死霊術士は欺けない

虎戸リア

――CASE1:【溺れるほどのキス】――前編



 アレリア王国、王都。

 冒険者ギルド本部――保険調査部。


「おい、案件〝17C〟についての調査結果はまだか?」

「すんません、まだ死因がはっきりしなくて……おそらくブレイドベアによる斬殺かと思われますが……」

「だったらさっさと現地調査に行け! 傷口とブレイドベアの斬爪が一致するか調べてこい!」


 狭い室内に怒号が響く。


「――レムレス! レムレスはいるか!?」


 その野太い声に、1人の赤毛の男が答えた。


「そんなデカい声出さなくてもいますよ、室長」


 その男は背が高く細身で、ギルドの制服を着ていた。30歳という年齢に相応しい、少し優男気味の顔付きをしており、長い豊かな赤髪を後頭部で結んでまとめていた。

 

 ワイルドさの中にどこか貴族のような高貴な雰囲気を出すレムレスだが、その表情にやる気はなく、口元の煙草からは紫煙が漂っている。


「なんですかい、ドライフ部長」


 短い黒髪に、顔や腕にある無数の傷跡から、歴戦の戦士を思わせる見た目の中年男性――この保険調査部の責任者であるドライフ――が座るデスクの前にレムレスがだるそうな声を出した。


「A級案件がある」


 ドライフが苦々しい口調でそう言って、一枚のファイルをレムレスに手渡した。


「……またですか。ちと最近多くないですか」

「クソ冒険者共が足りない知能を使ってなんとか出し抜こうとしているんだろうさ。頼めるか」


 それは聞いているような形だが、半ば命令である事をレムレスは分かっていた。


「……めんどくさいんすよねえ。俺にもD級とC級とかの案件回してくださいよ」

「そういうのは下っ端がやりゃあ良いんだよ」


 ドライフがそう言うと、レムレスの隣のデスクにいた若い青年が、そりゃあないっすよ……と呟いた。


「四の五の言わずに調査に行ってこい」

「へいへい……分かりましたよ」


 ファイルを持ってレムレスは肩をすくめると、デスクへと戻ろうとする。


 すると、その背にドライフの声が掛かった。


「あともう一つ。今日から配属される新人を連れて行け。お前が教育係だ」

「そんな話……聞いてないですけど」

「今言ったからな。ちっ、10時には来いって言ったのに……」


 レムレスが壁に掛かっている時計を見ると、とっくに10時は過ぎている。


「――じゃ、俺、調査行くんで~」

「あ、こら、レムレス!」


 これ幸いとばかりにそそくさと用意をして、調査に出ようとするレムレスだったが――


「すみません!! めっちゃ遅れました!! この部屋、建物の端っこすぎて存在に気付きませんでした! 窓際の部署なんですか? 言われてみればそんな感じの雰囲気が……あ、申し遅れました! 本日付けでこちらの部署に着任するルーナ・メリル・ローズハルトです! 気軽にルーナと呼んでくださいね!」


 調査室の扉が勢いよく開くと同時に、怒濤のセリフが室内に放たれた。

 その声の主は、短めの綺麗な銀髪の下に、勝ち気そうな整った顔がある1人の少女だった。真新しい制服をさっそく着崩しており、腰には1本の剣が差してあった。


 いや、ここの職員という事は少なくとも成人はしているはずなので少女という表現はおかしい、とレムレスは思い直す。幼い精神がそのまま顔に出ているのだろうと、勝手に決めつけた。


「おっそいぞルーナ・メリル・ローズハルト!!」


 ドライフの怒鳴り声に、ルーナがぺこりと頭を下げた。


「すみませんでした! あ、私のデスク、そこの意味深に片付けてあるやつですかね!?」

「切り替えが早すぎるぞお前! レムレス!! 俺の血管が切れる前にそいつをさっさと連れていけ!!」


 その言葉を聞いてレムレスは溜息をついた。絶対に認めたくないが、自分が教育する新人とやらが――この女らしい。


「……おい、行くぞ新人」


 そう言って、レムレスは椅子に掛けていたコートを肩に引っかけると、部屋から出て行こうとする。


「へ? いや今着いたばっかりなんですけど!?」


 ドライフとレムレスを交互に見て、ルーナが叫ぶ。


「お前が遅れたせいだろうが。早く来い」


 そんなルーナの頭をレムレスがはたいた。前途多難さに眩暈がしてくる気分だ。


「あ、私――」

「さっき聞いた。俺はレムレス……お前の教育係らしいから、黙って付いてこい」

「よろしくですレムレス先輩!」


 ニコニコとするルーナに、毒気を抜かれたレムレスは一瞥すると、そのまま廊下を大股で歩いて行く。


「で、まずは何をするんですか!? やっぱり現場調査ですか!?」


 ウキウキしたようなルーナの声に、レムレスは力無く首を横に振った。


「それは最後だ……。まずは被保険者をにいくぞ」

「ひ? ほけんしゃ?」


 後ろにいるルーナの顔は見えないが、きっと首を傾げているだろうとレムレスは推測し、冒険者ギルド本部の中を抜けつつ説明する。


「冒険者は新規登録する際に必ずギルド保険に加入させられる。その保険料は依頼を達成した際の報酬金から数%取られる仕組みになっていて、それによってギルド保険制度は運営されているんだ」

