3_病は気さえあれば数%は快復に向かう可能性有 ①

「……はぁ」

「ゆうちゃん。やっぱり怖い?」

「そりゃ怖いさ。手術だもん」

「お姉さんがついてるから大丈夫! それにゆうちゃんのご家族も手術の成功を祈ってるわ」

「家族って……誰もお見舞い来てくれないじゃん」

「みんな忙しいだけよ……」

「結局戦うのはボクの身体だけなんだ。味方なんていないや……」

「ゆうちゃん……」

「………………」

「ら、来週の手術は上手くいくわ! それでね、快復したらゆうちゃんが大好きな野球がまたできるわよ!」

「……できるのかな」

「うんうんっ! 大丈夫!」

「でもお姉さん、他の患者さんにもそう言ってたけど――その人手術に失敗して亡くなったじゃんか。本当に大丈夫なの?」

「っ…………」

「………………」


「――――話ハ聞カセテモラッタゾ!! クソガキンチョオオオオォォーーーーーーッ!!」


 個室の扉を乱暴に開いて登場した俺、新山、高岩を見て二人は揃って目を見開いた。

「……お兄さんたち、誰?」

 重苦しかったであろう空気は一瞬にして消え去った。平原神パワーの賜物たまものだな。

「あなたたち……受付されてませんよね? 無断で入ってこないでください!」

 若い女看護師は敵意のこもった瞳で俺たちを睨む。やれやれ、このガールも素直になれないツンデレ美女かよ。愛人候補が多すぎて参ったなぁこりゃ。

「我コソガ有名ナ平原圭ダ!」

 本来ならばサインは事務所を通さないとNGだが、お前らには特別にサインしてやってもいいぞ。

「いや誰ですか!? 警察を呼びますよ!?」

 えっコイツ俺を知らないの? 無知すぎでしょ。さすがにエンタメや社会情勢をチェックしないアホは愛人候補から除外するわ。

 ま、それはいいや。本題に入らせてもらおうか。


「――――キュシャヤケェィゥッ!!」


「…………!」

 俺の雄叫びを聞いたクソガキは目の色を変えるも、

「なんて言ったか分かりませんけど声のトーンを落としてください!」

 声を発したのは看護師の方だった。お前空気読めや。今はガチンチョが喋るところでしょうが。

「個室とはいえ、ここは病室ですよ!? 常識を――――」

「……お姉さん、ちょっと黙ってて」

「……ハイ」

 クソガキにとがめられた看護師は即座に押し黙った。うむ、いい仕事をするではないか。

「お兄さん、今『草野球』って言った?」

「フッ……イカニモ?」

 ガキのくせに理解が早くて助かるぜ。話が進む進む。美味しいご飯並みにな。

「よくあれで聞き取れたもんだ」

「将来有望な逸材ですね」

「ヲ前等黙ラッシャラップゥーーーーッ!!」

 やかましいガヤどもを持ち前のカリスマ性でピシャリと黙らせる。まったく、話を脱線させんじゃねーっての。

「あなたに一番黙ってほしいんですけど……」

「オホォン?」

 ん? なんだこのアマ? 俺に嫉妬してるのか? 愚かなり……。

「お兄さん、詳しく聞かせて?」

 ガキは俺に興味を抱いたらしい。ま、当然だわな。精々今のうちにこの俺様に媚びを売るがよいぞ。

「俺様コト平原圭カコノ、新山鷹章カ高岩由生ノイズレカガ草野球ノ試合デホームランヲ打ッテシンゼヨウ」

「ホームラン……」

 ガキは俺の言葉を噛み締めるようにオウム返ししてくる。

「試合ハ来週ノ土曜日ダ」

「ボクの手術日と同じ……」

 ほほう。そいつはおあつらえ向きだな。手術中の貴様に我らがパワーを送り込んでやるよ!

