3_観客の声援よりも年俸が選手の力になる場合が多い ②

 パキィイ!

『ファウルボールにご注意ください』


「こっちに飛んできてね!?」

「ライナーだから危ないですよ!」

 こちらに向かって飛んでくるボールに二人は身構えるが、

「アノタマタマ握ッタル!!」

 圭はボールの落下地点を予測し、床を蹴った。

「硬クテデッケェタマタマ握ッタリィーーーーーーッ!!」

 しかし。

 ボールは圭がスタンバイした位置から十メートルほど離れたところに鈍い音を立てて着弾した。

「クソヴォールメ! 俺カラ逃ゲヤガッタナ!」

「いやいや、目測誤って見当違いの場所で待っててもそらキャッチできないわ」

「そもそも、硬球を素手で触ったら危ないですよ。最悪骨がバキッです」

 圭が憤慨ふんがいした顔で自席にどかっと座ると、二人は呆れた顔で苦言をていした。

 そんな三人の様子を他の観客たちが嘲笑ちょうしょうしながら見つめていた。

「チョット観戦シテルダケデ一躍時ノ人トハ、神ノセル業ダナ」

 視線に気がついた圭はまんざらでもなさそうに鼻をほじり、鼻の穴から発掘した鼻くその臭いを堪能した。

「悪目立ちって言葉知ってます? 僕を巻き込むのだけは勘弁してくださいね」

「――お? あの売り子さん、がわええのお~」

 通路を歩くビール売り子の女性を見て、新山は鼻の下を伸ばしてデレついた。相当タイプの女性だったらしい。

「スケベジジイですか。モテない男の末路ですね」

「健全な若い男なら普通の反応だと思うぞ」

 新山の私見には若干の審議が必要に思えたが、高岩はそれ以上の返しをやめた。

「ウーム、ヤハリ重婚ガ許サレル世ニ代エネバナラヌヨウダナ」

「変えるべきはお前のイカれた思考回路だよ」

 唐突に会話に入ってきた圭の不意打ちに、新山の心はすさんだ。

「ビール買えば話せるかもですよ」

 ここで、高岩が新山に売り子とお近づきになる希望を見出す提案をした。

「いやいや、一応俺もまだ未成年だからビールはNGだよ」

「ほぼ成人だし、別にいいじゃありませんか」

 何か問題でも? と言いたげに高岩は首を傾げる。

「悪い理由しかないんだけど……」

「新山さん本当に戸阿帆卒ですか? 戸阿帆にあるまじきクソ真面目発言なんですけど」

「さすがに法律は守らないと」

「そんなお偉いさん方が勝手に押しつけたルール、破ってナンボっしょ」

「その考えを恥じる日がいつか来る」

「汚職ニマミレタ日本デ正義ヲ貫クノハ容易デハナイ」

「突然割り込んできたかと思ったら、やっぱり意図が一切分からない発言でしたね」

 圭の乱入により、話の腰が見事に折れてしまったようで、

「それはともかく、一服したくなった。たしなむか」

 新山はショルダーバッグをゴソゴソ漁ってタバコサイズの箱を取り出した。

「おっ、新山さんもワルですねぇ~」

 新山のワイルドな行動に高岩は目を輝かせたが、

「……それ、駄菓子ですよね? やはり新山さんは新山さんでしたか」

 箱のデザインを視界に捉えるや否や、落胆の表情に変えた。

「カァ~ッ! 未成年ガ球場デ飲ムビールハウメェナ!」

 一方、圭は麦茶を豪快に飲んで一息ついている。

「未成年が座席でたしなむタバコも味わい深いぞ」

 新山はシガレットで一服ポーズを決めたあと、シガレットをガリガリと音を立てて食べはじめた。

「この人たち、ただワルぶりたいだけだ……ここまでダッサイオラつき方、そうそうお目にかかれないぞ」

 高岩は口をあんぐりと開けて、それでも二人が晒す醜態をガン見し続けたのだった。


 試合も中盤となり、チアリーダーのダンスが披露される。

「良い動きだなぁ」

 新山がチアたちの軽快な動きに感嘆かんたんの声を上げた。

 チアリーダーの顔を一人一人双眼鏡で確認した圭は、

「フームムムム。ヤハリ一夫多妻制ニスルタメ内閣総理大臣ニナルノハ急務ダナ」

 顎に手を当てて、内閣総理大臣になるべく努力を続ける覚悟を今一度心に誓った。

「総理大臣……?? 平原さん、まさか麦茶で酔っぱらったんですか? 特異体質ですね」

「高岩ヨ。青臭イガキニハ分カランダロウガ、何事ニモ大イナル野心ヲ抱クコトガ大切ナノダ。

ソノ想イガ男ヲ雄ヘト変貌サセル」

「すみません。一ミリも理解できませんでした」

「カァーーッ! 近頃ノ若ェモンハヨォ! ロマンノ欠片モネーナァ」

「サーセン」

「ッタク――ゲホッ、ゴホッ、オブエェェーーッ!!」

 圭は空を仰いで嘆いた後、再び麦茶を乱暴に口に含んで、むせた。

「また凡退……なんだよそれ! いくらなんでも打てなさすぎだろ!」

 試合中盤になってもヒット一本すら出ない贔屓ひいき球団打線に苛立ちを募らせた新山が、凡打に倒れたバッターに対して文句を言い放った。

「俺ガ出場シタ方ガイイ試合ニナッタナ。高イ年俸ヲモラッテルナラソレニ見合ッタ仕事シロヤ、給料泥棒ドモメ!」

 新山に続いて圭も選手にヤジを飛ばしはじめた。

「一緒にいるだけで恥ずかしい……」

 そんな品行下劣な二人を横目に、高岩は苦笑いすることで精一杯のようで。

 とここで、またもや。


 カーン!

