――CASE1:【溺れるほどのキス】――解決編
そこは、街外れにある建てられてから数十年は経っているであろうボロいパートの一室だった。
「……ここですかね?」
「ああ。ムーアはここに住んでいるはず」
レムレスが調査部の資料を見ながら答えた。まずはムーアから話を聞いて、推測を確かにしたいと思って彼に会いに来たのだ。
その薄い扉を何度かノックするが、返事はない。
「でも、水の音がしますね。シャワーでも浴びているのでしょうか」
扉が薄いせいで、中の音が聞こえるのだ。扉に耳を付けていたルーナの言葉に、レムレスはなぜか凄く嫌な予感がしていた。
何より――濃厚な
「ルーナ! 扉を斬れ!」
「はい!」
ルーナが腰に差していた剣を抜きつつ一閃。扉と壁の接合部が斬られると同時にレムレスが扉を蹴飛ばしす。玄関から続く廊下には湯気が満ちていた。
シャワーから水が出る音が響き、血の臭いが漂っている。
「ルーナ、すぐに警察士を呼んでこい」
「了解です! レムレスさんは!?」
「俺は現場を見る! まだ助かるかもしれん!」
レムレスが水浸しの廊下を駆ける。右側に開けっ放しの扉があり、そこから血の混じった水が流れ出てきている。
覗けばそこはシャワーのみが置いてある浴室だった。そして床には全裸のムーアが倒れており、頭を打ったのか頭部から大量の血が流れ出ていた。
死霊術士であるレムレスは、確認せずとも分かる――ムーアは既に息絶えている。
「クソ!」
思わず悪態を付いたレムレスだったが、その目は天井の換気扇と床の排水口へと向けられていた。
「レムレスさん! すぐに警察士が来ますよ!」
ルーナがやってくるが、レムレスは既にこの場所に興味を失っていた。
「あとは警察士に任せよう。俺が全部説明するから、お前は何も喋らなくていい」
「分かりました。なぜ……ムーアさんが」
「推測は出来るが……それも調査結果を待ってだな」
レムレスが部屋から出ると、煙草を取り出し火を付けた。
それから程なくして、警察士がやってきた。
レムレスがギルドの保険調査員だと名乗り、状況を説明すると、警察士はすぐに理解を示し協力的になった。
勿論、現場を調査することも、死因を調査することも保険調査員の仕事ではない。だからレムレスはその現場検証を邪魔するつもりも協力するつもりもなかったが、一言だけ警察士にこう言った。
〝換気扇と排水口を念入りに調査してくれ〟、と。
そしてレムレスは――ムーアの残留思念を視た。
それで、全ての線が繋がったのだった。
☆☆☆
翌日。
ムーアの遺体の調査結果を聞いたレムレスはルーナを連れて、とある酒場へとやってきていた。そこはレムレス達が昨日使った酒場と比べ随分と古い小汚い店で、店内にいたのは客らしき女性が1人だけだ。
店内は妙に薄暗く、天井も高いせいか、どんよりとした闇が支配していた。
そんな店内で、長い金髪、整った顔に蒼い瞳のその女性は目立っていた。それはこの国の主要民族であるアレリア人の特徴であり、その女性が、間違いなくダラスの残留思念にいたあの女性だとレムレスは確信した。
ギルドの調査部の、彼女がここ最近ずっとこの酒場に入り浸っているという情報はどうやら本当だったようだ。
「貴方は……?」
カウンターに座っていた女性――召喚士のサラが警戒するような目でレムレスとその後ろに立つルーナを見つめた。
「私はレムレスです。ギルドの保険調査員と言えば、分かるでしょう」
そう言って、レムレスが微笑んだ。その微笑みは異性を虜にしそうなほど魅力的だったが、サラは目を細めるだけだ。その右手が腰に差してある杖へと伸ばされているのを、ルーナは見逃さなかった。
「話せる事は全て話しましたけど」
拒絶するようなその言葉に、しかしレムレスは微笑むだけだ。
「二度手間ですみません。何点かお伺いしたい事がございまして」
「ねえ……それは今必要な事? 恋人が殺された女を放っておくことぐらいできないの?」
サラの言葉に、レムレスが飄々と応える。
「おや?……これはすみません。
「……どういう意味?」
「ダラスさんと貴方は……本当に恋人関係だったんですかね? いえ、ダラスさんは本気で貴方を愛していたようではありますが」
