第13話 【光輝ある剣】 屈服する

「ベルナルド、俺達これからどうするんだ?」


 オイゲンが不安そうな眼差しで尋ねてくる。

 俺達はネスタの街から一番近い小さな街に来ていた。

 身を隠すように入った安宿の一室で、オイゲンと質素な食事を摂っている。


「少しは自分の頭で考えろ! リーダーだからって、何でも俺に頼るな」

「す、すまん……! ベルナルドなら、この先どうするか考えがあると思ったんだ……」


 俺に怒鳴られたオイゲンは、目を伏せてパンを囓った。

 本当なら今頃は、ドラゴン討伐達成の祝杯をあげていたところなのに。

 こんな安宿のマズい食事じゃなく、豪華な食事や酒が目の前に並んでいたはずだった。


 傭兵として雇った姉妹の実力不足と、盾役であるオイゲンの根性のなさ。

 こいつらが思惑どおりに機能していれば、俺のスキルでドラゴン相手でも上手く立ち回れたはずだ。

 俺の本当の実力なら……。


 それが、ドラゴン討伐のお株をシスンに奪われた挙げ句、あろうことか醜態まで晒してしまった。

 どの面下げて、エイルの街に帰ると言うんだ。

 益々シスンへの恨みが増していく


「…………シスンのヤツは絶対許さない」

「で、でもよ、お前も見ただろ? あいつがドラゴンをぶった斬るところをよ。シスンはとんでもなく強いぞ? 一体、この二ヶ月の間にどうやって強くなったんだ……?」


 オイゲンの言うことには一理ある。

 シスンが【光輝ある剣】にいた頃は、確かに足手まといの雑魚だったはずだ。

 後方でちょこまかと動き回り、指示を出さないと《ヒール》さえ使えない無能【神官】。

 それがシスンに対するパーティーの見解だった。


「今それを考えているんだっ! 集中させてくれ!」

「わ、わかった。頭の悪い俺にはさっぱりわからないから、お前に任せるよ……」 


 気遣いの欠片もないヤツだ。

 もっと、俺に配慮しろ。

 この木偶の坊が。


 シスンの急激な変化……。

 この短期間で急に力をつけたというのか?

 いや、ありえない。

 急激にレベルを上げる方法があるなら俺がやっている。

 だとしたら……実力を隠していた?

 シスンごときが俺を欺いていたというのか。

 ふつふつと怒りが込み上げてくる。


 それにあいつの連れ……、アーシェ。

 可愛い顔に反してまるで化物のような強さだった。

 シスンが倒したドラゴンの牙を、拳でへし折ったのには驚いたが……。

 ミスリル製の手甲を装備していたな……。

 安くはない代物だが、どうしてあいつらがそんな高価なものを所有しているんだ。


 それにシスンには、俺が小便を漏らした無様な姿を見られてしまっている。

 あいつがそのことを言いふらす前に、何とかシスンを痛めつけてボロボロにした上で、あのアーシェを俺のものにしたいが……。

 なんでシスンなんかがあんないい女を連れている!

 許せない……。


 今のところ、いい考えが浮かばない。

 当然、オイゲンは何も考えちゃいない。

 これもAランクパーティーのリーダーゆえの苦悩か。

 ふっ、勘弁してくれ。


「しばらく、【光輝ある剣】の活動を休止する。どの道、俺達二人だけじゃクエストにも苦戦するだろうからな。最低でもエマやソフィアくらいのレベルで、上級職に就いているヤツが仲間に欲しい」

「……そうだな。あいつら、どうしてるかな……」


 俺が決めた【光輝ある剣】の活動休止宣言に反対もせず、オイゲンがエマやソフィアのことを話し始めた。


「そんなに、エマが恋しいのか?」

「お、お前だってそうだろ? ソフィアがいなくて寂しいんじゃないのか?」

「ふん……別に」


 ソフィアやエマ程度の女……アーシェと比べるまでもない。

 アーシェを上の上とするならば、ソフィアやエマなんか中の上程度だと言っても過言じゃない。

 それを敢えてオイゲンに言うつもりはないが。


 コン、コン。


 ふいに、扉をノックする音が聞こえた。

 訝しげに扉を見ると、向こう側から声がした。


「【光輝ある剣】のお二方が宿泊していると聞いたのですが、ここで間違いないでしょうか?」

「そうだが、誰だ?」

「私は商人のアンドレイといいます。少しお話をしませんか?」


 商人だと?

 どうして俺達がここにいるとわかったんだ?

