第12話 裸族の猫娘vs心配症の泣娘

 裸族。


 別に僕や朱夏が生まれた隠れ里の文化という訳ではない。

 元から、タンクトップとか布地が少ないのを好んでいた朱夏だったし、遊びに行くと下着で僕を出迎えてくれた朱夏はよく朱夏の父親に怒られていた。


 綾香自身も昔から自分を簡単に曲げない女の子だったけれど、朱夏の父親はその上を行く。朱夏の怒りが雷だとしたら、朱夏の父親はまるで大きな隕石のようだ。


 怒っていても近くで脅すくらいで、勝手に躱してくれる雷と違って、朱夏の父親の怒りは一度発動したら不可避だ。


 その抑圧された反動もあるかもしれないが、誠一さんと二人暮らしになって、裸になっているとは思わなかった。


「んにゃんにゃ・・・っ」


 いつも目が吊り上がっている朱夏だったが、寝顔はまるで天使のようだ。


(てか、天使も裸か・・・)


 シーツのシワが丁度翼のような形に僕には見えた。


 朱夏の裸なんて見慣れたものだ。

 さっき剥いだ羽毛布団をもう一度拾い上げ、ゆっくり朱夏の身体にかける。


(このドキドキは、びっくりしたからだ・・・。大丈夫、僕は大丈夫)


 僕は落ち着くために一呼吸おいて、朱夏に声をかける。


「おーい、朱夏っ、起こしに来たよっ!!」


「んにゃあ~~~~ぅっ」


「いつから、猫になったの、起きてっ」


「んんんっ、えいとぉ?あと、10分・・・っ」


「だーめっ」


「むーーーっ、えいとのいじわるぅ~~~」


 弱々しく朱夏はぐずる。


「ほーらっ」


 僕は朱夏の髪を撫でる。


「むふふふっ」


 綾香はまるで猫のようだ。


「んんーーーっ」


 ようやく背伸びをしながら、身体を起こす朱夏。

 僕は目を逸らす。

 

「んっ、どうしたんだ。えいと」


「着るものを着なよ、朱夏」


 朱夏は自分の姿に気づき・・・。


 ニヤリッ


「おい、こっちを見るんだぞ、えいと」


「何挑発してんだよ、朱夏。そこは恥じらうとこだろっ」


「にしししっ、どうだ。このJKのナイスバデーは?傲慢ボデーだろ?」


「全然だよ・・・それに傲慢ボディーは、心陽と翔太の専売特許だろ・・・っ」


「えーっ、こんなに成長したんだぞーーーっ?」


「胸を揉むなっ、胸をっ」


 僕は急に自分の胸を揉み出した朱夏にツッコミを入れる。


「あっ、そうだっ。久しぶりに・・・誠一さんの朝ごはんを食べようかな。美味しいんだよなぁ・・・っ」


「なっ」


「さっき見たけれど、栄養価も高そうだし・・・成長できそうだなぁ・・・」


「わたしのだぞっ!!」


 ベットから飛びかかろうとする朱夏。


「だからっ、服を・・・、最低でも下着を着てよぉっ!!」


 縛っていないぼさぼさの赤い髪を揺らしながら、嬉しそうに抱き着いてくる朱夏に、僕は困った顔をするしかできなかった。


◇◇


「おはようっ」


「ふふふんっ、おはようだぞ、みんなっ」


 教室に着いた僕と朱夏はみんなに挨拶をすると、みんなが挨拶を返してくれる。

とはいえ、田畠のグループはあまり僕らを良く思っていないのか、聞こえないフリをしているようだ。


 そして、もう一人。


「ふんっ」


 一窓際から2番目の烈の一番後ろの席。

綺麗な黒髪が太陽の光でわっかのように反射して、エンジェルリングを作っている少女。

いつも以上にツンとした瞳にこちらをちらっと向き、僕が見ていることに気づくと、目を閉じ、ほっぺを膨らませる。

今日は教室の入り口で待っていなかった少女。

 

 僕の一目ぼれの相手、如月涼葉は怒っていた。


 僕は綾香と別れ、涼葉の隣、窓際の一番後ろの席へと歩く。


「おはよう、涼葉」


「・・・っ」


涼葉に声をかけるけれど、涼葉はシカトをする。


(ふふっ)


涼葉の後ろを通るときに顔が緩んでしまうが、涼葉に見られたら火に油を注ぐことになってしまうので、なるべく堪える。


(あぁ、怒った涼葉もかわいいなっ)


 僕が席を着くと、今度は廊下の方をぷいっと向いてしまう。

 僕はそんな涼葉を眺めていたいとも思ったけれど、窓の外を眺めた。


「エイトきゅん、スマホ・・・なんで、無視したの?」


「えっ・・・・」


 僕は血の気が引いた。

 涼葉の方を見ると、涼葉は黒板の方を向いて僕と目を合わせる気は無さそうだった。

慌てて、僕はスマホを探す。


「あった、えぇーっと」


 スマホの顔認証で起動させると、新着メッセージありとSNSのキズナのアイコンでお知らせがあった。


 アプリのアイコンの右上に赤色の丸と数字の5が出ていた。


『おはよう!エイトきゅん』


『元気になったかな?』


『ごめん、心配して思い出したくなかったよね・・・学校来れそう?』


『そろそろ、学校始まるけど大丈夫?』


『着信アリ』


『着信アリ』


『着信アリ』


『本当に、私はどんなことがあってもエイトきゅんの味方だから。アヤカちゃんが変なことをしたら、私が守るから。だから、早まらないでね!?』


 僕はスクロールして文章をすべて見る。


「ばかっ」


 涼葉がちょっと涙目になっているのにようやく気が付いた。

 

「涼葉、ごめん・・・っ」


「うざったいよね」


 涼葉はこちらに目を向けることなく呟いたセリフが僕の心をえぐった。


「私、なんでこんなにうざったいんだろ・・・自分で嫌になっちゃう」

涙が落ちないようにするためか、涼葉は上を向く。


「アヤカちゃんとエイトくんの関係性も全然知らないでさ。エイトくんを独占した気になるは、エイトくんはそんな弱い子じゃないのに、アヤカちゃんに踏まれたエイトくんが引きこもったり、自殺しちゃうんじゃないかなーって鬼電するは、エイトくんとアヤカちゃんが一緒に登校したのに嫉妬するは・・・エイトくんと出会って三日しか経ってないのに、私ってどんだけ痛いんだろうね・・・・。どんだけーーーっ、なんちゃって・・・」


 涼葉は自虐的に痛々しく笑った。

「きゅん」を呼びを止めたのは僕と距離を取ろうとしたのだろう。

 そして、僕もそんな涼葉を見て心が痛くなった。


「僕は涼葉を優しい女の子だと思っているよ」


「私は・・・エイトくんが好き・・・っ。大好き・・・っ」


 好きな子が言ってくれる。

理性が「騙されるなっ、結局は魅了の魔眼の効果だ」と警鐘を鳴らしても、その表情も、その声も、僕の心を震わせた。

そう、僕の彼女に対する恋心は真実なのだから。


 偽りでもなんでも叶わない。

 僕は涼葉と一緒になりたい。

 

「僕も―――」

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