「強制なんですか?」

「ああ。そもそも、冒険者ギルドの始まりが保険だからな。今も決して安全な仕事とは言えないが、昔は技術もノウハウもなく、冒険者業はもっと危険だった。だから怪我や病気、そして死亡した際の補償が求められた。そうして出来た保険運営組織が成長し、依頼の仲介などの冒険者業を請け負うようになったのが冒険者ギルドだ」

「はえー」


 ルーナの何とも頼りない返事に、レムレスは既に教育係を投げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。


「なんで知らずにうちの部署に来たんだよ……。被保険者ってのはそのまま文字通り、保険が適用される者の事だ。今回の案件の場合、被保険者、つまりその冒険者は死亡している。死亡した場合、検死官や警察士によってその案件がクラス分けされるんだが……」

「あ、それはなんか聞いた事ありますね。E級は、問題なし。D~C級は、死因に魔物が絡んでいるので要調査……でしたっけ」


 ルーナの言葉に、レムレスが頷く。


「その辺りまでは、まあ通常業務だな。確認事項をチェックしたら大体終わりだ。ところがB級から上は……」

――ですね」


 なんでそんな事は知っているんだ……と思わなくはないが、知らないよりはマシかと思い直しレムレスは説明を続けた。


「特にA級からは、事故に偽装した保険金殺人の可能性や闇ギルドの関与の可能性が高い。今回の案件もA級だ」

「おお! 闇ギルドと熾烈なバトルを繰り広げるんですね! ふふふ……私の剣の錆びにしてやりますよ……」


 ルーナが暗い笑い声を上げるが、レムレスは溜息をつくだけだった。


「阿呆……俺らの仕事は、あくまで調査だけだ。調べて、それが本当に保険金を支払うべき案件なのか判断して上に報告する。それ以上でもそれ以下でもない。変な正義心は持つなよ、新人」


 レムレスは立ち止まり、振り返ると、ルーナの目をまっすぐに見つめてそう言った。


 ギルドの保険調査員という仕事は楽ではない。大体の案件が死体絡みである上に、魔物に惨殺された死体を検分し、場合によってはそんな危険な魔物が跋扈する現場へと向かう事もある。何より日常生活では触れる事のない、反吐がでるような人の悪意が満ちあふれているような案件ばかりだ。ギルド内においてぶっちぎりで不人気な部署なのは致し方ないことだろう。


 よほどの物好きか、心がイカレちまった奴しか続かない。そんな仕事だとレムレスは思っていた。


 だからこそ、まっすぐにこちらを見つめ返す、この新人には無理だろうと勝手に決めつけていた。


「〝常に心に正義を〟――がうちの家の家訓なんです。なのでそれだけは譲れませんよ、先輩」

「はん……その強がりが続くと良いな」


 レムレスがそれだけ言って、再び歩き出す。ようやく2人は本部の入口のある巨大なロビーへと出た。


 ロビーには、冒険者達が溢れていた。カウンター内の受付嬢と何やら口論している者、壁際に並ぶ依頼検索機で依頼を探す者、電光掲示板でメンバーを募集しているパーティを探している者など様々だ。


 だが、全員が何かしらの武器を携帯しており、身体には物々しい装備を身に付けていた。それらは全て、各企業がしのぎを削って開発している魔術と最新科学技術を組み合わせた魔導武器や防具の数々だ。


 次々発見される遺跡と、そこへと繋がる転移装置関連の技術復古によって、冒険者はこの国で急増した。後ろ盾や経歴がなくてもなれる冒険者という職業は、この国においてある意味社会のセーフティネットの役割を果たしていたのだ。


