3_観客の声援よりも年俸が選手の力になる場合が多い ①

 無限に広がる夏の青空。

 灼熱の太陽が猛威を振るう七月下旬。

 圭はプロ野球を観戦しにスタジアムへと赴いていた。


「まさか、平原さんもいたとは……」

「高岩ヨ、コノ奇跡ニ感謝シタマエヴェイベェー!」

「むしろ、神のおイタに抗議したいです」


    ♪♪♪


 時は試合開始時間前までさかのぼる――――

「スタジアムに着いたぜ!」

「今日の試合、勝てますかね?」

「エース対決だから打線次第かな」

 新山と高岩はスタジアム前まで来ていた。

「僕、今年は初観戦です。新山さん、チケット取ってもらいありがとうございました」

「俺も一緒に観に行ける相手がいて嬉しいよ。今まで一緒に行く相手がいなくて現地に来れなかったからな。一人で行く勇気もないし」

「新山さん……切ないこと言わないでくださいよ」

 青空を眺めて遠い目をする新山を、高岩は心の底から哀れんだ。

「席種は内野席でしたっけ?」

「うん。外野席はなかなか取れないからね」

 新山はショルダーバッグからチケットを取り出して高岩に手渡す。

「僕的にはのんびり観たいので、内野席は好都合です」

「それはよかった」

 二人は入場ゲートをくぐると早速座席へと向かう――前に、足を運ぶところがあった。

「やっぱ球場に来たら球場飯っしょ」

「由生のお好みの代物があるのか?」

「女ですね」

「それ前にも聞いたわ」

「冗談です。焼売しゅうまい弁当ですね」

「いいね。そんな俺は贅沢餃子詰め合わせだ」

「ただでさえ臭うのに、更にパワーアップさせてナニ企んでるんですか?」

「ナニも企んじゃいないし、臭うとかヘコむからやめちくり」

「なら悔い改めてくださいよ」

「毎日風呂入って洗顔歯磨きしてるのに、これ以上どうしろと?」

「手術するしかないでしょうね」

「そんなスケールの話なの!?」

 がやがや言い合いつつもお互いの求める球場飯を買い、チケットに印字されている座席へと辿り着くと。


「「――――あ」」


    ♪


 そして今に至る。


「諸君!! 清々シイ青空ト熱気ダナ!!」


 隣の座席に座っていたのは、二人にとって奇妙な縁で結ばれた人生戦闘角刈り眼鏡男だった。

 彼は二人を認識した瞬間に挨拶するが、その声の大きさに驚いた周囲の観客が一斉に圭の方へと振り向いた。

「ひ、平原さん……」

「嘘だろお前……行く先々に出現する嫌がらせはいい加減やめてくれ。ハウス!」

「ハァ!? 貴様ガ帰レヤ。空気ガよどンジマウダロ」

「マジで拾う神はいないのか」

 神は神でも、疫病神はお呼びでないと心中でぼやく新山だった。

「ヨホド袋ニサレタイヨウダナ! ソノ意気ヤヨシ!」

「おいおい不特定多数がいる球場で派手にドンパチやったら、間違いなくSNSに晒されるぞ。あと警備員につまみ出される」

「チッ、警備員ノアンチャンドモハ面倒ダモンナ」

 圭は土足で座席の上に立って臨戦態勢に入るも、新山に制されて渋々といった感じで座席から飛び降りた。

「神聖なる球場の座席を土足で踏むとか、マナー違反だぞ」

「ウッセタコ助! 戸阿帆卒ニマナー云々語ラレタクナドナインジャイ! ソモソモヨォ、選手ガグラウンドデ唾吐イテンダゼ? 神聖ドコロカ汚物処理場ダワ」

「さすがに選手に失礼でしょ」

 圭の選手に対してリスペクトゼロのあんまりな物言いに、新山も反論せずにはいられない。

「俺ヘノ冒涜ノガ無礼千万ダロ!! コノバカッタレノクソマミレ野郎ガ!!」

 野球ではなく醜い口論で試合開始してヒートアップする二人を、周囲の観客は眉をひそめて睨んでいた。

「平原さんは一人で来てるんですね」

 荒ぶる圭に一呼吸置かせようと、高岩が質問を投げかける。

「アタボウヨ。俺様ハ孤高ノナイスガイダカラヨ」

「この前平原軍団を作って群れてたくせしてよく言うわ……」

