第9話 早起きは天国、遅起きは地獄

「えっ?」


「おはよっ、涼葉っ」


 朝の教室。

 僕は涼葉を待っていた。


「エイトきゅん、なんでこんなに早いの?」


「自意識過剰だったら申し訳ないんだけど・・・また、涼葉が僕を待たせたら申し訳ないなと思って・・・さ」


 涼葉は一瞬びっくりした顔をしたが、苦笑いする。


「なーんだ、私に会いたいからっとかだったら・・・嬉しかったけど・・・ざ~んねん」


 そう言いながら、少しおどけた顔をしながら、涼葉は僕の隣の席に座る。

 教室は僕と涼葉だけ。


「でも、嬉しいなっ」


「何が?」


「こうやって、二人きりでいれるのが、だよ。エイトきゅん」


 そう言いながら、小悪魔的な笑顔をする涼葉。


(この時間が永遠に続けばいいのに・・・)

「この時間が永遠に続けばいいのに・・・」


「えっ」


「えへへへっ大げさかな?」


 僕が頭の中で浮かべた言葉をなぞるように涼葉が喋った。

 僕は涼葉が笑う横顔に見惚れてしまう。


「ん?どうかした?」


 こちらを向いて優しく微笑む涼葉。

 なんだかんだ、一目惚れをしたときから、ちゃんと涼葉の顔をまじまじ見れなかったけれど、やっぱり、涼葉はかわいい。

 僕の心は彼女に鷲掴みにされているようだ。


「窓開けるよん」


 涼葉は僕の後ろを通って窓を開ける。

 朝の涼しい風が涼葉のさらさらして綺麗な黒髪をなびかせる。


(うわ・・・っ)


 五月の朝の淡い光と照らされた涼葉は綺麗だった。

 僕は同じ子に二度惚れた気分になった。


「ねぇ・・・涼葉」


「ん?なにかな、エイトきゅん」


 涼葉は髪を耳にかける。

 それが、また色っぽくて、大人っぽかった。


「あっ、いや・・・」


「言ってよ、エイトきゅん・・・お願いしますぅ」


 きっとこれくらいのことなら、了承してくれるのはわかっている。

 それぐらい僕の「魅了」の力は強い。

 現に涼葉は瞳にハートを宿しているのは確認済みだ。


「ねぇ、キズナ交換しない?」

 僕はポケットからスマホを出そうとするけれど、もたもたしてしまう。

 そして、SNSチャット形式アプリ「キズナ」の画面を開く。


「うんっ、しよう、しようっ」

 涼葉は嬉しそうに返事をして、カバンからスマホを取り出す。


「はいっ」


「うっ・・・うん」


 QRコードを出して、キズナに登録してもらい、僕にメッセージを送ってもらった。


「あっ、そうだ。このクラスのグループにも招待するね」


「えっ、あっ」


 クラスのグループから聞けば良かったかと思いつつ、問題はそこじゃない。


 クラスメイトにどちらかと言えばあまりいい印象じゃない僕が急にグループに入ったら、「はっ?なんだこいつ?」と思われかねない。


 だからと言って、じゃあ誰に許可を取ればいいのかという話だけれど、こういうのは何となくなんだと思う。きっと、朱夏はすんなりで僕は・・・。


「あっ、朱夏を忘れてた」


 僕は立ち上がる。


「んんっ?」


 涼葉は笑顔だけれど、二人だけの時間に他の女の子の名前を出されたことで、怒りマーク出ているような気がした。


「おはよー」


 そんなやり取りをしていたら、クラスメイトが数名やってきた。

 多分、ぞろぞろやってきたので、電車組かバス組だろう。


「おはよう」


「おはよう」


 涼葉に続いて僕も挨拶した。

 すると、目が合ったクラスメイトはにこっとしながら、会釈した。

(あっ、この感じいいな)

 僕はこういう挨拶が人間関係で大事だなと思った。


 そうして、何人かとは挨拶を交わし、田畠みたいにシカトするやつもいたけれど、なんとなくこのクラスでも、僕に対して悪い感じを持っていない人もいることがわかってほっとした。


 それにしても―――まだ、来ない。


「アヤカちゃん、まだ来ないね?道に迷っちゃったかな?」


「あーーっ、それはないと思うよ。朱夏は野生の勘というか、帰巣本能というか優れてるから」


「ふふっ、そうなんだ」


 涼葉はツボに入ったように笑う。

 きっと、昨日朱夏が唸っていたのを思い出して、犬か何かと朱夏を重ねているのだろう。まぁ、朱夏は朱夏で涼葉を犬だと思っていそうだけれど。


「それにしても、エイトきゅん。貧乏ゆすりはかっこいいのが台無しだよ?」


「あ・・・っ」


 僕は自分が震えているのに気づいた。

 けれど、これはいら立ちではない―――恐怖だ。


「ごめん・・・気づかなかった」


「あれっ、なんだか顔を青ざめてない」


「えっ・・・そんなことないよ・・・」


 きっと、大丈夫だ。

 さすがに、朱夏も大人になったわけだし、そんな遅刻だって、遅刻の八つ当たりだってなくなっているはずに違いない。


 現に1ヶ月は僕と別の高校に通学していたんだ。


「はっ!!!」


「どっ、どうしたのエイトきゅん」


(もしかして、あいつ。僕を追いかけて来たとかいいながら、遅刻のし過ぎで退学になったとか・・・まさかな・・・っ。いや・・・朱夏なら・・・ありうるか?)


