第10話 迷子。




 再び旅を始めて数時間、【透明化】と【無音化】を使いながらバイクを走らせていると、前方に小さな街が見えてきた。

 だだっ広い原っぱの中、ポツンと存在している、まるで海に取り残された遭難船みたいな感じがして、ちょっと面白い。

 ちょうどいい具合に日も傾いてきたので、にんじんクッキーでも焼いて、おやつの時間にしようと思っていたところだから、あの街で休憩をしようと、最寄りの森に入って、透明化と無音化を解く。バイクはアイテムボックスに。

 流石に、おおっぴらににんじんクッキーを焼いて、周りに強請られてにんじんがなくなるのも困るので、先に森の中でにんじんクッキーを焼いた。そして、携帯食ですよ感を出すため、小さな麻の袋に入れた。割と簡単なので、作り過ぎた。

 リューの分は先に食わせておいた。

 ものすごい食うもん。


 歩いて、街の門をくぐる。


 水路が目立つ、綺麗な街だ。うーん、「街」というより、「町」かな。

 セントラル・ノース・シティには流石に及ばなくても、十分な規模を誇っている。

 スキルで調べると、この街はウォーターウェイ・タウンというようだ。

 そのまんまじゃねぇか。


 ベンチを見つけて、そこに腰掛け、にんじんクッキーを食べる。

 うん、我ながら美味い。


 ヤッベ、止まらないぞ……。


 気がつけば、たくさん入れておいたはずが半分に減っていた。


 おおう……。大事にたーべよっと。


 と、思っていたのに……。


「ふえーん、おかーさーん!」


 なんだなんだと顔を上げて見れば、泣いている女の子。うさぎのぬいぐるみをぎゅっと握り締めながら泣いている。


 いや、ちょっと、なんで俺の方に歩いてくるのさ、こっちには何も……。


「おにーさん、助けてー!」


 おおう……。


「わ、わかったって。助けてあげるよ」


 流石に放っておくのは、な。


 泣きながら頼まれちゃ、断れねーよ。いや、泣いてなくても助けたよ。助けたけど。


「どこではぐれちゃったんだ?」


「う、メグはぐれてないもん!!」


 はぁ……?

 どこの誰なんだ助けてとか言ってたの。


 典型的な迷子のいじっぱりじゃねーか。

 仕方ねぇな……。


「わかったわかった。じゃあ、お母さん、探しに行くか」


「うん、迷子のおかーさん、探す!!」


 迷子なのは君だけどな。


 っていうか、メグって名前なんだな。

 ……メグちゃんでいっか。


 時折着いてきているか確認しながら、「あの人はお母さん?」と、何度も繰り返した。散々歩き回って、30分が経過。流石にお母さんもめちゃくちゃ心配だろう。なんなら人攫いにあったとでも思っているだろうか。

 早く見つけないと……。俺の心に、焦りが生まれる。


 なんでこんなことに、俺はおやつの時間を過ごしにきただけなのに、と心の中で愚痴っていると。


 キュルルル……。


 隣を歩くメグちゃんが、顔を赤くして俯いている。


「……。腹、減ったか?」


「うん」


 はぁ。もういいよ。


「じゃあ、これあげる」


「なあに、これ」


「にんじんクッキー。多分美味しい」


「なあにー、多分って」


 なんかケラケラ笑い出した。

 何が面白いんだよ。

 こちとら困り果ててるってーのに。


 メグちゃんはポリポリとにんじんクッキーを齧り出した。


「あ、おいしーね、これ」


「そうだろうそうだろう」


 メグちゃんはあっという間に食べてしまった。ああ、俺のにんじんクッキー。また作ればいいんだけどさ。


 さて、気を取り直して。本当にどうしようかと思って、頭を抱えていると、


『スキル【人探し】を獲得しました』


 あの声が。


 いや、あるんならさっさと与えてくれよ!と頭の中で神様にツッコミつつ、早速そのスキルを使う。

 ついでに誰を探しているのか頭に浮かべる。

 メグちゃんの顔と、その母親を探しているという情報しか思い浮かべてないけど、いけるかな……。と思っていたが、それは杞憂だった。


『この先の道路を直進し、八百屋の角を右に曲がってください』

 と、スキル付与の女の人の声が、頭の中で案内を始めた。


 メグちゃんの手を引いて、歩き出す。


「ねえ、どーしたの?」

 流石に不思議に思ったのか、俺に尋ねてくる。


「こっちにメグちゃんのお母さんがいる気がするんだ」


「ふーん、そっか」


 それ以上追求してこようとはしなかった。


 その後もナビゲーション(?)に従いながら、歩いていく。


 すると、


「あ、おかーさんっ!!」

 メグちゃんが、母の姿を見つけた。


「メグ!!」


 すっ飛んでいって、母親に抱きついていった。


 よかった、見つかって。


「すみません、ご迷惑をおかけして」

 お母さんが謝ってくる。


「いえいえ、全然大丈夫です」


「見つけてくださって、本当にありがとうございました。ほらっ、メグもお礼を言って」


「おにーさん、ありがとー」


「どーいたしまして」


 一件落着、かな?