 怪しいな……。

 無駄に相手にする必要もないだろう。


「悪いがそれどころじゃない」

「そちらがそうでも、こちらには理由があるんですよ」

「……何だと?」


 すると扉を開けて、無遠慮にひとりの男が入って来た。

 商人のアンドレイと名乗った男は五十歳くらいで、禿げた頭にでっぷりと太った体型をしている。

 身なりはよく、かなり贅沢しているようだった。


「リーダーのベルナルドさんとやらは、どちらで?」


 アンドレイは俺とオイゲンを交互に見て聞いてきた。

 俺の顔を知らないのか……ますます怪しいな。


「こいつが、リーダーのベルナルドだ」


 俺はオイゲンの方を指して告げた。

 オイゲンは急に言われて驚き、俺を二度見した。

 話を合わせろ。

 本当に機転の利かないヤツだ。

 ガキの頃からの付き合いだが、こいつが駄目なのはそういうところだ。


「お、おう。俺がベルナルドだ。俺に何の用だ?」


 オイゲンの返事を聞いて、アンドレイは顔をしかめた。


「嘘はいけませんね。ひょっとして、私を舐めてますか?」


 こいつ、俺達を嵌めたのか?

 俺がベルナルドとわかってて聞きやがった。

 クソ野郎が!


「お前こそ、Aランク冒険者の俺を舐めているのか? アンドレイさんよ」


 俺はアンドレイに凄んだが、次の瞬間その表情は真逆になる。

 アンドレイが指を鳴らすと、屈強な男が五人現れたからだ。

 しかも女を二人羽交い締めにしている。


「なっ……!?」

「エマ!?」


 俺とオイゲンは目を見開いた。

 屈強な男が連れて来た女は、エマとソフィアだった。

 酷く憔悴しているように見える。

 その目は虚ろだった。


「おい、そいつらに何をした?」

「この女達は私の商売の邪魔をしたので、少々痛めつけておきました。それで私の気は晴れましたが、商売の損失の補填は、リーダーであるベルナルドさんに支払っていただこうと思いましてね」


 アンドレイの言い分を聞く。

 ネスタの街でエマとソフィアが【光輝ある剣】を抜けたあと、どうやらアンドレイと揉めたようだ。

 顔と体にできた痣や衣服の乱れから、二人は苛烈な制裁を受けたと容易に想像できる。


 オイゲンは爆発寸前だった。

 今のエマの状態を見ればそうだろう。

 俺だってソフィアをこんな目に遭わせたアンドレイを、今すぐにでも殺してやりたい。

 だが、何かヤバそうな空気を感じる。

 空気を読めないオイゲンは鼻息荒く、今にもアンドレイに殴りかかっていきそうだったので俺が手で制した。


 まずは最後まで話を聞こう。

 それに、仮にもAランク冒険者の二人をここまで痛めつけられるということは、向こうにも手練れはいるのだろう。

 目の前の屈強な男達は、俺達より強いのか?

 でも、冒険者風の出で立ちではないし……。


「商売の方で結構な損害が出ましてね。ざっと見積もって1000000Gほどです」

「1000000G!?」


 そんな馬鹿なっ!?

 【光輝ある剣】が一年かけても稼げない額だぞ!?

 しかも、俺達は持ち金のほとんどを、傭兵のサラとローサに支払っている。

 後払いの金は誤魔化したが、それでも足りない。

 素直に払う気はないが……。


「その二人は【光輝ある剣】を脱退している。俺に払う義務があるのか?」

「お、おい……ベルナルド! 何を言ってる!? エマとソフィアだぞ!?」


 オイゲンが珍しく俺に反発する。


「おや? あなたも歯向かうのですか? 困りましたね。ここじゃ何ですから、表に行きましょうか?」


 有無を言わせぬ気迫を感じたのと、エマとソフィアが相手の手の内にある以上、俺達は黙って頷いた。



 ***



 しばらくして、人気のない路地に俺は転がっていた。

 俺の頬は地面に接している。

 反対側から足で押さえつけられていて、身動きが取れなかった。

 オイゲンは左腕を斬り落とされて、のたうち回っている。


「すっかり、従順な態度になりましたね。それは良いことです」


 アンドレイは満足そうに笑っている。

 オイゲンを軽々と斬り伏せて、俺を踏みつけている男はアンドレイの仲間だ。

 この男は身なりからして【重戦士】なのはわかるが、この強さ……想像だがレベルは100を優に越えているに違いない。

 俺達が敵う相手ではなかった。


「ひとつ提案です。私の配下になりませんか? もちろん、表向きは冒険者ギルドに所属するAランクパーティー、【光輝ある剣】としてです。私の損害は今のあなたに払える金額ではないでしょう。どうです? いい話だと思いませんか?」


 言うとおりにしなければ、ここで殺されるだろう。

 ここは大人しく従うしかあるまい……。


「…………わ、わかっ……た」

「口の利き方に気をつけろ。雑魚が」


 俺の頭に乗せた足に、【重戦士】が体重をかけた。

 頭蓋骨がミシミシと音をたてるような、不快な音が頭の中に響く。


「あっ……がっ……! わ、わがり……まし……だ……」

「結構。シリウスさん、離してあげてください」 


 こうして、俺達【光輝ある剣】は奴隷商人アンドレイの軍門に降った。

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