第8話 【光輝ある剣】 異変

「しかし、まんまと上手くいったな。流石にここまで鈍いとは思わなかったがな」


 そう言って俺に笑いかけたのは、【重戦士】オイゲンだ。


「本当。半年も騙されてることに気づかないなんて鈍すぎ……です」


 【高位神官】ソフィアも同調する。


「ちょっと可愛そうな気もするけどねー」


 俺がさっきクビを宣告したシスンに同情する素振りを見せるのは【賢者】のエマだ。


「ふっ。数回のクエストで使い捨てるはずが、半年も利用するきっかけになったのは、お前の一言だろう」

「あれ? そうだったかしら?」


 俺は【聖騎士】のベルナルド。

 この【光輝ある剣】を束ねるリーダーだ。

 この半年間で荒稼ぎした冒険者ポイントで、俺達は念願のAランクへと昇格した。

 今ではエイルの冒険者ギルドでも、上から数えて五本の指に入る有名パーティーだ。

 それもこれも、俺達が効率のいい稼ぎ方をしてきたからだ。


 やり方は至って簡単。

 このエイルの街にやって来た田舎者のド素人に、俺が声をかける。

 親切を装って、「一緒にパーティーを組まないか?」なんて言えば、初心者は馬鹿みたいに喜んでついて来る。

 適当なクエストを受注して、数日使ったら、後は捨ててしまえばいい。

 もちろん、報酬はピンハネしてだ。

 相手が職業にも就いていないド素人なら、もっと簡単だ。

 あえて向いてなさそうな職業に就けて、一切活躍させない。

 それを理由に、こっちの言いなりにさせるだけだからな。

 最後は貢献度不足でクビにすれば、問題ない。


「でもよぉ。半年も冒険者ポイントが0で、よく気づかなかったな」

「冒険者カードの仕組みも、わかってなかったみたいだから、当然ポイント0でも気づかなかった……です」

「あはは。本当ウケるわね。途中から、用心のためにベルナルドがパーティーの冒険者カードはリーダーが預かるって、意味不明なルールを作ったのには笑いを堪えるのに必死だったわよ」

「ああ。まさかそれを信じて、俺に冒険者カードを預けるとは思わなかったな。おかげで、半年もアイツのポイントを全部巻き上げれたんだ。お前ら俺に感謝しろよ?」


 三人は笑いながら、上機嫌で酒をあおっている。

 今までに報酬をいくらか誤魔化したり、使い捨てにした冒険者は多数いるが、冒険者ポイントを巻き上げても気づかない馬鹿は、年に数人いるかどうかだ。

 普通は気づくからだが、あの田舎者のド素人シスンは最後まで気づかなかった。

 本当にシスン様々だな。

 俺は口元に笑みを浮かべて、肉にかぶりついた。



 ***



 冒険者ギルドから呼び出しを受けた。

 すぐ来てくれというので、俺達は冒険者ギルドへと向かった。


「ネスタの冒険者ギルドから苦情が来ているんですが……」

「……何だと?」


 ネスタの街か……。

 何年も前に数回訪れただけの街だが、一体何の苦情なんだ?

 【光輝ある剣】の担当者は、恐る恐る語り始めた。

 何でも俺達のパーティーに不当に扱われた挙げ句冒険者ポイントや報酬をピンハネされ上、クビにされた者がいて、その報告を受けたネスタの冒険者ギルドから苦情があったという。

 ちなみにその冒険者の名前は、報復を避けるため匿名だそうだ。

 どこのどいつだ。

 ふざけやがって。

 心当たりがあり過ぎてどいつに密告されたか分からないが、俺達に喧嘩を売っているようだな。


「いや、何かの間違いだろう。俺達【光輝ある剣】も遙かネスタの街に名が知れ渡るほどになったか……。有名になれば、誹謗中傷する輩が増える。あんたも、そんな言葉は間に受けずに、俺達のことだけ考えておけばいい。俺達のおかげで甘い汁も吸えただろう?」

「は、はい。ベルナルドさんの活躍で俺も出世できたんで……。ネスタの冒険者ギルドには、ただの言いがかりだと伝えておきます」

「ああ。頼んだぞ」


 その後、俺達は地下ダンジョンに再び出現したというゴーレムを討伐することになった。

 半年前に一度倒しているモンスターだから、たいしたことないだろう。

 あの時は少し苦戦したが、俺達もかなりレベルアップしているからな。

 軽く片づけてしまうか。


 俺達は地下ダンジョンへ潜った。

 モンスターは雑魚ばかりだ。

 ソフィアの《ヒール》も温存できている。

 準備に抜かりはなかった。


「しかし、ゴーレムって復活するんだな」

「何かの仕掛けかも。気をつける……です」

「心配するな。前と同じように、オイゲンが攻撃を受けている間に、俺とエマが攻撃する。怪我をしたら、ソフィアが《ヒール》してくれたらいい。最後は俺のスキルで決める」

「頼もしいわ。流石私達のリーダーね」


 最下層までは順調だった。

 俺は今、何と戦っているのだろうか。


「うがああああああああああああああっ!」

「ソフィア! オイゲンに《ヒール》を!」

「わかった……です。《ヒール》!」


 そう、ゴーレムだ。

 半年前と見た目は変わらない。

 なのに何故、こんなに苦戦しなければならない!?

