1_ボランティアで救われるのは相手ではなく自分自身 ②

「マタゴミヲ拾ッタゼィ!!」

 ゴミを拾うこと一時間ほど。俺はポリ袋を三つ満タンにしてやった。成果がこうして目に見えるっていいよな。自分の頑張りが可視化されるとやりがいがあるぜ。

「いちいち大声でアピールしなくていいから」

 新山がうんざりした口調と顔で難癖なんくせをつけてきやがる。俺がアピールするたび公園にいる民衆が俺を見てくるんだ。これ以上のアピールはないだろバカチンが。

「ゴミハドコジャイゴミハドコジャイ――――オヨ?」

 ゴミを探して視線を泳がせていると、前方のベンチに一人腰掛けているアホ面を発見。あれは、間違いない。

「永田大地ェ!! シケタツラシテベンチニケツ置イテンジャネーゾ!」

 俺のイケボに反応した永田大地はゆっくりとこちらに振り向く。ばっちり目が合った。

「うげっ……圭」

 人の顔見て真顔でうげとか言うんじゃないよ無礼者め。

「俺様ガ今ナニヲシテルカ分カルナ!?」

 永田大地は俺が持つ道具を眺めてから俺に視線を戻す。

「唐突になんだ……さしずめ、まーた悪さして先生からペナルティでも課せられたか」

「ハッ!? オイボケ優等生ノ俺ガペナルティ受ケルワッキャネーダロバーカブサイクガァ!」

 素行不良が嫌々みそぎいそしんでるみたいな言い方やめろや。

「違ったか? 悪質なミスコン活動が原因で二日間自宅謹慎になったバカはどこのどいつだよ」

「ハテ。知ランナ」

 アタシだよって言ってほしいんだろうがそうは問屋とんやおろさないぞ。

「あと優等生は人に向かってバカやらブサイクとは叫ばないだろ」

「効イテル効イテル」

 俺様の完璧な理論を前にして永田大地は反論できずに困っている。

「いや……まぁもうそれでいいけど」

 俺に論破された永田大地はそれ以上俺に歯向かうのを諦めた。賢明な判断なり。

「俺様タチハ今ァ! ヴォランテェーヤァニ励ンデオルノダ!」

 休日にぼーっとベンチに座ってるだけの陰キャ野郎と違って我々は崇高すうこうな活動に貴重な青春の時を注いでいるのだ!

「ボランティアのイントネーションが独特だな」

 俺の崇高すうこうな取り組みを耳にした永田大地の心中はさぞかし穏やかじゃないだろうな。焦れ焦れ。慌てろ。

「俺たちがツッコミを避けた部分にあっさり切り込む姿勢……すごいな」

「さすがは邦改の戦闘要員ですね」

 二人がおかしなところで感心している。おい、貴様らは俺の捨て駒なんだぞ。味方を間違えんじゃないよ。

「あの、俺は別に戦闘要員じゃないので」

 永田大地はげんなりした表情で高岩の発言を否定した。そんなわざわざ訂正すべき話題か? 身長と一緒でちっせぇヤツ。

「お前、ボランティアなんてキャラじゃないだろ。大方公園にいる人たちに慈善じぜん活動をアピールしたいんだろうけど、お前が積み重ねてきたマイナス評価はその程度じゃ全然覆せないぞ」