その言葉を言った途端、遺跡で視たあの残留思念が脳裏をよぎる。
「はあ? 何よそれ。疑うなら、ダラスの友人であるムーアに聞いてみなさいよ」
「そこなんですよね。貴方達が恋人関係だったと証言しているのが、ムーアさんしかいない。そしてサラさん――ムーアさんは
「……残念だわ。彼もダラスの死に責任を感じていたから……いつかそうなると思っていただけよ」
サラがそう返すが、その言葉をレムレスは聞き逃さなかった。
ムーアの死体からは多量のアルコールと薬物反応が検知された。どうやら酒と薬を多量に摂取していたようだ。そして部屋には鍵が掛かっており、密室という状況だった。
そう、密室だったのだ。扉も窓も検査したが、魔力反応もなかった。唯一レムレス達の指紋や足跡が検出されたが、これは第1発見者であるから仕方がない。
その結果――ムーアは事故死、または自殺した……と今のところなっている。
多量のアルコールと薬物反応が死に至るほどかは微妙だったのだ。薬が効きすぎた結果、シャワーの途中で気絶し、頭部を強打したのか、たまたま足を滑らせたかは分からない。
だが……ムーアが事故死または自殺したという情報は――
「サラさん。ムーアさんが亡くなられたとは言いましたが……
「っ!! それは……そうかな、と思って言っただけよ!」
「風呂場で、倒れて亡くなられたそうです。密室で、状況からして事故死か自殺。ですが、不思議な点がありましてね。確かに多量のアルコールと薬は検出されましたが……自殺にしては妙でしてね」
そう言って、レムレスが煙草に火を付けた。
「換気扇と排水口に……
それはレムレスが忠告しなければ、おそらく見過ごされていた証拠だった。
「それで?」
サラの手が杖を握った。
「例えばの話で恐縮なんですがね。例えば……金に困っていた盗賊が、とある儲け話に乗っかったとしましょう。しかし臆病な彼は、その犯罪を犯したストレスに耐えられず酒と薬の多用に走ってしまった。しかし、それは当然死ぬほどの量ではない。そうして判断能力が鈍った彼は、シャワーを浴びている最中に何かに襲われた」
「何それ。そんなくだらない話をしに来たの?」
サラが目を細めるが、レムレスは気にせず紫煙を揺らす。
「おそらく換気ダクトを通ってきたそれは換気扇から浴室へと侵入、シャワーを浴びているムーアさんを頭上から襲うと、そのまま鼻と口から体内に入る。そして気道と肺をその身体で満たす事でムーアさんを溺死させ、結果ムーアさんは床へと倒れ、頭部を強打。ムーアさんを襲ったそれは再び口と鼻から外に出ると、そのまま排水口から下水道へと逃げた。こうするとあら不思議、他殺にも関わらず一見すると自殺か事故死に見えますね。なんせ溺死させた要因であるその液体はまるで意思を持っているかのように一切遺体には痕跡を残さずに逃げましたからね」
「……貴方、何が言いたいの?」
サラの声に苛立ちが含まれている。
「いやなに、例えば……使役された
「……あはは。なにそれ。私が、やったとでも言いたいの?」
くだらないとばかりに笑い声を上げるサラ。
「ええ。そうすると話が全て繋がってくるんですよ。なぜムーアさんが殺されたのか。それは別の犯罪の真実を知っていたからです。そのストレスは想像を絶する物でしょうね。一生背負っていくものだ。しかも……実行犯からは脅されていた」
ムーアの残留思念をレムレスは思い出していた。
彼は、追い詰められていた。
嘘を突き通す事を、強いられていた。
それが多大なるストレスとなって彼の精神を病ませていた。
何より、もしその嘘をバラせば……殺すと脅されていたのだ。そして心のよりどころとなる酒や薬の元手となる金は一向に支払われなかった。それはそうだろう。なんせ実行犯はすぐに手に入るはずだったとある金が入ってこなかったからだ。
「実行犯は、金が入ってこない事に苛立ち、ムーアさんが真実を話してしまった、もしくは話してしまうかもしれないと考えた。だから口を封じた。一見すると自殺か事故死という形でね。だけど、
「話が見えないのだけど。それにこの街にはスライムを使役している召喚士なんて星の数ほどいるわ」
「ええ。実際のところ、貴方がやったと証明できる物はありません」