 俺の剣とエマの魔法で攻撃を繰り返すが、ゴーレムは一向に弱る気配がなかった。

 それどころか、俺達は相当疲弊していた。

 みんなにも焦りが見え始める。


「ベルナルド! 一旦退きましょう! 魔力が尽きそうよ!」

「オイゲンも限界っぽい……です」

「うっ……! 駄目だ! 盾が持ちそうにないっ!」

「踏ん張れオイゲン! お前は俺達【光輝ある剣】の盾だ! もっと体を張れっ!」

「正気なの!? 今ならまだ撤退できるわ! ベルナルド、冷静に判断して!」


 冷静にだと!?

 俺はいつだって冷静に決断を下してきた。

 俺達がゴーレムごときに負けるわけないだろうがっ!


「俺達はまだやれるっ! Aランクパーティー【光輝ある剣】の名に泥を塗る気か! 死ぬ気で援護しろ! 俺のスキルをブッ放す!」



 ***



 気づいた時には、エマが転移魔法で地下ダンジョンからパーティーを脱出させていた。

 俺は苛立ちからエマっを口汚く罵ったが、見かねたオイゲンが止めに入る。

 クソがっ!

 お前がもっと踏ん張っていれば……!

 その日、【光輝ある剣】は初めてクエストに失敗した。


 しばらく、パーティー内での仲が険悪になったが、時間が解決してくれた。

 一ヶ月ほど経ったある日、冒険者ギルドで奇妙な噂を聞いた。


「何? それは本当か?」

「はい。冒険者ギルド間での連絡なので、正確な情報です」


 ネスタの冒険者ギルドで、たった一ヶ月でFランクからCランクまで上り詰めたパーティーがいるらしい。

 その勢いは留まることを知らず、もう間もなくBランクに到達する勢いだというのだ。

 にわかには信じられない。

 昇格の早さが尋常じゃなかったからだ。

 更に俺を驚かせたのは、そのパーティーのリーダーがあのシスンだったことだ。


「シスンがCランク? 信じられない……です」

「強い冒険者と組んだのか? まさか、あのシスンがな……」

「失敗続きの私達とじゃ、その内立場が逆転するかもよ」


 俺はエマを睨みつける。

 エマは気に入らないのか、怒った風に黙って顔を背けた。

 確かにエマの言ったとおり、ゴーレム討伐以降俺達はクエストに失敗することが多くなった。

 理由はわかっている。

 こいつらの怠慢だ。

 Aランクにあぐらをかいて自分の役割を果たそうとしない三人に、俺は日に日に苛立ちを募らせていく。


 担当のギルド職員からある討伐クエストを聞いた俺は、【光輝ある剣】の威光を知らしめるチャンスだと考えて三人に提案する。


「バラフ山脈の街道付近にドラゴンが出るらしい。そいつを狩るぞ」


 俺が静かに告げると、三人は目を見開いた。

 最初に反対したのは予想どおりエマだった。


「正気なの? ドラゴンってゴーレムより強いのよ? 今の私達で勝てると思ってるの?」

「恐いのか?」

「はあ?」

「聞くが、お前らはこのまま【光輝ある剣】が落ち目になってもいいのか?」

「いいわけないでしょ!」

「だけどな、流石にドラゴンは……。俺の盾じゃドラゴンのブレスは防げないぞ?」

「私達じゃまだ厳しいと思う……です」


 三人とも反対か……。

 まぁ、いい。

 他にも手はあるからな。


「お前らの考えはわかった。だが、俺はドラゴンを倒しに行く。腰抜けは俺の【光輝ある剣】に相応しくない。命が惜しいヤツは、たった今パーティーを抜けろ」


 俺の宣言に、場が凍りついた。

 そして、エマが席を立ち、


「勝手にすればいいわ。これ以上付き合っていられないわ。死にたいのなら勝手にしなさい」


 捨てゼリフを残して部屋を出て行った。

 続いて、ソフィアがエマが出て行った扉と俺を交互に見て悩んだ挙げ句、席を立つ。


「さよなら……です」


 部屋には俺とオイゲンが残った。

 オイゲンも悩んでいるようだ。


「お前はどうする? お前とは一番付き合いが長いからな。俺に気を遣わなくてもいいぞ?」

「俺は…………」

「だがひとつ言っておこう。俺について来れば、悪いようにはしない。俺には策があるからな」

「ほ、本当か!?」


 オイゲンが興味深そうに、テーブルに身を乗り出して聞き返してくる。

 俺は首を縦に振る。

 そうして、俺はオイゲンに語り始める。



 ***



 数日後、俺達は脱退したエマとソフィアの代わりに、新しいメンバーを迎え入れた。

 正式なメンバーではなく、傭兵という扱いだ。

 姉妹で冒険者をしている【魔法剣士】と【高位神官】の二人だ。

 以前から俺が目をつけていた美人姉妹だ。

 彼女たちもAランク冒険者で俺達と似たような手口で成り上がっていたので、俺達とも馬が合った。

 正直、実力は俺達よりずっと上だ。

 雇うのにこの半年間の稼ぎを全部使ったが、ドラゴンを倒せるなら安いものだ。


 こうして、俺達【光輝ある剣】は、ネスタの街に旅立った。

 俺はドラゴンを倒して英雄になる。

 ついでに、シスンのヤツがいたら、憂さ晴らしに虐めてやるか。

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