第7話 踏み出した一歩

「というわけなんです・・・」


 僕は涼葉さんに全てを説明した。

 

 まず、朱夏が言っている「がーるふれんど」というのは女友達という意味で、里にろくな英語の先生がいなかったから朱夏がそんな風に覚えてしまっていて、恋人同士という意味ではないこと。


 次に裸の付き合いというのは、確かに中学3年生までは朱夏や他の女の子と一緒にお風呂に入っていたのは間違いない。

 

 けれど、他に男子もいたし、僕のいた家には大きなヒノキのお風呂があって、ときどき同級生のみんなでお風呂に入っていて、それが当たり前だと思っていて、決してやましい気持ちもなかったことなどを話した。


「ふ~ん、まぁ・・・そういう文化だって言われてしまえば、仕方ないわよね。私こそ・・・エイトきゅん。ごめんなさい」


 涼葉さんは深々と頭を下げる。


「いいよ、いいよ、気にしないで」


 頭を上げた涼葉さんは僕の手首を見て、また潤んだ瞳になる。

 僕は涼葉さんの手形が付いた右手首を左手で隠す。


「んにゃ、えいとは、なんでそんなに、きゃんきゃんに気を遣うんだ?」


 朱夏が不思議そうに僕を見てくる。


(だって・・・それは一目惚れした相手だから)


 ・・・なんて言えるはずもなく、とりあえず笑顔を作っておく。


「そういう仲だからよっ、龍宮寺さん」


 僕の腕にからんでくる涼葉さん。

 好きな子にこんな風にされて嬉しくないはずがない。


「ふーーーんっ」


 朱夏が嫌そうな顔をするが何も言わない。

 

「じゃあ、行こっか」


 そのまま腕を組んで連れて行こうとする涼葉さん。


「どこに行こうとしてんだ・・・」


 朱夏が目線を僕の椅子に座りながら黒板の方を見ている。

 目を合わせる気はないようだ。


「これから、学校の案内をするんだよーん」


 涼葉さんが答える。


「ねぇ、涼葉さん。朱夏も一緒にいい?」


 朱夏はハッとした顔をするが、こっちを見ない。

 いつもは、偉そうなのにこういうときだけ、人の企画になると素直じゃないんだから。

 涼葉さんは少し顔を歪めるが、諦めた顔をする。


「んーーーっ、どうしよっかなぁ?・・・なんて、私はそんな意地悪じゃないからいいよ。龍宮寺さん、一緒に行く?」


「・・・朱夏だ」


「んっ?」


「朱夏と呼ぶことを許可してやろう、きゃんきゃん」


「んーー、きゃんきゃんはやめてもらえないかな?アヤカちゃん?」


「はっはっはっ、かわいいではないか、きゃんきゃんの方が。それにあたしはきゃんきゃんの名前をフルネームで知らないぞっ?」


 ぱっと元気になる朱夏は立ち上がり、腕を組み仁王立ちする。

 小さな身体に胸を張る。

 いつもの朱夏だ。


「改めまして、如月涼葉です。よろしくね、アヤカちゃん」


「おう、きゃんきゃん」


 涼葉さんは苦笑いするが、名前で呼ばれるのを諦めたようだ。


「ありがとね、涼葉さん」


「んっ?なにがかな?エイトきゅん」


 涼葉さんはわかっているような、良い顔をしながら、僕に尋ねてくる。


「んー、でも感謝しているなら、私もアヤカちゃんみたいに呼び捨てで呼ばれたいな」


「すっ・・・」


「あっ、そのまま好きって言ってくれてもいいんだよ?」


「ブーーーッ」


 涼葉さんは大胆だ。


「ありがと、涼葉」


(自分で言っておいて、そんな驚いた顔、嬉しそうな顔をしないでよ・・・)

 

 僕はその顔をまだまだ見ていたかったけれど、それ以上に照れくさくて目線を天上に向ける。


「よっし、じゃあ行くぞ、えいと、きゃんきゃんっ。れっつら、ごーーーっ」


「もー、アヤカちゃんどこに行くかわかっているの」


「よし、案内することを許可するぞ、きゃんきゃん」


「はいはいっ、お姫様。じゃあ、行こっエイトきゅん」


「よし、じゃあこっちはあたしっ」


 左に涼葉、右に朱夏。

 両手に花だが・・・。

 目線はどんどん鋭利になっていく。


 ◇◇


「それで、ここが最後、音楽室・・・って、吹奏楽部の音楽が聞こえるしわかるよねっ」


「ふーーーっ」


「もー頭がパンクするくらいで疲れてたぞーーっ」


 朱夏じゃないが、さすがに色々覚えることが多くて疲れた。

 でも、俺たちよりも涼葉の方がずーっと喋っていて疲れただろう。


「ねぇ、すず・・・は」


「なんで、さっきははっきり言えたのになんでまた言えなくなってるの?きゃわいいんだから、エイトきゅんは。ふふふっ」


 だって、好きな人は特別なんだもん。


 ただ、「魅了」の力で彼女は僕に好意を持ってくれているから、もじもじしていても見捨てないでくれるけれど、本当なら涼葉が求めている心の距離よりも、距離を空けてしまうは面倒くさく感じさせてしまうかもしれない。


 恋人になりたいのなら、憧れのままではならない。

(自信がないなら、ちゃんと彼女に相応しい男にならないと)

 例え、この愛が偽りであっても。


「ねぇ、涼葉っ。その・・・話疲れたでしょ。帰りに飲み物を奢るよ。お礼にさっ」


「ホントか!!?やりぃ」


 涼葉よりも先に朱夏が答える・・・というか、朱夏が答えを奪い取る。


「いや、朱夏に奢る理由がよくわからないんだけど・・・」


「なっ、えいとが寂しいと思って転校してきたのに悲しいぞっ!?」


「いやいや、寂しかったのは朱夏でしょ、絶対」


「なっ、なっ、そっ、そっ、そんなことはないぞぉ?まさか、都会に染まっちまったのか、えいとっ!?」

 

 朱夏は頬を赤らめながら否定しているが、かなり動揺している。

 図星のようだ。


「都会にって・・・今日で二日目なんですけど」


 朱夏が抱き着いてくる。


「もう一度、あたし色に染めてやるぞぉ~~~~っ」

 

 朱夏はマーキングするように自分の赤髪を僕の胸に擦り付けてきた。


「ちょっ、もう一度とか意味わかんないし、ほらっ涼葉が怒っているからさっ。そういう微妙な表現止めて~~~」


 腕を組みながらむすっとしている。


「わかった、わかったから、朱夏にも飲み物を奢るから。もうやめて」


「よし、なら許そうぞっ」 


 ぶら下がった朱夏がようやく降りた。

 まったく、朱夏はいつも目が吊り上げてぷんぷんしているのにこういうときは本当にいい笑顔をするんだから。


「よし、じゃあっ、あたしの歓迎会を始めるぞぉ!!」


 先頭を歩く朱夏。


 その後ろでなんとなく涼葉を見ると、涼葉も僕の顔を見たくなったみたいだ。

 顔を見合わせると、お互い微笑んだ。

 まだ、そんな歳じゃないんだけれど、まるで温かく娘を見守る夫婦のような感覚になった。

 

 こんな風に、僕の隣に涼葉がいてくれれば、辛いことがあっても3年間高校生活をやっていけるかもしれない。


「ほら、早くいくぞ、二人ともっ」


 故郷の友人の朱夏もいればなおさら楽しくなりそうだ。


(そのためにも、メガネが外れないように気を付けよう)


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