「……話は終わり?」
サラが髪の毛を払うのを見て、レムレスが首を横に振ってにやりと笑った。
「まさか。ここからが本番ですよ」
「はあ?」
「サラさん。ダラスさんの保険金……まだおりていないのはなぜだと思います」
「……あんたらがぐだぐだ何かを調べているからでしょ。何回事情聴取されたと思っているのよ」
レムレスがゆっくりと煙を吐いた。
「ええ。ダラスさんは、ゴブリンに殺された。確かにそうとしか思えない状況でした。だけど、不審な点もいくつもありました。例えば……ゴブリンに襲われたのにも関わらず、頭部以外に一切傷がなかった……とか。薬物毒物魔力の反応が一切なかった……とか」
「……なかったら何なの。ゴブリンに殺された。それだけよ」
「なぜ、頭部以外に傷がなかったのか。それは、それ以外の部分を殴る必要がゴブリンにはなかったからですよ。それがどういう状態か教えてあげましょう。それは――彼が倒れている状態です。では、なぜダラスさんは倒れていたのでしょうか」
「知らないわよ。私が見た時は、彼は勝手に……」
サラの言葉にレムレスが頷く。その通り、その通りなのだ。
「そう。勝手に倒れた。つまり、自ら倒れたのです。ではなぜ自ら倒れたのか。それは、彼もまたムーアさん同様に
「遺跡に換気扇はないわよ? どうやってダラスの身体の中にスライムが侵入したのよ。天井にへばりついていたのが落ちてきた? もし私が召喚魔術を使っていたら魔力反応が現場に残っているはずよ」
もちろん、そんな反応は残っていなかった。通路にも天井にも魔力反応はなかった。つまりあの場にスライムは召喚されていなかった。
普通に考えればそう見えるだろう。
「でしょうね。だけど例えば――予め召喚しておいたスライムを
レムレスはそう結論づけたのだった。
なぜ痕跡もなくダラスは溺死したのか。それは肺と気道を不定形であるスライムで満たされたからだ。
そして、ダラスに疑われないようにスライムを気道まで移動させるには――口移ししかない。不意打ちでスライムを貼り付けても良いが、酒と薬で判断能力が鈍っていたムーアならともかく、熟練の剣士であるダラスに対しては失敗する可能性が高い。
サラを愛していたダラスは、サラからのキスの要求を拒まなかっただろう。サラのキスと共にスライムが口内に侵入したら最後、ダラスは自力でそれを排除できない。
そうして気道と肺をスライムによって満たされたダラスは溺死し、倒れ、そしてゴブリンに殴られた。その後スライムを再び体内にでも回収すれば、現場には証拠は一切残らない。
当然、ムーアもこの計画を知っていたのだろう。でないと、証言がおかしくなってしまう。キスした直後に苦しみだして倒れたと証言されると手口がバレてしまう可能性があった。
「まるで、その場にいたかのように貴方は話すのね。妄想が過ぎるわ」
「妄想……ねえ。死霊術士にとって、死とそれにまつわる物は専門分野でね。どんな巧妙な手口で殺そうとも、死者は語るんですよ。だから、
レムレスが煙草を吸いながら、笑った。
「サラさん。実行犯は貴方で間違いないのでしょう。ですが我々は刑事でも、警察士でもありません。貴方を断罪する為にここに来たのではないのですよ」
それは、レムレスが口酸っぱくルーナへと説いた言葉だった。犯罪を暴き、裁くのは保険調査員の仕事ではないと。例え、相手が犯罪者だと分かっていたとしても……警察に報告は当然入れるにしろ逮捕も断罪も業務外だと。
「……なら何をしに来たのよ」
その言葉をレムレスが笑った。
「言ったでしょう? 私はギルドの保険調査員だと。つまりですね、こう言いたいだけですよ。残念ながらここまで不審点があると――当然保険金をお渡しすることは難しい、とね」
「そう……
「話は以上です。自首する事をオススメしますよ。今ならまだ間に合います」
レムレスは吸いきった煙草をカウンターの上にあった灰皿へと押しつけた。話は終わりだが……これで終わらないのもまた……ギルドの保険調査員という仕事の嫌なところだ。
「馬鹿ね……貴方達。人を平気で殺すような相手を前に――油断しすぎよ!」
サラが杖を素早く抜いて、それをレムレスへと向けた。
「ルーナ!
