第3話 新しい職業
見事、十数人の野盗を撃退した俺たちは彼らをロープで縛って、村の広場に集めていた。
村長の指示で、村人が近くの街の憲兵に報せに向かっている。
平穏を取り戻したので、俺たちに感謝を述べた他の村人は農作業に戻っていった。
「それにしても、流石はシスンとアーシェだな。毎度のことながら、助かったよ。ありがとう」
「村に被害が出なくて良かったです」
俺はアーシェと笑いながら、頷き合った。
村長に感謝されていると、教会の方から神父様が歩いてきた。
「あ、お爺ちゃん。無事に片付いたよー」
アーシェが手を振って、神父様を迎える。
俺は神父様に会釈をした。
「アーシェ、怪我はないですか? シスンも良くやってくれたね。本当にありがとう」
神父様は爺ちゃんが初めて冒険者になった時の、パーティーメンバーだ。
途中で冒険者を引退して、教会の神父となった。
今は爺ちゃんの茶飲み友達として、仲良くやっている。
「丁度いい。今から教会のクリスタルは使えるかのぅ」
「ええ、もちろん。もしかして、シスンの転職に使うのですか?」
爺ちゃんが神父様に、教会にあるクリスタルの使用許可を求める。
神父様は快く承諾してくれた。
クリスタルとは、各地の村や街の教会に奉られている大人の背丈ほどの水晶体で、主に転職に必要とされている。
各地のクリスタルによって転職できる【職業】の種類は異なる。
なので、この村で転職できる【職業】の種類は少ないが、冒険者ギルドのある街の教会ではその種類は多岐に渡る。
俺がつい先日までいたエイルの街では、百以上の【職業】に転職可能なクリスタルがあった。
一部の特殊な【職業】には、専用のクリスタルがあるらしい。
「そうじゃ。シスンにそろそろ、【職業】に就かせようと思ってのぅ」
「それはいいですね。だけど、私の教会にあるクリスタルでいいのですか? 大きな街に出れば選択肢は広がりますが……」
「なぁに。お前さんところのクリスタルで十分じゃ」
爺ちゃんはニヤリと笑って俺を見た。
神父様が懸念するのはわかる。
何しろここの教会にあるクリスタルで、転職できる【職業】はたった五つだけなのだから。
俺たちは早速、教会に向かった。
田舎らしく街のそれと比べると、慎ましやかで質素な教会だ。
だけど村で一番大きな建物なので、さっきみたいに野党が出没したりすると、避難場所に最適だ。
神父様に案内されて、最奥のクリスタルの間へと進んで行く。
「その前に神父よ。ひとつ相談があるんじゃが」
「何でしょう? あなたの相談はいつも唐突ですから、何を言われても動じませんよ」
神父様は穏やかに返す。
俺とアーシェは爺ちゃんが何を言うのか気になって、黙って聞いていた。
「シスンとアーシェに旅をさせようと思うんじゃ」
意外だった。
半年前に旅立って、パーティーをクビになるという挫折を味わい帰ってきた俺と、アーシェを旅に出すなんて。
しかも半年前、俺に同行したがっていたアーシェに反対したのは、他ならぬ爺ちゃんだったのだ。
アーシェも面食らったように、口をパクパクさせている。
「それは良い考えですね。私もアーシェに外の理を経験させてやりたいと、常々考えていました。でも以前はアーシェが村を出ていくことに反対していたのに、どうしてですか?」
神父様の疑問に答えるべく、爺ちゃんはその理由を語った。
ひとつ、半年前は俺がひとりでやれるか試したかった。
二つ、アーシェの修行が完成していなかった。
三つ、失敗した俺と、しっかり者のアーシェが一緒に考えて行動することで、二人が心身共に成長するだろうと。
四つ、爺ちゃんがそろそろ自分の【職業】を、俺に引き継がせたいと考えていること。
以上の四つの理由から、爺ちゃんは俺とアーシェに旅をさせたいと提案したのだ。
「なるほど……。シスンが一緒なら危険はないでしょうし、私としても安心です。アーシェはどうですか?」
「私、行きたい! お爺ちゃんをひとり残すのは心配だけど、シスンと一緒に世界を見て回りたいの」
アーシェは興奮した様子で、旅に出る意思を示した。
神父様はうんうんと頷いている。
「帰って来た頃には、ひ孫の顔が見れたらいいですね」