「そうだ、お礼に、夜ご飯どうですか?レストランに行こうと思ってたんですが……」


 全然落着していなかった。


「いや、結構です」

 流石に対価に見合わないよ……。


「まあ、そう言わずに……」


 結局断りきれず、一緒にレストランへいくことに。時間はまだ早いので、待ち合わせをすることに。


 うーん、なんか断る練習みたいなのもしたほうがいいか。

 ここぞって時に断れないと困るしなぁ……。

 そんなことを考えながら、時間を潰せる場所を求めて、歩き回る。


 あ。そうだった。

 リューのご飯、作らないと。


 なんか、リューのご飯係になっている気がするが、まあいい。

 一度街を出て、近くの森に。

 キッチンカーを出して、料理の準備。


 パパッとステーキを焼き、リューに出してやる。

 肉は返してもらったレッドビッグピッグを使用。


 なんかステーキ続きで、リューに呆れた目で見られた。

 まるで「お前はステーキしか出せないのか」とでもいうかのように。

 怖い。というより恐い。

 明日はちゃんと作るから。と念話で伝えると、フンッと鼻で笑いながら食い始めた。


 その後、俺の予定を伝えたら、久しぶりにウロチョロしてくる。と言って、どこかにいってしまった。なんか変なの獲ってこないといいけど。


 さて。待ち合わせの時間も近づいてきたので、片付けと用意を済ませ、待ち合わせ場所へ。


 この街には待ち合わせスポットとして有名(らしい)がある。それが、大きな大きな時計台。今日の待ち合わせに指定された。


 改めて見ると、ものすごく立派な時計台だ。

 セントラルシティの方でも有名で、それを見るための観光目的でこの街に来る人も少なくないという。まあ、水路とかも綺麗だし、頷ける。

 しかも、この辺は林が多く、春には多くの筍が取れるんだって。

 春以外でも、美味しいキノコがいっぱい取れるらしい。

 どちらも絶品だとか。これも、ここに人を集めさせる理由らしい。

 筍、食ってみたいなぁ……。

 今はちょうど春が終わり、いよいよ気温が上がってくると言ったところだ。

 俺はゴールデンウィーク中に死んだんで、まあ、当たり前といえば当たり前。


 いやー、タナカマチのことといい、この街といい、この世界の探索を楽しみにさせてくれる。


 この世界に来てよかった、と喜びを噛み締めていると、


「お待たせしましたー」


 やってきた。メグちゃんも一緒に。


「いえ、待ってません」


「あは。なんかデートの待ち合わせみたいですね」


「へ?」


「ママにはパパがいるでしょー!!」


 メグさん、大暴露。


「……」


 お母さんも、赤面して黙り込む。


 なんなんだ、この状況。


「ま、まあ、行きましょうか……」


「そうっすね」


「パパに言っとこ(小声)」


「……」


 多分メグちゃんの声は、俺にしか聞こえていない。


 もしかしたら、不倫を疑われるかもしれない。


 このままだと、俺のせいみたいで家庭が壊れるので、メグちゃんにいっておく。



「メグちゃん?ママが悲しむから、言っちゃダメだよ?」


「え?うん。わかった」


 一瞬疑問符を浮かべたものの、すぐに頷いて、俺は内心ほっとした。


 不倫とか、1番ダメなやつだしな。


 まあ、これで完全にメグちゃんが言わないとは限らないけど。


「そういえば、名前聞いてませんでしたね。教えてもらっていいですか?」


「あー、ケータです」


 当たり障りのない、ありがちそうな名を名乗っておく。


「ケータさんですか。わかりました」


 何が分かったか知らないが、今回も疑われたりせずに済んだ。現代日本人と分かれば、注目を浴びて、俺ののんびりライフが失われるのは火を見るより明らかだ。


 そうこうしているうちに、目的地に到着。石でできた壁で構築されている、穴場のようなレストランだ。


 店内へ。


 かなりオシャレだ。

 柱や屋根の枠組みなどが全て木でできていて、温かみを感じる。

 とても気に入った。


 席に着く。机も椅子も木でできている。

 いつか家を持つなら、こういう椅子がいいなぁ。

 テーブルの上には、水が入ったピッチャーが一つと、コップがいくつか。

 このコップがまた形が綺麗で、幻想的。

 ここの店、めちゃくちゃ気に入った。


「メニューです」

 店員さんが持ってきてくれたメニューを眺める。料理はハンバーグとか、ステーキとかが多い印象だ。

 ステーキはドラゴンの肉で食べたことがあるから、ここのを食べたら物足りない感じになりそうだし、ここは無難にハンバーグセットでいくか、と思っていたら、見つけた。