 そうして増えた冒険者達の中から、英雄と呼ばれる者達が台頭したおかげで、魔導産業と冒険者業がこの国の一大産業になりつつあることにレムレスは嫌気が差していた。


 この国はを増やしてどうする気なのだろうか。レムレスには理解が出来なかった。


「流石に賑わってますねえ。景気が良いのは良いことです。確か新しい遺跡が発見されたんでしたっけ?」

「……良いことじゃねえよ。冒険者なんてのは首輪の外れた暴力装置だろうが。クズか、善人の皮を被ったゴミしかいない」


 ギルド保険は、冒険者同士の諍いには適応されない。していたらキリがないと分かっているからだ。


「先輩は反冒険者主義なんですか。冒険者のおかげで私達の給料が出ているのに」


 図星を突かれて、レムレスが黙りこくる。


「ほら、行くぞ。死体安置所は本部の裏だ」

「はーい」



☆☆☆



 安置所の入口で手続きを済ませると、レムレスとルーナは入る前に清浄魔術を念入りに掛けられた。


「うへえ……髪の毛がベトベト……なんで清浄魔術掛けた上でさらに消毒スプレーぶっかけてくるんですか……」


 ルーナがブツブツ文句言いながら、銀髪の先から滴り落ちる消毒液を恨みがましい目で見つめていた。


「我慢しろ……あとほれ、これ着ておけ」


 そう言って、レムレスが肩にかけていたコートをルーナへと投げる。


「へ? なんで?」


 キャッチしたルーナがキョトンとした表情を浮かべるがレムレスは答えず乳白色の廊下を突き進む。


「すぐに分かる」


 【第12解剖室】と書かれたプレート――なぜかドクロマークのシールが無数に貼ってある――が上に掲げてあった扉をレムレスが開けた。ルーナは、微かなアンモニア臭とアルコールの匂い、そして確かな死臭を感じた。


 その解剖室の中はまだ春先だというのに、冷房が掛かっていた。部屋の中央には解剖台があり、頭を布で覆われた男の死体が安置されていた。


 四方の壁には、ホワイトボードや埋め込み式の死体保管庫、冷蔵庫などが置いてある。


 そしてホワイトボードの前には、白衣を着た妙齢の美女が立っていた。腰まで届く黒髪を後頭部でアップしており、小さな顔には眼鏡を掛けていて、知的な印象を見る者に与えた。細身のわりに白衣の胸の部分が大きく盛り上がっていて、タイトスカートからは黒いタイツを履いた長い脚が伸びていた。


「ユリカ、案件〝26A〟についてだ」


 レムレスの言葉に、白衣の美女――ユリカが顔をしかめた。


「嘘でも良いから少しは愛想を振りまいたらどうだレムレス。相変わらず死体みたいな綺麗な顔をしやがって。もはや死体同然だろうし、そろそろ解剖させろ。大丈夫、私は腕が良いから、痛くはあんまりないよ? 死ぬけど」

「それこそ死んでも嫌だね。遺書に、間違ってもユリカに解剖させるなと書いておかないとな」


 そんな2人の軽口の応酬を見て、ルーナが震えながら白い吐息を吐きながら声を上げた。


「いや、寒すぎですって!! なんでこんなに冷やしているんですかこの部屋!」


 レムレスのコートを羽織って、ルーナはようやくなぜ彼がコートを貸してくれたかを知った。


「なんだこの美味そ……じゃない若そうな女は」


 ユリカが目を細めてルーナを見つめる。


「若そうじゃなくて、若いんです! 私は今日付で保険調査部に配属されましたルーナ・メリ――」

「生者に興味はないが、君、外見よりは中身のが綺麗そうだな。どう? 解剖されてみない? 今なら体験コースあるよ。ちょっと腎臓を取り出すだけだから。痛くしないよ……ほらメスの先っぽだけだから、ね?」


 ルーナは言葉の途中で、突如目の前にやってきたユリカに腹部を撫でられた。彼女は悲鳴を上げながらレムレスの背後へと隠れる。


「ぎゃああ!! なんなんですかこの人!!」


 背中に隠れて顔だけ出しながら叫ぶルーナに、メスを片手に這い寄るユリカを見て、レムレスが溜息をついた。


「ユリカ、うちの新人を虐めるのはほどほどにしとけ。ルーナ、こいつは変人で中身も最悪だが、検死官としての腕は超一流だ。我慢して付き合え」

「無理です!」

「ふふふ……ルーナちゃん私には見えるよ……君のプリプリの小腸ちゃんと大腸ちゃんが……」


 よだれを垂らすユリカの頭をレムレスはファイルではたいた。


「さっさと案件26Aについて説明しろ。お前だろ、A級認定したのは」

「うむ。まあ説明した方が早いな」


 ユリカが真顔に戻ると、中央の解剖台に歩み寄った。


「検体0034726――名前はダラス・バーグ、身長182cm、体重85キロ、享年27歳。典型的な冒険者で、主な役割は前衛で使用武器は魔導大剣、つまりは剣士ソードマンだな。冒険者のランクはB。熟練者といったところか。家族はおらず、同じパーティ内の召喚士と恋仲だったようだ。ちなみに死亡時のパーティメンバーは彼と、彼の恋人でありFランクの召喚士サモナーの娘、それにEランク盗賊シーフの3人だ」


 ユリカが説明しながら、レムレスが頷く。

 ファイルに書いてあったパーティメンバーのデータを思い出す。

 まず、Fランクの召喚士。保険金の受取人であり、ダラスの恋人だ。ギルドの記録によると、最近冒険者を始めたばかりの駆け出しであり、実力はほぼないに等しい。召喚できる魔物はせいぜいスライム程度だろう。恋人が死んだということで、ここ最近は酒場に入り浸って現実逃避しているらしい。

 次に、Eランクの盗賊。こいつはダラスと同じ孤児院出身で、友人同士のようだ。ランクの低さを見るに、戦力というよりは斥候、そして罠解除要員の可能性が高い。ギルドの調査に対し非協力的で、なぜか怒っているような態度だったという。