「ハ? マイナスドコロカプラス高止マリダワ! インフィニティシテンダワ!」

 はて、マイナス?? コイツは一体どこの世界線の話をしてるんだか。

「いいや、現実を見な。お前の力で世界から犯罪や戦争を撲滅ぼくめつするくらいしないと借金は返せないぞ」

「ソノ程度カ……フッ」

 いずれは余裕で実現するノルマじゃねーか。大したことない。

「その程度って……秘策でもあるのかよ」

「驚イテ聞ケ――――頑張ルノダ!!」

「……お前にいてみた俺がバカだったわ」

「ヨウヤット気ヅキオッタ。ヲ前ハクソヴァカナンダヨ」

 この俺の足下にも及ばぬ下等生物が俺をコケにするのがそもそもの間違い! 少しは自分のバカさ加減を猛省しやがれ。

「お前には負けるよ」

「ホオォン!? 俺ガバカカノヨウナ主張ハ無視デキンナ!」

「ようなじゃなくて馬鹿だと言ってるんだが? いつになったら気づくんだよ。さっさと認めて楽になっちまえよ」

「ウキーーーーッ!! 永田大地ィ!! ヲ前袋ニサレタイヨウダナ!!」

「猿が猿真似したってそれ真似事じゃないぞ。猿そのものなんだぞ」

「アァン!? 新人類ニ向カッテ無礼ナリ!!」

「新人類がコレとか滅亡は間近だな」

 俺は永田大地の顔に自分の顔を近づける。向こうもヒートアップしている。

「二人とも、どうどう」

「人目の多い公園で喧嘩しないでくださいよ」

 二人の言葉で我に返る。いつの間にやら公園にいるギャラリーが俺たちに視線を向けていた。

「ハハッ、以上、演劇ノリハーサルデシタ!」

「はぁ? 今更慌てて取りつくろってんじゃねえよ」

「ヲ前ウルサイゾ! 口裏ヲ合ワセヤガレ!」

「なんでお前の指図を受けなきゃならないんだよ」

 永田大地は俺の指示に聞く耳を持たない。狂犬野郎はこれだから厄介なんだよ。

「ヲ前ハ俺ヨリ格下ノヴァカダカラジャボーケ!」

 永田大地の胸倉を掴んで抗議する。

「……おい、その汚い手を離せ」

「嫌ダト言ッチャオッカナァ?」

 あと誰の手が汚いんだよ。俺の手は二流アイドルよりも綺麗なんだぞ。

「放せっつってんだろ! お前いい加減にしろよ!」

 永田大地が柄にもなく怒鳴ったものだから、たみぐさどもが険しい表情で何事かと俺たちの様子を見守っている。

「……ト、ココマデ演劇ノ練習デシタァ!」

 さすがにまずい状況だと感じた俺は慌ててその場から戦略的撤退する。

「あっ、待てよ!」

「なんなんですかもう……」

 手駒二人は緩慢かんまんな動きで俺を追いかけてくる。


「ッタク、余計ナ邪魔ガ入ッタガ本来ノ作業ニ戻ルゾ」

「邪魔って、お前から絡んでなかった?」

 というわけでゴミ拾い再開。

「見ると意外とゴミ多いな、この公園」

「ヲ前コソガ最大ノ粗大ゴミダガナ」

「しょせん日本なんてこんなもんですよ」

「ヲ前等愛国精神ハナイノカネ? オ国ノタメニトイウ気概きがいヲ持テ!」

「祖国のために命を差し出すほどの愛国精神はないなぁ……」

 ゴミ拾いだけではなく、簡単な掃除もする。

「……フゥ。綺麗ニナッタナ」

 公園は広いため全域を掃除するのは不可能だが、一部分を綺麗にするだけでも晴れ晴れとした気持ちになる――――ピチャッ。

 ……俺たちの眼前に一つの白い雨が降り注いだ。


「……ハーーーーーーッ!! ハトーーーーーーッ!!」


 せっかく俺らが綺麗にしたアスファルトにハトのフンがマーキングされた!

「あーあー。せっかく掃除したのに即汚されちゃったな」

「アンノハトォーーーーッ!! 鳩サブレニシテ食ッテヤル!!」

「あっ、おい平原!?」

「ハトで鳩サブレは作れませんよー」

 俺は何やら叫んでる二人を無視して、羽ばたくハトを全力疾走で追いかける。地の果てまで追い回してやるよ。

 猛追もうついする俺に気づいたハトが必死に逃げているが、ここは根競べよ。どっちのスタミナとバイタリティが上か、次期日本のおさの座をかけて勝負だ!

「ギャラリーノハートダケデナク、ハトノハートモ射止メテ息ノ根止メタル!! ハトムギゲンマンツキミソウウウウオオオオォッ!!」

 お前を冥界めいかいまで送り届けてやるよ!

「ナーニ、安心シロ。極力痛ミハ少ナクシテヤッカラヨ!」

 急所を一撃で決めて昇天させてやる。俺からのせめてものお情けだ。特別だぞ?

「鳩サブレェエェーーーーーーーーィ!!」

 俺は手早くその場で小石を握ってハトに向かって投げる。

「チィッ、チョロチョロト小賢こざかシイハトメ!」

 ハトは器用に避けながら飛び続ける。

 ふっ、そうか。ならばこっちも小石を連射するまでよ!

