第2話 故郷に帰る

「がっはっは。そうか、そうか。パーティーをクビになったか」


 故郷のイゴーリ村に帰って来た俺は、事の顛末を爺ちゃんに語った。

 すると、爺ちゃんは心配するどころか、大笑いしたのだ。


「笑い事じゃないよ。ちょっと落ち込んでるんだからさ」


 爺ちゃんは俺の唯一の家族だ。

 だけど、血は繋がっていない。

 俺が赤ん坊の頃、本当の両親は野盗に殺されたらしい。

 偶然通りかかった爺ちゃんが、野盗を追い払い俺を拾ってくれたのだ。


 子どものいなかった爺ちゃんは、俺を孫として育ててくれた。

 そして今、元冒険者の爺ちゃんは、今は隠居して村の知恵袋として親しまれている。

 爺ちゃんが笑い顔から、穏やかな表情に変わる。


「シスンよ。儂はお前に剣の修行をさせる為だけに、見聞させたのではないぞ」

「え……?」

「多くの人と関わり、沢山のことを学んで欲しかったんじゃ。人間関係もそのひとつじゃ。儂ならもっと上手く立ち回れたじゃろう」


 エイルに行かせてくれたのは、剣の修行のためだと思っていたが、そうではなかったらしい。

 俺はまだまだ未熟なんだなと思った。

 爺ちゃんと話しながらお茶を飲んでいると、突然家の扉が開け放たれた。


「こんにちはー!」


 扉を開けて入って来たのは、幼馴染みのアーシェだ。

 教会の神父様の孫で、この村では少ない俺とは同年代の活発な女の子だ。 

 アーシェは肩まで届く赤髪をふわふわと揺らしながら、依然と変わらぬ眩しいぐらいの笑顔で、俺の隣に座った。


「シスンが帰って来たって聞いて、急いで来たんだから」

「ただいま、アーシェ」

「半年もの間、手紙ひとつ寄越さないなんて、冷たいじゃない。で、エイルはどうだったの?」

「実は…………」


 俺は爺ちゃんに話した内容を、そのままアーシェに聞かせた。

 途中で何度か、アーシェが拳を握りしめているのが見えた。


「もう! 何なのそれ! 酷すぎるよ!」

「でも、全然活躍できなかったし」

「なんで剣で戦わなかったのよ。シスンの実力ならゴーレムなんて余裕でしょ」

「それはそうなんだけど。俺は【神官】を任されていたから」


 俺の話を聞いて、アーシェは【光輝ある剣】に対して憤りを覚えているようだ。

 みるみる機嫌が悪くなる。

 アーシェは腕組みすると、少し考えてから口を開いた。


「多分だけど、その【光輝ある剣】とかいう人達、シスンを利用していただけじゃないの?」

「え? それはない……と思う」

「いいえ。絶対そうだわ。回復役と荷物持ちで使うだけ使って、最後は有り金全部取られたんでしょう? あー、もうっ! シスンは鈍すぎだよ」


 爺ちゃんの方を見ると、やっと気づいたかという風な顔をしていた。

 そ、そうだったのか。

 俺はいいように使われていただけだったのか。

 それがわかって、更に落ち込みそうだ……。


「ところで、シスンよ。レベルはいくつになったんじゃ?」

「え、と……今のレベルは267だよ。半年で1しか上がらなかった」

「えぇっ!? 1しか上がってないの!?」


 アーシェはため息をついて、大きく首を振った。


「そういうアーシェはどうなんだ?」

「あたしは15上がって、181よ」

「へー。結構上がったな。どこで修行したの?」

「儂と一緒に地下ダンジョン巡りをしておったからのぅ」

「爺ちゃんと一緒か。楽しそうだな。俺も行きたかったなぁ」


 俺も一緒に地下ダンジョン巡りをしていれば、もう少しレベルは上がっていたかも知れない。


 三人で話していると、急に外が騒がしくなった。

 このイゴーリの村は、かなりの田舎で非常にのどかなところだ。

 周りは森林や草原に囲まれて、自然に溢れる立地だった。

 しかし、家の外から聞こえる喧噪は、ただならない雰囲気を醸し出している。

 村人の叫びや悲鳴と、それを追いかけるように怒号が飛び交う。


「爺ちゃん!」

「うむ。シスン、アーシェ、ついてこい」


 緊迫した面持ちで爺ちゃんが席を立つと、アーシェは返事をし、俺は大きく頷いた。

 家を出ると、野盗が村に侵入していた。

 軽く見渡したところ、幸いにもまだ被害は出ていない。

 収穫物目当てに、たまにこうやって野盗が出没する。

 村人達は段取りよく、教会に避難していく。


「アーシェは儂と一緒に、逃げ遅れた村人を助けに行くぞ。シスンは野盗どもを倒すんじゃ」

「わかった!」