 ここまでは良い。よくある話だ。


 問題があるとすれば――


 レムレスが口を開いた。 


「それで……死因は?」

「パーティメンバーによる報告だと、北部荒原の遺跡内でゴブリンに襲われて、ダラスは頭部に一撃を受けて死亡。撲殺されたってところか」

「北部荒原の遺跡? あんなところはとっくに廃棄されているはずだぞ」


 レムレスの記憶によれば、あの遺跡は発見されてからもうかなりの年数が経っている。中には、もう魔物以外何も残っていないだろう。


「私の予想だが、駆け出し冒険者である召喚士の娘の練習の為……って感じだろう。あの遺跡なら、弱い魔物しかいないし、何より他の冒険者もいない。いらぬトラブルを避けるため、と言ったところか」

「……それでゴブリンにやられていたら世話がないな」

「そうとも。そしてご丁寧にダラスにトドメを刺したゴブリンの死体とそいつが使った棍棒も持って帰ってきたそうだ。まあ見てみるといい」


 そういって、ユリカが死体の頭に被せていた布を取り払った。その下には、ほぼ原形を留めていないダラスの頭部があった。


「……惨いですね」


 それを見た、ルーナが目を逸らさず、そうポツリと呟いた。


「ああ……そうだな。それでユリカ、お前の見解は?」

「まあ、見てくれ」


 そう言って、ユリカは横の台にあった血塗れの棍棒を手に持つとそれを死体の頭部に当てた。すると、陥没した頭蓋骨に棍棒がピタリと嵌まった。


「この棍棒が凶器であるのは間違いない。何度も殴打されているが、この棍棒以外が使われている感じはないな。さらに付着していたゴブリンの指紋や生体反応からして、この棍棒はゴブリンが長期間所持していた物と判明している。ゴブリンから棍棒を奪った何者かが、殴ったという線も薄いだろうね」

「つまり……パーティメンバーの報告通りということだな」

「まあね。あらゆる検査もしたし、内臓も全て検分したが、特異点は特に見当たらないし、毒物薬物、魔術反応もゼロ。とにかく、頭部以外に


 そう言って、ユリカは頭部に再び布を被せた。


 それを見て、ルーナが口を開いた。


「……ゴブリンに殺されたのであれば、間違いなく保険適用内ですよね? おかしいところは何もない気がするのですが……」


 ルーナの言葉はもっともだ。


 ゴブリンは個体として決して強い魔物ではないが、群れとなると中堅冒険者でも手こずる相手であり、生息域が広く繁殖力も高いせいで、大陸全土でその被害が報告されている。


 これまでにゴブリンに殺された人間を積み上げるだけで月まで届きそうなほどだ。

 

 なので、冒険者がゴブリンに殺されたというだけなら――当然A級案件にはならない。もちろん、レムレスもそれは百も承知だった。


「ルーナちゃんは剣を持っているが、冒険者の経験は?」


 ユリカがルーナの腰の剣に視線をやった。


「へ? いや、うちは家が武官の家系なので剣術や武術は幼い頃から嗜んでいますけど、冒険者はやったことないです」

「ふむ……1度冒険者業は経験しておくべきだね。そうだろ元Sランク冒険者のレムレス君」


 そう言って、にやにやしながらユリカがレムレスを見つめた。レムレスは小さく舌打ちする。


「ちっ……これ見よがしにバラしやがって」

「え……Sランク!? レムレスさんが!?」


 ルーナが驚きの声を上げた。Sランク冒険者と言えば、この大陸全土でも100人にも満たない数しかいない、冒険者の頂点だ。そこまで昇りきってしまえば、将来安泰とまで言われる地位であり、そんな人間が冒険者ギルドの保険調査部なんかで働いているのが信じられなかった。


「あー、うるせえ。こういう反応されるから言うのが嫌なんだよ」

「ええ!? いやなんでこんな仕事しているんですか!? 趣味!?」

「なわけあるか! 話を戻すぞ」


 そう言ってレムレスが仕切り直す。


「良いかルーナ。ここまでのデータを良く思い出せ。そうしたら、この死体の異常性が見えてくる」

「うーん……。特に変な点はありませんでしたけど」

「ヒントをやろう。ゴブリンの身長は大きくても90cm程度だ。それに対して、ダラスは182cmもある」


 ユリカが無言でホワイトボードに下手くそなイラストを描いていく。ルーナが推測するにそれは、剣をもった人間と、その半分ぐらいの大きさの棍棒をもった子供だろうか。


 横に、182と90という数字が書かれてようやくそれがダラスとゴブリンの絵だという事が分かった。


「倍ぐらい違いますね」

「そうだ。さて、ルーナ。お前がゴブリンだったとしよう。?」

「あっ! そうか……どう頑張っても届かないですね。棍棒も長さは精々30cm程度でしょうし」

「その通り。ゴブリンは当然、人間を襲う時にいきなり頭を狙うなんてことはしない。奴らはな、まず足を狙うんだ。そうして相手の足を斬るなり骨を折るなりして、相手を地面へと引きずり倒し、ようやく胸や頭を狙う」

