3_観客の声援よりも年俸が選手の力になる場合が多い ③

「ったく本当なら一アウトランナーなしだったのにさぁ」

「引ッ張ルナラ足ジャナクテ先制点ニシロッテンダ」

 二人は先ほどのプレーが相当頭にきているのか、未だにグチグチ言い続けている。

 そんな中でも試合は続き――――ついに。


 パキィーーン!


「おおおい!? 行ったんじゃないか!?」

「入ッチマウゾ? 入ッテマウゾ!?」

 次の打者が放った打球は綺麗な放物線を描き――――レフトスタンドへと吸い込まれた。

「ツーランホームランで二失点……絶対さっきのエラーで流れが変わったやつだよな」

「野手ノエラーハ投手ノメンタルニ響クカラナァ。俺ガ投ゲテレバ一球デ三アウトチェンジダッタノニヨォ」

「寝言は寝て言えや」

 その後はかろうじて三振凡退凡退に抑え、裏の攻撃に入った。

 だが、先頭打者は初球で凡退して瞬時に一アウトになってしまう。

「おいおいおい、プロならいい加減単打くらい打てや!」

「ソノ成績デ給料モラウツモリカ? 良イ車走ラセテ女侍ラセル気カ? ソレヨリモ徹夜デ居残リ練習シロヤ!!」

「特守しろ!!」

「特打シロ!!」

「次の回、危険球投げちまえ!!」

「ソウダ、頭行ッタレ!!」

 ガーガー言ってるうちに、次のバッターは相手エースの前に三球三振に倒れてしまった。

「三球三振かよー。最低限粘るくらいしろや!」

「当タラナイナラソノバットハタダノオ飾リダゾ!! モウ戦力外ダ! 野球ヤメチマエ!!」

「今すぐ荷物まとめて出ていけ!!」

「金返セクソガ!!」

 再度二人のヤジ、もとい罵声がヒートアップしはじめた。

 その時。


「あのさぁ、ヤジやめてくれないかな! アンタらさっきからマナーなってねえよ!」


 新山の前の座席に座っている五十代くらいの中年男性ファンが後ろを振り向いて一喝した。

「サ、サーセンシタァ」

「すみません、ふざけすぎました」

 褐色の肌にスキンヘッド、でこに光沢のあるサングラスを乗せた精悍せいかんな顔立ちの男性に、圭と新山は顔色を赤から青へと変化させて頭を下げるが、

「そんなの分かってんだよ!! 周りが気分悪くなってること分かんねぇの? アンタらのように、野球はヤジのスポーツって考えてる輩がいるから球場の民度が下がるんだよ!」