 俺は応じると同時に地面を蹴った。

 まず向かったのは、目に留まった二人の野盗。

 俺が駆け寄ると、野盗はこちらに振り向いた。


「ん? なんだ……ガキか。脅かしやがって」

「木剣なんか手にして、俺らと戦うつもりか?」


 野盗はニヤつきながら、剣を構えて俺に近づいて来る。


「この村には何もないぞ。大人しく立ち去るなら追いはしない」


 俺の忠告に、野盗は「へっ」と笑うと、剣を振り上げて襲いかかってきた。


「誰に言ってんだ! ガキがぁ!」


 俺は鼻先で躱すと、野盗の手首に強烈な一撃を叩き込んだ。


「ぐあぁっ!」


 野盗は剣を落として手首を押さえて転がった。

 すかさず、もうひとりの野盗の胸に木剣を突き込む。


「うっ……!」


 俺がひと睨みすると、野盗は血相を変えて逃げ出した。

 これで、諦めてくれればいいが。

 背後の気配に気がついて俺が振り向くと、三人の野盗が剣を構えて立っていた。


 面倒だから、三人まとめて倒すか。


 俺は無造作に木剣を横に薙いだ。

 その木剣から衝撃波が発生して、三人の野盗を転倒させた。

 地面に無様に尻をつけたまま、何が起こったか理解できていない野盗達。


 爺ちゃんに習った剣術。

 剣なら爺ちゃん以外に負ける気はしない。

 野盗は体が痺れて、しばらくは立てないだろう。

 絶妙な力加減で、命までは奪わない。

 俺は踵を返して、新たな野盗を探しては倒していく。

 十人ほど倒すと、爺ちゃんとアーシェと合流した。


「みんな教会に避難したわ! そっちは?」

「外にいるやつは、全員撃退した。まだいるかな?」

「残るはあやつだけのようじゃのぅ」


 爺ちゃんの視線の先に目をやると、ひとりの野盗が立っていた。

 おそらく、野盗の頭目だろう。

 殺気に満ちた目で、俺たちを凝視している。

 俺が一歩踏み出そうとすると、アーシェが手で制した。


「アーシェ?」

「あたしにやらせて。シスンの話を聞いてムカムカしてたの。ここで鬱憤を晴らすわ」


 鬱憤って……。

 だけど怒りが収まらないなら、それを発散させておかないと、アーシェの性格からして【光輝ある剣】を潰しに行こうと言いかねない。

 俺はアーシェの肩に手を置いて、彼女に任せるという意思を示した。


「そ、そうか。わかった。じゃあ、任せる」

「うん。シスンに私の修行の成果を見せてあげるわ」


 その様子を静観していた爺ちゃんは何も言わなかった。

 アーシェにやらせる気なんだろう。

 野盗を見据えて、アーシェが胸の前で拳を打ち合わせた。

 アーシェの両手には銀の手甲が装備されている。


「爺ちゃん、アーシェのあれは?」

「儂が昔使ってた剣を素材に作った、アーシェの手甲じゃ」

「え? それって冒険者やってた時に使ってた剣?」

「そうじゃ。知り合いのドワーフに頼んでの」


 知り合いのドワーフとは、別の街に住む爺ちゃんの友達だ。

 鍛冶職人をしていて、爺ちゃんの注文した武器や防具をオーダーメイドで作ってくれている。

 爺ちゃんの名剣がアーシェの手甲に……。

 あの剣、狙っていたんだけどなぁ。


「あれ、俺に譲ってくれるんじゃなかったのかよ」

「がっはっは。すまんのぅ。お前は自分で剣を見つけるんじゃな。それも冒険者の醍醐味のひとつじゃからのぅ」


 笑って俺の肩に手を置く爺ちゃんから、アーシェに視線を移す。

 アーシェは俺と違って剣では戦わない。

 彼女の職業は【修道士】で、己の体ひとつで戦うスタイルだ。


 アーシェを鍛えたのも爺ちゃんだ。

 本当に爺ちゃんはあらゆる戦闘スタイルを熟知している。

 俺もいつかはそうなりたいと思っている。


「はああああっ!」


 気合いの掛け声と同時に、アーシェが野盗の攻撃を躱して懐に潜り込む。

 アーシェの動きが早すぎて、野盗は反応できていない。

 そこへ近距離からの打撃。

 ドン、と激しい衝撃音が鳴り響く。


「うぼぉっ……!」


 アーシェの打撃音と、野盗の体が悲鳴を上げた音が重なる。

 野盗の胸にアーシェの右拳が打ちつけられていた。

 もちろん、手加減はしているだろうが、骨は折れているだろう。

 野盗はうつ伏せに倒れ、失神していた。


「どう? 今の見た?」


 アーシェは誇らしげに振り返った。

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