第8話 弟の杞憂
夕方のファミレス。
山国だった長野県より日が落ちるのが遅く、神奈川県の田舎の方とは言え、街はそもそも明るいのに加えて店や街灯の数も多い。
「じゃあ、改めまして。涼葉、今日は学校を案内してくれてありがとう。そして、朱夏の歓迎を込めて・・・かんぱーい」
「乾杯っ」
僕の乾杯の挨拶でドリンクバーのコップを重ねる。
「ちょっと、朱夏そんな強くぶつけて来ないでよ」
「はっはっはっ」
僕のツッコミを無視して笑う朱夏も今日は本当に嬉しそうだ。
「ハルトきゅん」
朱夏が飲むのにご執心の中、僕の隣に座った涼葉がちょっと僕の方に身を乗り出して、声をかけてくる。
「ん?どうしたの?」
「ハルトきゅんの歓迎を込めて、かんぱ~い」
涼葉が僕のグラスに自分のグラスを重ねてくる。
僕は嬉しくなった。
「どうしたの?変な顔して」
「いや、ありがとう」
気配りができるこんなかわいい子が隣にいてくれるっていうのは本当に嬉しい。
普通は女の子同士で隣り合って座るのだろうが、涼葉の隣に座りたかった僕は朱夏に「朱夏の歓迎だから上座にどうぞ」と言ったら、嬉しそうに朱夏は二人掛けを一人で占有している。
僕も多少は賢くなったなと、自分を褒めてあげたい。
片手で飲んでいる僕や朱夏と違って、両手で飲み物を飲む涼葉。
何をとっても可愛らしい。
「お待たせしましたっ。ボリューミーフライドポテトですっ」
若い店員のお姉さんがポテトを真ん中に置いてくれる。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか」
「はい」
「うむっ」
朱夏の偉そうというか、言葉遣いはそのうち直さないといけないと思いつつ、苦笑いしながら店員さんに僕は頭を軽く下げた。店員さんも言われた瞬間は少し苦笑い気味だったが、すぐに僕らに失礼のないような笑顔に変わって「失礼します」と言って立ち去った。
「ダメだよ、言葉遣いに気を付けないと、朱夏」
「ん?なぜだ?お客様は神様なんだろ?」
「それは、働く側が持つ意識で、客側がその意識だと日本は終わっちゃうよ?」
「なにっ!?そんなに重要な問題だったのか!?」
口の周りにケチャップを付けて朱夏がびっくり(?)する。
「うん、だから朱夏は偉大だから店員さんにも優しくね」
「善処しよう」
◇◇
「それじゃあ、さよなら。涼葉」
朱夏の自慢話ばかりになってしまったが、話は大分盛り上がり、あっという間に辺りは暗くなり、街灯が大活躍をしている。
「うん、じゃあ、さよなら。エイトきゅん。アヤカちゃん」
「おう、じゃあな、きゃんきゃん」
ん?
「そういえば、朱夏はどこに引っ越してきたの?」
「それはだな・・・ごにょごにょごにょ」
「へっ?」
僕に耳を貸せと手を動かして、僕が朱夏の口に耳を近づけると、思いもかけない答えが返ってきた。
「なんで、お隣さんなんだよ?」
「そりゃ、もちろん。どうせ来るならえいとの家の近くがいいからに決まっているだろ?」
朱夏は僕の住んでいるアパートまで一緒にやってきた。
そして、隣の部屋を借りていたらしい。
隣の部屋に引っ越した人がいれば気づくものだと思っていたけれど、もしかしたら、そこら辺も「威圧」の力を使ってバレないような工作をしたかもしれない。
「まったく、朱夏の能力が羨ましいよ」
「そうか?えっへん」
「まぁ、でもお互い気苦労は多いかもね。助け合って頑張っていこうね」
「もちろんだ、任せろ」
何も考えていないかもしれない。
でも、朱夏がスパッと言ってくれると何とかなる気もしてくる。
「そういえば、誠一さんも来てるの」
「来てるぞ?」
「えぇ、会いたいなぁ」
朱夏のお兄さんの龍宮寺誠一さん。このみ姉ちゃんと同い年の高校2年生だ。
能力の多くは一番初め生まれた子、特に男子に受け継がれることが多い。
そして、受け継がれなかった子には全くその要素が引き継がれないかというとそうでもなく、このみ姉ちゃんが魅力的なようにうっすらと引き継がれる。
けれど、誠一さんは本当に優しくて怒ったところなど一度もない。
高い身長で仏のようにいつも細目で優しく見守ってくれる誠一さんは、こんなワガママな妹にも付き合ってフォローしている。
いや、逆にもしかしたら誠一さんが甘やかしているから、朱夏がこんな風になってしまったかもしれない。
「寄っていくか?えいと」
「ううん、今日はもう遅いし、このみ姉ちゃんが心配しちゃうから」
「じゃっ、また明日な」
「うん、また明日」
僕は自分の部屋のドアを開ける。
やっぱり、友達とこういうのもいいなと思った。
「ただいま~」
「おかえり、弟」
奥の方からこのみ姉ちゃんの声が聞こえる。
僕がリビングの方に行くと、お風呂上がりのこのみ姉ちゃんがテレビを見ていた。
テーブルにはお茶請けと紅茶が置いてあった。
僕も何かを飲もうと、冷蔵庫から飲み物を出す。
「おっ、今日は元気そうだね?弟」
「そっそうかな」
ちらっと、さっきのファミレスでの談笑を思い返す。
「ほら、ニヤッとした。なになに、何があったの?教えてみなさい、弟」
「実はね、朱夏がうちの学校に転校してきたんだ」
「えっ、本当に?」
このみ姉ちゃんはおせんべいをぱりっと割って食べる。