「なるほど……」

「そして当然、冒険者もそれが分かっている。だから足を守る為に脚甲を装備する。ユリカ、ダラスの装備は?」

「脚甲、腕甲、胸甲……全て装備した状態だったよ。ヘルムだけは所持していたにも関わらずなぜか被っていなかったがね。Bランク冒険者だ、まあそれぐらいの装備は当たり前だろう。しかも装備品に真新しい傷はなかった。間違いなく装備は機能していたと断言できるね」


 ホワイトボードのイラストに鎧が付け足されていく。


「さて。ルーナ。お前がゴブリンだとして、足下の防御を固めた熟練の剣士を、あの死体の状態にするにはどうしたら良いと思う? 良いか、頭部以外に外傷は一切ないんだ」

「えーっと……足を負傷させて倒すのが無理であれば……よじ登って殴る?」

「仲間が2人いるBランク剣士の身体をよじ登るのは不可能だろう」

「あっ! スライムって確かポーションの材料になるぐらいだから、治癒効果がありますよね? 実は外傷が別にあって、それをスライムで治したから、一見すると跡がないとか!」

「スライムによって傷を治した……という線は俺も考えた。確かに、スライムによる治癒であれば痕跡も反応も残らない。だが、スライムによる治癒効果にそこまでの即効性もない。かといって回復魔術を使ったら使ったで反応が残ってしまう」

「んー。じゃあ毒とか薬物とか魔術で拘束したとか」


 ルーナはそう言うが、ユリカが〝毒物など〟とホワイトボードに書いて、赤いペンで大きくバツを付けた。


「ゴブリンにそんな高等な事はできないし、あの遺跡にはそんな厄介な状態異常を掛けてくる魔物はいない――人間を除けば……な」

「というか私の話を聞いていないだろルーナちゃん。毒物も薬物もついでに魔術の反応も一切なかった。そう言った物で拘束なり昏睡状態にしたとすれば、その反応は残っているはずだ」


 魔術とて、結局起きるのは物理現象に近い物だ。しかし使えば必ず何かしらの痕跡が残る。例えば、魔力で作った火で火傷した場合、火傷だけではなく魔術反応も残るのだ。だから、ただの火傷なのか、それとも魔術による火傷なのかは検査すればすぐに分かる。


「じゃあ、他の冒険者が襲ってきたとか!」

「パーティメンバーの報告はゴブリンに襲われたとなっているが?」


 ホワイトボードに書かれた、冒険者という文字に赤くバツが付けられる。


「……おかしいですね。それじゃあまるでこの人が、みたいじゃないですか」

「そうだな。それだけでも十分おかしいが。それをパーティメンバーが黙って見過ごすと思うか?」

「しませんね……」


 ルーナがウンウン唸りながら考えるが、良い考えは浮かばないようだ。


 ユリカがホワイトボードの下に大きく〝死因――?〟と書き、ペンに蓋をすると、レムレスとルーナへと向き直った。


「状況を整理してみようか。場所は、遺跡内。この3人が転移装置を使った記録が残っているし、ここは疑いようのない事実だ。更に、その時間帯の前後に他の冒険者がその遺跡に転移した記録もない。遺跡内は彼らだけだったと仮定して問題ないだろう」


 その事実をユリカがホワイトボードに書き込んでいく。


「そして死因は……ゴブリンによる頭部への一撃、とひとまず仮定する。そしてパーティメンバーの証言によると、彼らは別行動を取っておらず、生き残った2人はその場にいて、その瞬間を目撃している。この時点で、他殺でも自殺でもない、魔物起因の死亡事故と判断する。だが、不審点がいくつもある」


 ユリカがそれをホワイトボードに書き込んでいく。


 出来上がったホワイトボードには、こう書かれていた。


***


 【案件26A】

 場所:北部荒原の遺跡内――他の冒険者の関与は無しと仮定

 死因:ゴブリンによる頭部への殴打?

 不審点:頭部以外に外傷及び、毒物薬物魔術の反応なし。持病もなく、身体の内部も健康そのものだった。つまり、全く外的内的要因が無いと思われる状態で、熟練の剣士がどういった過程を経てゴブリンに殺されたのか


***


「ダラスがゴブリンに襲われたのは確かだ。だが、それはおそらく――死んだ、もしく死ぬ直前だったと私は推測する。直接の原因はゴブリンかもしれないが、そうなるまでの仮定に怪しい点がありすぎる」

「残念ながら、A級も納得だ」


 レムレスはそう言って、ファイルを閉じた。


「自殺にしては、場所もやり方も妙だ。他殺であったとしても、それが魔物による事故でなければ当然ギルドの保険金はおりない。となると保険金目当ての、パーティメンバーによる死亡事故に見せかけた殺人の線が濃厚だ」

「……でも、どうやって。魔術も毒物も使わずに、Bランクの剣士を殺せるのでしょうか。たまたまこの人が転んで、頭を打って気絶、そこにゴブリンが棍棒を叩き込んだ……そうとしか思えません」

