7_予想の遥か斜め上を行く発想こそが成功への道 ③
「ッタク。次行クゼ。恋人ヲ愛オシイト思ウ気持チ。コノ気持チガ人ヲ成長サセルコトハ、クソバカナ貴様デモサスガニ理解済ダトハ思ウガ」
「そんなのただのプラシーボ効果だぞ」
会社とも業界ともなんら関係もない質問。これで俺の何が分かるってんだ。
「ソレガヲ前ガ一切女カラ需要ガナイ
「そうですか」
何が悲しくて、採用面接の場で人格否定されなきゃいかんのか……。
「デハ次ナ。貴様ノ強ミヲ思イツク限リタックサン挙ゲナサイ」
平原面接官は両手を広げて次なる質問を投げかけてきた。
その際に両手が隣に座っている面接官二人の側頭部に直撃したのは見なかったことにした。
ってか、さっきの恋人云々の話はマジで何だったんだ??
「思いつく限りですか?」
「ウム。思考セヨ」
相当自分のことを理解していて、かつポジティブでないとそんなに思い浮かばないぞ。
「ちゃんと人間、足が速め、接客経験あり、体力がある、オフィスソフトが得意――」
俺が自身の強みを挙げる度に平原面接官は指を曲げて件数を増やしていく。
そして俺が十一個目の長所を答えると。
「ヲ待チ。指ハ十本シカナイノデ、ソレ以上ハカウントデキマセン」
「指がないと計算できないんですか?」
「計算デキルッテ、アナタノ指ハ四次元ニデモストックシテアルンデスカ?」
「そんな某ネコ型ロボットみたいな便利キャラじゃないですよ……」
こんな面接官に採用可否を決められたくない。遺憾の意を表明する所存だ。
「思いつく限りとか言うから――二桁の算数ができないなら事前に言ってくださいよ」
「ハッ!? 貴様、ココゾトバカリニコノ俺カラマウントヲ取ル算段カ!? 戸阿帆高校出身ノドアホノクセニカッ!」
「そんな気は毛頭ないので早く帰ってくださいよ」
「ヲ前何様ダ!? オイ、ソコノ採用以外ニ仕事ガナイ窓際族ノ面接官ドモ! 今コノ場デ判定ヲ下シテヤレヤ!」
平原偽面接官は再び机の上に立って面接官に指を差している。自称神を気取っているにしても、態度横柄すぎるだろうよ……。
面接官二人はお互い頷き合って、
「分かりました――――今回はご縁がなかったということで。新山さんのよりいっそうのご活躍をお祈り申し上げます」
俺に死刑宣告をした。
「………………」
まさかの、面接が終わったのかも怪しい段階での不採用通知。俺が幾度となく受け取ったお祈りを、この会社でも例外なくいただくことと相成ってしまった。
しかしもうここまでカオスな雰囲気なので、逆に俺も開き直って質問する勇気が湧いてくる。
「不採用の理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
俺の図々しい質問にも面接官は頷いて対応してくれる。どこぞの偽物とは大違いだ。
「性格、長所が弊社の求める人材像とはミスマッチだからです。そして何より――」
そこまで話して、一旦平原偽面接官をチラ見して話を続ける。
「この、ゴッドスターのご友人ということで、人間性に眉をひそめざるを得ませんでした」
平原は面接官の言葉をうんうんと頷いて聞いていたが、ゴッドスターへのディスが飛び出した瞬間、目がピクリと反応した。
「媚ビトコネダケデノシ上ガッタダケノヲ前等ニ、俺様ノ何ガワカルッテンダ!?」
瞬時に顔を赤くした平原に対して、面接官は表情を崩さない。
「真っ当な人間なら、面接の場に無断で乱入してこないですから」
「ンダトコノ三流零細企業ノパワハラジジイガ! 普通ノ人間ナンザ将来性ガナイ凡人ナンダヨ! ソンナ
一番パワハラをかましてたのは他でもないお前なんだけどな。
平原が面接官の言葉にキレて椅子を持ち上げた。さすがに沸点低くない?
「何ガ偉クテ上カラ目線デ若者ヲ品定メシテンダヨ!! 神様気分デイタイケナ学生ヲ選別シテ楽シイカ!
「お、おい平原! 穏便に! 穏便に済ませようや!」
人事に向かってなんて発言をしやがるんだ。人材の確保、選定の責任は大きいんだぞ。
人事が選んだ人材が入社後にどこまで通用し、成長するかで会社の未来に大きな影響を与える。なぜお前にはそれが想像できないんだ。
さすがに平原が何をしでかすか予測できないので止めに入る。
何が悲しくて二十近くになってまでこんなシチュエーションに巻き込まれなきゃならないのか……。
「ウッセボンクラ! ヲ前モオ祈リ食ラッテ悔シイナラ加勢シロ!」
「そうなった一因はお前にもあることを忘れてない?」
自分に都合の悪い出来事をすこーんと欠落させるおめでたさは少しだけ羨ましいわ。
そもそもお前の当初の目的は俺を不採用に追い込むことだったろ。
平原が真っ赤な顔で息巻いてもなお面接官二人は冷静さを崩さない。カッコイイなぁ。これが落ち着いた大人の対応だよ。
これで社名がもう少しまともだったら大変尊敬できた。
「喧嘩なら他所でやってください。警察を呼びますよ」
「マアァッタポリスメン! 我ガ国ノ庶民ハ警察組織ヲ過信シ過ギダ!」
警察を呼ばれると面倒なことになるよなぁ。
となると、取るべき手段はただ一つ。
「ここは戦術的撤退だ! 本日はありがとうございました! では!」
「オイ新山! マダ話ハ半分モ終ワッチャイネェゾ!」
俺は喚き続ける平原から椅子をぶんどって元の配置に戻した上で、コイツの制服の襟を掴んでそそくさとその場を後にした。
♪
「勘弁してくれ……今日の面接はぶち壊しだよ……」
雑居ビルを出たので平原の制服の襟から手を離した。
最悪の事態こそかろうじて免れたものの、どっと疲れが出てきた。
「俺ガ乱入シナカッタラ面接通ッタトデモ? ズイブント
「そうは考えてなかったけど、もういっそ全部お前のせいにしたるわ」
そう、コイツが全ての元凶だ。戦犯として責任を取ってもらいたい。
「マァ男ナラソウイライラシナサンナヤ。コレヤルカラ許セ」
平原が渡してきたのは中国語で書かれた本だった。
なになに――中国古典?
