2_未来も運命で決まっているので足掻くだけ無意味 ④

 俺の抗議を聞き入れる様子がない未来の俺はナイフを握りながら俺に迫ってきた!

 俺も生命を維持するべく必死で逃げる!

 田舎駅ということもあり、今周囲には誰もいない。俺が命の危機にひんしていることなど誰も知る由もない。悪童平原を乗せたバスもいつの間にやらいなくなっている。

「おっ、おお俺をサツガイしたらあなたも死ぬことになるんじゃないですか!?」

 ナイフを手にした未来の俺はなおも白昼はくちゅう堂々俺を追いかけてくる。

「――そうだ。だからるんだよ」

 未来の俺は狩りの獲物を見るかのように俺へと獰猛どうもうな笑みを浮かべた。

 マジでさぁ、どうかしてるぜ……。

「楽にしてやる――いや……一緒に楽になろう」

 この不穏な言い回し、まんま無理心中だ――!

「誠心誠意お断りしまぁーーっす!!」

 痛い思いはご勘弁願います! そのサツガイ、クーリングオフ!!

「辛いこんを終わらせてやるというのに遠慮するなよ――!」

「逝くなら一人で勝手に逝ってくださーい!」

 承諾してない人間を無理矢理巻き込まないでください。甚だ余計なお世話、ありがた迷惑です。てか承諾してもサツガイはNGですから!

「無意味な人生を終わらせてやると言ってるのに――!」

「無意味な人生だとしても、あなたに奪われるいわれはありませーん!」

 余計なお世話、心底迷惑でしかないんですよ。あと自分の人生を無意味と投げ捨てようとしないでください。

 俺は火事場のなんとかの力で未来の俺から距離を縮められることなく逃げ続ける。体力だけなら若さで俺に分がある!

「そこまでして生きたいのか……!」

「い、痛い思いは、嫌、なんで……っ!」

 お互い呼吸荒く追いかけっこを続けることしばし。

「っ!」

「おわっ!?」

 背後からナイフが飛んできた! あっぶねぇ……!