「それは、シスンが世界に認められて、最強を手にしてからの話じゃな。まぁ、儂らが死ぬまでにそうなってくれるのを期待しようかのぅ」
俺は爺ちゃんの期待に応えられるように、最強を目指そうと心に誓う。
隣では急にしおらしくなったアーシェが、「もぅ、お爺ちゃんったら、何を言うのよぅ……」と顔を紅潮させていた。
……そ、そういうことなのか。
アーシェの反応で、ようやく神父様の言ったことが理解できた。
神父様は俺とアーシェがそうなることを望んでいるようだ。
俺の贔屓目かも知れないが、エイルの街でもアーシェほど可愛い女の子は見なかった。
俺もいずれはアーシェと……なんて頭の片隅には置いていたが、今は爺ちゃんの言うとおり修行だ。
「そうと決まれば、まずは転職じゃのぅ。ほれ、シスン」
「わかった」
俺は頷いて、クリスタルに手を触れた。
クリスタルに【職業】の種類と、転職条件が浮かび上がってくる。
俺たちはそれを真剣な面持ちで注視した。
【剣士】
転職可能レベル1
転職条件 なし
習熟スキル
《騎乗》 安定して馬を操作できる
《ソニックウェーブ》 剣で衝撃波を放つ
【弓使い】
転職可能レベル1
転職条件 なし
習熟スキル
《騎乗》 安定して馬を操作できる
《命中》 弓の命中精度を上げる
【修道士】
転職可能レベル1
転職条件 なし
習熟スキル
《ホーリーブロウ》 聖なる光を纏った攻撃を放つ
習熟魔法
《ヒール》 傷ついた体を癒やす
【農夫】
転職可能レベル1
転職条件 なし
習熟スキル
《農作業》 効率良く農作物を収穫できる
【商人】
転職可能レベル1
転職条件 なし
習熟スキル
《馬車操作》 馬車を操作できる
《交渉》 売買の交渉を有利に進めることができる
《鑑定》 物品の価値を正しく知ることができる
クリスタルには五つの【職業】が表示されている。
俺は爺ちゃんの方を見る。
「シスンよ。お前に儂の【職業】を引き継がせる」
「え!? いいの?」
「お前もそろそろ独り立ちをする頃じゃ。どうじゃ【剣聖】になりたいか?」
「もちろん! あ、でも……転職の条件は……」
「【剣聖】への転職条件は、もう満たしておるじゃろう。条件はたった二つ。ひとつ目はレベルが200を越えていること。そして二つ目は、【剣聖】のスキルを全てその身に受けていることじゃ」
そう言えば、爺ちゃんとの修行で、俺は幾度となく【剣聖】のスキルを食らっていた。
なるほど……。
俺は既に【剣聖】の転職条件を満たしていたのか。
でも、このクリスタルでは【剣聖】に転生できないし、どうするんだろう。
「シスンよ。【剣士】を選択するんじゃ。【剣聖】になるまでは、その【職業】で修行じゃ」
「わかった。じゃあ、【剣士】に転職する」
クリスタルが一際輝いて、俺の体が光に包まれる。
こうして俺は、【神官】から【剣士】に転職した。
***
三日後、旅立ちの支度を済ませた俺とアーシェは、村の入口に立っていた。
爺ちゃんや神父様を筆頭に、何人かの村人が見送りをしてくれる。
「餞別にこの剣をくれてやる。より強い剣を手に入れたら、それは捨てても構わんぞ」
「ありがとう。じゃあ、この木剣は家に置いておくよ」
爺ちゃんが差し出した鉄の剣と、俺の木剣を交換する。
剣を軽く振ってみる。
何の変哲もない鉄の剣だ。
木剣よりは使えるだろう。
アーシェの銀の手甲は、【剣聖】である爺ちゃんが使っていたミスリル製の名剣が素材となっている。
だから、俺が手にした剣とは比べるもなく、最高級品だ。
羨ましい限りだが、爺ちゃんが決めたことだから、仕方がない。
「アーシェ。沢山学んで来なさい。そして、たまには顔を見せておくれよ。シスン。アーシェを宜しく頼みますよ。私は旅の無事を祈っているからね」
神父様は俺とアーシェに微笑んだ。
俺とアーシェは互いに頷いて、故郷のイゴーリ村に別れを告げる。
「じゃあ、行ってくる」
「お爺ちゃん、手紙出すからね」
そして、俺達は故郷イゴーリ村を後にした。
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