第7話 Aランク冒険者

 話を聞くと、見た目どおり旅芸人をしているらしい。

 これでも【踊り子】の職業に就いているBランク冒険者だそうだ。

 名前はメルティで年齢は十九歳だと自己紹介してくれた。


 どうやら興行のために、バラフ山脈を越える必要があるらしい。

 ドラゴンが発見されてからバラフ山脈の街道は封鎖されていて、商人の交易などにも支障が出ていた。

 しかし、このクエストは、俺達だけでは受注できない。

 前にパーティーランクの不足で、マリーさんに却下された記憶が蘇る。


「ぜひ、参加したいんだけど、俺達のランクじゃ受注できないし……」

「そうですよねぇ。どなたかAランクパーティーの方がいらっしゃったらいいんですがぁ……」


 メルティさんは生活がかかっているからとして、俺達はAランク昇格の近道として何とかこのクエストを受注したい。

 困っている俺達に、受付のマリーさんが手招きした。


「マリーさん?」

「シスンさん。実は、昨日ですね…………」


 マリーさんの話によると、昨日俺達がクエストで地下ダンジョン潜っている間に、あるパーティーが訪ねて来たらしい。

 しかも俺を指名してだそうだ。

 わざわざ遠方のエイルの街から、やって来て俺を探したのだと言う。

 そのパーティーの特徴を聞くと、【聖騎士】のリーダーを筆頭に、大柄な【重戦士】、姉妹らしき【魔法剣士】と【高位神官】の四人パーティーだったそうだ。

 エイルの街からやって来て【聖騎士】のリーダー、大柄な【重戦士】と聞いて、もしかして【光輝ある剣】かと思ったが、残る二人の姉妹とやらに心当たりがなかった。

 彼らは俺が不在とわかると、出ていったらしい。

 マリーさんに御礼を言って、俺達はメルティの話を聞くことにした。


 メルティは冒険者をしているが、パーティーには属さずに傭兵稼業をしているそうだ。

 どこの冒険者ギルドにも、そういうスタイルの冒険者はいるが、傭兵とはクエストを受注したパーティーに助っ人として参加する者をいうらしい。

 メルティがパーティーに属さない理由は、本業は旅芸人をしているからで、その本業に支障をきたさない範囲で冒険者をやっているらしい。


「旅芸人だけじゃあ、正直食べていけないんですぅ。下の妹達はまだ幼くて働けないですしぃ」

「それは大変そうだ。メルティって、家族思いなんだな」

「旅芸人は家族でやっているのかしら?」


 旅芸人は家族でやっているそうだ。

 家族構成は父と母に兄と姉がひとりずつと、下に弟がひとりと妹が三人いるという。

 メルティは七人兄妹の上から三番目みたいだ。

 旅芸人をしているのは下の妹三人を除いた六人で、国中の街や村を回っているという。

 結構大家族だなぁ。

 本業だけでは生活が苦しいので、兄とメルティの二人は傭兵稼業をしているそうだ。


「お兄さんも冒険者なの?」

「はいぃ。兄もBランクの冒険者なんですぅ。今は他のパーティーに傭兵として同行しているんですぅ」


 言って、メルティはドラゴンの依頼書に視線を落とした。

 うーん。

 何とかしてあげたいが、一体どうすれば……。

 俺が悩んでいると、アーシェがある提案をしてきた。


「ねぇ、もうクエスト関係なしに、ドラゴンを倒しちゃったらどうかしら? このまま放置しておいたら、メルティだけじゃなく、街の人達も困ってしまうわよ」


 アーシェが考えていたことを、実は俺も考えていた。

 だけどそれは、あくまで最終手段だ。

 冒険者ギルドのルール破りは御法度だ。

 最悪そんなことをしたら、もうこのネスタの冒険者ギルドでは仕事を請け負えなくなってしまうかも知れない。

 それに、せっかく仲良くなれたマリーさんともお別れすることになるだろう。

 それはマリーさんだけじゃなくアーシェも悲しい思いをするだろうから、できれば別の手で進めたい。


「アーシェ。それは可能だけど、最終手段だ」

「うん。そう言うと思ってたわ」

「…………あのぅ」

「え?」


 メルティが怪訝そうな顔で、俺とアーシェを交互に見た。


「お二人のお話を聞いているとぉ、ドラゴンを倒せる風な口ぶりなんですがぁ、確かお二人ともBランクでしたよねぇ?」

「ええ、倒せるわよ。ね、シスン?」


 アーシェが即答して、俺に振る。

 あまりにも呆気なくアーシェが言うので、メルティは口をぽかんと開けたまま目を白黒させていた。


「うん、大丈夫だと思う」

「随分と自信があるんですねぇ。みなさんドラゴンと聞いただけで、萎縮するのにぃ」

