第24話 ドラゴンブレード

「エアの街での観光、楽しかったわねー」

「そうだな」


 俺達はネスタの街に着いたその足で、冒険者ギルドに顔を出していた。

 冒険者ギルドに帰還報告をするためだ。


「おお、シスン帰ったか!」


 開放されている扉をくぐると、あるパーティーが出会い頭に声をかけてきた。


「うん。戻ったよ」

「ただいまー」


 俺とアーシェが笑顔で返す。

 声をかけてきたパーティーが俺の名を呼んだことで、周りにいた見知らぬ冒険者達がざわつきだした。


「あれがシスンか……!」

「あ、あのドラゴンを討伐したっていう!?」

「ドラゴンを雑魚扱いした挙げ句、一刀両断したらしいぜ!」

「あんな年端もいかない子どもがか……!?」

「見た目で判断しちゃ駄目よ。私達より上のBランクの冒険者なんだから」


 俺達がエアの街に行っている間に、ドラゴン討伐の話はかなり広まっているようだ。

 彼らは次々にねぎらいの言葉と称賛を投げかけてくれた。

 あっという間に冒険者に囲まれてしまったので、受付へは簡単に辿り着けそうもない。


「みんな、ただいまー! でも、ごめんなさい。私達、マリーさんに帰還報告をしたいから、ちょっと通してー」


 アーシェが冒険者をかき分けて道を作ろうとすると、彼女の話題も飛んできた。


「あの可愛らしい子が、シスンとパーティーを組んでるアーシェって子だな」

「えっ!? アーシェって、ドラゴンをボコボコに殴り倒したっていう!?」

「そうだ。あの美少女然とした姿からは想像できないと思うが、ドラゴンを殴りつけて追い回したらしい」

「私が聞いた話じゃ、慌てて逃げたドラゴンを先回りして、シスンが斬り伏せたみたいよ」


 あ……、何か事実と違う風に伝わっている部分もあるな……。

 でも、俺達がドラゴンを倒したという事実は、みんな信じてくれているみたいで、一部の冒険者からは羨望の眼差しで見られている。


「ちょ、……通して……んもぅ! お願いだから、進路を塞がないでよぉ。ぶっ飛ばすわよ」


 ササササササッ!