 平原軍団という熟語を耳にした途端、圭の顔は修羅しゅらに変化した。

「ソノワードヲ二度ト出スンジャネェ! 放送禁止用語ダワ!」

「唯一の残党の俺に向かってなんてことを」

「軍団ハ解体シタシ、貴様ナンゾ用ナシダッチュウ~ノォ」

「まぁーったパクリ芸が出たよ……」

「……何を言っても言い争いは収まらないですね。もうホントヤダコイツラ」

 周囲などお構いなしに舌戦ぜっせんを続ける人生の先輩二人に、高岩は額に手を当てて白目をむいた。

「大体、軍団ヲ崩壊サセタ原因ノ一途いっとハ貴様ダゾ! 自覚ハアルノカ?」

「俺じゃないから自覚なんてあるわけが――――」


 バシィッ!


 堂々巡りの口論を繰り広げている間に野球の試合がはじまっていた。

 贔屓ひいき球団の投手が投げたボールがキャッチャーミットに収まる音が、球場の喧噪けんそううようにかすかに聞こえてくる。

「おー、球走ってんじゃん。これはいい試合になるぞ」

「アレデプロトハ爆笑ヨ。俺様ナラ170キロノカーブニ160キロノストレートガ投ゲラレルゼ」

 新山はプロの投球に関心しているが、圭は足と腕を組んでふんぞり返っている。

「カーブの方がストレートより速いのかよ……お前、野球をバカにしに来たなら帰れ」

 新山は出入り口を指差すが、

「我、金払ッテチケットヲ買ッタ観客ゾ!? 強制送還サレルいわレナドナイ!!」

 圭は前の座席を足で蹴って反論した。

 その際、蹴られた座席に座っている観客が振り向いて圭を睨みつけたのは言うまでもない。

「僕は何も見てません聞いてませーん」

 高岩は目をつむって両手で耳を塞いで知らぬ存ぜぬを押し通す算段を選択した。

「お客様は神様的な考えなら、あれは店側の心がけだから。お前は神様じゃないから」

「GODノ俺様ニイイ度胸シテヤガンナクソ戸阿帆OBガ! 新山ノコトハバカニシテルガ、野球ニ対シテハソレナリニリスペクトシテルゾ」

「さっき170キロのカーブの話しといてか? ――っと、チェンジだ」


 あれこれ話している間にチェンジとなり、贔屓ひいき球団の攻撃になった。

「ああっ、三振かぁ」

 だが、先頭打者はあっさり見逃し三振に倒れた。

「相手投手もエースですもんね。均衡きんこうは簡単には破れないでしょうね」

「俺様ナラヴァ、エースノ壁ヲコノ拳デブチ破ッタルワ! ソシテソノママ息ノ根止メタル!」

「お前、野球のルール知ってる?」

「ヴァカガヴァカニシンサンナ! プラプラ揺レ動クタマタマヲ追イカケタリ、叩キ潰シタリスル球遊ビダ!」

「間違ってはいない気もするんだけどやっぱり間違ってるんだよなぁ……」

 圭の独特の野球イメージに、新山は目をこすって溜息をいた。


 一回裏の攻撃はあっけなく終わってしまい、攻守交替となった。

 贔屓ひいき球団の選手たちが小走りでグラウンドへと向かう。

「さすがは相手球団のエース、ウチの上位打線を完璧に抑えたな」

「先に点を取った方がそのまま逃げ切りそうですね」

「あぁ、試合も早く終わるだろうな」

「俺様ハ片手打チデモ場外ヲ突キ抜ケテ他県マデ飛バセル筋肉ガアルワ。俺ヲ使エヤバ監督メ」

「分かった分かった。もう二度と喋るな」

「なんなんですか、この平原圭サマは……」

 自信に満ち溢れる圭の物言いに、新山と高岩は心の底からドン引きした。


『今日は痛い奴がいるな』

『口だけならなんとでも言えるわな』

『野球初めてなんだろうな』


 周りの観客からも圭の発言に失笑が漏れていた。

「本当恥ずかしいんですけど……」

「大丈夫だ。由生は俺と『二人』で観戦してるんだ。隣の輩は知らない人だ」

 新山が頭を抱える高岩の肩に手を置くが、高岩の表情は曇ったままで。

「新山さんと同類に見られるのも十分に恥ずかしいんですけど」

「おい」

 そんなやりとりを交わしていると。

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