 僕は時計を見る。

 時刻は8時18分。

 あと、2分で1時間目の授業が始まる。


 もし、僕の仮説が正しかったとすれば・・・。


 ◇◇


 カッカッカッ

 

 社会のおじいちゃん先生が乱暴ぎみにチョークで黒板に書きなぐる。

 ところどころ読みづらくて、そわそわしている僕は気になって仕方なかった。


 バーーーンッ


 勢いよく開いた扉の大きな音にみんなが振り返る。

 そこには真っ赤な赤い髪をした悪魔・・・いや、鬼がいた。


「え~~い~~~と~~~っ!!」 


 朱夏の鋭利なそのポニーテールは70度くらいにピンっと上を向き、まるでスピア(槍)だ。

 その角度は朱夏の怒りのパラメーターであり、激おこゾーンに間違いない。


 おじいちゃん先生も注意しようとするが、「威圧の怒髪天」こと龍宮寺朱夏に睨まれてフガフガしか言えなくなってしまった。


 朱夏は寝起きが悪い。

 そして、中学3年生まで、保育園からの付き合いである僕が彼女を起こす役目だったと言うことをすっかり忘れていた。

 

 この怒り具合を見ると、朱夏的には同じ学校なら当然僕が起こすものだと思っているんだろう。

 

「なんで、起こさないんだ!!」

 

 僕は情けないことに涼葉の影に隠れる。

 好きな子の影に隠れたっていいじゃない。

 

 男の子だもん。


「いっ、いやいや、もう高校生にもなった素敵な大人なレディーな朱夏さんには必要ないと思ったんですっ」


 僕は言葉を発して、すぐに涼葉に隠れる。


「昨日言ったよな、一緒に学校に行こうよなって」


「行ってないです!!!」


 ヒットアンドアウェー。


 ジャブを打ったら、すぐに涼葉に隠れる。

 僕の方が正論で、朱夏の方が暴論というか妄言なんだが、朱夏の言葉に重みがある。僕には効かないはずのその「威圧」の言葉も気を緩めれば、その言葉にひれ伏してしまいそうだ。


 ズカズカと僕のところに歩み寄る朱夏。

 そして、さりげなく朱夏が騒がしい声を出しているからか、朱夏の隣の席にいたぽっちゃり男子が、そそそっと、教室の扉を閉めている。

 

 彼は気配りできるナイスガイだなと感心して、僕は彼を見ていると、彼と目が合う。


 グッ


 彼が親指を立ててグッドポーズをするので、僕も彼に向けてグッドポーズをする。

 どうやら、彼とは仲良くなれそうだ。


「おおぅ、えいとぉ~、たいそう余裕だな。なんだ?私が転校二日目で10分も遅刻したのがそんなに嬉しいか?んんっ?」

 

 また、さりげなく時間をごまかす朱夏。

 今はもう8時50分で、30分の遅刻だ。

 それとも、朱夏は20分遅れるのは当たり前だとなっているのか?

 まったく、たいそうな重役出勤なもんだ。


 そんなことを言えるはずもなく、せめてもの抵抗で心の中でめっちゃツッコミを入れる。


 そして、昨日と同じように僕を守ろうと立ち上がって両手を広げる涼葉。

 

「きゃんきゃん、どくんだぞっ」


「ねぇ、アヤカちゃん。あなた10分の遅刻って言ったけど30分も遅刻しているわよ。前の学校は知らないけれど、うちの学校は8時20分始業だから」


 僕が言えなかったことをさらっと涼葉が言った。


 俯く朱夏だけれど、ゴゴゴゴッと怒りをまとっている彼女のポニーテールは80度まで角度を変えた。


 しかし、彼女のその鋭利なポニーテールは避雷針ではない。

 どちらかというと、雷を落とす側だ。


 そして、避雷針という訳ではないけれど・・・一番落ちやすい場所は・・・。


「これもあれもみんな、えいとのせいだあああああああっ!!」


「ひいっ」


 僕は涼葉に隠れる。


 他の生徒には絶対に止められない朱夏。

 止められるのは、「魅了の魔眼」を持った僕と、その僕に魅了された涼葉しかいない。


 まるで、大魔王朱夏と王国騎士涼葉、いたいけな姫の僕という構図のようだ。

 

「女子のだれかっ!!きゃんきゃんを抑えるんだぞっ」


 ズズズズッ


「えっ」


 涼葉さんはびっくりする。

 まさか、クラスメイトが転校2日目で信頼関係も築けていない、こんな横暴なことを言っている朱夏の援護をするとは思わなかったからだ。


「エイトきゅん、エイトきゅんーーーーっ」


「涼葉あああーーーーーーっ」


 簡単に退場させられた涼葉。

 僕と涼葉はロミオとジュリエットよりも理不尽な別れ方をする。


「ふっふっふ、覚悟はいいな?えいと」


 僕はブンブン首を横に振るが、朱夏の怒りは収まるはずもない。


(昨日はあんなにかわいらしい感じだったのに)


 やっぱり、朱夏は朱夏だった。


 ―――このあと、朱夏にめちゃくちゃ踏まれた。

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