「マジかよ。すごい偶然」

「平原さんは妙なところでだけ持ってる人ですよね」

 俺ほどのカリスマ性を持ち合わせた男としてはこの程度いともたやすく実現できるんだがな。それと高岩、「だけ」は余計だよ。人命がかかった案件だろうが。

「俺等ガ試合デホームランヲ放ツ。ヲ前ノ手術ハ成功スル。ソシタラ一緒ニキャッチボールシテヤッテモイイゾ。光栄ニ思エ」

「なぜ上から傲慢ごうまんかましてしまうのか……」

「全て台無しですね……」

 雑音は耳に入れず、ユウキにだけ意識を集中させる。

「どうして、そんな約束を……」

 ユウキが戸惑うのも無理はない。なにせ、突然俺みたいなスターがいち少年の自分に手を差し伸べたんだからよ。

「ナァニ、チョットシタオ節介ヨ。言ウナレバ将来有望ナ人材ノ芽ヲ病ナンゾニ潰サセナイ俺ノ抵抗トデモ思ッテオケ」

 俺はユウキに最高のウインクをプレゼントしてやった。これもなにかの縁。ならば、力を貸してやることも悪くはない。

「そもそもなぜゆうちゃんと顔見知りですらないあなたたちが病院にいるんですか……」

 またそれかよ。いちいち蒸し返してきてうぜえ女だなもう。

「ソラトイレヲ借リタカラヨ!」

 我慢できなくなっちまってよ。公共施設は便利だよな。

「禁止されてはいませんけど、コンビニやスーパーを使ってくださいよ……」

 なおも眉根を寄せてぶつくさとほざく。ゴチャゴチャうっせーな。小姑こじゅうとかよ。お前、ベッドで俺のフィンガーテクニックを食らったらそんな口も叩けないニャンゴロ状態になるんだぞ。白い世界、お見せしましょうか?

