第9話 モテる男は、合コンでトロール系女子に対しても笑顔を絶やさない。

「へぇ~、それがコールマンさんとコルドさんの出会いなんですね」

「そうなんですよ!コーツさんも、これはもう運命的だとおもいますよね!?」

「確かに、それは僕でもちょっとロマン感じちゃう出会いかもしれないですね」

「流石コーツさん話がわかるぅ~!」


 復活したミリアを加えた俺たち三人は、他愛のない話をしながらギルドへの道のりを歩いていた。

 会話では基本的にミリアとコーツの二人が喋って、俺はミリアが口を滑らせないか見張りつつ、適宜相づちと肘鉄を入れることに徹していた。

 幸いにして、ここまででアホに肘鉄を入れた回数は三回で収まっている。最悪十回以上は打ち込んで、ことと次第によってはアホの肝臓を破壊することまで視野に入れていたから、この回数で収まっているのは僥倖と言えた。

 しかし、肘鉄の度にアホがその場にしゃがみ込んで悶えるので俺たちの足は遅々として進まなかった。コーツは他のやつに頼んだ方がよかったのではなかろうか?

 しかし、それでもコーツはニコニコとした表情を崩すことなく、俺たちについて来てくれる。人格破綻者や社会不適合者だらけの《燃え殻の髪バーンド》にしては珍しいめちゃくちゃ人ができた人間だ。飲み会とかで女の子にモテるタイプに違いない。

 まぁ、コーツは俺の知る《燃え殻の髪》の連中とは世代がずれているので、もしかしたら最近は組織の《アッパー》の人間の方針転換があったのかもしれない。

 俺の属した世代では《上》はとにかく実力優先で人間をかき集めていたから、正直、ちょっと驚くようなクズや人格破綻者、あるいは犯罪者まがいを通り越した完全な犯罪者なんかも混ざり込んでいたものだ。


 もちろん、品行方正な俺は違うけどな。


 そんなことを考えながらコーツを眺めていると、目があった彼が俺に微笑む。とても爽やかな初夏の風のような微笑み。もし俺がそこら辺の女なら、勘違いをしても不思議ではないレベルだ。

 そして、その笑みを崩さぬままコーツが口を開く。


「そういえば、コールマンさんはミリアさんの話を聞く限り、中々凄腕の悪魔狩りですよね。現場には戻らないんですか?」

「あー、このアホの俺に関する話は八割補正がかかって美化されてるので、真に受けないでくれるとありがたいですね」

「そんな!?」


 俺が指差すとアホがショックを受けた表情になるが、事実アホの話は歪んだレンズを通したような、アホによる超主観が混ざっている。場末の酒場でリュートをかき鳴らす吟遊詩人の語りの方がまだ信憑性があるレベルだ。


「確かにコルドさんはコールマンさんに一途過ぎて、話が美化されてるところがありますよね」

「理解が早くて助かります、どこぞのアホと違って」

「師匠? 会話の度に私への言葉にトゲがあるのはなぜですか、師匠?」


 それはお前の学習能力がないからだよ、このアホ。


 口には出さなかったが、表情から再びトゲを刺されたことを察したアホが頭を抱えて悶えると、それを見たコーツがまた声を出して笑う。


「ははっ、お二人は見ていて飽きませんね。一人親方みたいな僕には羨ましい限りです」

「もし、相方を見つけるなら相手はよく選んだ方がいいですよ。適当に選ぶと俺みたいに貧乏くじを引くはめになりますから」


 ニコニコと笑うコーツに俺は本心から忠告した。

 隣でアホが「師匠? 冗談ですよね、師匠?」と腕にすがり付いてきたことはスルーした。


「ご忠告感謝します。凄腕の《悪魔狩りスレイヤー》の方からの意見として参考にさせていただきます」

「いやいや、俺は『元』ですし、人類最強クラスの《燃え殻の髪》から見たら、ほとんどの《悪魔狩り》は大したことないでしょう?」


「いえ、僕なんてまだまだです。《悪魔狩り》としての経験も少ないですし、《燃え殻の髪》の中ではまだ色も残っている方ですからね。その上、今回の件では悪魔も逃がしてしまって、後始末を他の方にしていただくなんて資格返上レベルですよ」


 そう自嘲気味に言って、コーツは自分の前髪を一房つまむと指先で弄ぶ。

 元は茶色だったであろうその髪は、確かに俺に比べて色素の抜けが甘い。《燃え殻の髪》はその髪の色が薄ければ薄いほど人の枠をはみ出た存在になる。実際に、俺が現役だった頃の《踏破者ビヨンド》の上位五人は、色素が完璧に抜けた透き通るような白髪だったことを覚えている。


 そして、俺も後一歩でそこに手がかかるところまで踏み込んでいたのだ。


 俺にはもうこれ以上成長の余地はないが、コーツはまだ若いのでこれからの活躍では十分に色素が抜ける機会はあるはずだ。表立って励ますことは出来ないが、先輩として少しは気の効いた言葉をかけてやろう。


「コーツさんは若いから、まだ上を目指せると思いますよ。俺は自分の限界が見えたんで、ドジ踏む前に後継の育成に回りましたけどね」

「ありがとうございます。でも、もったいないですね。コールマンさん、凄く強そうなのに」

「ああ、本当に。弟子一号がここまでアホじゃなかったら、俺ももっと弟子をとれたのに、今ではこの様ですよ。……あ、ギルドが見えましたね」


 あえてコーツの望んでいたであろう答えとずれた答えを返したときに、ついに目的地である《悪魔狩りギルド》の看板が俺たちの視界に入った。


「あっ、本当だ! いやー、お二人とも助かりました! 僕はこれからここのギルド長と悪魔の件で少々話します。勇敢に戦った方々のことを《上》に報告する必要がありますので」

「そうですか、俺たちは素材を換金してから新しい依頼を受注する予定なので、ここからは別行動ですね」

「コーツさん、できたらまたお話ししましょうね!」

「はい、ぜひお願いしますコルドさん」


 三人でギルドの扉をくぐると、コーツの姿を見た職員がすぐにこちらに駆け寄ってくる。

 俺が目配せをすると、駆け寄ってきた職員は俺にだけわかるように軽く頷いた。どうやら俺の活躍を隠す話は、昨夜の内に末端の職員にまでちゃんと行き届いているようである。

 もしかするとブレンダンが密談の後のどこかのタイミングで、関係者全員に《念話テレパシー》を飛ばしたのかもしれない。彼の気配り能力の高さからすれば、十分にあり得る話だ。


「では、俺たちはこれで」

「はい、重ね重ねありがとうございます。またいずれ」


 ブレンダンの素早い手際に感謝しつつ、俺たちはコーツと別れる。またいずれと言われたが、できればもうなるべく彼とかかわり合いにはなりたくない。

 コーツはかなりの人格者のようだが、それでもやはり《燃え殻の髪》の一人だ。事実が分かったときに、彼が俺たちと敵対することは十分にあり得る。

 正直、コーツは色々な意味であまり殺し合いはしたくない相手だ。

 彼との関係が良好なまま、この出会いが美しい思い出に変わることを祈りつつ、俺とミリアはギルドの窓口に向かった。

 

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