 エキサイトした中年ファンは圭と新山に説教をかます。

「いや、あれは活躍してほしいがゆえの激励、いわば愛のムチでして……」

「ファンダカラコソ、ツイ熱クナッチマウモンダロ?」

「クソ野郎は大体そうやって、自分に都合が良いように御託を並べるんだよな!」

「えぇ……由生からもフォローしてくれ!」

 新山は高岩の方を向いて救いの手を求めるが、

「あなた方は誰ですか?」

 まるで初対面であるかのような態度を示されたのだった。

「さっきから何回も喋ったべ!?」

「自分ダケ安全圏ニエスケープスル気カ!? 和ノ心ハドコヘ置イテキタ!?」

「勝手に知り合いにしないでくださいよ。はっきり言って迷惑です。しかも和の心ってなんですか? 使い方間違ってません?」

 高岩はいけしゃあしゃあと知らないフリをして二人を切り捨てた。

「ヤジだけに飽き足らず関係ない観客まで巻き込むとは、お前ら最低のクズだな!!」

 言い訳に続いて赤の他人をも巻き添えにしようとする姿勢に、中年ファンはこめかみに血管を浮かせて怒鳴り散らした。

「いやいや、マジの知人ですから!」

「平原軍団ノ一員ダゾ!」

「その軍団は解体したんじゃなかったのか?」

「というか、勝手に構成員に含めないでくださいよ」

 中年ファンは平原軍団のくだりをスルーして、圭と新山を睨み続ける。

「これ以上下らない暴言を放ったら、警備員に突き出してやるからな! 分かったか角刈り眼鏡にニキビ面!」

「マァッタ警備員トカサツトカ! 偉ソウニホザクナラ、自分ノ手デ解決シテミセロヤハゲジジイ!」

「そもそも、今の発言も俺たちへの暴言だよな? ブーメランだよな? 選手への罵声はダメなのに、俺たちへの暴言はOKなの? それは横暴じゃね?」

「こ、このクソガキどもがぁ……っ!」

 中年ファンは圭と新山の胸倉をそれぞれ片手で掴んで睨みを利かせる。

「ちょっ、暴力では何も解決しませんよ!」

「上等ジャオッサン!! ソノハゲ頭カチ割ッタラァ!!」

 怯える新山の横で、圭は中年ファンの頭部を両手で掴むと、そのままプレスするように圧迫する。

「いてててっ、この野郎――――!」


『警備員さん、こっちです!』

 中年ファンがやり返そうとしたタイミングで、他の観客が召喚した警備員が姿を見せた。


「はいはい、喧嘩はやめてください!」

 警備員は渦中の三人の間に入って仲裁する。

「だってコイツらがよぉ!」

 中年オヤジは二人から手を放してあたふたと事の顛末を警備員に説明しはじめる。

「スッキャアリィィィィィ!!」

「ぎゃあああいててててェーーッ!」

「ヲ前ノ腐ッタ脳ミソ絞リ取ッテ、残サズ全部食ベタル!!」

 中年ファンの意識が警備員に向いている隙に、圭はプレス攻撃を再開させた。

「君、無抵抗の相手に攻撃を続けるのはやめなさい!」

 そんな圭を警備員が制する。

「隙ヲ作ルハ戦イノ場デハタブーヨ! ソンナコトデハ大国日本ハ世界大戦デ外国ニハ勝テナイ!」

「世界大戦……? 今は二十一世紀なんだけど……」

 圭の言い分に、警備員は唖然あぜんとした表情でツッコミを入れたが、すぐに引き締まった顔に戻り、トランシーバーを取り出した。

「詳しくは事務所で聞きますので、お三方とも来てもらっていいですか? ――――あー、警備係三名ほど、支援お願いします」

「俺もかよ!? ヤジを注意しただけだぞ!」

「俺たちに暴言吐いてましたよ。同罪でしょ」

 新山の言葉にも耳を貸さず、納得がいかない中年ファンは終始ゴネていた。

 その後、三人仲良く(?)警備員に連行されたのだった。

 高岩だけがその場に残され、観戦を再開する。


「ま、これも若さが織り成す青春って言ったところですかね。――あとで喫煙所行こ」


 一際心地良い風がスタジアム一帯に涼をもたらした。

 結局、試合は0―2で贔屓ひいき球団の敗戦で幕を閉じたのだった。


    ♪


「インターハイが近いのにサボりとは感心しないな。で、昨日休んだ言い訳を聞こうか」

「ウス。昨日ハ終日身体中ガ痙攣けいれんシテテヨォ。イイ運動ニナッタゼ」


 翌日。

 部活動の準備をしに部室に辿りつくや否や、陸上部部長に絡まれてしまった。

「丸一日痙攣けいれんするって明らかに非常事態だよね? 親御さんは何してたの? お前、まさかネグレクトされてるのか? 児童相談所虐待対応ダイヤルに電話したか?」

「俺ノ親ヲディスルノハヨセ! 毎日愛情イッパイ受ケテココマデスクスク育ットルワ!!」

「だったら終日痙攣けいれんなんて起こりうるはずがないんだが?」

「マ、細ケェコタァイイジャネーノ。ネチッコイカラヲ前ニハ彼女ガイネーンダヨ」

 圭は陸上部部長の肩に手を回してハハッと微笑んだ。

「俺、彼女いるんだけど、まさか俺の願望が作り出した幻なの?」

「ヨシ。インターハイニ向ケテヒタ走ルカ」

「待て。今回もペナルティを用意している」

 何事もなかったかのように通常営業をはじめようとする圭を、部長は引き留めた。

「暇人カヨ。ンナモン用意スル時間ヲ練習ニ充テロヤ。コノ時期ノサボリハ感心シナイゼ」

「お前が言うな。グラウンド百週と――――」

「ナンダヨ、前ト同ジジャネーカ。ソレナラ前回モ乗リ切ッタシ、ベリーイージーヨ」

「グラウンド全体の掃除だ」

「オウオウッ!? ソリャ一年ノ仕事ダロ!? 先輩兼エースノ俺ニヤレト!? 俺ノプライドヲズタズタニ切リ裂イテ楽シイカ!? アンタサディストダワ!」

「お前のプライドは厄介だ。多少は破壊してやらなきゃお前の将来に響くと思ったんだ」

「絶対、ヤラネェ!! ソノヨウナパワハラニ従ッタラ昭和時代ノスポ根ニ逆戻リダワ! 断ジテ認メン! 部長権限ヲ悪用シタ横暴ヲ野放シニハデキン!!」


 その後、圭は通常練習に加えてグラウンド百週、ならびに掃除をハツラツと実施した。

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