 アーシェの発言で群がっていた冒険者が一斉に動き、彼女を中心に左右に綺麗に分かれる。

 そこには、受付へと繋がる一本の道ができていた。

 おお、アーシェ凄いな。


「……え? ちょっと冗談よ、冗談。私がそんなことするわけないでしょ」


 アーシェが満面の笑みで言うが、黙って頷く冒険者の中には、ちょっと顔を引きつらせている者もいた。

 その様子を見て俺は思わず笑いそうになるが、アーシェがかわいそうなので後であの冒険者の誤解を解いておこうと思った。


 ようやく人だかりから解放されて、俺とアーシェは受付に座っているマリーさんの元まで辿り着くことができた。


「マリーさん、今戻りました」

「ただいまー」

「お二人とも、おかえりなさい」


 マリーさんはいつもどおりの挨拶で迎えてくれる。

 クエスト達成報告をした時にかけてくれる言葉と同じだ。

 この言葉を聞くと、一仕事終えたんだなぁと感じる。


 受付のマリーさんが笑顔でアーシェの土産話を聞いている。


「お二人とも、息抜きができて良かったですね」

「ええ、まぁ……」

「バラフ山脈の向こう側では、最近物騒らしいですが、お二人とも何事もなかったですか?」


 マリーさんが心配したような表情で尋ねる。

 向こうであったことは言う必要はないだろう。

 俺達が知っていないはずのことだし、事件の詳細はミディールさんから報告がいくはずだ。


 そう言えば、ミディールさんはまだ帰ってないのか。

 忙しいんだな、Aランク冒険者って。

 俺が黙っていると、アーシェが眉間に皺を寄せて言った。


「それがそうでもないのよねー」

「え……」


 アーシェが余計なことを喋りそうになったので、俺は咄嗟にアーシェの口を塞ぐ。


「んー! んむー!」

「シスンさんっ……アーシェさんが苦しそうですけど……!」


 マリーさんが慌てて立ち上がった。

 だが、俺はそれを手で制した。


「大丈夫です。あ、これマリーさんにお土産です。じゃ」

「んー! んんーっ!」


 俺は荷物から、マリーさんのお土産に買ったお菓子の小箱を渡す。

 マリーさんは戸惑いながら、小箱を受け取ると「ありがとうございます」と頭を下げた。

 俺は会釈をしてアーシェを抱き上げると、急いでギルドから出た。


 冒険者ギルドから出て、アーシェを下ろす。


「……ぷはーっ!」

「ごめん。大丈夫か?」

「もぅ、何なのよ一体……」


 アーシェが頬を膨らませながら、上目遣いで俺に抗議する。


「いや、マリーさんにアンドレイの話をしようとしていただろ?」

「あ……ごめんなさい。忘れてたわ。シスンが事件を解決したことを全部話すところだったわよ」


 アンドレイの件は、ミディールさんがギルド直通で受けたクエストだから俺達が知ってたらマズい。

 ミディールさんはマリーさんに内緒でと言っていたからな。


「じゃあ、帰りましょ」


 アーシェが俺の手を引いて、家に向かおうとする。

 でも、俺にはその前に寄りたいところがあった。

 彼女が疲れているのなら、先に帰らせてもいいが……。


「アーシェ、俺この後行くところがあるから、先に帰っていてもいいよ」

「どこに行くの?」

「ドワーフのオヤジさんの工房だよ」

「あ、剣を取りに行くのね。私も行きたいわ」


 アーシェも新しい剣を一緒に見たいらしい。

 断る理由もないので、俺は頷いた。


「そうか。じゃあ一緒に行こうか」

「ええ」


 ドラゴンの牙で作った剣。

 もう完成しているだろうか。

 俺とアーシェは工房へ向かって歩いた。




 ***




 いつもどおり、オヤジさんの工房では、ドワーフの職人達が忙しそうに仕事をしていた。

 俺達に気づくと、オヤジさんが奥から出てきてくれた。


「もう帰ってきてたのか? もうちょっと、ゆっくりしてくるんだと思ってたぞ」

「さっき帰ってきたばっかりなんだ。剣はできてる?」


 オヤジさんは頑固な職人らしく眉間に皺を寄せた険しい顔のまま、口元に笑みを浮かべた。

 その仕草で、剣は完成したのだとわかる。


「丁度、今朝完成したところだ。おい、アレを持ってこい!」

「へいっ!」


 オヤジさんが他の職人に声をかける。

 別の部屋から両手で剣を抱えた職人が出てきた。

 職人は俺達の目の前のカウンターに、その剣を静かに置いた。


「確認して、問題があったら言ってくれ」

「これが……」

「見ただけで、凄そうって感じね」