「イツマデカワセルカナ?」

 次なる小石をハトに向かって投げようとした、その瞬間。


「君! やめなさい!」


「ナ、ナンダ!?」

 いきなり出現した警察官二人が小生意気にもこの俺の歩みを急制止してきやがった。

「ッテ、アッアァァーーーーッ! 獲物ヲ逃ガシチマッタジャネーカ!」

 こいつらに意識を逸らされてる間にハトは遠くの空へと羽ばたいてしまった。

 おい貴様らこの責任どう取ってくれるんだあぁん!? 俺は民事ではなく刑事責任を問うてやるからな! 覚悟しとけこのポンコツ県警め!

「動物虐待は立派な犯罪だぞ。もっとも、君は知らないようだが」

「イヤァ僕ハハトポッポト鬼ゴッコデ遊ンデタダケダゾ?」

 虐待が犯罪ってことくらい俺も知っとるわ。俺がやってたのは決して虐待ではないんだわ。

「そうは見えなかったが? 獲物とか言ってたよね?」

「それに君の右手にある石はなんだ?」

「ハッ!? 司法ノ乱用ハ許サンゾ! 三権分立ヲ徹底セヨ!!」

 強大なバックボーンを盾にして事実を捻じ曲げて冤罪に陥れようとする。これが現代の司法だってのか!? 気に入らない存在は無実の罪でしょっぴくってのか!? 司法ってのは悪をくじき、真面目な国民を守るためにあるんじゃないのか!?

「司法とか三権分立とか意味分かってて使ってる?」

「アッタボウヨ!!」

 分かってるに決まってるだろうが! まるで俺がそれっぽい言葉を並べ立ててるだけみたいにほざきやがって!

「あっそう。僕も気が進まないけど署で詳しいお話を聞かせてもらいましょうか?」

 警察官は細めた目で俺をジッと見据えてくる。

「拒否権ヲ発動スル!」

 俺はボランティア活動で忙しいんだよ。サツどもにたるい説明をする無駄な時間なんてない。どう見ても俺は暇に見えないだろうが。

「君、身分証明書ある?」

「……ッタクヨォ」

 俺が渋々学生証を提示すると、

「……君があの平原圭君か」

 警察官どもは学生証と俺を見比べて腑抜けた表情になった。

「ホホォン。ヲ前等モ俺ノ追ッカケダッタカ。ダガサインハアゲナイヨ?」

 思ってた以上に俺の知名度は高いらしいな。いいことだ。知名度が高いほど俺の行動一つ一つが話題になりやすい。つまり、内閣総理大臣へのゴールが近づくということ!

「なぜそうなる……署でも有名だぞ。将来のテロリスト候補がこの近辺に住んでいると。名を平原圭と呼ぶってね」

「誰ガテロリストカ!? 我コソガ将来ノ日本ヲ支エル千年ニ一度ノ逸材ナリ!」

「衰退させる、の間違いじゃないか?」

 公僕こうぼくの分際で次期内閣総理大臣に向かってなにを申すか! 俺様が一国の総理大臣になったあかつきには貴様を辺鄙へんぴな交番に左遷させんしてやるからな!

「ヲ前等生意気ダナァ! 説教シテヤルカラ署マデツラ貸セヤ!!」

「まさか連行対象から署まで来いと言われる日が来るとは……」

「これが悪名高い平原圭か……恐ろしいな……」

 警察官どもはお互いに顔を見合わせて茫然ぼうぜんとしているが、

「早クシテクレヨ! 俺ニハ時間ガナインダ! サッサトパトカーに乗セロヨ!」

 俺には無駄な時間など一秒たりともないんだよ。

 ったく、このバカどもに俺の偉大さを情熱的教育で分からせてやる。あぁ分からせてやりますとも!


    ♪


「平原の奴どこ行ったんだよ」

「見つかりませんね」

「ったく――おや、奴からチャットが来た」


ゴッドスター:『これから警察署でサツに説教かましてくるわ』


「なぜ警察署に行く流れに……? 普通に生活してたらありえなくね?」

「普通じゃないのが平原さんの個性ですからね」

「だな。帰るか……」

「ですね。ひたすらダルかったです」

「明日は今日の分も休むぞー」

「家で一日中ゲームしようと思います」

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