第2話 魅了の距離

「起立、礼、着席」


 日直の女の子が号令をかける。

 ゴールデンウィークで引っ越しをしてきたけれど、こうやって授業が始まってようやく転校したんだなと実感する。


「ねぇ・・・如月さん?」


「なに、エイトきゅん」


「さすがに近すぎじゃない」


「えっ、そんなことないよんっ」


 僕と如月さんの机と机の間は1ミリもない。

 制服だけでなく、教科書の類も間に合わなかったのだ。


 そして、僕と如月さんもワイシャツとワイシャツが触れ合っている。

 何度か肘や腕が当たっていたような気もする。

 

 如月さんは正面を向いて先生の話を聞いているフリをしているが、僕の視線を感じると如月さんは嬉しそうに口元を緩ませて、僕の方をチラチラ見てくる。


 これが真実の恋ならどれだけいいんだろうか。

 

 如月さんは瞳にハートが宿っている。

 僕だけが確認できる、僕への好意を持つ紋章だ。


 僕の魔眼は目が合った女性を強制的に僕に恋心を抱かせる。

 呪われた力だ。

 瞳と瞳があった瞬間が最も効果が強く、徐々に毒のようにその女性の心を蝕む力。

 みんなの前でキスをして告白までしてきた如月さんの行動は僕自身ではなく魔眼に魅せられた結果だ。


「教科書の34ページを開いてください」


「めくるよ、エイトきゅん」


「うん、お願い」


 如月さんは甲斐甲斐しく国語の教科書をめくってくれる。

 その指が細くて見惚れてしまう。


「ありがと」


「どういたしまして」


 僕らは同じ教科書を見る。

 お互いに教科書を覗き込むと、自然と距離が近くなる。


「あっ」


「あっ」


 ページをめくろうとすると手が重なる。

 彼女の手は冷たかった。


「エイトきゅんの手って、暖かいね・・・」


 授業に集中しなければいけない時間。

 小声でイケないことを共有しているような感覚は僕の心臓を高鳴らせる。


 偽りだったとしてもこの瞬間が永遠に続けばいいのに―――


「ここの朗読を・・・如月さんお願いできますか?」


「先生、私はエイト・・・、転校生の西園寺君に教科書を見せているので、私が朗読すると彼が読めなくなってしまいます」


「あぁ、失礼しました。じゃあ、工藤君。お願いします」


「はいっ」


 国語の先生が申し訳なさそうな顔をして、先生の机の前の席にいた工藤君を指名する。

 工藤君は心優しそうな声で返事をして文章を読んでいく。


「実は・・・エイトきゅんのことで頭いっぱいで、どこ読んだらいいのかわからなかったの」


 上目遣いで如月さんが「てへっ」と言いながら文章を追う。


 僕は顔が暑くなるのを感じて、読み上げている工藤君を見る。


 僕を見つめて微笑んでいる如月さんが視野に入って気になるけれど、気にすればもっと暑く感じて顔が赤くなるような気がして、僕はそのキラキラした目を見ることができなかった。


 工藤君の声も授業の内容も僕の心は如月さんでいっぱいでちっとも入らなかった。

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