリナを離した。
駆け寄ったアーシェがすかさずカタリナを抱きかかえる。
「退屈しのぎにはなりそうだ。お前の名は?」
シリウスは俺に興味を示したように尋ねる。
兜で顔は見えないが、まるで長年探していたものを見つけたような、そんな興奮を押し殺している様子が感じられた。
「シスンだ」
「命拾いしたな。次に会った時は、俺の剣で叩き潰してやろう」
シリウスは再戦を期待するような口ぶりで、アンドレイの後ろに下がった。
アンドレイはそんなシリウスを見やり、無言で頷いてから視線を俺に寄越した。
「シスンくんですね。名前は覚えましたよ。もし、また私の邪魔をするなら……次は容赦しませんよ」
アンドレイはそう言って、取り巻きの屈強な男達を引き連れて通りの向こうへ去って行く。
奴隷商人アンドレイと、シリウスか。
どう考えても、真っ当な連中じゃないな。
「よしよし、もう大丈夫だよカタリナちゃん」
「うぇっ……。うわあああん」
アーシェはカタリナを抱きしめて、彼女の頭を撫でている。
抱きしめられて少し安心したのか、カタリナは泣き止んで目尻に溜まった涙を手で擦った。
流石、アーシェ。
やっぱり女の子だな。
カタリナをあやすアーシェに感心する。
アーシェが俺の右腕を気にしている。
シリウスに掴まれた腕を見ると、そこは痣になっていた。
今でも手形が残っているのだ。
「アーシェ、どう思った?」
「んー、レベル120くらいかしら? ドラゴンよりは上でしょうね」
「だろうな。俺もそう感じた」
アーシェの言うとおり、あの【重戦士】はひとりでドラゴンを倒せるくらいの実力はあるだろう。
どうして、これほどの強さを持った男がアンドレイの配下なのかは知らないが、何か複雑な事情がありそうだ。
もし、あのシリウスと戦うことになれば、ひとつ目の鍵を開ける必要があるだろう。
俺やアーシェが負ける要素はないが、俺達以外の誰かが狙われるのが心配だ。
俺は頭の片隅に入れておくことにする。
「よし、ひとまずメルティ達のところに戻るか」
「ええ。そうしましょ。でも、シスンいつの間に攻撃魔法なんて覚えたのよ? 《ヒール》以外の魔法が使えるなんて、私聞いてないわ」
「あ、ああ……。隠してたわけじゃないよ。初めて使ったんだから」
「え!?」
アーシェは目を白黒させている。
うん、俺もちょっと驚いた。
あまりに簡単にできたから。
「あのシリウスとかいう【重戦士】の動きを真似して、あとは《ヒール》を使うときみたいに魔力を込めたら上手くいった。あまりに出来過ぎだったんで拍子抜けしたよ」
「す、凄いわ! シスンって魔法の才能もあったのね! ねぇ、もっと強力な魔法や、使えたら便利なのも覚えましょ!」
アーシェは自分のことのように喜んでくれた。
「お兄ちゃん……しゅごい? ね、しゅごい?」
カタリナは意味も分からず首を傾げながら、アーシェの言葉を繰り返していた。
「そうよー、カタリナちゃん! シスンは凄いのよ!」
「恥ずかしいから、もう止してくれ」
***
無事にカタリナを連れ帰った俺達は、メルティの両親に感謝された。
捜索から戻って来たメルティ達にも、何度も頭を下げられる。
「本当にぃ、ありがとうございますぅ。うぅ、うぅ……カタリナが無事で良かったぁ」
アーシェが見つけなければ、カタリナはアンドレイに攫われていたかも知れない。
カタリナは泣き疲れたのか、お母さんに抱かれて眠っている。
可愛そうに……恐い思いをしただろう。
「メルティ、この街には人攫いがいるようだから、人気のないところには行かない方がいい。それから子ども達からは目を離さないように注意して」
「そ、そうなんですかぁ……!?」
途端、メルティはオロオロしだした。
「アンドレイという男に心当たりはないかしら?」
「……アンドレイ? ないですぅ」
アーシェが尋ねるが、メルティに心当たりはないようだ。
メルティにはミディールさんからの忠告と、気をつけるように伝える。
しばらくは、この街に滞在することになりそうだ。
あとで、アーシェにも相談しよう。
俺達はメルティと別れて、宿に帰ることにする。
「お腹が空いたな……。宿に戻る前にどこかで何か食べるか?」
「やった。実は私もお腹ぺこぺこだったの。えへ」
アーシェは表情を崩して舌を出すと、俺の腕を掴んで歩き出す。
「昨日から気になってたお店があるの。そこでご飯にしましょ」
「昨日気になってたなら、言ってくれれば良かったのに」
「だって、昨日はシスンと買い物してたでしょ」
アーシェは上機嫌で俺に寄り添いながら、店へと案内してくれた。
***
辿り着いた店は、小洒落た感じの店だった。
俺達の故郷であるイゴーリ村には絶対ない雰囲気の店だ。
周りを見ると身なりのいい家族連れが食事をしている。
冒険者の俺達が食事をするのには、若干の抵抗があった。
「アーシェ。ここって貴族御用達の店じゃないよな?」
「知らないわよ。だって初めて来たんだもの。でも、私達が入れたってことは、問題ないんじゃないかしら?」
店側の人間も嫌な顔ひとつせずに、応対してくれている。
俺の考えすぎだったのか。
それに……、さっき背後から視線を感じたが、どうやら気のせいだったかな?
