4・自己犠牲

「今回の件もお前が――」

「あの!」


気づけば汗で湿った手のひらを上にあげていた。全員から視線が集中し微かに手が震える。


「僕が、やりました……」


顧問の怒りが鎮まるのを肌で感じた。


「君がやったのか。もちろん覚悟は、出来てるんだろうな?」

「……はい。すみませんでした」


下唇を強く噛んだ。みんなの目が見れない。親友含めて、全員の。


あぁ、クソが。言ったそばからすぐに後悔した。愚痴は皆が言っていたが、先生の標的は自分へ移った。悔しい、自分以外全員無実になるのが悔しい。


翌日、当の本人に一体一で謝罪をする事になった。と言っても隣には先生が着いているが。


「悪いな、呼び出して。言いたいことがあるそうだ。一から説明しろ」

「はい。……僕は、君の悪口を、部活内に言いふらし、共感を、煽りました。本当に悪い事をしたと、思っています。ごめんなさい」


胃液が出そうなほど屈辱的だった。

僕は悪い事をした。だが他の人達も積極的に言っていた。にも関わらず、謝罪も無しに平然な顔で過ごすことを想像すると胸が張り裂けそうになった。


「あ、そんなことがあったんですか」

「そういう事だから、許してやってくれないか」

「ボクは全然構いませんよ〜。仕切り直して、これからも仲良くしようね。はい握手」


手を差し伸べられ、反射的に手を握った。


――あぁ。やっぱりこいつ、好きになれないや……。



深夜、恐らく3:30。目が覚めた。

喉の渇きを直す為に冷蔵庫を開けお茶を取り出す。一口飲むと体内を冷やしていく感覚が鮮明に伝わった。


「あぁ、クソ。忘れられねえ」


ふとした時に思い出してしまう。

スマホに電源を入れ画面を開くとLINEの通知が一件来ていた。彼女からだった。


慌ててトーク画面を開く。

そこには長い文がつらつらと表示されていた。



>男バスで起きた件、聞きました。チームメイトに暴力を振るうように促し、あなたは輪を作り自分より強い人の悪口を言い回した。それがキャプテンになる為の道筋だと。

そう、聞きました。私は信じたくなかった。だけどその事件が起こっているのを見聞きした以上、信じざるを得なくなりました。

私はそんな自分勝手な人が嫌いです。

今までありがとうございました。

さようなら(2:06)



は。待てよ、待ってくれ。どういう事だよ。

頭の中がパンクしそうになるほど混乱した。


いつ僕が命令した?


いつ僕が人を蹴落とそうとした?


いつ僕が……。


スマホが滑り落ち、立っている気力がなくなり地面に手を着いた。

人は絶望した時、本当に膝から崩れ落ちるのだと思った。



なぜ僕が命令したことになってるんだ。どうして全ての元凶が僕になっているのか理解が追いつかなかった。


「クソが! アイツか!?」


スマホに濡れた手を伸ばし親友に電話をかけた。するとすぐに通話が繋がった。


「あい。どうした?」

「お前が言ったのか!? お前が僕の事を……陥れようとしたのか!!」

「ちょっと待てよ? どういうことだか分かんないんだよ。説明をしてくれ」


真理をつかれ目尻が熱くなった。

そらそうだ、突然こんなことを言われて理解できないだろう。


「お前が僕がやった悪口の件を女バスに回したのか」

「違う」

「本当はお前が回したんじゃねぇのかよ」

「違う」

「だったら誰なんだよ……」

「知らねえよ」


ふつふつと抑えきれない怒りが増大してくる。もう自分自身も制御できなくなってしまった。


「僕はお前が先生に詰められてるのを見て可哀想だったから庇ったんだよ!! 本当は『僕がやった』なんて言いたくなかった! でも、お前が先生に自白を強要されてるのを見ると辛くて仕方がなかったんだ……!! それの犠牲になった噂のせいで僕は彼女にも振られてしまった……!」


僕の思っていたこと全てを吐露してしまった。鼻水が延々と出てきて止まらない。

親友は黙ったまま聞いていた。

だがまたすぐに返事が来た。


「キッショ。何? オマエ」

「ぇ……?」

「オレが顧問にキレられてるのを、勝手に妄想して、勝手に庇って、勝手に振られたんだろ? 俺に何の非があるんだよ。オイ? 教えてくれよ。何がだ? 何がだ? 自己犠牲もはなはだしいんだよ!!」


そう吐き捨てられ通話が終わった。

そして


あいつの言ったことは全て紛れもない正論だった。嫌な気持ちを流すため、水道水をコップいっぱいに注いぐ。それを口に含んだがうまく飲み込めず吐き出した。


もうバスケ部に僕の居場所はない。

先生の連絡先に電話した。


「ただいま電話に出ることはできません。ピーという発信音のあとにお名前とご用件を――」


「もしもし……。バスケ部、辞めます」


それだけ言い残し、電源を落とした。

最大のメリットは、先生の担当している学年が違うため顔を合わせるのはもう二度ないということだろう。


親友、恋人、名声。


今回の件で全てを失った僕は、


人を信じることを辞めた。

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