第13話 ヘタレはタイミングが悪い
キーン、コーン、カーン、コーン―――
ガラガラッ
「授業を始めるぞ」
数学教師がチャイムと同時に教室に入ってくる。
「ねぇ、エイトくん。僕もって・・・」
(ごめん、涼葉。そんな目で見られても・・・)
「えっと・・・」
僕は黒板の右下を見る。
僕と涼葉の名前が「日直」という言葉の下に書かれている。
今日はタイミング悪く僕と涼葉が日直当番だ。
(本当に最悪のタイミングだ・・・僕っ)
涼葉に言い訳をしようと思いつつも、日直が誰かを確認したクラスメイト達は僕らに日直であることを気づかせるように視線を送る。
数学教師も腕時計を見て、顔をしかめている。
「きっ、起立っ」
僕は乾いた口で声を上げると、みんな立ち上がる。
涼葉は不満そうに僕の顔を見ている。
「礼」
(本当にごめん、涼葉。ヘタレな男で)
僕は涼葉を想いながら、頭を下げる。
「着席」
椅子を引きずる音が教室を埋めて、数学教師が教科書を開くように指示する。
涼葉はまだ僕の方を見ているが、僕には授業が始まってまで、その言葉を涼葉に伝える勇気は無かった。
◇◇
「よし、これで授業を終わりにする」
キーン、コーン、カーン、コーン―――
数学教師は自分の授業の時間配分に満足した顔をして教室を出る。
「ねぇ、エイトくん。さっきの―――」
涼葉が僕の右腕に触りながら尋ねてくる。
僕は触られてドキッとした心臓の鼓動を立ち上がるエネルギーに変える。
「涼葉、黒板を消そうかっ」
「うん・・・っ」
涼葉も立ち上がり、僕の後ろに着いてくる。
涼葉が僕の背中を見ているかはわからないが、背筋が伸びる思いだった。
キュッ、キュッ
「ねぇ、エイトくん」
「・・・何かな?」
「なんて言おうとしていたの・・・?」
さすがにもう逃げ場はない。
けれど、みんなの前。
授業が終わって前を向いている生徒がそんなにいるわけじゃないけれど、教室の真ん前で告白する勇気は僕には当然ない。
「えっと・・・僕もしっかり・・・キズナを返せるようにチェックするから・・・これからもよろしく・・・」
(ヘタっている、でも・・・これが限界)
「うん、わかった」
涼葉は色々察してくれたのか、歯がゆそうな顔をしていたけれど笑顔を返してくれた。
「エイトきゅん、次の授業は私が号令をかけるね」
「うん、よろしくね」
◇◇
「じゃあ・・・これで終わりだね」
「うん」
僕らは学級日誌を二人で書き上げて職員室にいるであろう新田先生のところへ持って行く。夕日が差し込む廊下に照らされる涼葉の横顔はいつもの明るい顔ではなく、どこか物寂し気だった。
「失礼しました」
職員室の中にいる先生方に頭を下げて、僕は職員室の扉を閉める。
「涼葉、今日はお疲れ様」
「うん、エイトきゅんもいろいろありがとうね」
僕たちは話をしながら玄関へと向かう。
「そういえば、涼葉って部活とか入っていないの?」
「うん、私は入っていないよ。いろいろ誘われたんだけどね~、それよりエイトきゅんは入らないの?」
「うーん・・・」
朱夏のことを自由人だと言っている僕だったが、僕も僕で団体行動が得意ではない。スポーツはメガネが外れてしまう可能性もあるし、音楽も苦手だ。
「じゃあ、帰宅部は帰宅部同士。エンジョイしよっか」
僕の腕に絡みつく涼葉。
「う、う・・・ん」
僕は涼葉の目を見ることができず、天井を見ながら相槌を打つ。
「ねぇ、エイトきゅん。今度の土日、どこかに遊びに行かない?」
「えっ」
「いやかな?」
びっくりして涼葉を見ると、涼葉は目をハートにして上目遣いで僕を見ている。
(これは・・・デートってやつなのか?)