後方の席に目を凝らすが、不審な者はいない。
「どうしたの?」
「いや、何もない。気のせいだったようだ。それより、料理が運ばれてきたぞ。あ、あれはアーシェの大好物じゃないか。さては、あれが目当てだったのかい?」
「もぅ! 人を食いしん坊みたいにいわないでよー。まったく、シスンったら……」
俺達は運ばれてきた料理に満足し、舌鼓を打った。
食事を終えた俺達は宿に向かって歩き出す。
まだ夕方か……。
「アーシェ。日が暮れるまで、ちょっとこのエアの街を調べてみないか?」
「そう言うと思ってたわ」
「……え? 時々思うんだけど、アーシェって俺の心の中が読めるのか?」
「ふふっ。いいから、行きましょ。まずは冒険者ギルドはどうかしら?」
「お、おう。そうだな。ギルドに行ってみよう」
俺達は冒険者ギルドに向かった。
エアの冒険者ギルドは、ネスタのそれと比べると小さい。
ネスタの街の方が大きいから当然だろう。
もう夕方ということもあってか、掲示板に貼られている依頼書はまばらだ。
冒険者ギルドは夜通し開いているが、基本的には朝にクエストを受注して、夕方までに達成して帰って来るのが冒険者のパターンだ。
夜になると視界も悪くなるし、凶暴になるモンスターもいるのがその理由だ。
俺達はその辺にいた冒険者にアンドレイのことを聞いてみたが、みんな声を揃えるように「関わらない方がいい」と返事を返した。
冒険者ギルド職員も同じような反応だった。
アンドレイはこのエアの街では、かなり恐れられているようだ。
だが、人攫いのような悪いことをしていれば、冒険者や憲兵が対処しそうなものだが……。
「うーん。ここでは詳しい情報を得られそうにないなぁ」
「そうね。ギルドなら何かわかると思ったんだけど、おかしいわね……」
アーシェが怪訝そうな目でギルド内を見渡すが、誰も目を合わせたがらない。
「これは、失敗したかも知れないな」
「え? どういうことなの?」
「俺達がアンドレイを嗅ぎ回っているのは、もうこの中じゃ周知の事実になっているだろう。もし、ここにアンドレイの手の者がいたら、話は筒抜けだ」
「……確かにそうね。迂闊だったわ」
「あの冒険者を見てみろ」
既に俺達を見ながら、露骨にヒソヒソと内緒話をしている者達もちらほらいる。
アーシェはジト目で俺を見ると、
「……こういう時だけ、勘が鋭いのね」
口を尖らせて言った。
「え? 何か言ったか?」
「ううん。何でもないわ。じゃあ、私達はどうすればいいの?」
ギルド職員や冒険者の反応から、彼らはアンドレイに対して好意的ではないが、迂闊に手を出したくないといった様子だ。
その様子から、保身に走ってアンドレイに告げ口する者がいても不思議じゃない。
俺達の情報はアンドレイに筒抜けだと思った方がいいだろう。
だとしたら、いい考えがある。
「逆に利用する。もっと大っぴらにアンドレイのことを聞いて回るんだ」
「そんなことしたら、私達がアンドレイの標的にされるわよ?」
アーシェが俺の目を見ながら尋ねる。
どういうこと? と目で訴えている。
俺は口元に笑みを浮かべて言った。
「それが狙いだよ」
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