1_ボランティアで救われるのは相手ではなく自分自身 ①

「ワッシャアァヒラメイターデゴワァーーーースゥァーーーーーーィッ!!」


 さすがは俺様! 今日も今日とて頭が冴えわたってるぜ!

「のっけからうるっさいなぁ。藪から棒になんだよ。ヒラメがいたって?」

 俺の使えない手駒一号、冴えない陰キャ短大二年生の新山が手で耳を覆っている。俺の美声がうるさいとは失敬な。間近から聞かせてやってるんだ。感謝こそされ、文句を言われる筋合いはないぞ。

 俺たちは邦改高校からほど近い公園にいる。

「というか、なんでまた僕たちまで召喚されたんですか? 何度も何度も大迷惑なんですけどいい加減察してくださいよ。納得のいく説明を求めます」

 手駒二号、中学三年生の高岩は珍しく早口でまくしたてたあと、はっとした様子でわざとらしく手で口を覆った。お前ら覆うの好きだな。

「あっ、邦改の頭脳では無理か。なんかすいません」

「ヲ前コレッポッチモ申シ訳ナイト思ッテネェダロ?」

 無礼な態度に心のこもってない謝罪。汚職発覚後の会見に臨む政治家以下だわ。

 大体よぉ、邦改以上にアホな高校はあるだろ。新山の母校の戸阿帆どあほ高校とかいう底辺高校がよ!

「いやいや、貴重な休日にこんな場所まで呼び出した平原さんが僕に申し訳ない気持ちを持ってくださいよ。ごめんなさいは?」

「アァーワリィワリィ! ワリィナァ世界!」

 当然本音では全く悪いとは思ってないんだぞ。だって俺はなんにも悪くないのだからな!

「これっぽっちも悪いとは思ってませんよね?」

 チッ、バレたか。あと俺の台詞をパクるんじゃないよ。

「フールルルロロゥ……」

「口笛へったくそですか。図星ですね」

 うーむ。俺はなにぶん嘘がけない素直でまっすぐなナイスガイらしい。

「俺には?」

「ナンデテメェニ謝罪シナキャナンネーンダヨ!?」

 新山にゃ申し訳ないと思ってないわなぶり殺すぞ。

「デ、本題ダ。コレカラヴォランテェーヤァヲ遂行すいこうスルゾ」

「ボランティア?」

 新山が「これまたなぜ?」と言いたげな表情を浮かべているので俺はスマートな解説を続ける。

「無償デ世ノタメ人ノタメニ汗水流シテ働ク。ソノ姿ヲ見タ国民ハ俺ノ内閣総理大臣就任ヲ快諾シテクレルデアロウ」

「国民とはスケールデカいですね。ただのいち高校生の分際で影響力があるとでも思ってるんですか? ボランティア活動程度で飛躍しすぎですよ。あと国民に総理大臣就任の選定権はありませんよ」

 平原内閣支持率は発足直後から高水準間違いなし! 俺ってばどこまでも天才だな。高岩の妄言はよく分からないから無視無視っと。

「もろ見返り求めてるじゃん。どこが無償なんだよ。やっぱりボランティアの意味を理解しないで使ってたか」

 おい新山、やっぱりってどういう意味だよ? 理由によっては即、死刑に処す!

「で、なんで僕までボランティアなんかしなきゃアカンのですか……ボランティアしたって、無償でほどこしを受けようなどと考える世の中ナメた輩を増やすだけですよ。そんな連中に僕は言いたいんですよ。甘えんなってね。甘い蜜は自力で手に入れろって話です」

 高岩は俺と違ってとことんこころざしの低い男だこと。ただのサイコパスだわ。一番世の中をナメ腐ってるのは他でもない貴様だろうが。

「ボランティアとか僕から一番遠い言葉なんですよ」

「ソノヴォランテェーヤァニ勤シムコトデ晴レテヲ前ハ人ノ心ヲ獲得デキルノダ」

 前々から高岩のサイコパスぶりはどうにかせんとと思っていたところ。今日の活動は改心にうってつけのイベントだ。身も心も清めてもらわないとな。

「心外ですね。既に人の心は持ち合わせてますよ。晴れどころか土砂降りですよ。名誉棄損で訴えますよ?」

「ホホウ。コノ俺ト裁判勝負トハイイ度胸シテンナ」

 俺様が何度警察署に連行されてると思ってる? そっち方面のコネクションは強力なんだぞ。特に裁判員制度ならば俺の右に出るものはなし!

 しかし今そこを深掘りする時ではない。近々きんきんでやるべきことがある。

「ソンナワケデサッソク公園ノゴミ拾イト参リマショウ!」

 ゴミを拾って周囲の人々の支持率も拾い上げ、公園をクリーンにして周囲の人々のハートもクリーンにしてやるのだ!

「道具がないけど? 特にポリ袋は必須でしょ」

「言ウト思ッタゼ。俺ニ妙案みょうあんガアル!」

 ポリ袋がないと収拾しゅうしゅうしたゴミが格納できないことくらい折り込み済だっつーの。その程度把握できずして次期内閣総理大臣が務まるものか!