「よくこんな本持ってたな」
「何度モ言ッテルガ、俺ハ天才ダカラヨ。常ニ自分ヲ高メルベク書物ハ持チ歩イテイル」
平原は自分の鞄の中身を見せてくる。漫画が数冊入っていた。
漫画で自分を高められるのか。とんだチート能力だな。ま、嘘だろうけど。
「前に本屋に行った時、『俺ハ本ニ頼ラナクトモ、既ニ知識ガ頭ニ入ッテル』とか抜かしてなかった?」
「ヲ前ハ本当ニ細カクテ執念深イ
あんたの設定が矛盾まみれのガバガバ感満載だからツッコんだんだよ!
「トニカク、今回ハギョ縁ガナクテ残念ダッタナ」
「お前が言うな。お前とご縁があったことが人生で一番残念だよ」
短大で眠りから覚めたお前に声をかける直前の俺をぶん殴って気絶させたいくらいなんだけど。
「ソンナ哀レナヲ前ニ呼吸スル権限ヲ与エヨウ」
「やったー。うれちー」
コイツの中で俺は今まで呼吸する権限がなかったのか。じゃあ俺はこれまでどうやって酸素を肺に取り入れてたんだろうな??
「慰メ、ト言ッタラ気休メ程度ダガ、今カラヲ前ヲ癒シノスポットヘ案内シテヤル。特別ダゾ」
そう言うなり、俺の返事も待たずに平原は駅へと向かっていく。
「俺、このままアイツを放って帰っても許されるよね?」
結局はヤツのあとを追ってしまうのだが。
「どこへ向かってるんだ?」
「ソレハ着イテカラノオ楽シミダ」
「やっべ、悪い予感しかしねーや」
「ヲイヲイ、イクラ楽シミダカラッテ少シハ冷静ニナレヤ。小学生ジャネーンダカラ」
「照れ隠しでもなんでもないからな?」
なぜ楽しみだと解釈したのか。俺の顔は表情を失ってるはずだぞ。
二人で座席に座って電車に揺られること数十分。未だ目的地は見えてこないが、俺が住む家と方向が一緒なのは不幸中の幸いだ。
「ヲ前ニ椅子ニ座ル権利ガアッタトハナ」
「唐突に何言い出すのかと思えば。優先席でもないんだから、人間なら誰が座っても
「ハ? 生意気ダナ。ヲ前ダケコノママ終点ヲ通リ過ギテ太平洋ノド真ン中マデ流サレテシマエ」
平原は俺の鼻に指を差すだけのつもりだったのだろうが、爪が刺さって地味に痛い。
「マダ到着マデ時間ハアル。セッカクダカラサッキ譲ッテヤッタ中国古典デモ読メヤ」
「これを読むとかどんな修行だ……」
ビジネスバッグからさっき受け取った中国古典を取り出す。
中国語は読めないぞ。漢字からニュアンスは分かるかもしれないけどさぁ。
「俺ナラ視線ヲ送リ続ケレバイズレハ読メルゾ」
視線を送る程度で文字が読めるなら、国語や英語の授業いらなくない?
「ならお前が読んでくれよ」
「バカモノガ!! 俺ハヲ前ノ尻拭イヲ散々サセラレテ疲レテンダヨ! ダカラ今日ハ読メネェワ!」
「あれが尻拭い!? むしろ、顔面にウ●コ投げつけられた心境だったんですけど!?」
俺たち二人の醜い罵り合いに、周りの乗客はあからさまに警戒をはじめた。
仕方がないので平原が申す通り、羅列された漢字の集団に視線を送る。
――――送るが、
「……送ったけど読めない」
当然のことながら読めませんでしたー。
「所詮ハ戸阿帆ノ落チコボレヨ。ヲ前ヲ買イ被ッタ俺ガ優シスギタダケノヨウダ」
「優しいなら、そもそも他人の面接に乱入してくるなよ……」
「ヲ前ガ中国語ヲ読メナイセイデ時間ヲ潰ス計画ガ台無シヨ。何ガ悲シクテ貴様ミタイナ陰キャ童貞ト長時間座席ヲトモニシナケレバナラナインダ。精神的苦痛ガ著シイ!」
「アンタが来いっつったんだろーが!?」
あまりに支離滅裂な物言いに、俺はぼやきと深い溜息しか出なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます