第6話 田舎の感覚
ただでは終わらない嵐のような女の子、神宮寺朱夏。
「ねぇ、先生っ。あたし、えいとの後ろの席がいいんだけど、いいよな?」
「ちょっと、朱夏っ!!」
僕は一番後ろの席から大声で突っ込む。
彼女の「威圧」の能力なら先生もその言葉に抗うことはできないからだ。
「だめよ、龍宮寺さん」
「ほへっ」
にっこりと大人の対応をする新田先生。
朱夏も自分の威圧が効かずにびっくりして、僕の顔を見てくる。
けれど、なぜ先生が効かないのか僕にもわからない。
「じゃあ、龍宮寺さんはあっちの一番奥ね」
新田先生が指さしたのは、入り口の方の一番後ろだった。
「なんでなんだああああっ」
騒ぐ朱夏に女の子にクラスメイトが微笑ましく笑う。
「笑うなぁ~~~~っ」
朱夏が叫ぶと、みんなから徐々に笑いが消えていく。
怒っていないからそこまで瞬発力はないが、強制力は健在だ。
能力を失ったという訳ではなさそうだ。
「ふふふっ」
僕の「魅了」にすでにかかっており、効果がない涼葉さんの笑い声だけクラスに響く。
「がるるるるるっ」
朱夏は悔しそうな顔で僕と涼葉さんを見ながら、席へと着いた。
「ちょっと、教室の換気をしましょうか」
新田先生が窓を開けるのを見て、僕たち窓際の席の生徒も窓を開ける。
ふわっと、初夏の風が流れると、新田先生の髪が揺れる。
「あっ」
僕は見た。
新田先生の日に当たらない白い耳と小さな赤いピアス。
そして、白い耳栓を。
(そうだった、朱夏の「威圧」を防ぐにはマスクだけじゃなくて、耳栓も有効だったのを忘れていた)
◇◇
放課後。
「朱夏・・・そんな授業中、睨まないでよ」
「えいとたちが隙あればイチャイチャしようとするからだぞ」
当然自分の場所だと言わんばかりに僕のところにやってきた朱夏。
北風と太陽ではないが、厳しい朱夏の目線と、優しい涼葉さんの目線で僕は全然授業に集中できなかった。
(まぁ、前の学校で習ったところだからそこまで差し支えないけど、これが続くと困っちゃうな・・・)
「ねぇ・・・龍宮寺さん。どこに座っているんですか?」
「ん?そりゃ、私の椅子だぞっ?きゃんきゃん」
僕の膝の上にちょこんと座る朱夏。
男の子とお尻と違って筋肉がほとんどない、柔らかいお尻が僕のふとももの上にふわっと乗っている。中学校の時はそれが当たり前だったから、気にしていなかったけれど、周りのクラスメイトもちらちらこちらを見ている。
(やっぱり、都会は違うんだな)
長野県もド田舎の僕たちはそんなテレビや漫画のような恋愛に発展することもなかったし、男女の違いもほとんど気にしていなかった。
長野の高校に進学してもその感覚でいたら、恋していると勘違いされたりして、徐々に感覚が他の人たちと合ってきた気がするけれど、ついつい昔からの腐れ縁の朱夏といると、昔の感覚に戻ってしまう。
(気を付けないと・・・また誤解を生んで大変なことになりそうだし、朱夏にもしっかり言っておかないと)
「きゃんきゃんって誰のことです?龍宮寺さん」
「それは、お前のことに決まってるじゃないか?馬鹿なのか?きゃんきゃんは。駄目だぞ、えいと。駄犬だからってしつけはしっかりしないと」
朱夏はご機嫌な顔で僕の胸に頭を預けてくる。
どうやってこの高校に入ったのかわからないが、学力が違った僕らは長野県でも別の高校に進学した。僕に傲慢の要素はないと思うが、久しぶりに僕と会えて嬉しいというのがひしひし伝わってきて僕も、懐かしい気持ちで嬉しかった。
しかしながら、嬉しい反面、涼葉さんが今にも爆発しそうで僕は怖かった。
遠目で見れば、僕たち三人は和やかに笑顔で話しているように見えるだろうし、涼葉さんも笑顔で、言葉遣いも丁寧にしている。けれど、その場に居る僕にはわかる。
別にこれは「魅了」の能力とは全く関係ない。
ただただ、第六感のような感覚が知らせるのだ。
涼葉さんは機嫌が悪いから気を付けろよ、と。
「エイトきゅんだって、龍宮寺さんが乗っていると物凄く重そうで迷惑な顔をしているわよ。きっと重すぎて足が痛いんじゃないかしら、ねっ?エイトきゅん」
「ん?こいつの顔はこれが平常運転だぞ?それに重くないよなっ、えいと」
上を見上げて朱夏が笑顔で尋ねてくる。
絶対的自信の顔。
「うん、重くはないけど・・・ね」
足は痛くない。
けれど、周りの視線が痛い。
そして、二人の圧が怖くて胸が痛い。
「はっはっはっ、ほらな。あたしの言ったとおりだろ?まぁ、仕方ないよな、きゃんきゃんは所詮、1日しか付き合いがない程度のあっさ~~~~い付き合いだからな。はっはっは」
「むむむっ」
軍配は朱夏に上がった。
「てか、なんで今日転校してきたのさ、朱夏。転校自体もあれだけど・・・どうせなら、昨日転校すれば良かったじゃないか?」
「えー、にしししっ。だってその方がえいとがびっくりするだろ?あたしだって、えいとが転校するってびっくりしたんだから、そのお返しだぞ」
「えー、何その理屈~、おかしいよ」
「おかしくないぞっ!あたしがルールだ。それともあたしと一緒に転校したかったのか?まったく。えいとは甘えん坊さんだな~」
確かに昨日は寂しかった。
昨日朱夏がいれば、僕はもっと落ち着いて挨拶などもできて、メガネを落とさずに涼葉さんともこんな関係になっていなかったかもしれない。
「そうだね、でもそうすれば絶対、違うクラスだったね朱夏」
「かもなっ」
まぁ、朱夏の能力なら普通を捻じ曲げることはできるのだろうが、何クラスもあるのに同じ日の転校生が2人いたら普通は別のクラスにするだろう。
そういえば、このクラス1年9組は学校の七不思議でなぜかトラブルが多いと言われているらしい。そして、一番最後のクラスということもあるからか、生徒が他のクラスよりも少ないのも気にはなっていた。
涼葉さん情報でいくと、1ヶ月を待たずして2人ほど転校やしてしまったそうだ。
そんな訳ありのクラスに僕も朱夏も「トラブルメーカー」としてこのクラスに転校してきた。
「よいしょっと、じゃあ、そろそろ行こうっ。エイトきゅん」
「えっ」
「おっと」
涼葉さんは意外と行動力の塊らしい。
朱夏が体重の軽いのもあっただろうが、さっと脇の下に手をやって持ち上げて、どかしてしまう。
あまりの不意打ちで朱夏もそんなことをされると思っていなかったのか、なすがままになってしまった。
僕も色々考えていてぼーっとして、涼葉さんに手を引っ張られるまま、教室外へ連れて行かれようとする。
「こら~~~~っ、きゃんきゃんっ!!!」
我に返った朱夏はズカズカと僕らを追いかけてくる。
「どうしたのかしら、龍宮寺さん。きゃんきゃん騒いで?」
「がるるるるっ」
朱夏の目が薄っすら涙目になっている。
地元でも朱夏をやりくるめる仲間はいたが、ここまでやりくるめた奴はいなかった。
僕の手を握る涼葉さんを見る。
涼葉さんの手は今日も冷たい。
冷たい手の人は心が温かいというが、僕や朱夏をどう思っているのだろうか。
委員長のような感覚で、正義感がある人だったのだろうか。
はたまた、涼葉さんは小悪魔系だったのだろうか。
それとも、頭の回る理知的な人だったのだろうか。
ニコっ。
僕が涼葉さんを見ていると天使のような笑顔を向けてくれる。
やっぱり、涼葉さんはきれいだ。
「おい、えいと。何顔を赤くしてんだっ。私というものがありながらっ」
「あっ、そうだ。なんだよ、朱夏。ガールフレンドなんて言ったら、みんなが誤解するだろっ?」
「えっ、違うのか!!!?」
朱夏がメチャクチャびっくりする。
「あっ、やっぱりそうなんだぁ~。よかったぁ~」
朱夏と正反対に涼葉さんが、もの凄い嬉しそうな顔をする。
先ほど、朱夏に上がったと思われた軍配は、どうやら今度は涼葉さんに上がり直したようだ。
「・・・違うのか・・・、えいとぉ」
(その顔はずるいよ、朱夏・・・)
ギャップと言えばいいのだろうか。
小さい身なりで偉そうにしている朱夏のことをかわいいと言う人は多い。
口はきついが、思いやりがある朱夏は面倒見がよく、同性からも好かれやすかった。
しかし、朱夏の魅力は偉そうに笑うところじゃない。
怒ってばかりの朱夏がこんな風にいたいけな少女のような悲しむ顔が何よりもかわいいのだ。
(僕って女の子が泣きそうなのを見てかわいいなんて思っちゃうのはSなんだろうか?いや違うな・・・これはそう、兄が妹を守りたいと思う感覚だな。うん)
「んーーーっと、ガールフレンドの意味ちゃんとわっかってるよね?朱夏」
「少女友達だろ・・・・?違うのか・・・?」
うん、やっぱりか。
僕が諭すように朱夏に離すと推測していた回答が返ってきた。
「えっとね、朱夏。それも間違いじゃ・・・ないんだけど、基本的には男女の仲って意味というか・・・」
「あたしとえいとは男女の仲だぞっ!!?」
あぁ、またクラスメイトの視線が集まる。
その上、まだクラスになじんでいないとはいえ、朱夏は女の子からも好かれやすいタイプなのだ。短い休み時間もクラスの女の子たちに囲まれていたのを思い出す。
転校してから女の子には敵意を向けられていなかった僕だったが、女の子たちにも怪訝な顔を向けられる。
「心陽とか翔太とか、夢香も千尋、聡里も悠月もみんな、男女の仲だよね!?」
「おっ、おう。そうだぞ?」
何を当然のことを言っているんだ、と言う顔で朱夏が見てくる。
けれど、これでいい。
これで・・・誤解も・・・。
「中学までみんなでお風呂に入る仲だもんな、あたし達」
バッ
(あっ、ヤバイ。なんかみんなの殺意が強くなっている気がするし、なんなら涼葉さんからも殺意を感じるぞ?)
「どういうことかな?エイトきゅん」
「あれっ、痛いよ?涼葉さん、痣になりそうな痛さだよ?おーいっ」
僕の手首を掴む涼葉さんの手がぎゅっと強くなっていく。
それを好機と捉えたのか、朱夏がドヤ顔をする。
「ふっふっふっ、残念だったな。きゃんきゃん。私たちは裸で付き合う仲なのだ」
「あああああっ、もうやめて、朱夏。その、言い方はみんなを不幸にするから・・・あっ、らめえええええっ」
僕の変な声が教室に鳴り響いた。
・・・女の子って怖い。
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