第4話 冒険者ギルドにて
イゴーリ村を出発した俺たちは、しばらく歩いてから休憩することにした。
昼食はアーシェが作ってくれた弁当だ。
アーシェは料理が得意で、俺にもよく手料理を振る舞ってくれていたから味は保証できる。
俺が美味そうに食べていると(お世辞抜きで本当に美味しい)、アーシェは喜んでくれた。
「ねぇ、シスン。地図を見せて」
「うん。さてと……」
食事を終えた俺たちは、爺ちゃんに渡された地図を広げた。
この周辺の地理を示した簡易地図だ。
地図には近隣の街や村、そして爺ちゃんの手書きで地下ダンジョンの場所が記されている。
最初の目的地は、アーシェと相談して決めていた。
地図に記されている一番東の街ネスタだ。
ネスタはエイルと同じぐらい大きな街で、冒険者ギルドもある。
そこを拠点にして、まずは冒険者ランクを上げようという話になった。
冒険者ランクは上から順にS、A、B、C、D、E、Fの七段階あり、クエストをこなして実績を積むことで、昇格できる仕組みだ。
それとは別にパーティーランクというのも存在する。
俺はBランクパーティーの【光輝ある剣】に、冒険者ランクFで参加した。
冒険者ギルドの手続きは【賢者】のエマに任せていたため現在の俺の冒険者ランクは不明だが、半年間でかなりのクエストを達成して、それなりの実績は積んだつもりだ。
なので、Bランク……、いや最低でもCランクにはなっているはずだ。
俺の冒険者カードの記載はFランクのままだが、ネスタの冒険者ギルドで最新のランクに更新しておこう。
冒険者ギルドの仕組みを知らないアーシェに、俺は簡単に説明した。
「それ、冒険者って感じでいいわね。あたしも早く冒険者カード欲しいなぁ」
アーシェに冒険者カードを見せてあげると、手に取って羨ましそうに眺めていた。
「ネスタに着いたら、俺が冒険者ギルドで手続きしてやるよ。これでも一応、冒険者だからな」
「うん。その時はお願いするわ。頼りにしてるわよ」
「任せとけ」
アーシェから冒険者カードを返してもらって、俺はそれを懐にしまい込んだ。
【光輝ある剣】では体験しなかった人に頼られるという状況に、俺は素直に嬉しくなった。
ましてや、アーシェに頼られている状況は俺の励みにもなる。
十分強いアーシェだけど女の子だから、俺がしっかり守ってあげないとな。
俺はアーシェの横顔を見て思った。
***
旅立ちの際、爺ちゃんと神父様から旅費に使うようにと、いくらかのお金をもらっていた。
乗り合い馬車を利用する手段もあったが、ネスタに着いたら生活もしていかないといけないので、俺たちはお金を節約して歩いていくことにした。
道中、いくつかの街や村を経由し、またモンスターと遭遇したりしたが、俺とアーシェの敵ではなかった。
幼い頃から一緒に修行しただけあって、お互いの癖や行動理念を把握している。
連携は完璧だった。
ネスタには十日ほどで辿り着いた。
「わあ! 大きな街ね!」
大通りを行き交う冒険者や商人。
大小様々な店が建ち並ぶ様子は圧巻だ。
アーシェは目を丸くしていた。
「ねぇ、シスン。あれって教会かしら?」
「ん? どれだ?」
アーシェが俺の手を取り、もう片方の手で遠くに見える大きな建物を指している。
それは大きな教会だった。
「はぁ。イゴーリ村にあるお爺ちゃんの教会が、しょぼく感じるわね……」
「ははは。それは仕方ないよ。街の規模が違うんだから。エイルもこのぐらい大きな街だったぞ」
「そうなんだ。ここで、あたしたちの新しい生活が始まるのね」
「ああ。冒険者として成り上がろう」
俺たちは観光もそこそこに、早速冒険者ギルドへと足を向けた。
建物の外観はエイルのそれとあまり変わらない。
というか、ほぼ同じだ。
冒険者ギルドで統一しているのだろう。
アーシェは少し緊張したような顔で、冒険者ギルドの看板を見上げていた。
「さあ、アーシェ。お前の冒険者登録を済ませよう」
「うん」
俺は得意気だった。
思えば半年前の俺も、こんな感じだったのだろう。
俺はアーシェと一緒に、冒険者ギルドの扉を開いた。
「凄い人ね。この人達、みんな冒険者なのかしら?」
冒険者ギルドの中には多くの人が忙しなく動いていた。
「まぁ、全員じゃないけどな。クエストを出しに来た人もいるから」
「そうなのね。あれは何なの?」
アーシェが興味を示したのは、クエストの掲示板だ。
AランクからFランクまで、多岐に渡るクエストの依頼書が貼ってある。
ちなみにSランクのクエストは募集形式ではなく、冒険者ギルドから直接声が掛かるらしい。
それほどの冒険者になると、冒険者ギルドからも頼られるのだろう。
クエストを受注する時は、この依頼書を剥がして受付に持っていく仕組みだ。
「アーシェ。掲示板はあとで見るとして、まずは冒険者登録をしよう」
「そうね。どうすればいいの?」
俺はアーシェを伴って、受付にできた長蛇の列に並んだ。
しばらく待っていると、俺たちの順番になった。
受付にはエルフのお姉さんがいた。
エルフは長命種なので実際の年齢はわからないが、見た目では俺たちより少し上に見える。
白く透き通るような肌に、サラサラとした綺麗な金髪。
エルフのお姉さんは、笑顔で挨拶してくれた。
「ようこそ。ネスタの冒険者ギルドへ」
「宜しくお願いします」
「こんにちはー」
エルフのお姉さんの名前はマリーさんという。
俺はマリーさんに、アーシェの冒険者登録がしたい旨を伝えた。
マリーさんは笑顔で返事をして、手際よく書類を作成してくれる。
手を動かしながらも、アーシェが質問に事細かに対応してくれた。
今後、このネスタの冒険者ギルドでクエストを受注する時は、マリーさんが担当してくれるという。
困ったときはなんと、アドバイスもしてくれるらしい。
優しそうで、しっかりしてそうなマリーさんが担当で良かった。
「はい。これでアーシェさんの冒険者登録は完了しましたよ」
アーシェはマリーさんから受け取った冒険者カードを見て、嬉しさからか頬が緩んでいる。
次に俺は、自分の冒険者カードを差し出して、現在のランクに更新をお願いした。
マリーさんはニコニコと俺のカードを受け取って、手元の魔法石にかざす。
冒険者ギルドは横の繋がりがしっかりしていると聞く。
この魔法石は冒険者ギルド間の連絡に利用されるので、こうすることでエイルでの俺の冒険記録が把握できる仕組みだ。
珍しそうに眺めているアーシェに説明してやると、彼女は俺のことを「シスンって、色々知ってるんだね。やっぱり頼りになるわ」と、褒めてくれた。
まぁ、半年前は俺もそっち側の立場だったんだけどな。
「……え、これは……!? そんな……、もう一度確認して……」
マリーさんは何度か同じ操作を繰り返す。
その度に、マリーさんの顔は次第に曇っていく。
こうなると、鈍いと言われる俺でも何かおかしいと気づく。
だが今、俺にできることは何もない。
ただ、マリーさんの返答を待つしかないのだ。
そして――――
「シスンさん。残念ですが、一度もクエストを受注されていないようなので、ランクはFのまま据え置きになります」
「…………え?」
マリーさんが申し訳なさそうな態度で告げた言葉に、俺は耳を疑った。
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