レムレスが上からの気配に鋭い声を出す。暗く見えない高い天井から――無数のスライムが降ってきていた。
「っ!! 先輩!!」
サラの杖の先から魔法陣が出現し、まるで弾丸のようにスライムがレムレスへと射出された。その動きは洗練されており、とても駆けだし冒険者には見えなかった。
「俺は非戦闘員でな! 任せたぞルーナ! 全部――
レムレスがそう言って迫るスライムを躱しつつ、テーブルの上へと飛んだ。床にはどこから現れたのかスライムが何匹も蠢いていた。
この酒場自体が既にサラによって支配されていたのだ。
しかし怯まずルーナが一閃。
「馬鹿め! 不定形のスライムに斬撃も打撃も効かない!」
サラの声と同時に、ルーナから放たれた銀閃が頭上に迫る無数のスライムを――切り裂いた。
「なぜスライムが」
「〝無形斬〟参式……【逆流れ】」
更にルーナは銀色の髪をなびかせながら剣を翻し、サラがルーナへと放ったスライムを斬り伏せた。その剣圧はスライムの存在ごと斬り、消滅させる。
「馬鹿な!!」
「ローズハルトの剣は無形にこそ真価を発揮する。相手が悪かったな」
レムレスの言葉と共に、ルーナが疾走。サラが杖を突き出すが――遅すぎた。
「終わりです!」
ルーナがサラの杖を斬り飛ばすと、そのまま剣の柄をサラの細い身体へと叩き込んだ。
「かはっ!!」
サラがそのまま身体をくの字に曲げ、床へと倒れた。主が気絶したせいか、召喚されていたスライム達が散っていく。
「……どうするつもりです?」
ルーナが剣を収めながらそうレムレスへと言葉を投げた。
「こうなると警察士に突き出すしかないだろう。なんせ襲われたんだからな」
「ですね」
その後すぐに警察士を呼び、サラは逮捕された。
こうして、A級案件であったダラスの保険金殺人事件は幕を閉じたのであった。
☆☆☆
冒険者ギルド――保険調査部
「なんで、お前の席が俺の隣になってるんだよ」
なぜか隣のデスクに座っているルーナへ、レムレスが嫌そうな声を出した。
「良いじゃないですか! 私達コンビですし!」
「ああん? いつからコンビになったんだよ」
「ドライフ部長が当分はお前ら2人で調査しろって」
「はあ!? 俺は聞いてないぞ!!」
レムレスは慌ててドライフのデスクを見るが生憎、今は不在だった。他の職員も出払っており、室内はレムレスとルーナの2人だけだった。
「今、言いましたからね」
「ちっ……あの野郎」
「なんせ、ほら、A級案件を華麗に解決しましたからね!」
ルーナが嬉しそうにそう言って、胸を張った。
「華麗に、ねえ」
煮え切らないような声を出すレムレスに疑問を抱いたルーナが、椅子に乗ったまま近付く。
「なんか、引っかかってるような物言いですね」
「今回の事件、おかしいと思わないか?」
「何がです? スライムで殺すという手口は凄いなあと感心しましたけど」
「はあ……じゃあ聞くがな。この事件――
「……確かに」
そこが疑問だった。今回の手口は巧妙だ。おそらくレムレスでなければ真意に気付けなかっただろう。だからこそ、引っかかるのだ。
サラは――一体何者なんだ、と。
「ムーアが計画を持ちかけた? であれば彼が怯えて、しかも殺されてしまうのはおかしい。おそらくは、サラからこの話が持ちかけられた」
「で、でも……恋人を殺しますか?」
「恋人じゃなかったんだろ。少なくともサラはそうは思っていなかった」
「……では、なぜムーアさんは友人を裏切ったのでしょうか。ダラスさんとサラさんの2人であれば普通は友人であるダラスさんの味方になるはずですよ」
「順序が逆なんだよ。サラとダラスが出会うのが先じゃないんだ。最初にサラがムーアに接触したんだ。そして保険金殺人の計画をもちかけた。なんせ1対1でやってしまうと流石に怪しまれるしな。証人が必要だったんだろ。ムーアは孤児院出身だ。孤児ならば、保険金の受取先が限られてくるからやりやすいんだろうな。そうしてターゲットとしてダラスが選ばれた」
サラとムーアは最初から手を組んでいたのだ。それを知らず、ダラスは……。
その無念さに、レムレスは胸が痛む。なまじ追体験しただけに、余計にそれは重く彼にのしかかっていた。
「サラさんは……一体なんなんですか」
「俺も同じ事を思った。そこで、改めてサラの経歴を調べたんだ」
そう言って、レムレスは一枚の資料をルーナへと渡した。