「その可能性も否定はできない。ただ、Bランクの剣士がゴブリンを相手する時にそんなミスをするとは思えないな。ゴブリンが何か転ばせる物を所持していた、もしくはや罠……例えばワイヤーを張っていたとかなら分かるが、調査報告書によると、その可能性はほぼないとの事だ。罠があれば通路に何かしらの痕跡が残るだろうしな」


 レムレスとルーナのやり取りを見て、ユリカが疲れたとばかりに椅子に座った。


「ま、そういうわけで、A級案件だと認定してレムレス、君に投げたわけだ。この検体の真の死因そして死亡状況は――超一流の死霊術士ネクロマンサーである君にしか解明出来ないだろうさ」

「やれやれだな……それに力はもうほとんど失った。意味のない肩書きだ」

「え!? 先輩、死霊術士なんですか!? めっちゃレアじゃないですか!」

「あー、うるせえ。ほら行くぞ」

「行くってどこへ?」

だよ」



☆☆☆

 


 北部荒原の遺跡――遺跡名〝ナダラスの溺愛〟


 そこは何とも砂っぽい遺跡だった。周囲が荒れ地に囲まれており、山から吹く風には砂が混じっている。


「報告書によると――ここだな」


 そんな遺跡の内部。壁際に松明が並ぶ、暗い石造りの通路の中にレムレスの声が響く。その手には地図があり、現在地を確認した。


 通路は大人が3人並んで歩ける程度の幅もあり、天井までは2mほどあった。狭すぎて動きにくいという印象はなかった。床は凹凸もなく、つまずくような何かがあるようには見えない。


 何の理由もなく、ましてや熟練の剣士が、この場所で転ぶ事はまずないだろう。


「あ、見て下さい。そこ……」


 ルーナが通路の壁際を見ると、そこの床には赤黒い沁みが出来ている。その周囲にもいくつか沁みがあるが、そこが1番目立った。


「そこだな。ああ、。とても嫌な感じだ」


 レムレスは少し震える手で煙草を取り出すと、火を付けた。落ち着け……ただ視るだけだ。


「先輩……?」


 その様子を見てルーナが声を掛けるも、レムレスがそれを聞いているようには見えなかった。


「……ふう。ちと、力を使う。悪いが、万が一魔物が襲って来た場合は……守ってくれ」


 その弱々しい声に、ルーナは最初それが自分へと向けられた言葉だと気付かなかった。


「へ? あ、はい! お任せを!!」


 ルーナは笑みを浮かべてそう言うと、腰の剣を抜いた。


「良い剣だな。それに構えも良い。ま、俺は近接戦闘はさっぱりなんで、てきとうだが」

「むー、最後の言葉が余計です」


 だがレムレスが見るに、ルーナとその手にある剣は、まるで一体となったかのような雰囲気を出している。自然体と言ってもいい。かなりの腕前である事がすぐに分かった。


「ローズハルト……と言えば【無形斬り】の大家だったな」

「ええ。幽霊だろうが、風だろうが水だろうが、何でもぶった切りますよ!」

「俺は斬らないでくれよ」

「善処します!」

「そこは確約しといてくれ」


 ルーナと話していると、自然と肩の力が抜けている事に、レムレスは気付いていなかった。


「うっし。じゃあ始めるか」


 そう言って、レムレスが咥えていた煙草をピンっと指で弾いた。その瞬間、レムレスは眼に魔力を集中させた。


 その視線は――赤黒い沁みへと向けられていた。レムレスには既に見えていた。ここで、無残な死を遂げた――ダラスの残留思念が。


 その思念が――レムレスの脳内に飛び込んで来る。



***



 ザザザ……ノイズが視界に走る。白黒の世界はまるで砂嵐の最中かのように不鮮明だ。


 自身とダラスの記憶が混濁する。ここは……あの通路の壁際だ。


「ダラス……***し辛いわ」


 雑音混じりの甘い声が脳に響く。

 これは……サラの声だ。いや……サラって誰だ。ああそうか……あの召喚士の娘の名だ。


 俺の――恋人。愛すべき人。守るべき存在。

 彼女は、孤児出身の俺を差別せず接してくれた。俺を好きだと言ってくれた。嬉しかった。

 

 本当にクソみたいな人生だった。孤児院出身の俺達に、まともな道はなかった。ムーアのように落ちぶれて犯罪者まがいになるか、俺みたいに命を天秤に掛けて日銭を稼ぐ冒険者になるぐらいしか選択肢はなかった。


 冒険者の才能があった俺は何とか、明日の食事を心配しなくていい暮らしを手に入れた。

 だが、幸せに何ごともなく生きてきた奴らは、そんな俺を見下したような目で常に見つめているような気がした。


 それがただのコンプレックスだと気付いたのは最近だった。そう気付かせてくれたのはサラだった。


 全部、サラのおかげだった。


 俺の人生はサラと出会ってようやく始まるのだ。

 