 鞘には綺麗で緻密な装飾が施されている。

 柄頭にはドラゴンの頭を模した飾りがついていて、握りの部分はドラゴンの鱗のような模様が立体的に再現されていた。

 オヤジさんがこういった細工も得意だと、たった二ヶ月の付き合いだが俺は知っている。

 かなりこだわって作ってくれたのだと、一目でわかった。

 俺は手に取って、ゆっくりと鞘から剣を抜いた。


「わあ! 綺麗ね!」

「ああ。輝いて見えるな」


 幅広の直剣で、その剣身は光沢を放っている。

 握った感触も手に馴染むようで、いい塩梅だ。

 俺は軽く振って確かめる。

 鱗模様の凹凸が滑り止めの役割も果たしているみたいだ。


「どうだ?」

「こんな素晴らしい剣にしてくれたら、文句の付けようがない。最高だよ」

「ふん。そりゃ、良かった」


 オヤジさんは満足したように、腕を組んで大きく頷いている。


「ドラゴンブレード。その剣の名だ」

「……ドラゴンブレード」


 正直、期待以上の出来だった。

 俺は一目でこのドラゴンブレードを気に入ってしまった。

 今すぐにでも爺ちゃんに自慢したいくらいに。


「ありがとう。大事に使わせて貰うよ」

「剣ってのは、使っているうちに痛むもんだ。定期的に持ってこい。手入れしてやる」

「うん」

「いいなー」


 俺は剣帯から今付けている剣を外して、ドラゴンブレードを装備する。

 うん、格好いいな。

 早く使いたくてウズウズしてきた。

 外した剣は、予備として家に持ち帰ろう。


「似合っているわよ、シスン。でも、剣が立派すぎてその革鎧が貧相に見えるわね」

「金属鎧の方が様になるんだろうけど、動きにくいから俺はこれでいいよ」

「シスンがいいなら良いんだけど……それにしても羨ましいわね」


 アーシェが物欲しそうに、腰をかがめて俺の剣を眺めている。

 俺だけが武器を新調するのは何だか気が引けて、事前にオヤジさんにはもうひとつ別のものを頼んでいた。


「オヤジさん。アレもできてるかな?」

「もちろんだ。俺をそこらの職人と一緒にすんじゃねぇ」


 オヤジさんは、カウンターの下をゴソゴソし始める。


「え? まだ何かあるの?」

「見てのお楽しみだよ」


 オヤジさんはカウンターの下から拳大の木箱を取り出すと、その蓋をそっと開けて見せた。


「あ…………!」


 アーシェが木箱の中身を除いて、口元を押さえながら嬉しそうな声をあげる。

 一目で自分のものだとわかってくれたようで安心した。

 木箱に収められていたのは、髪飾りだった。

 俺のドラゴンブレードと同じ、ドラゴンの牙から作ったものだ。

 大きく口を開けて今にも炎のブレスを吐き出しそうな、ドラゴンの横顔を模したデザインだった。


「これ、私に?」

「ああ。ドラゴンを倒した記念にどうかな?」

「シスン、ありがとう!」

「ねぇ、付けていい?」

「ああ。俺が付けてあげるよ」

「うん」


 俺は木箱から髪飾りを取り出して、アーシェの赤髪にそれを付けた。


「ほら、付けたよ」


 オヤジさんは気を利かして、鏡まで用意してくれていた。

 アーシェは鏡を覗き込んで確認する。

 隣から見ている俺は、鏡に映ったアーシェが嬉しそうな顔をしていたので満足した。


「似合っているよ、アーシェ」

「本当に!? ありがとっ!」


 ふいに振り返ったアーシェが俺に抱きついてきた。


「ア、アーシェ……!?」


 突然すぎて、俺はドキドキしてしまう。

 俺の胸に飛び込んできたアーシェの頭が目の前にあるので、髪飾りが見える。

 本当にアーシェの赤髪に良く似合っているな。

 あげて良かった。


「おーい。イチャつくのは家に帰ってからにしてくれ」


 オヤジさんが呆れたように肩を竦めた。


「あっ……」

「わっ、ごめんシスン。私ったら急に……」

「いや、喜んでもらえて良かったよ」


 アーシェは顔を真っ赤にしつつ慌てて俺から離れた。


 オヤジさんに礼を言い、お土産の酒を渡して工房を出た。

 貴重な酒だったらしく、オヤジさんは喜んでいた。

 隣を歩くアーシェを見ると、早速髪飾りを付けている。

 かなりご満悦のようだった。


 こうして俺とアーシェは、ネスタの街に帰ってきた。

 明日からのクエストが楽しみだ。

 俺は柄頭のドラゴンにそっと触れて新たな冒険に期待で胸を膨らませると、アーシェとともに帰路に就いた。

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