「……何もおかしいところはない感じですね」
サラの経歴。一見するとそこに不自然な点はなかった。地方の高等学校を卒業し、この街へとやってきた。そして冒険者になりダラスと出会って、今に至る。
極々普通のよくある話だ。だが、よくよく調べてみれば、おかしな点がいくつもあった。
「よく見ろ。サラがこの街にやってきたのが5年前、そして冒険者になったのが2ヶ月前。それは良いんだが……おかしいと思わないか? サラがこの街に来てからの5年間の経歴が
「それは……確かに」
「更にここに書かれている出身校に問い合わせしたら……サラの特徴に該当する卒業生はいないとさ」
おそらくレムレスが疑問に思わなければ、そのまま見過ごされていただろう。不審点があったからこそ、ここまで深く調べることが出来たのだ。
被保険者を調べる事はあっても、受取人の経歴まで調べる事は殆どないのだ。
「なにかの間違いでは?」
そう言うルーナの頭をレムレスがはたいた。
「アホか。それを考えるのは最後の手段。勿論、何かの手違い間違いは有り得る。だが、そうじゃないかもしれないという思考からまずは始めろ」
「えっと……じゃあサラさんの経歴は……
「そういうことだ。それに、殺人の手口、そしてあの酒場での身のこなし。とてもじゃないが駆け出し冒険者には見えなかった。おそらく顔と名前を変えて、似たような手口でこれまでも何件も行っていたのだろうな。ムーアもきっと用済みになれば処理されていたさ」
あれは――スライムを使って日常的に人を殺す事に慣れている者の手口だ。
「はい。スライムを弾丸のようにして飛ばすなんて発想はありませんでした」
「顔に当たっていたら危なかったな。仮に外れて身体のどこかに当たったとしてもそこが束縛されてしまう。たかがスライムだが、されどスライムだ」
「……つまり、彼女は……」
ルーナに答えずに、レムレスは煙草を取り出そうとして、そういえば買い忘れていることに気付いた。
「ちっ……。そう、彼女は間違いなく闇社会の住人だ。闇ギルドの暗殺者なのか、それともただの殺人鬼なのかは謎だがな。ま、それも今となっては闇の中だ」
「警察士による取り調べで分かるんじゃないんですか?」
「いや――資料の最後を読め」
そう言って、レムレスは煙草を買いに行くべく立ち上がった。
「えっと……あっ」
そこにはこう書かれていた――〝容疑者は、独房内で斬殺。手口、犯人共に目下捜査中〟、と。
「サラさんが……殺された!?」
「ああ。鋭利な何かで身体がバラバラに切り刻まれたらしい」
「そんな……なんで」
「警察に自白させられて余罪が明るみになったらマズイから、とか。闇ギルドの掟だから、とか。まあ色々と理由は考えられる。だが、警察の独房内でどう行ったのか……分からん。残留思念を見れば分かるかもしれないが……警察の面子もある。協力要請があるとは思えないな」
「……これじゃあ誰も報われない。一体誰が……」
「どんなに魔術と科学が発展しようと、例え死霊術士がどれだけ力を持とうと――死者は蘇らない。ルーナ、俺達の仕事は、罪を白日の下に晒す事でも、正義を振りかざして裁くことでもない。それを忘れるなよ」
そう言ってレムレスがルーナの肩にポンと優しく手を置くと、そのまま去っていった。
「正義を振りかざす……か」
その言葉は、ルーナの心に重く響いた。
両親のゴリ押しで無理矢理入れられた職場ではあったが、ここに来なければ、きっと今でも自分は正義という名の刃を闇雲に振るうだけの、ただの子供のままだったかもしれない。
「例え死者は蘇らなくても……少しでもその想いを、無念を……分かってあげられる先輩の存在はきっと……」
それ以上を言わずに、ルーナはサラの経歴の資料をくしゃくしゃに丸めるとゴミ箱へと投げた。
「死霊術士は欺けない……か。私もなんかそういうかっこいい決め台詞欲しいなあ……」
そんな事を言って、ルーナは大きく伸びをした。
窓から見える外は快晴。
そうだ、今日はレムレス先輩を誘って調査ついでに外でランチでも食べようかと思い立った。
ルーナは――少しだけだが、この仕事が好きになりつつあったのだった。
――CASE1:【溺れるほどのキス】……調査終了――
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