「私も結構自信があるけど、シスンは私よりもずっと強いから、きっと楽勝だわ」


 アーシェが俺を必要以上に持ち上げる。

 嬉しいが、言えば言うほど俺達のレベルを知らない者にとっては嘘っぽく聞こえてしまうだろう。

 俺の強さをまるで自分のことのように嬉しそうに語るアーシェを手で制して、俺は別の手を考えようと話題を変えた。


 俺達がああでもないこうでもないと意見を交換していると、突然後ろから声をかけられた。

 俺は名前を呼ばれたので、肩越しに振り返る。


「見つけたぞ、シスン!」


 言い放ったのは、聞き覚えのある声。

 冒険者ギルドの扉を開け放って宣言したのは、見間違うはずなどない。

 俺の元パーティーメンバー、ベルナルドだった。


「ベルナルド……!?」


 ベルナルドはひとりだった。

 【光輝ある剣】の他のメンバーはいなかった。


「久し振りだな、シスン。お前の活躍は聞いている。どうせ、強いパーティーに寄生して上手くやったんだろう」


 ベルナルドは俺を見下したように、嘲笑の笑みを浮かべている。

 騙されていたと知る前の俺ならベルナルドの表情に何も感じなかったかも知れないが、今ならハッキリとわかった。

 しかし俺が口を開くより先に、アーシェが前に出た。


「あなたが、【光輝ある剣】のリーダー、ベルナルド?」

「…………そうだが。君は?」


 アーシェが俺とベルナルドの間に割って入った形だ。


「私はシスンとパーティーを組んでいるアーシェよ。言っておくけど、シスンは寄生なんかしていないし、私と二人だけのパーティーでBランクになったんだから。あんまりシスンを馬鹿にしていると、怒るわよ?」

「おい、アーシェ。別にいいって」


 ベルナルドがため息をつく。


「すまない。怒らせるつもりはなかった。だけど、君もよく考えた方がいい。半年間だけだが一緒にパーティーを組んでいた仲間だ。だから、シスンの実力はわかっているつもりだ。君も苦労してるんだろう? どうだい、俺のパーティーに入らないか?」

「なっ……!」

「気は強そうだが中々可愛らしいな。俺のパーティーに入れば、あっちの方も満足させてあげるが」

「は……はあ!?」


 アーシェの素っ頓狂な声を上げて真っ赤になった。

 あっちの方って何だろう……?

 ベルナルドの言葉の意味は良くわからなかったが、アーシェが嫌そうな顔で「何なのこいつ……気持ち悪いわ」と小声で言ったので、彼女に不快な思いにさせたのは理解できた。


「連れが失礼した。だけど、アーシェは僕の大切な幼馴染みだ。彼女に嫌な思いをさせるのなら、俺も後には退けない」

「はっ。言うようになったな。Bランクになって調子に乗りたいのもわかるが、俺達のパーティーでお荷物だったお前が女の前だからとカッコつけるんじゃない。身の程をわきまえ――ぐへぇぇぇぇぇっ!」



 ベルナルドの顔面にアーシェの拳がめり込んだ。

 そして次の瞬間には、ベルナルドは壁まで吹っ飛ばされていた。


「……アーシェ」

「シスンを馬鹿にするからよ。ちゃんとアイツのレベルに合わせて威力を抑えたわ」


 アーシェは俺の代わりにベルナルドにキツイ一発を返してくれた。

 もちろんアーシェは思いっきり手加減している。

 彼女が本気ならベルナルドの頭と体はお別れしていただろう。



 ベルナルドが手を貸そうとする冒険者の手を払いのけながら、こちらにやって来る。

 その足取りはかなり危うい。


「いいパンチだ。だが、俺ほどの冒険者になるとたとえ不意打ちでも大したダメージを受けない」

「本当にすまない。先に手を出したこちらに非がある」

「そうだシスンが悪い。だが寛大な俺は許してやる。その代わり俺と勝負しろ」

「…………勝負?」


 ベルナルドはおもむろに懐から冒険者カードを取り出して提示した。


「俺達は今や、Aランクの冒険者だ。だから……ドラゴン討伐のクエストは、俺達Aランクパーティーの【光輝ある剣】が受ける! お前も参加するんだ、シスン。どっちが先にドラゴンを狩れるか、競おうじゃないか!」


 ベルナルドから俺に宣戦布告してくるとは予想外だった。

 だが…………面白い。

 ドラゴンと戦えるなんて願ってもないチャンスだ。

 俺はアーシェと頷き合った。

 アーシェも俺と同じ考えだろう。


「わかった。その勝負、受けた」


 こうして、俺とアーシェは【光輝ある剣】とドラゴン討伐で勝負することになった。

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