「キ*す*ならヘルムを脱が*いとな」


 俺はヘルムを脱いだ。もっとサラを近くで感じていたかったからだ。


「どうせここはゴブリンしか出な**でしょ?」

「おい、イチャ**のは良いが、向こうからゴブリンが来てるぜ」


 野太い男の声。友人のムーアだ。最近再会したのだが、昔の面影はあまりない。だが、臆病なのはあの頃と同じだ。だけど、時々サラと何かを話しているが気に食わない。


 ……俺に隠れて何を話しているのだろうか。


 そんな事を思っていると、通路の先からゴブリンがこちらに向かってきていた。


「じゃあ、予定通*、俺が戦闘を引き*るから2人は無茶するなよ」

「私、スライムし*喚べないけど……」

「構わ*いよ。傷を癒*してくれる*けであ**たい」

 

 サラはスライムしか召喚できない。だけどそれで良いのだ。これから少しずつ腕を磨いていけばいい。


「好*よ、ダラス」


 記憶が混濁し、サラと初めて出会った時の事が蘇る。パーティメンバーを亡くし意気消沈していた俺を慰めてくれたサラ。


 愛しいサラ。俺は彼女を一生守り抜くと誓った。


 なのに――


「ア……ガッ!!」

「*うし*の? ゴ*リンが来*るよ」


 サラの声が届く。しかしそれどころじゃない。


 まるで、喉と肺に何か液体が満ちているような感覚。

 ゴボゴボと液体が沸き立つような音が頭に響く。


 苦しい。息が――出来ない。


 目の前が真っ赤に染まっている。苦しい。苦しい。苦しい!! 咳をしようにも何かが喉を塞いでいる。思わず喉をかきむしろうと手から剣を離した。


「ダ*ス!」


 ムーアの声が遠い。立っていられず、地面へと膝がついた。


「が……ぼ……あア……」


 立たないと。ゴブリンの足音が迫っている。早く……立って……サラを守らな……


 そこで――意識が途絶えた。



***



 煙草が地面に落ちて火花を散らすと同時に、レムレスの視界が戻った。


「っ!! ハア!! ハア!!」

「レムレスさん!」


 思わず膝を付き、喉をかきむしるレムレスを見て、ルーナが駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」

「はあ……はあ……大丈……夫だ……クソ……」


 床に手をついたレムレスは、滝のような汗をかいており、それがポタポタと床に落ちて黒い沁みになっていく。


「クソ……やっぱり……【死視】の副作用が前よりも強くなってやがる」


 悪態をつきながら、レムレスが立ち上がった。


 レムレスは死霊術士の中でも特異体質の者のみが使える【死視】という技能を身に付けていた。


 それは簡単に言えば、残留思念の追体験だ。人がその死に強い未練を持っていると残るとされる残留思念。それを見て、その持ち主の死に際を体験出来るのだ。ただし、その残留思念は時間が経つほどに不鮮明になっていく。レムレスが先ほど体験した物はまだマシな方だろう。


 だがその【死視】には副作用があった。そのあまりにリアル過ぎる追体験は、使用者をそちら側へと引っ張ってしまう力がある。レムレスが知っている限り、この【死視】を使い続けた者達のほとんどが最後には死に魅入られてしまい――そして廃人となった。


「何が……視えたんですか」

「……ありえん」

「え?」

「ありえん。どういうことだ」


 レムレスは自分が体験した事が信じられなかった。レムレスは、ないと分かりつつも周囲の壁や天井を入念に調べていく。持ってきた検査機を使うも、この通路に魔術を行使した際に必ず残るはずの魔力反応がなかった。つまり、この場で何が起こったにせよ、それは魔術によるものではないと断言できる。


「どうしたんですか!?」

「ない……ないに決まっている。だからそもそもおかしいんだ」

「何がないんですか!」


 ルーナの声に、レムレスがようやく答えた。


「死因が何となくだが予想がついた。確かにダラスはゴブリンにやられる前に。何がないかって?……だよ。水がないんだよ」

「水!?」


 レムレスが煙草をもう1本取り出すと、それに火を付けた。


 紫煙が揺れ、一息つくとレムレスがこう言ったのだった。


「まだ確定ではないが……おそらくダラスはこの乾ききった遺跡の、カラカラに干上がったこの通路の上で――



☆☆☆



 酒場――【闇のランプ亭】


 客もまばらな薄暗い店内の奥。壁の隅にあるテーブル席に、遺跡から街へと帰ってきたレムレスとルーナが座っていた。


「レムレスさん」

「なんだ」

「何度考えても、溺死ってわけが分かりません」


 ルーナがそう言いながらビールの入ったジョッキを煽る。

 

「俺もだよ。だが体験したから分かる。あれは溺死……だよ。息が出来なくなった結果地面に倒れ、そこをゴブリンが襲った。そしてそれを行ったのは、サラかムーアのどちらか、もしくは両方だ」