『ファウルボールにご注意ください』


 再びファウルボールが三人の方へと飛んできた。

 先ほどとは違い、今回は圭のところに吸い寄せられるようにボールが向かってくる。


「今度コソ、ソノタマタマ掴ミ取ッテニギニギコネクリ回シタル!!」


 圭は意気揚々と腕を伸ばし、ボールに触れる。

 が、しかし。


「イテッ! ――――アアッ!? 守備職人ノ俺トシタコトガ、失策カマシチマッタ!!」

 ボールを手中しゅちゅうに収めることができず、弾かれたボールは後方の観客席まで飛んでいってしまった。


「守備職人どころか、実際に野球やったことある?」

 新山は圭の所作から自称守備職人に対しての疑念を抱いた。

「ウルセウルッセグラッセ美味! 失敗シナイ人間ハオラン!」

「でもまぁよく怪我しなかったな」

「クソッ、アノチキンボールメェ、コノ俺カラ恐レヲナシテ逃ゲヤガッタナ。男ラシクネェナァ!」

「白球に命宿ってるわけ??」

「ボールが逃げたんじゃなくて、平原さんが取り逃がしただけですよね」

 幸いにも、圭にはボールを弾いた際に感じた痛みの他に外傷はなかった。

 ただ、その様子を見ていたカップルが失笑を漏らしていたことに三人とも気がついた。

「イチャイチャ……あいつらにとって試合はどうでもよくて、狭い座席で密着してイチャつける場所が欲しいだけなんだろうな」

 新山はカップルがこちらから視線を外してイチャイチャしはじめてもなお、相手を見続けて怨嗟えんさの思いを口にした。

「ヲ前ハソンナ考エダカラ女ガ寄リツカネェンダヨ」

「平原は彼女と観戦したいとは思わないのか?」

「モチ思ウゥ!!」

「思うんかい」

「趣味が合う女の子と共通の趣味で遊ぶと盛り上がりそうですね」

「由生は盛り上がったことはないのか?」

「僕は全て相手に委ねてましたからね。けれど相手が勧めてくるモノはどれもつまらなくて。ドラマとか、ドブネズミの国とか、スイーツ天国とか」

「受け身なのか単なる怠慢なのか……なぜ相手任せのくせに偉そうに批判できるんだよ……」

「ま、それでも僕に言い寄る女はいますから? 異性に困ったことはないですね」

「そ、そうか」

 持ち前の傲慢さを少しも隠そうとしない高岩だが、それでも女が寄ってくるのはひとえに俳優似のルックスにあるんだなぁとしみじみ思う新山であった。

「俺様ハ!! 近々内閣総理大臣ニナッテ左右ニ女ヲ侍ラセテ観戦スル!」

「いやお前には聞いてないし……」

「ナンダト!? 貴様ヲ政治的ニ消スモ容易イノダゾ!」

「平原が総理大臣になれる可能性が消去法ですらゼロだから心配してない」

「新山ノ分際デ上カラ目線ダナ!! 年上気取リカ!!」

「実際に年上ですけど?」

「二人とも精神年齢は小学校低学年ですけどね」

 ぎゃあぎゃあ言い合っていても試合はそれが済むまで待ってはくれない。

 試合は凡打三振の連続で淡々と展開されてゆく。


「ラッキーセブンでもラッキーは起こらなかったな」

 そんなこんなでお互いに一点も奪えないまま、試合は終盤の八回表に突入。相手球団の攻撃である。

「ああっ、失投!」

 新山の言う通り、贔屓ひいき球団投手はど真ん中への抜け球を投げてしまう。


 カァン!

 相手選手が打った打球は遊撃手ショート正面のゴロだ。


「よっしゃ! 打ち損じ! ラッキーキタコレ」

 新山は両手を挙げて喜ぶ。

 が、遊撃手ショートはイージーゴロをグラブで弾き、ボールは斜め後方に転がっていった。

「うそーん!? なにやってんだショートォ! それでもプロかぁ!!」

 本来ならばアウトに取れた打球のはずだったが、遊撃手ショートのエラーにより相手選手を出塁させてしまったことに対して、新山は激高して叫んだ。

「ヲ前コノ試合ガ終ワッタラ自ラ二軍行キヲ志願シロ! 二軍ニドップリ浸カットケ産廃ガァ!!」

 圭も選手にヤジ、というよりも暴言を喚き散らす。

「この人たち、周りからの白い目は気にならないんですかね……?」

 周囲の観客からものすごい形相ぎょうそうで睨まれていることに気がつかないヤジコンビに、高岩は顔を引きつらせて小声でごちる。

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