2_未来も運命で決まっているので足掻くだけ無意味 ③

    ♪


「はは、色々思い出したな」

「思い出したくない過去ですよ……」

 不快な気分になりました。どう責任取ってくれるんですか。決して思い出してはいけない黒い過去だってあるじゃないですか。

 母校巡りを終え、自宅の最寄り駅に辿りつく。

「懐かしい気持ちになれて楽しい小旅行になったな」

「どこがですか……?」

 旅行というには距離が近いし、俺からしたらつい二年前まで通ってたクソ高校に懐かしさもクソもないんですがそれは……?

 それにあなたはヤンキーからサンドバッグにされて打撲まみれに……待てよ? 未来の俺がってことは俺も二十年後に同じ目に遭うんだよね? 嫌すぎる……。

 まぁ、これでようやく家に帰れるな……。


「――新山!! 奇遇ダナ!」


 駅の改札を出たところでひと息ついていると、ふいに耳障りなダミ声が聞こえてきた。

「……げ、平原……」

 なんと、こんなところでこれっぽっちも会いたくないアホが双眼鏡を持って一人たたずんでいる。彷徨さまよいの果てにここまで流れ着いたのだろうか?

「コンナビューティフルナ顔ヲ目ニシテ『ゲ』ジャネーダロ。無礼者ガ」

 お前に会うとロクな目に遭わないからこういう反応になるんだよ。いい加減気づけや。

 あと狂人きょうじんのお前相手に礼儀が必要かね?

「お前、不審者みたいだぞ」

 平原が両手で握る双眼鏡に視線を向けて指摘すると、

「存在ガ不審者ノ貴様ニ言ワレタカネェ! 緊急記者会見ヲ開ク場ヲ要求スル!!」

 なぜか平原は記者会見を開きたがるのだった。毎度のことながら意味不明。

「お前に記者会見を開く実行力があるとでも?」

 自身の力を過信するのも大概にしとけや。

「ハン、ヴァカ言エ……オヨ? ソッチハドナタ?」

 今更ながら未来の俺に向けて疑問の視線を投げてきた。すぐ隣にいたのに今の今まで俺しか見えてなかったんかい。視野の狭さよ……。

「未来の俺だ。この人視点では俺は過去の俺だ」

「どうも。未来の新山鷹章です」

 俺たちの挨拶を聞いた平原は怪訝けげんな顔でダブル新山を見比べて、

「……未来トカ過去トカ、ヲ前等頭大丈夫カ?? 金ヲカケテデモ検査シテモラッタ方ガイイゾ。心配ダ。早期発見ガヲ前等ノ未来ヲ明ルクスル」

 俺たちの肩に手を置いて身を案じてきた。

「よりにもよってお前からガチで頭の心配をされるとは思ってもみなかったよ」

 平原が常識キャラみたいな言動をしてきたことに驚いたわ。

「ヲ前……アマリニモ友達ガイナサスギテレンタルフレンドヲチョイスシタンカ……オオ、可哀想デ哀レナ新山……」

「あのさぁ……」

 なぜか俺を見る平原の目には涙が浮かんでいる。同情するなら金をくれ。あとお前にも涙があるんだな。

「で、お前俺の地元で何企んでるの?」

 平原の家から俺が住む市は結構距離が開いている。わざわざやってきたのには相応の理由があるはず。

「企ンデルッテナンダヨ!? 海鮮丼ヲ食シニおもむイタダケダワバーカ!」

「海鮮丼ね……」

 俺の地元は港、海と畑がメインの田舎で大根やマグロがご当地品だ。海鮮丼も美味しいともっぱらの評判なんだよな。ちなみに俺は地元民なのに食べたことはない。

「で? その双眼鏡はなんだよ」

「各所ノ景色ヲ鮮明ニ脳裏ニ焼キツケルタメノ補助具ダ!」

「駅前には大した景色もないのにそんなモン持ってるから怪しく見えるんだぞ」

 本当コイツは悪目立ちの天才だな……と思ったけど俺も人のことをとやかく言える立場ではない気もしてきた。

「怪シイノハ貴様ダ。今スグ110通報シテヤッテモイインダゾ」

「こんな地味で真面目な若者相手になんてことを」

 忙しい警察におふざけ半分でイタ電するなよな。

「真面目系クズガナーニ戯言たわごとホザイテンダ毒ガス野郎ガ」

「ははっ、この頃の平原はこういうヤツだったな」

 俺と平原の低レベルな舌戦ぜっせんを聞いていた未来の俺は楽しそうに声を上げた。……まさか、未来でも平原なんかとつるんでるんじゃなかろうな? 後生ごしょうだからご勘弁願いたい。