 あの喉と肺を液体で満たされた感覚は溺死以外でレムレスは体験したことがなかった。


「共犯……ですか」

「確信したわけじゃない。全く接点のない2人がどう繋がっているかは今、調べさせているが……どうだろうな」

「仮にそうだとして、何度調べてもあの周囲に水源はありませんでした。そもそも床の上に立っている人間をどうやって溺死させられるんですか」


 レムレスは答えずに煙草の煙を吐いた。


 分かっている。陸上で、しかも立ったまま溺死というのはナンセンスだ。


「仮に、溺死だとしたらユリカさんが気付くはずでは?」

「それが引っかかるんだよ。溺死したとしたら絶対に肺なり喉なりに水やらなんやらの痕跡が残っている。それが魔術によって生じた物だろうが、ただの水だろうがな。だが、何の痕跡も残っていなかった。遺体にも、あの現場にも魔力反応がなかった」


 レムレスがルーナに説明する。


 例えば、サラかムーアが実は卓越した水魔術使いだったとして、水魔術でダラスを溺れさせたとしよう。だがそれであれば魔力反応が遺体かもしくは現場のどこかに残るはずなのだ。それがないとなると――自然発生した水かそれに類する物によって溺死したことになる。だが、それであればその痕跡が死体に残る。


 だが、どちらもなかった。


「ますますわけが分かりませんね……そもそもサラさんはスライムしか召喚できないし、ムーアさんは盗賊で罠解除程度の技能しかないとなっています。実力を隠していたとしても……方法が思い付きません」

「……【死視】の厄介なところがそれなんだ。本人が気付いていないことは、分からない。だが、本人の知らないところで、何かが起きたはずなんだ」

「それが分からない限りは――偽装だと証明できませんね」


 そう言って、ルーナが溜息をついた。


 そう。証拠、もしくはせめてその方法さえ分かれば――揺さぶりを掛けられるのだが……。レムレスは状況を整理していく。


 ダラスの死因は溺死。だが方法が不明。実行したのはサラかムーア、もしくは両者。


 だが、データ上では、2人ともBランク剣士を殺せるほどの力はない。


「んー。魔術で水を生成する線は無しですね……。そういえば召喚魔術も魔力反応って残るんでしたっけ?」

「召喚した場所……大体が地面とか床だが……に勿論残るぞ。召喚した魔物を帰還させる時も魔力を使うのでその場所に反応が残る。当然、召喚した魔物が魔術を使えばその反応も残ってしまう。だから、何を召喚したとしても水を発生させたらそうと分かるはずだ。あの通路を調べた結果、使はなかった。あの場で魔術を使って何かをするというのは不可能だろうさ」

「……ああもう……頭パンクしそう!!」


 ルーナが一気に、ビールを喉へと流し込んだ。


「結局どうやって、そして何を使って、ダラスを溺死させたんだって話に戻るんだよ。気道自体に異常は一切なかった。無理矢理例えば石とかを詰めた訳でもないだろうさ」

「もう直接聞いた方が早くないですか? 案外白状するかもしれません」

「アホか。こんな事を計画したやつだ。しらを切るに決まっている」

「うー。やっぱりスライムしか召喚できない召喚士と盗賊では無理ですって……スライムなんてポーション代わりにしかなりませんし。私苦手なんですよね……スライム」

 

 ルーナが考えるのを諦めたのか机に突っ伏して、銀の匙を弄っていた。


「うにゅうにゅしてて気持ち悪いですし、実家での鬼のような修行を思い出すんですよ……怪我したらとりあえずスライムを頭からぶっかけられました……口に入ると、ぬめーっとしてて思わず鳥肌が立ちましたよ~。それに足とか怪我したら、スライムがなみなみ入った桶に怪我したところ突っ込んで1日過ごしたりとか……」


 相当嫌な思い出なのか、ルーナがぶるぶると身体を震わせた。


「そこは素直にポーションを使えよ……ん? おい、今なんて言った!」


 レムレスが急に眼を見開いて、ルーナへとテーブル越しに迫る。


「へ? 桶に足を突っ込んだって話ですけど……あ! 1日過ごしたってちょっと大袈裟ですね。せいぜい5~6時間ぐらいで」

「そうじゃねえよ! 怪我したら、どうされたって言った!?」

……って言いましたけど」

「そうか……そういうことか」


 レムレスが視線をルーナから外すと、腕を組んで思考に沈んでいく。


「へ?」

「問題はどうやって……いや……なるほど……そういうことか」


 1人、納得がいったレムレスに、今度はルーナが食ってかかる。


「先輩! 何が分かったんですか!」

「全部分かった。行くぞ。まずはムーアに話を聞きに行く」


 そう言ってレムレスが立ち上がると、素早く伝票をレジに持っていき会計をすませた。


「あ、ちょっと待ってくださいよ!」


 しっかりと領収証を貰ったレムレスの後をルーナが追った。


「ルーナ、場合によってはお前を頼るかもしれん。頼んだぞ」


 視線すら寄こさないレムレスだったが、なぜかルーナはその言葉が嬉しかった。


「お任せください!……それで、何が分かったのか教えてくださいよ~」


 夕暮の街を、2人が駆けた。

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