第8話 運命の出会いのために、曲がり角でパンを咥える必要はない。

「ミリア、俺の髪変じゃないか?」

「いえ、グレイマン師匠は黒髪でもナイスガイですよ! というか私的には黒髪がいいですね、これからずっと染めませんか!」

「やだよ、色がすぐ抜けるから染料が勿体無いしな」

「ちぇー」


 パーティーから一夜明けた翌朝。

 俺はミリアに手伝ってもらいながら自分の髪を黒く染めていた。

 その理由は、これから万が一他の《燃え殻の髪バーンド》に遭遇したときに、こちらが同業者だとばれないようにするためだ。

 悪魔を殺したとはいえ、その悪魔に傷を追わせていた《燃え殻の髪》は間違いなくこの街に来る。そうなったときに、もしそいつと出会い俺の髪がそのままだったら間違いなくバレる。

 普通にしていたら一般人からはただの若白髪だと思われるこの髪も、同業者から見れば丸分かりなのだ。

 そして、バレたときには最悪その場でそいつと殺し合う可能性すらあり得る。リスクを避けるためにも、俺はしばらくの間髪を染めることを選んだのだ。


「俺たち《燃え殻の髪》は特殊な体質のせいで髪の色素がすぐに抜け落ちるからな。多分この毛染めも三日と持たん」

「あー、それはちょっときついですねぇ………折角カッコいいのに」


 ミリアがガックリと肩を落とす。

 俺の染料代は当然の如くミリアの財布から出ているので、既に月謝、食費、共益費の支払いで火の車なこいつの懐事情ではそこに染料代を加えることは不可能だった。


 悪いなミリア。もし悔やむのなら、収入が少ないお前の不甲斐なさを悔やめよ。


 自分のことを棚に上げて心の中でそう念じながら、俺は外出用のローブを被る。


「よし、準備もできたし《悪魔狩りスレイヤーズギルド》に行くか。ちゃんと素材持てよ」

「はい、素材は既に全て鞄に入っておりますグレイマン師匠!」

「じゃ、行きますか」


 そうして俺は部屋のドアに手をかけた。



◇◇◇



 《悪魔狩りギルド》は、その名の通り、悪魔、そして魔物のような《魔界リンボ》から湧く生物を殺して生計を立てる《悪魔狩り》達のためのギルドだ。

 この《悪魔狩りギルド》の特徴は、他の商工会ギルドと違ってこの世界ハイラントに存在する全てのギルドの管理が、ある国家に一元化されているところにある。

 商工会系ギルドは一部の国策ギルドを除けば、土地や大陸ごとにそこの有力者が最大の元締めになるのが通例だ。一部の特殊な特産品を扱うギルドには国が関与することもあるが、どこの街でも目にするような普遍的なギルドは、基本的に国が運営することはない。

 しかし、《悪魔狩り》ギルドだけは、その全てが中央大陸ノヴァにある《中立国家スキニール》の手で運営される国営ギルドだ。

 《中立国家スキニール》は、この世界に初めて神々が降臨したといわれる伝説の土地アスラの丘を、その国土に有するため宗教国家としての側面が強い。《ハイラント》全大陸で最も信者の多い宗教グレアー教を筆頭に、《アスラの丘》に降臨したとされる様々な神々を信奉する宗教の総本山があるため、巡礼の信者のためにあらゆる国家からの中立を保っているというわけだ。


 そんな中立国がギルドを運営することによって、国による優秀な《悪魔狩り》の囲い込みを防ぐと共に、自国での特殊な教育プログラムを乗り越えた、選りすぐりの《悪魔狩り》である《燃え殻の髪》を要請によって派遣をするなど、世界諸国の対悪魔の足並みを揃えるのに一役買っている。

 そして、《悪魔狩りギルド》は悪魔討伐の依頼や、魔物由来の素材の買い取り業務を執り行う最大手でもある。

 無論、個別に依頼や素材の売買も出来るが、全世界に網目のように張られた、ギルドの連絡網や輸送網を介した方が何かと便利だ。故に一部の例外を除いて、ほぼ全ての《悪魔狩り》はギルドに籍を置いてそこに集う。


 ちなみに、その数少ない例外の一つが俺だ。


「一角兎(ホーンラビット)の素材、高く売れるといいですね!」

「ああ、多分凍らせた三匹の毛皮以外は相場より高い値がつくだろ」


 俺たちが《悪魔狩り》ギルドに向かっているのは、先日のミリアの課題で手に入った素材の換金と、新しい課題のための依頼を探すためだ。こいつが集めていた素材は、本当ならあの日の内に換金する予定だったのが、悪魔騒ぎのせいで機会を逃したので今日にずれたのだ。

 そんなこんなで、俺たちは朝一でギルドへの道を歩いている。ギルドは緊急の案件にも対応できるよう夜間も含め常に開いているが、人員の配置は少ないので人手の増える朝を待った形だ。


「師匠! 相場よりも高く売れたら、そのお金でランチを豪華にしましょうよ!」

「このアホめ。高く売れた分は、次の旅への資金に積み立てるんだよ。しかも、昨日あれだけ食ったくせに、何ですぐにまた豪華な飯を食おうとするんだよ」

「ええ~、だって師匠とのご飯は、なんか最近いつも侘しい感じじゃないですか~」

「そりゃお前、いいもの食ってると、俺がお前にたかってるヒモ野郎みたいに思われるからだよ」

「し、師匠が私のヒモだなんて……! …………それもあり、ですかね」

「ねーよ」


 益体のない軽口を叩きながら、俺たちが朝の大通りをゆっくりと歩いていたその時。


「すみませーん! ちょっといいですか!」

「ん?」「はい?」


 俺たちの背中に耳慣れぬ声がかかった。

 振り返ると、そこには小柄な一人の若い男が立っていた。年齢は十代半ばのミリアよりも上だが、二十代半ばの俺よりはかなり若そうに見える。目がぱっちりしたタイプの彫りの浅い顔が、更にその印象を強めている。