涼葉は腕を解き、僕の前に出る。
「エイトきゅん、この町に引っ越してきていろいろ知らないでしょ?だから、私が案内してあげる」
(なんだ、学校案内と同じか)
「じゃあ、お願いするよ、涼葉」
「かしこまりっ」
涼葉が敬礼ポーズをとる。
綺麗な指とはにかんだ涼葉の顔に見惚れてしまう。
「ちょっと、エイトきゅん、何かリアクションしてよ。ずーっと見られていると、恥ずかしいよっ」
僕が涼葉のポーズに見惚れていると、涼葉は頬を赤らめながら僕の隣に戻ってくる。
「楽しみにしてます・・・」
「・・・はい」
僕が真面目に答えたからだろうか。
涼葉も僕につられて恥ずかしそうに答えた。
涼葉には言わないけれど、今日はいろんな涼葉の顔が見れてよかった。
◇◇
土曜日の朝9時半。
僕は駅へ向かう。
でも、足取りは重い。
(髪跳ねてないかな・・・っ、服も変なところないよな・・・っ)
いつも会っている女の子にただ会うだけなのに。
(違うな)
いつもは義務として学校に行くという建前で涼葉に会っていた。
今日は涼葉に会うというためだけに僕は彼女の元へ歩いている。
言い訳はできないんだ。
彼女に会うときの僕はどんな格好なのか。
(一応、一番自信がある服だけど・・・)
ドキドキは止まらない。
だから、本当は10時待ち合わせだったけれど、もうそろそろ駅に着いてしまう。
昨日もよく眠れなかったし、寝不足の時は二度寝をしてしまうことの多い僕だったが、楽しみと不安で二度寝なんて考えられなかった。
「あっ、エイトきゅん」
遠くで手を振っている涼葉。
遠くにいるはずなのに僕の視界は彼女で満たされるような感覚。
彼女以外の雑踏など見えなくなり、彼女が強調される。
白を基調としたストライブワンピースを着ている彼女は天使のようだった。
そんな彼女が笑顔で僕の元へと嬉しそうに駆け足でやってくる。
彼女を前にしたら、魔眼なんて持っている卑しい僕は何て汚らわしいんだろう。
「エイトきゅん、おはよっ」
「おっ、おはよう」
(駄目だ・・・っ)
いつも魅力的な彼女がさらにオシャレをすれば、その魅力は無限大だ。
キラキラ輝いて見える。
そして、僕がこんな美人と二人で遊びに行くことが恐れ多くて、フワフワした感覚になってしまい、地面に足がついているはずなのに、立っているのですらよくわからなくなる。
「・・・どうかなっ?」
「・・・どうって?」
ここでヘタレが出てしまう僕。
メチャクチャ可愛くて溜まんないです、って言えたら僕も少しは変われるのだろうか。
「うーんっと、なんでもない。いこっ」
恥をかかせてしまっただろうか。
「えっ」
僕の手を取る涼葉。
僕と涼葉は手をつなぎながら、改札へ向かう。
「あっ、ちょっと待って・・・切符買うから」
涼葉が手をつないだまま、空いている手でバックからスマホを取り出し改札を通ろうとするけれど、僕はICカードを持っていない。
「それなら、こっち。エイトきゅんもノルカを持ってた方がいいよ」
「やり方が・・・わからなくて・・・」
振り返った涼葉がびっくりした顔をする。
(幻滅させてしまったかな?)
「私が教えてあげるよ?」
「ごめん」
「なんで、謝るの?さっ、行こうよ。エイトきゅん」
その後、涼葉にICカードの購入を手伝ってもらってチャージの方法も教わった。
「本当にごめんね、助かったよ」
「ブーブー、許しません」
涼葉は顔の前で大きなバッテンを作ってしまう。
好きな子に拒絶させれるとこんなにも傷がつくんだ。
「あっ、えっと・・・」
気の効いた言葉が見当たらない。
「私は許すようなことを全くございません。こういう時はお礼を言ってほしいな」
腕で作った大きなバッテンの位置を下げた涼葉は笑顔だった。
「ありがと」
「うん、どういたしまして。じゃあ、今度は私が華麗なるICカードのタッチの仕方を・・・」
「涼葉っ」
ICカード入っているだろうスマホケースを片手に先に行こうとする涼葉を僕は呼び止めた。
「ん?どうしたの、エイトきゅん。説明が足りなかったかな?」
「・・・今日の涼葉っ!!めちゃくちゃ、かわいいっ!!」
魔眼の影響で涼葉も・・・僕のことが好きなはずだ。
そんな、僕が照れたとはいえ、拒絶っぽいことをしたまま始まっていいわけない。
(いや、違うな。この嬉しさをちゃんと伝えたいんだ。とはいえ・・・)
TPOにあった声のボリュームというものがあるだろうが、僕は抑えていたせいか、緊張していたせいか・・・土日の朝の駅は静かで、僕の声は良く響き渡った。
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