 けれど真実を知るのが怖くてくにけない。

「ナンダヲ前? 俺ノコト知ッタヨウナ口ブリダナ」

 未来の俺に対して平原は不審そうな目を向けている。そりゃ未来の俺だもの、お前のことはよーく知ってるさ。

「俺は未来の新山鷹章だからな」

「ソノ設定ハイツマデ続クノダ? 我ハドコマデ付キ合ワサレネバナラヌノダ?」

「設定じゃない。現実事実だ」

 真顔で言い放った未来の俺から俺へと視線を移した平原は、

「……新山ヨ、強ク生キロヨ……」

 俺に哀れみの視線を寄越してきた。コイツに心配されるのがこんなに屈辱的だとは。普通に危害を加えられるよりも精神的ダメージが大きいぞ。

「ットォ、ソロソロ港行キノバスノ発車時刻ダ!」

「お前、バスの乗り方知ってる?」

「舐メンナカス陰キャガ! オチャノコサイサイダワ!」

「あっ、そう……」

 平原は意気揚々とバスの前方ドアから乗り込もうとする……って、乗車場所はそこじゃないぞ。


「お客様、ご乗車は中央扉からお願いします」

「オイウテシュッ!! ナゼコノ俺様ヲ前ノドアカラ乗セナイ!? 無礼デアロウ!!」

「当バスは後払い制でして、真ん中からご乗車いただいておりまして……」

「ハ!? 俺様ハクレジットヨリモプリペイド派ナンジャガ!?」

「はぁ……すみません」

「謝ルクライナラ行政改革セヨ!! 政治家ドモハ公約ヲひったつセヨ!!」

「私に言われても……」

「コンノ分カラズ屋メェ! 大人一人一人ノパワーヲ集結サセテコソ革命ハ実現デキルトイウノニ!!」

「別に革命目指してませんし……」

「ナンダトコノ野郎ゥ!? 操縦スベキハバスデハナク貴様ノヨウダナァ!! 向上心ヲ失ッタ中年メェ!!」


「どこがおちゃのこさいさいなんだよ……」

 どうでもいいけど「ウテシュッ」って運転手のことだろうな。

「バカと天才は紙一重ってね」

「アレはただのリアルガチバカですよ」

 平原はなおも運転手にギャーギャー怒鳴り散らしている。そのせいで発車が遅れてしまっている。多方面に迷惑をかけるなよ。

 なんでバスに乗車するだけで揉め事が起こせるのか。ある種の才能だよな。全く羨ましくないけど。一緒にいたら俺まで他の乗客たちから白い目で見られていたことだろう。

 バスも発車したし、平原の存在なんて忘れて本題に移るかね。

「一番聞きたかったことを聞いてもいいですか?」

 この人は俺に一番伝えたいことを伝えてない。そろそろ真の目的のベールを脱がせてもいい頃合いだ。

「ん、俺もここいらで本題に入ろうと考えてたところだ。聞いてくれていいよ」

 未来の俺も同じ考えだったらしく、頷いて俺へと向き直った。

「あなたはなぜ過去にやってきたんですか?」

 この人の目的が不透明なのだ。わざわざ過去を訪れたのには相応の理由があるに違いない。

「というか、どうやって過去に来たんですか?」

 そもそも時間移動が実現されているなんて……科学の力ってすごいや。

「よくぞ聞いてくれた。俺がどうやってこの時代まで来たかについて、だが……」

 未来の俺はズボンのポケットに手を入れて、

「タラララッタラー! タイムマシーン!」

 珍妙なSE音とともに取り出したモノは懐中時計だった。

「それがタイムマシーンの形なんですか」

「そうだ。コレを押した奴が未来や過去にタイムリープできる。ただし時間距離には制限があるんだ」

「へぇ」

 遠い過去や未来までは行けないらしい。それでも十分すぎるけど。

「そして俺が過去に来た一番の目的。それは――」

 と、ここで未来の俺に異変が起こる。


「――お前を殺すことだ」


 細めた目で俺を見据え、ズボンの後ろポケットから小型のナイフを取り出した。

「……は?」

 あまりにも非日常感溢れるシチュエーションに俺の頭脳は処理が追いつかない。

「………………」

「またまた~。ご冗談ですよね? 未来の俺が、過去の俺をサツガイする……?」

 それって殺人? それとも自殺? ちょいちょいブラックジョークを差し込んでこないでくれませんかね?

「茶番はここまで――ミッションスタート」

「まっ、待ってくださいよ!?」

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