妙案みょうあん……? 嫌な予感しかしないんだけど……」

 新山は眉根を寄せて俺を見る。醜いツラしやがってからにして。

「新山ガ物品一式ヲ実費デ購入スレバヨイノダ」

 おあつらえ向きに近場にはホームセンターもある。ここはプロのパシリにひとパシリしてもらうに限る。

「全くよくないんですけど? なんで俺が自腹切ってそんなことしなければいかんのか。しかもどこが妙案みょうあんだよ。誰でも考えつく普通の案じゃん」

 新山は小生意気にもあっさり首を縦に振らない。無理くりコイツの骨を折ってでも頷かせる方法もあるが、もっと効き目のある手法を発動するとしよう。

「仕方ナイ。ナラ葵ニ頼ンデ持ッテキテモラウカ……ソノママ一緒ニヴォランテェーヤァニモ参戦イタダクトスッカ」

「俺が買いに行きまぁーす」

 新山は即座にてのひらを返してホームセンターへと向かった。最初からそうしろや。

 奴は葵と犬猿けんえんの仲だ。というか葵の方がたいそう嫌悪している。葵は自身の周辺に度々危害を加えた戸阿帆高校関係者が死ぬほど大嫌いだからな。

 あと新山は葵以外の女からも嫌われている。異性が一切寄りつかないまるで磁石の極が同じかのようにな。

「僕も新山さんに着いていきます」

 高岩が新山に引っ付いていこうとする。が、

「高岩。ヲ前ハ俺トトモニゴミヲ一箇所ニカキ集メルジョブヲ任セル」

 たかだか物品の買い出しに二人もいらないんだよ。人員の無駄遣いだわ。それよりもゴミ拾いを優先しやがれ。

「なんでそんな残忍な指示が出せるんですか? 本当に人の子ですか?」

 俺の決定に対して高岩は全身全霊で拒否してきた。あと人の子って、サイコパスのお前こそ悪魔野郎だろうが。

「コノ俺ヲ至近距離デ眺メ、技術ヲ盗メル絶好ノチャンスダゾ」

「至近距離で見たいと思うほど見た目綺麗じゃないですし、平原さんのどこに技術なんかあるんですか? いっつも力業ちからわざと勢いだけじゃないですか。野球に例えるならストレートしか投げられないピッチャーですよ? しかも大して球速ないくせに超ノーコン」

 ふむ。高岩は俺に賞賛しょうさんしているのか文句垂れてるのか分かりかねる。

「ムシロストレート一本ダケデ抑エラレル投手コソガ真ノ一流デハナイカネ」

「それはあくまで野球の中でのお話ですし、誰も平原さんが抑えられてるとは一言も言ってません。人生では変化球というか臨機応変さが求められるんですよ。あと平原さんは一流じゃないです。三流……いや五流です」

 五流ってなんやねん。中坊のくせして偉そうに上から目線で説教垂れやがってからに。

「イイカラゴミヲ適当ニ集メテ固メルゾ」

「はぁ。固める……?」

「アアッ、風デゴミガ流サレル! 高岩ドウニカシロ!」

「自然の力には逆らえませんね」

 人様にはいともたやすく逆らう分際で何言ってやがんだ?

 ゴミをかき集めながら新山を待つことしばし。

「あっ、新山さんが戻ってきました」

「………………」

 奴は無言で戻ってきた。「お待たせ」の一言くらい言えや。

「実費とかさぁ……俺が汗水流して稼いだバイト代をどうしてくれる」

「ンナモンニ価値ハネェヨ。俺ノタメニ支出デキテ光栄ニ思ヘ」

「お前さぁ……」

「新山さんはどこでバイトしてるんですか?」

 俺を睨む新山に質問をぶつける高岩。

「倉庫。仕分けと出荷作業だよ」

「へぇ」

「由生も高校入ったらバイトしてみたら?」

「気が向いたらやってみます」

 って待て待て。今はボランティアの時間だぞ。バイトの話はあとにしろや。

「オイオイ、口バッカ達者デモショウガナイダロ。身体ヲ動カセ。成果ヲ出セ。誠意ヲ見セロ。誠意ハ言葉デハナク結果ヨ! セカセカ働ケ!」

 燃費が悪い二人に喝を入れる意味で言ったんだが、二人は不服そうなツラを作りやがった。

「時給も出ないのに注文が多いな……」

「偉そうにのたまうなら相応の対価を用意してくれないとですよね」

 ふむ。偉そうというか実際に偉いんだが、確かに対価は必要だな。飴とムチ的な意味でな。

「対価トシテコノ俺様ト行動ヲトモニデキル許可ヲクレテヤル!」

「誰も許可してくれなんて頼んでないんだよなぁ」

「むしろ罰ゲームでしかありませんよ」

 二人はお互いの顔を見合わせてうんうん頷いている。目の前のGODの悪口で盛り上がるとはどもめ。お前らには道徳の授業が必要だな。もちろん講師は俺。

「今年就活なのに……」

「今年受験なのに……」

 二人は顔を見合わせる。

「「はぁ……」」

 おいおい、訳分からんところでハモるんじゃないよ。きっしょいな。

「シケタツラスンジャネーヨ。士気ガ下ガルダロ」

「誰が下げてると思って――」

「やめましょう。馬の耳に念仏です」

 俺に食ってかかる新山を高岩が制止した。おっ、お前中坊のくせに大人の対応じゃないの。少しだけ評価してやる。光栄に思え。

「ウッシャ! デハゴミ拾イ本番スタートダゼ!」

 こうして俺たちのボランティア活動がはじまった。

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