 自分では時間がかかって、リューの分を含めるほど大量に作るのは結構大変なビーフシチュー。紹介には、2日間かけて作りましたと書かれている。


 これにしよう。

 まあ、自分で払うし。

 だってここを教えてくれただけで、お礼が成り立ってるし。


 と言うことで、俺はビーフシチューを、親子は、分けっこするつもりでステーキセットを頼んでいた。


 しばらく待って、運ばれてきた料理を見て、メグちゃんが目を輝かせた。


「うわぁぁ……」


「美味しそう!」


「いい匂い」


 各々自分の感想を口にしながら、手を合わせる。


「「「いただきまーす」」」


 俺はまず牛肉をスプーンですくって、口に入れる。


 口に入れた瞬間、悟った。


 ああ、もうこれダメだ。と。

 ほろほろ。柔らかい。

 絶対いい肉使ってる。


 野菜も食べる。


 すごく柔らかい。気がつけば、具の半分以上を食べ進めていた。


「おっと、ここでバゲットも」


 付いてきたバゲットをシチューにつけて一口。


「う、うまぁぁ」


 最高だよ。


 気がついたらバゲット無くなってるし。


 やばい。止まらん。


「メグ、それも食べてみたいなー」


「こ、こら、メグ!!すみません……」


「いえいえ。メグちゃん、1口いる?」


「うん!!」


 メグちゃん満面の笑み。


 新しいスプーンをメグちゃんに渡す。


 メグちゃんは、俺の大事な限りある牛肉と一緒に、結構な分量を取っていった。あげると言った手前、今更返せとは言えない。言う気もないけど。


 それを口にしたメグちゃん。



「おいしー!!」


 またまた満面の笑み。


「すみません……」


「いいんですよ」


 お母さん、謝りっぱなし。

 子育て、苦労してるんだろうと言うことが窺い知れる。


「はい、おにーちゃん」


 見ると、フォークでぶっ刺したステーキを俺に差し出してきている。


 もちろん新しいスプーン。


「いいんですか?」


 思わずメグちゃんではなくお母さんに問う。


「全然いいですよ!なんなら受け取ってください!」


「あ、ありがとうございます」


「はい、あーん」


 は?まじ?あーん?


 流石にハードル高いよメグちゃん……。


 すると。


「食べてくれないの……?」


 なんか目に涙を浮かべてて。


「わ、分かった、食べる、食べるよ!!」


 急いで言って、食べようとしたら、今度は、


「へへーん、うっそだよー。私、好きな人にしかあーんしないもん!!」


 このやろ。


 でもなんかほっとした。


「すみません!!」


 お母さん、謝り倒し。


 結局、俺の元々バゲットが乗っていた皿にステーキが乗せられた。


 それを口に含む。


「あ、うめぇ」


 流石にドラゴンには敵わないにしろ、ソースがよくあっていて、焼き加減もめちゃくちゃいい。


 ステーキを楽しんで、再びビーフシチューに。


 やっぱ美味しい。


 絶対またここ来よう。


 ***


 食後、デザートに俺はアイスを、親子はそれぞれ違う味のシャーベットを食べ、落ち着いたところで。


「えと、ケータさん、今日は本当にありがとうございましたっ」


「いえ、大したことはしてないですよ……」


「いやいや、娘を見つけてくださって、本当に……」


「いや、俺としては、こんないい店を教えてくださったので、なんならこっちがお礼を言いたいです」


「いえいえ、こちらが……」


「いえ、こっちが……」


 結局、この譲り合いは会計の時にも続き、結果なんとか俺は俺の分を払えた。

 よかった。


 店を出て、親子と別れる。


「ケータさん、今日は本当に、ありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそ。また会えたらいいですね」


「はい、もっといい店知ってるので、機会があればまた」


「楽しみにしてます」


「では」


「はい」


「さようなら」


「さようなら」


「おにーちゃん、バイバーイ」


 最後に明るい声を残して、親子は去っていった。


 うーん、やっぱり、こう言うのがあるからこそ、旅はいいよねっ。

 ドタバタしてたけどさ。たまには、ね。


 そろそろ落ち着いたところで過ごしたい気分ではあるけど。


 そう思いながら、俺は親子が去った方向とは逆に歩き始めた。


 うん。


「ここ、どこ?」


 俺が迷子。


____________________________________


読んでくださりありがとうございます。





















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る