第3話 癒しの姉
激動の初登校。
家に帰った僕はへとへとになっており、どうやって帰ったのかも覚えていない。というか、僕の頭の中はあることがらでいっぱいだった。
「あれっ、どうしたの、弟よ。そんな情けない顔をして・・・?」
そんな僕に紅茶を飲みながら、お菓子を頬張っている女の子が言葉とは裏腹にのんびりとした柔らかい声で声を掛けてきた。
「このみねーちゃんっ!!!」
僕はメガネを取って姉である、このみ姉ちゃんの胸に抱き着く。
僕の唯一の肉親。
そして、僕の唯一の癒し。
転校した初日というのもあるけれど、魔眼を見せてはいけない緊張から一気に解き放たれて、僕はこのみ姉ちゃんに甘える。
このみ姉ちゃんには僕の魔眼は通用しない。
というか、僕の出身の長野県の秘境にある隠れ里の人々には僕の魔眼は一切通用しない。
だから、小中学校の時はまったく魔眼のことなんて気にしていなかった。
里の大人たちからはコンタクトをするように言われていたけれど、あんなものを目に入れるのは怖くて僕にはできなかったし、今でもできない。
というか、そんなことを口を酸っぱく言われても、実感がないのだから鬱陶しくしか思っていなかった。
そのせいで、高校に進学してあんな事件を起こしてしまうなんて―――
いや・・・悔やんでも過去は取り戻せない。
切り替えよう。
このみ姉ちゃんの話をしよう。
このみ姉ちゃんは今回、別に転校する必要はなかった。けれど、僕のために一緒に転校してくれた。才色兼備、容姿端麗、品行方正、そして、ナイスバディ―。
桃色のショートパーマに、目じりが少し垂れ下がったパッチリ二重の美人さんだ。
長野県くらいの田舎でモデルのスカウトなんて普通はないと思っていたけれど、軽井沢のアウトレットで買い物しているときや、スキー場や温泉、ハイキングなどのちょっとした家族イベントを行っていると、ナンパはもちろん、芸能事務所関係だと言って、近寄ってくる男があとを絶たないくらいだ。
このみ姉ちゃんとお近づきになりたい男子生徒も転校前の学校にはごまんといたけれど、転校する事実を知って、涙を流し、野太い鳴き声が学校を埋め尽くしたと聞いている。
僕は自分だけの理由ではなく、このみ姉ちゃんのファンから何をされるかわからないという理由もあって、あの高校には戻れないと思っている。
「おぉ、どったの、どったの。かわいい私の弟よ」
「やらかした・・・っ」
「まさかっ、また発動させてしまったのかっ!!? あぁ、ごめんごめん、そんな顔をするな弟。よしよしっ」
魔眼を発動させてしまった罪悪感で僕が泣きそうになると、好み姉ちゃんは優しく抱きしめながら頭を撫でてくれる。
「落ち着いたか?」
「うん・・・ありがと」
「じゃあ、話してくれまいか?弟よ」
「実は・・・」
僕は今日起きたことを話した。
足を引っかけられて転んで、メガネが外れてしまったこと。
メガネを拾った少女、如月涼葉に魔眼の能力が発動してしまったこと。
そして・・・
「みんなの前でキッ、キッスだと・・・?」
動揺するこのみ姉ちゃん。
「わっ、私だってまだなのに・・・弟に先を越されるなんて・・・」
「えっ、嘘でしょ。このみ姉ちゃん。僕のほっぺにキスしてくれたじゃないか・・・。それは遊びだったの・・・?」
ズキューーーン
このみ姉ちゃんに僕の魔眼が発動するわけはないのだが、なんとなくこのみ姉ちゃんの目がハートになった気がする。
「こほん・・・っ、今日はエイトが好きなビーフシチューにしようかな、うん」
「本当にっ?このみねーちゃん、だーーーいすきっ」
世の男子生徒には悪いが、こんなに可愛くて、僕にだけメチャクチャ甘い姉を独占できるのは僕の特権だ。
でも・・・
「あれっ、弟よ。また泣き出してどうした? あっ、わかったぞ? その田畠という男子生徒に虐められてくやしかったんだな・・・可哀想に・・・っ」
「違うんだ・・・ぐすっ。本当に・・・」
このみ姉ちゃんは本当にかわいいし、いい匂いがするし、抱きしめられると、もふもふだし、性格だって優しい。
でも、このみ姉ちゃんは血の繋がったお姉ちゃんなんだ。
昔どこかで、このみ姉ちゃんと結婚式ごっこをして結婚を誓った気がするけれど、僕とこのみ姉ちゃんは、姉弟以上でも、姉弟以下でもない。
僕は今日、初めての体験をしてしまったんだ。
それはキス、だけじゃない。
一目彼女を見た瞬間に心が奪われたんだ。
いや、心だけじゃない。
僕の五感・・・いや、第六感も含めたすべての感覚器官が、彼女以外の世界の全てを受容するのを放棄し、彼女だけを受容し続けようとした。
僕は如月涼葉に一目惚れをした。
多分、これが初恋というやつなのだろう。
こんな気持ちになったのは生まれて初めてだ。
ちょっとだけ懺悔をすれば、今まで雪国の長野県にいたのだから、女子のスカートは長いし、教育県を自負している長野県の多くの高校は女の子のメイクなどを禁止しているところが多い。清純で魅力のある女の子も数多くいるけれど、比較的おとなしい子が多い。
それに比べて、神奈川県の女の子は、スカートの丈も、化粧も、学生服の着崩すしも、オシャレで教師に怒られないぎりぎりを攻めて、目のやり場に困る子が多くて、僕の心をドキドキしていることが多かったのは認める。
認めるがゆえに、僕が田舎者でおのぼりさんだから、そんな風なシチュエーションに恋をしてしまったとかそういう訳ではない。
僕は如月涼葉が大好きで、僕の恋は間違いなく真実の恋だ。
そして、彼女も僕のことが大好きだ。
・・・けれど、その愛は偽りだ。
だから、僕は悲しいのだ。
「よしよし、泣け泣け、弟よ。私の胸は弟を癒すためにあるのだから」
「うん・・」
そんなわけないでしょっ、と元気な時の僕だったらツッコミを入れたかもしれないが、今は僕に気を遣って冗談っぽく言ってくれたこのみ姉ちゃんに甘えよう。
どんな時でも僕の味方。
どんな時でも僕を癒してくれる存在。
僕の姉ちゃん、このみ姉ちゃんは最高の姉なのだ。
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