第10話 西部劇で転がっている丸い草の名前は「タンブルウィード」という。

「戻りました」

「あら、コールマンさん、お帰りなさい」「コールマンさん、お戻りになられたんですね」


 《白馬の嘶き亭》に戻った俺が入り口で中に声をかけると、フロアに顔を出していた女将さんとメリーが返事をしてくれた。親父さんはどうやら奥の厨房で料理の最中らしい。


「はい戻りました。早速なんですけど頼み事一ついいですか?」

「はい、コールマンさんのたのみならお安い御用ですよ」


 二人に返事をした後に女将さんに声をかけると、彼女はにこやかに頷いてくれる。


「急な話なんですが、1日分の保存が効くような食事を二人分用意してもらえませんか?」

「弁当二人分ね、すぐに用意しますね!」「コールマンさん、お出かけですか?」

「ありがとうございます。弟子が新しい依頼を受けてね。ちょいと街から離れるんだよ」


 俺は女将さんに礼を言いつつ、メリーの質問にも答える。

 今朝、コーツと別れたあと、俺たち二人は《悪魔狩り》ギルドで素材の換金と新しい依頼を受注していた。

 ミリアの手に入れた素材は、予想通りそこそこ良い値がついたので、それを元手にして今度は少し難度の高い遠隔地の依頼を受けることにしたのだ。

 現在、ミリアには冒険に必要な物品の買い出しを予算を指定して任せてある。《悪魔狩り》は常に丁度よい仕事が転がっていたり、金銭がいつも潤沢に使えたりするとは限らない。限られた予算の内で効率よく物品を賄い、そのための目利きや値段交渉をするのも《悪魔狩り》を続ける上での必須技能だ。


「遠いところに出られるんですね、コールマンさん、お気をつけ下さいね」

「大丈夫だよ。俺の実力はよく分かっただろ? 俺は相手が人間だろうが悪魔だろうが絶対に負けない。魔物なんか相手にもならない。でも、ありがとうな、メリー」


 メリーの気遣いに礼を言って、彼女の頭を撫でる。撫で始めてから少し子供扱いし過ぎかとも思ったが、メリーが特に文句を言わないのでもうしばらく撫でてやる。

 メリーは年の割にはしっかり者だが、こういうところを見るとまだまだ子どもなのかもしれない。


 ああ、ミリアもメリーぐらい大人だったらどれだけ楽だったことか。ミリアとメリーを足して、いいとこ取りして二で割れば……いや、そうするとハズレの方があまりにも不憫すぎるか。そもそも、いいとこの成分の方に、ミリアの要素ほとんど入ってねーし。


 頭の中でメリーと不出来な弟子を比べて、俺は現状を憂いた。

 しかし、表面上はそんなことは一切出さずにメリーの頭をたっぷり撫でたあとで手を離すと、彼女は少し名残惜しそうな視線で離れていく俺の手を追った。


「それじゃあ、俺は荷物の準備をしに部屋に戻るので後はよろしくお願いします。メリーも頼んだぞ」

「はいよ、客が増える前にちゃちゃっと作るから少し待っておくれよ」

「はい。コールマンさん、また後で」


 二人の声を背に受けながら俺は階段を登る。

 三階まで登って廊下へ。中央の部屋のドアに鍵を刺して回す。ドアを開けて中に入ると、そこには見慣れたいつもの光景。華美ではないが、しっかりと手入れの行き届いた部屋。細々(こまごま)とした俺の装備と荷物。

 俺は早速、準備のために装備と荷物に手をつける。

 その準備は先程の受けた依頼のために。


 そして、


「………少し、長居し過ぎたな」


 想定よりも少し多かった荷物を整理しながら俺は一人呟く。

 この街に来てから半年、街に来てどれ程もしなかった頃に、《白馬の嘶き亭》で昼間から酒を飲んでくだを巻いていた酔っぱらいからメリーを助けて以来、彼女に誘われて入ったこの宿にずっと腰を落ち着けていた。