 俺が地面に落ちたナイフを拾ったため、未来の俺の暴挙はこれにて閉幕と相成あいなった。

「……ふ、やるな。はぁ、そ、そこまでして、生きたいか。はぁ、ろくでもない未来しか、待ってないのに……」

 やるな、っていうか、あなたが攻撃をミスしただけなんですがそれは……。

「……はぁ、はぁ、人生を、投げる、には……まだ、早いんでね……」

 二人して走り続けたことによる酸欠で呼吸が乱れている。

「それでこそ俺、か……」

 未来の俺はフッと大人スマイルをこぼす。いやいや、殺人未遂の犯罪者が影のある雰囲気かもし出してカッコつけないでくださいよ。

「ならば生かしてやろう」

「なんで俺の命を俺に決められないといけないんですか?」

 いや、この人は俺で過去の俺に未来の俺と言ってきたけどそれはあくまで未来の俺であって俺ではない……あれ? 訳分からなくなってきた。

「お前の人生はこれからも苦難の連続だ。むしろ苦難しかない」

「身も蓋もない言葉、余計です」

 少しはいいこともあると一縷いちるの希望を抱いてたのにどうしてくれるんですか。

「その分いいことも待ってると思ったら大間違いだ。嫌なことしかない」

 俺の未来への希望は粉々に砕け散った。

「特に人間関係。こればかりは努力しても報われない」

 交友も恋愛も、人間相手に正解はないもんね。難しいところだよ。現段階でも特に何かした覚えもないのに空羽さんから目の敵にされてるし。とほほ。

「だが、勉強や仕事は努力すれば一定の成果は出せる。だからそこに力を注ぐんだ。特に勉強はこれまでサボった分取り戻すのは非常に大変だけど、努力するしか道はないんだ」

 勉学、仕事に注力しろと。未来の俺が言うのだから間違いないのだろう。

「くれぐれも言っておくが、恋愛や結婚を考えちゃダメだ。神様がお前――『新山鷹章は恋愛してはいけない』と念動力を送ってるからな」

「神様趣味悪すぎませんか? そんな意地悪してマジ何が楽しいんですかね??」

 神様なのにそんな品行下劣な真似してるの? 全くあがめられないんですけど。やっべ、全然崇高すうこうな存在に思えなくなったわ。

「そういう星のもとに生まれた以上はしょうがない」

「世知辛いですね……」

 まぁ、確かにそれなら期待するだけ無駄だな。

「確定した過去に囚われるより、確定してない未来をどう繋げていくかを考えなよ」

 普通なら未来は不確定だけど、俺に関しては未来の俺からネタバレされたからなぁ……。

「ある程度の未来を知ってしまった俺の未来はある程度確定してしまっているのでは……?」

「そこはほら、未来から来た俺からのプレゼントということで」

「嬉しくねぇ~。どうせなら金が欲しかったわ~」

 マジいらないわ。なんなんだよこいつ……って、俺本人だったわ。

「最後に一つ」

「なんですか」

 眉間にしわを寄せる俺を鋭いまなざしで見据える未来の俺。

「ちゃんと家族に孝行しなよ」

「………………」

 親孝行、か……。

 俺は家族仲もよくはないけど、ここまで大きくしてもらった恩はいつか返さないとだよな。

「家族だからこそ、無遠慮に言いたい放題言い合って時には相手を傷つける発言もしちゃう」

 確かに。俺は内弁慶な面があるので特にそうだ。ゆめゆめ気をつけないと。

「けど、家族はたとえ縁が切れても血は繋がっている。簡単に切り離せる存在じゃない。だからこそ、日頃ありがたみに気づきにくいからこそ――感謝しないとね」

 俺とは思えぬ穏やかな微笑ほほえみを浮かべる未来の俺。

 未来がどうなっているのか、細かい部分までは俺には分からないけど、未来を知って……体験しているこの人が言うと重みを感じる。

「さてと。じゃ俺は元の時代に帰るよ」

 未来の俺は懐中時計を取り出して操作しはじめる。

「お元気で」


 日頃ありがたみに気づきにくいからこそ――感謝しないとね――。

 ――俺は、この言葉の意味を後々理解することとなる。


「――と見せかけて……あばよォッ!!」

「えっ――あっ!?」


 どこに忍ばせていたのか、

 さっきのものとは別のナイフが俺の腹部に刺さる――


 ……………………

 ………………

 …………


    ♪


「……オイ新山、新山ァ」

 汚いダミ声によって夢の世界から強制送還された俺が目を開けると、

「…………おわっ、化け物!?」

 よく知ってるが会いたくない角刈り眼鏡の姿が視界に入ってしまった。

「美少年ニ向カッテ化ケ物トハ侮辱罪デ訴エルゾ!」

「美少年……? はて、どこにいるんだ?」

 部屋中を見回すが、そんな少年はどこにもいない。コイツは何を言ってるんだ?

「ココジャイ! 俺ヲ刮目かつもくセヨォ!!」

 平原は俺の両頬を掴むと自分の顔に向けてきやがった。

「うわわわああああ汚いっ!? 汚いよぉ!?」

 眼前に醜いツラが! 視力が下がるだろうが! あと口臭もする!

「ヲ前ノ肌トハ比ベモノニナランワイ! 発言ヲ撤回セヨコノ――肌汚はだおメ!!」

「お前全国のニキビに悩む青少年に謝ってくれや」

 どんなにスキンケアしたって抗い切れないモノだってあるんだぞ。

「で、どうやって侵入した?」

 まさか家族が通しちゃったとかないよな? 俺に友達がいないこと知ってるし。

「ナーニ。窓カラ邪魔シタダケダ、深ク考エルナ」

「深く考えるしマジで邪魔だな」

 なんでどいつもこいつも平気な顔して人の家に勝手に侵入してくるの……? 俺の部屋は共有スペースじゃないんですけど。しかも窓から入ってくるなよ。

「ハ? 新山ノ分際デ俺ガ邪魔ダト!? ヲ前生意気ダナ! 不敬罪ゾ!!」

「自分で邪魔って言ったじゃん……」

 不敬罪ってお前一般人でしょ。皇族にでもなったつもりか? だとしたらかなりヤバい思想だな。

 …………って、そんなことよりも……。

「俺、生きてる……?」

 訪れたのは毎日訪れる朝と、頭がおかしい角刈り眼鏡が誰の許可を取ってか知らんが俺の部屋にいるくらい。他は至って平常……。

「寝ボケテルノカ? 死ニタイナラ俺ガ始末シテヤル」

「やめろバカ……!」

 嬉々ききとして俺の喉元を掴むアホの両手を押し退ける。

「――あれ? 未来の俺はどうなった?」

 未来の俺の姿はない。元いた時代に帰っちゃったのかな?

「……何ホザイテヤガンダ?」

「お前も海鮮丼を食べに港に向かう前に見たでしょ。俺の未来の姿をさ」

 俺の台詞を聞いた平原は首を45度近くまで曲げた。

「ハァ?? 何言ッテンダ? 見テネーシ港ナンテ行ッテナイケド?」

 反応を見るに、平原がジョークを言っているようには見えない。

 と、いうことは……。

「マジ、か……夢オチ?」

 俺はリアルな夢を見ていたのか……? いや、未来人と会話してたのはリアルさに欠けるけど、妙な生々しさがあった。

「マダ半分夢ノ中ナラ、ビンタシテヤロウカ?」

「いえ、結構です」

 コイツのビンタとか、ビンタじゃ済まないだろ。

 それにしても……。

「本当に夢だったのか……?」

 夢ではなくて、マジで俺の未来を見た、早すぎる予知夢よちむだった気がしてならない。

 けど、答えは二十年後まで分からないからあれこれ悩んでもしょうがないか。


 そんな、残暑残る秋の摩訶まか不思議な体験をしたのであった。

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