「デ、ヲ主――エット」

「ユウキです。十一歳です」

 ほう。小学校五年ないしは六年生か。これからが成長期だな。

「ユゥウキィイィッ!!」

「静かにしてください!!」

「――うるさいですよ! 静かにしなさい!」

「すみません」

「サーセン」

 俺と女看護師は病室に入ってきた上長と思わしき別の看護師のオバサンから注意されてしまった。

「はは、賑やかだなあ」

 ユウキはか細く笑う。病気が完治すれば大声で爆笑できるようになるぞ。下々しもじもの者の笑顔をクリエイトするのも王者たる俺の使命とも言えよう。

「手術ニ成功シタラ更ニ賑ヤカニナルゾー。他ノ連中ト争イツツスポーツニ励ミ、学校ニ登校シテ級友ドモト下ラン歓談かんだんヲスル予定ハ確定ナンダカラヨ」

「平原さんには歓談かんだんする級友がいますか……?」

「ウッセェウッセェウッセェワ!」

 高岩が思うより人望あるんだわ。

「ホント……? 期待して――信じていいの?」

 ユウキはすがるような瞳で俺の顔を見る。

 ……まだガキだからか、近くで見ると中性的な可愛らしい顔をしている。くりっとした目に長いまつ毛。鼻と口は小さい。肌は病気のせいか白い。声も子供らしく高い。

 ――これが男の娘か。なるほど、世の男どもが魅力を感じるのも少しは頷ける。

「ウム、約束ダ。我等ハホームランヲ打ツ。ヲ前ハ手術ヲ恐レルナ逃ゲルナ! 光輝ク未来ニ向カウベク、トモニ勝利ヲ掴ミ取ロウゾ!」

 俺が左手を差し出すと、

「――うん!」

 ユウキはそれを握った。これで約束成立な。男たるもの、男同士の約束は必ずや守らねばな。

 女看護師は最後まで俺の行動全てに懐疑かいぎの目を向けているが、結果を出せば何も言えまい。

「ソレデハマタ手術後ニ会オウゾ、ユウキィ! ハーッハッハッハーッ!」

「静かにしてほしいですねぇ……」

 呆れた表情で溜息をく女看護師を尻目に俺たちは入り口へ。

「どういう風の吹き回しだ?」

「クズキャラの平原さんらしくないですよね」

 ユウキの病室をあとにしたと同時に二人が怪訝けげんな視線を投げてきた。クズとからしくないとか、心底失礼な高岩だな。

「病ノ少年ヲ救ウコトデ、俺ガ将来内閣総理大臣ニナッタ際ニハ支持率ニ有効ニ働クダロウ。更ニハ俺ヲ支持スル人間ガ一人増エルトイウコトダ」

「結局自分ありきだったか……ある意味安心した」

「ドヤ顔でほざく内容じゃありませんねぇ……美談作りのために病気の子供を利用してるんですから」

「けどま、平原はこうじゃないとな」

「ですね。善人の皮を被った平原さんは気色悪いです」

 口やかまっしい連中やなぁ。どんだけ心にゆとりがないんだよ。特に新山。お前俺より年上のくせになんだその体たらくは。

「当然ユウキノ病気ヲ退治シタイ思イモアル。奴ガノサバル舞台ハ病室ニアラズ、白日はくじつもとノグラウンドニアリ!」

 ガキは元気に騒いでナンボよ。あんなしおれた状態はGODが許してもこの俺が許さん!

「とってつけたような後付けですね」

 理由が二つあったらおかしいか?

「とはいえよ。試合日は決まってても肝心のメンバーがいないじゃないか」

「三人でどう野球をしろと言うんですか? 守備になりませんよ」

 お前らのような低能ならそう言ってくると思ってたぜ。プランニングの申し子と名高いこの俺がそこんところを考慮せずに草野球の試合をセッティングする失策をかますわけないだろ。

「フフ、ソコハ俺ノ広イコネクションヲ最大限活用スルマデヨ!」

 俺の台詞を聞いた二人は目を丸くしてお互いを見合った。

「平原に、コネ……?」

「ゴネるの間違いではないかと」

「まーた無理矢理ゴネ倒して相手の首を縦に振らせるのか。なんて迷惑な」

「間違イジャネーヨ!? コ・ネ・ダワ! コネコネコネコネコネコネコネコネコネコネコネ……!」

 この俺様を非常識なサイコパス野郎みたく語るのはやめろや。サイコパスキャラは高岩の担当だろ。

「あっそう……」

「ドウセヲ前ニャ一切コネガナイカラ一人モメンバー集メラレナイダロウガナ」

 新山は友達がいない可哀想なカス野郎だしな。

「そうだけど?」

「開キ直ッテンジャネェヨシバクゾ」

 向上心をなくした男はそれまでよ。

「なんて答えてほしかったんだよ」

「『平原様ニハ一生叶イマセン。我ハ生涯しょうがい忠誠ちゅうせいヲ誓イマス』、ダロォ?」

「違うと思うんだけどなぁ」

「誓ェエェーーーーイィッ!!」

 コイツは「誓う」と「違う」の違いも解らないのか? さすがは純戸阿帆産。リアルバカのパイオニア。

「僕は平原さんのコネとやらに全部一任しますよ」

「由生は自分が面倒だから平原に投げてるだけでしょ」

「余計なことは言わんでいいです」

「むぐっ」

 高岩は新山の汚い口元を手で塞いだ。

「フッ、アト四人集メテ七人デ試合ニ臨メバエエ。残リ二人分モ俺ガ働ケバヨカロウ」

 上に立つ者がまず労働に勤しんで手本を示さねば下はついてこないんだよ。

「いやいや七人て……お前が平気でも審判が許さないよ。野球は九人のスポーツだからな」

「知ッタヨウナ口ヲ……」

 コイツから偉そうに指摘されるとマジムカつくんですけど。

「俺、少年野球経験者だし」

「ハッ!? ナンダソノ後付ケ設定!?」

「設定言うなし……」

 後出し設定に走るようになったらいよいよその作品はおしまいだぞ!

「仕方ネーナ。マァ四人モ六人モ変ワランワ。人間ナンゾゴミノ数ホドイルンダカラナ!」

「星の数と表現した方が綺麗じゃないですか?」

「マジデドウデモイイナ」

 まずは六人揃えて試合参加資格を得なければな!

「そもそも人数揃ってから試合申し込めよ……順序がおかしいんだよ」

「ダカラヲ前ハ戸阿帆産ノドアホナノダ」

 分かってねーなぁ。こういうのは勢いと熱意が重要なんだよ。

 さてと。そうと決まれば――

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