 丁度よい部屋、美味しくて量のある食事、融通の効く宿代(効いていない)、そして何より優しい人々。今まで、遠巻きに眺めるだけで俺には縁遠かった理想がここにはあった。


 ……いや、あり過ぎた。


 投げナイフの件から察するに、ミリアもあちらはあちらでこの街の人と様々な形で絆を結んでいる。あいつは根が善良で人懐っこいから、きっと俺よりも多くの縁があるだろう。

 だから、これ以上根が張る前にここを出る必要がある。


 これ以上根を張れば、ミリアも別れが辛くなる。だから、これでいい。


 自分にも言い聞かせるように、頭の中で呟く。

 俺もミリアも、一所には留まれない、いや、留まってはいけない存在なのだ。今回の悪魔の件とコーツとの遭遇は、改めてそれを認識する良い機会になった。

 今回の依頼を達成することができたら、ミリアの《悪魔狩りスレイヤー》としての等級が上がる。そうすればもう少し深度のある《魔界リンボ》にも潜れるようになる。

 この街の近辺は、比較的深度の浅い《魔界》ばかりなので、等級に合わせて拠点となる街を移すのは自然な行為だ。俺たちが街を去ることに誰も不信感は抱かないだろう。


「よーし、とりあえずこんなもんだな。最後に背嚢に収まりそうにない道具は雑貨屋にでも売るか」


 ある程度荷物をまとめた俺は、冒険用の背嚢を背負うと食堂へ戻る。ミリアが帰ってくるまで、テーブルが空いているならそこで時間を潰させてもらおう。


 食堂で空いている場所がないかテーブルを確認していると、厨房の方から女将さんの声がかかる。


「コールマンさん、いいところに。今準備ができたところだよ」

「もうですか、早いですね」

「料理は出来合いのものだし、メリーが手伝ってくれたからね。ほらメリー、渡してあげな」

「はい、お母さん」


 そう言うとメリーが厨房からこちらにやって来る。その手には色の違う3つの包みが乗っている。


「コールマンさん、これがお二人のお弁当です。いつも通り、若草、青葉、枯葉色の包みの順に日もちがしない料理になっているので、順番に食べてくださいね。味は折り紙つきです」

「ありがとうメリー、大事に食べるよ」


 礼を言って俺はまたメリーの頭を撫でる。先ほど名残惜しそうな表情をしていた彼女は嬉しそうにそれを受け入れる。


「ありがとうございます。…………コールマンさん、貴方には万が一もないと思いますが、気をつけて帰ってきて下さいね」

「もちろん、良い《悪魔狩り》の資質は必ず生きて帰ることだからな」


 少し心配そうなメリーに俺は笑って返事をする。


 そうだ、俺は必ず生きて帰る。

 また、この人たちの顔を見るために。

 そして、ちゃんとここから旅立つために。


 そんなことを考えていると食堂の扉が開いて、ミリアが顔を覗かせる。中を見渡して俺の顔を見つけると、そのまま嬉しそうにこちらに駆け寄ってくる。その両手には、俺が購入を指示した覚えのない馬鹿デカい二本のボトルが握られている。


「師匠! 見てくださいよこれ! 中級の万能ポーション一つ買うとお徳用の下級ポーションがおまけで二本もついてきたんですよ! 私、買い物上手じゃないですかね!?」


「……ほう」


 予定外の戦利品を両手に手に持って早く誉めろと言わんばかりの表情をするミリア。俺はそれに出来るだけ優しく作った声をかける。


「じゃあ一つ聞くがミリア。お前そのバカでかい下級ポーションを一体背嚢のどこにしまって冒険する気なんだ?」


「………………あ」


 ミリアの表情が一転、目が左右に忙しなく泳ぎ始める。本当によく泳ぐものだと感心するほどの泳ぎっぷりだ。目の水泳大会でもあればぶっちぎりで一位を取れるだろう。


「いやー、これは目的地までの道中、喋る話題には事欠かないみたいだな、このアホ」

「ひぇ~! 勘弁してくださいよぉ!?」


「勘弁して欲しいなら、さっさとその軽挙妄動を直せこのアホ!」


 俺の気も知らないでこのアホは。さて、これからどう料理してやろうか……。


 食堂の扉を再び開けて逃げ出すアホを追いかけながら、俺は道中このアホをどんな言葉でなじってやろうかと考えを巡らせるのだった。



◇◇◇



「なるほど、大体の経緯は分かりました。勇敢に戦い死んでいった彼らに無上の敬意を」

「ありがとうございます、グレイマンさん。《燃え殻の髪バーンド》の方に誉めていただいたとなれば、彼らの魂も浮かばれます」

「コーツでいいですよブレンダンさん。僕たちはみんなグレイマンなのでその方が分かりやすいですから」

「ああ、そうでしたねコーツさん」


 朝一番にギルドにやって来た《燃え殻の髪》のコーツ・グレイマンを目の前にして、私はいささか緊張した面持ちで彼の対面の椅子に座っている。

 コーツさんは私よりも一回り以上は年若く、笑顔を絶やさず、礼儀も正しい。噂で伝え聞いていた《燃え殻の髪》とは違って、とてもまともな人間に見える。昨日のアッシュさんのことも考えるに、《燃え殻の髪》は噂が独り歩きしているだけで、意外と普通な人間も多いのかもしれない。


 しかし、性格はともかく実力という点では《燃え殻の髪》はどうやら噂通りらしい。コーツさんの纏う雰囲気は強者のそれだ。余裕を湛えて、それでいて油断がない。例えるなら、そう、張られた弓の弦のような状態。それは、アッシュさんから感じたのと同じ、《悪魔狩り》の理想を体現したかのような佇まいだ。私などが、たとえどれだけ研鑽しようと辿り着けない境地に彼は存在している。