 男はその柔和な顔ににこやかな笑みを浮かべてはいるものの、眉の外が垂れ下がり明らかに困り顔だ。

 しかし、俺たちにとって、その表情よりももっと目を引いたものがある。

 それは髪だ。

 男の髪は中央で左右に分けられて肩口まで伸ばされたセミロング。だが、重要なのは髪型ではなく色だ。その色は、加齢等によるものではなく、明らかに年齢不相応に異質な色落ちをした、透き通るような灰色をしていた。

 それはまさに、俺と同じ《燃え殻の髪バーンド》の色に相違なかった。

 内心の動揺を悟られぬように、俺は極めて平静を装い声を出す。


「えーっと、『はじめまして』で合ってますよね? 俺たちに何かご用ですか?」

「はい、『はじめまして』で正解です。僕はコーツ・グレイマンと申します。貴方のお隣のお嬢さんにご用があって声をかけました」


 コーツと名乗った男のその言葉に、ミリアがあからさまに狼狽える。

 こういう突然の出来事に対してのアドリブに弱いのが、こいつの最大の弱点だ。もし阿呆なことを口走りそうになれば、鉄拳制裁も辞さない。

 俺は、いつでも拳を振り下ろせる準備をしながら、ミリアの言葉に聞き耳を立てた。


「わ、わたしですか? ……はっ!? これはもしかして俗に言うナンパというやつでは!? いけません! 私には既に将来を固く誓った人があいたっ!?」

「………………」


 更なる妄言を吐く前に、俺はアホの頭部に無言で一撃を入れた。

 頭を押さえて踞るアホに俺はゴミを見る視線を送る。


「あいたたた…………」

「お前さ、ほんとそういうところだぞ?」


 馬鹿丸出しのやり取りをする俺たちを見て、コーツは声を上げて笑う。


「ははっ、すみませんお嬢さん。期待させて申し訳ないんですが、ナンパではないんですよ」

「いてて……と言いますと?」

「その識別章、お嬢さん《悪魔狩り》ですよね? 僕、この街に来たところなんですけど、ギルドの場所がよく分からなくて。案内してもらえないかなーって、声をかけたんです」


 その言葉に、ミリアが「あー、なるほど」と納得がいった様子で手を打つ。

 コーツの言う通り、この《ヨーク》の街のギルドの位置は少しややこしい。基本悪魔狩りギルドは、街への悪魔の進入に対してあらゆる可能性を考慮して、大都市では等間隔に複数、この街のような小さな街なら中央に一ヶ所置いて、どのようなルートからの侵入でも即時対応ができるような配慮がなされている。

 しかし、この街の中央部にはそこそこ太い川が走っているのでギルドは中央から少し離れた場所にあるし、広場など本来は街の中央に置くべき主要施設も、他の街とは変わった配置になっている。昨日の悪魔がいた城壁沿いの広場なんかがそのいい例だ。


「じゃあ、これから向かうところなので私たちが案内しましょうか?」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 ミリアの申し出にコーツがにこやかな表情で答える。


 ……ミリアめ、二つ返事で応えやがったな。まぁ、今回はしかたないか。


 正直、他の《燃え殻の髪》とはあまり一緒には居たくないが、かといってここで断るのも不自然だ。断った後でギルドで鉢合わせすることもあり得るので、ここはミリアの言う通りコーツを案内するのが無難だろう。

 もっともこのアホはそんなことは考えず、100%善意で申し出ているのだろうが。


「それじゃあ、行きましょうかコーツさん! 私はミリア・コルドです! そしてこちらがしーー」

「ーーアホの飼い主の、アッシュ・コールマンです。よろしく、コーツさん」


 「師匠」と言いそうになったアホの言葉を、俺は咄嗟に遮る。《悪魔狩り》の師匠が識別章を着けていないことは、コーツに俺に対する不審感、そこまでいかなくとも疑問を抱かせるには十分だ。

 少しでもバレるリスクは避けたいところで、無警戒にそのリスクをぶちこんでいくアホは、アホ呼ばわりされても仕方がない。


「えぇ!? のっけから酷くないですか!?」

「さっきのアホ丸出しの会話の仕返しだこのアホ。まともに呼ばれたかったら、そのアホな頭で考えて少しはアホな言動を直せよ、このアホ」

「アホって言い過ぎでは!?」


 そのやり取りを見たコーツがまた声を上げて笑う。強くなる度に頭のどこかが壊れていく《燃え殻の髪》には珍しいが、こいつにはまだ人間らしい人懐っこい性格が残っているのかもしれない。


「ふふっ、コルドさんにコールマンさんですね。二人とも、とても仲がよろしいようで羨ましいですよ」

「そ、そうですかね! どうしましょう師匠、お似合いの二人だなんとぅふっ!?」


 アホが更なる妄言を漏らす前に、電光石火の速さで俺は動いた。


「誰もそんなことは言ってねーよ、このアホ。……それじゃ、行きましょうかコーツさん」

「だ、大丈夫なんですか?」


 俺の放った無言の肘鉄をみぞおちに受けて通りに崩れ落ちるアホの姿を見て、流石に顔をひきつらせるコーツに、俺はごく自然に声をかけた。


「ええ、あいつはアホなので三歩歩けば痛みも忘れます」

「そ、そうなんですね」


 そうして、未だに起き上がれぬアホをそのまま残して、俺とコーツはギルドに向かって足を運ぶのだった。

 

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