「うん、ほんとだよ。ちなみに誠一さんも転校してきたらしいよ」
「へー、誠一君も大変だ」
飲み物をコップに注いでいた僕は「大変」という言葉に反応して注ぐペースが乱れて慌てて手元を制御する。
「でも、このみ姉ちゃんが知らないなら、別の学校に行ったのかな?」」
「そうじゃない?誠一君は頭がいいから」
そう、誠一さんはまるで「威圧」の力を朱夏に与えた代償に二人分の学力を手に入れたかのごとく、めちゃくちゃ頭がいい。
「逆に、朱夏が同じ高校に来たのがびっくりしちゃったよ、僕は」
「ふふふっ。まっ、朱夏ちゃんは頑張り屋さんだから・・・。良かったわ、努力が実って・・・っ」
僕はお茶を飲みながら、このみ姉ちゃんを見るが、意味深な顔をしながらテレビを見ている。
「・・・このみ姉ちゃんも大変だった?」
僕はこのみ姉ちゃんの隣に座り、テレビを見る。
「んっ、全然」
このみ姉ちゃんが背伸びをする。
「あっ、そうだ」
このみ姉ちゃんはいいことを思いついたように両手を合わせて立ち上がり、自分の部屋に行く。
しばらくして待っていると、このみ姉ちゃんが帰ってくる。
「じゃーんっ」
ブラウン系のカーディガンに黒のスカート。白いTシャツ。
そして、ペレ―帽がピンクの色の髪とマッチしていてかわいい。
「すげぇ・・・」
思わず声が出てしまった。
「はははっ、実の弟とはいえ、そんなリアクションをとってくれると、私も嬉しいなっ」
ペレ―帽を深く被るこのみ姉ちゃん。まだ乾いていない髪は水滴が落ちる。
「こういうのが買えるが、神奈川。そして、横浜だよん」
くるりと回るこのみ姉ちゃん。
「軽井沢でだって買えるよ・・・」
言った傍から自分ってなんて性格が曲がっているんだろうと嫌になる。
「交通の便はこっちの方がいいし、軽井沢だけじゃ買えないものもあったりするし、他の女の子のコーデも参考になるから楽しいの、私」
「でも、逆に他の子がこのみ姉ちゃんのコーデを真似しそう・・・モデルとかにいそうだもん」
その言葉にこのみ姉ちゃんは顔を赤くする。
そして、言うかどうしようか迷っていたようだが、意を決したように僕を見てくる。
「実は・・・お姉ちゃん。モデルになるのが夢だったんだ」
「えっ」
生まれてずーっと、一緒にいたのに初めてこのみ姉ちゃんの夢を聞いた。
「今はいろんなアプリもあったり、発信もできるけど・・・やっぱり勝負できるのは関東かなって思っていたんだ。でも、機械に弱いし、自分にも自信もなかったから・・・でも、弟、君のおかげ踏ん切りついたんだ」
珍しくもじもじしながら話すこのみ姉ちゃん。
まるで自分を見ているようで、やっぱりこのみ姉ちゃんと僕は姉弟なんだなと思った。
「だから、気負わないの。大変なのは私より・・・弟。自分自身だということを忘れるな」
そう言って、好み姉ちゃんは僕の方に近づいてくる。
「すまんな、弟」
僕を後ろから抱きしめてくるこのみ姉ちゃん。
「えっ、なにが?」
「私が、魅了の魔眼を授からなかったことだ」
「ちょっと、せっかくお風呂に入ったのに、僕まだ外着だよ?それに、何言ってんだか・・・運命だから仕方ないよ」
そう、これは運命。
それに、強大な力は強大がゆえに、制約もあるけれど、うまく利用すればハーレムだってできる力だ。
ただ、僕がそんな決心がつかないだけで、他の男の子が聞いたらこの能力が絶対欲しいと言う奴だって数多くいるはずだ。
「それでも・・・な。だから、協力できることがあれば協力するからな。昨日言っていた子でも、朱夏ちゃんでも、お姉ちゃんでもそれ以外でも、ハーレムでも・・・何を選ぶことになっても協力は惜しまない」
「何か一人、変な人混ざってなかったかな?」
「あっ、朱夏ちゃんに今の言葉言っちゃうから」
このみ姉ちゃんは笑顔だったが、怖い笑顔だった。
「えっ、違っ、朱夏じゃないよ・・・」
「あっ、久しぶりに朱夏ちゃんと連絡とろっかな~」
このみ姉ちゃんはスマホを取り出し、朱夏の連絡先を探そうとする。
「えっ、やめて、やめて。このみ姉ちゃん?ごめんって・・・」
「あぁ~、肩こっちゃったな」
「お揉みします」
僕は深々と頭を下げる。
「うむ、よろしい。でも、先にお風呂に入ろっか、弟」
「あぁ、ごめん、汗匂ってた?じゃあ入ってくるね」
僕が自分の部屋に着替えを取りに行こうとすると、このみ姉ちゃんもテレビを消したり、外着を脱ごうとしている。
「あれっ、自分の部屋行くの?」
「だから、一緒に入ろって言ったじゃないか、弟」
「へっ?」
どうやら、一緒に入る気満々のようだ。
ポタンッ
「やっぱり、狭いはね」
「・・・うん」
(でかいとは知っていたが・・・うん)
「背中を流してあげよっか」
「いやいいよ・・・僕ももう高校生だし」
「そうだね、逞しい身体になってきたな」
うーん、このみ姉ちゃんがシャンプーを使っている匂いが風呂場に充満していて変な気持ちになってくる。今日はもう上がろう・・・。
「あっ」
「あらっ」
お風呂上り。
本当は独りになりたかったが、このみ姉ちゃんの身体をめちゃくちゃマッサージをしてあげた。
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