 そんな緊張と些かの羨望が混じった私の視線を知ってか知らずか、彼は手元の報告書を持ち上げるとにこやかな笑顔で私に語りかける。


「いやー、それにしても助かりますよブレンダンさん。この報告書、僕の手直しが要らないぐらい完璧です。僕はこの手の事務作業はてんでダメでして、これがあれば《アッパー》への報告が楽になります」


 そう言ってコーツが手に持った報告書の束をヒラヒラと振った。


「それは良かった。普段からきっちりと文書を仕上げていたお陰ですな」

「ははは、《悪魔狩り》は僕も含めて、みんな事務方の仕事はいい加減なところがありますからね。この手の

才能は、ある意味戦闘のセンスよりも貴重ですよ」


 嫌みのない心からの称賛。コーツさんは本当に人格者だ。《燃え殻の髪》がみんな彼のようなら、もっと人前への露出もあるのだろうが、そうでないことを考えると、やはり噂で伝え聞く恐ろしい姿こそがその本質であり、彼やアッシュさんは本当に例外なのかもしれない。


「それでは事務的なことは済んでいるようですので、僕はこれから僕らしいやり方で、しばらくこの街に貢献させていただきます」

「と言いますと?」


 コーツさんが言った「僕らしいやり方」という部分の意図が分からなかった私は、思わず彼に聞き返していた。

 そんな私に、彼は自信たっぷりな表情で胸を反らす。


「もちろん戦闘ですよ。これからしばらく街の周囲を巡視して、魔物の侵入への警戒に当たります。悪魔は死後に魔力を残すので、そこに強い魔物が集まりますからね」


 《燃え殻の髪》直々の巡視の提案に、私は思わず椅子から腰を浮かせた。


「なんと! しかし、わざわざ《燃え殻の髪》のあなたのお手を煩わせるわけにはいきませんよ」


 最高クラスの《悪魔狩り》である《燃え殻の髪》の戦闘を間近で見られるまたとない機会。

 目の前に降って湧いたその機会を、私は断腸の思いで辞することにした。

 《燃え殻の髪》は人類にとっての貴重な戦力だ。悪戯に遊ばせておけるものではなく、本来ならもっと激しい戦線にあってしかるべきもの。それをこんな小規模な街の巡視で拘束するのは、些か申し訳なかった。

 そんな考えから発した私の言葉に、コーツさんは首を横に振る。


「いえいえ、お気遣いなく。元はと言えば悪魔にきっちり止めをさせなかった僕が招いたことですから、これぐらいの後始末はさせてくださいよ。それに、悪魔が街の中に出て《悪魔狩り》にも犠牲者が出ています。住民も不安でしょうから、僕が出ることで彼らを安心させたいのです」

「おお……そこまで申してくださいますか」


 なんと高潔な提案だろうか。これがあの残虐非道と噂された《燃え殻の髪》だとは。やはり噂は噂でしかなかったか。


 私は自分の仕事への責任感と、市民の心を慮るコーツさんのその優しさに心を打たれた。


 ここまで考えての申し出ならば、頑なに断るのは流石に失礼に当たるか。


 そう考えた私は、コーツさんの申し出を受け入れるために口を開いた。


「なるほど、そういうことでしたら私からもぜひお願いしたい。それと、もしよろしければ後学のために、有望な《悪魔狩り》を何名かコーツさんに同行させていただいてもよろしいですか?」


 申し出の受諾と私からの新しい提案に対して、コーツは笑顔で首を縦に振る。


「ええ、それが皆さんのためになるのであれば、僕は喜んでお受けしましょう!」

「おお、ありがとうございます! すぐに皆に伝えてきます。多分お供役の取り合いになるでしょうなぁ」

「ははっ、そうなったら僕も嬉しいですね」

「ははは、絶対にそうなりますよ! では、私はしばらく席を外します。そのまま寛いでいてください」


 そう言い残して私は席を辞して《悪魔狩り》達の待機所に向かった。段々と速くなる足取りに、年甲斐もなく私自身が興奮しているのが分かる。


 しかし、興奮するなと言う方が無理だなこれは。


 何と言ったって本物の《燃え殻の髪》と共に行動できるのだ。彼らは様々な国の公的な文章にもその名と活躍を遺す。つまり彼らは後の世に歴史の一部として残るレベルの英雄なのだ。

 普通ならこんな小さな街に所属する《悪魔狩り》にとっては、まったく無縁の世界の存在なのだ。そんな存在と一時でも共に肩を並べ仲間として行動できるのだ。それに心踊らぬ訳がない。


 私はこれからこの事実を皆に伝えた後に起こるであろう狂乱と、それをいかに鎮めて警らの割当を決めようかということへの思案を巡らせる。


 ……とりあえず、割り当ての中に私は絶対にねじ込もう。


 普段全くといっていいほど使うことのなかった支部長としての強権をここで振るおうと固く決めて、私は足早に廊下を駆けていった。

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