08-05


 ――その後の顛末。


 俺と屋上さんは、特に際立った進展があるわけでもなく、夏休みの残りを消化した。

 デートは三回した。一回目がモール、二回目が映画、三回目もモール。

 レパートリーなんてありはしないので、相当苦労した。


 その結果、彼女と俺との間でいくつかの約束ごとがなされることになる。

 話し合いは近所のコーヒーショップで行われた。


 曰く、


「あんまり、無理にデートとかしようとしなくてもいいんじゃない?」


 という話。

 どこにいったって緊張してろくに話せるわけでもない。それだったら、今までみたいにぐだぐだ過ごしたほうがいいんじゃないのか、と。


 でもせっかくだし、デートとかしたいんだけど、と俺が言う。


「それは、もうちょっと現状に慣れてからの方が」


 その言葉は、俺を簡単に納得させた。

 お互い、思うところはあるのだが、かといってそれを一気にやろうとしても間が持たない。

 焦ってもろくなことにならないのは見えているし、と合意した上で、話はまとまった。


 帰り道で手を繋ぎたいと提案されて、それを受け入れた。とりあえず、夏は暑い。


 さて。


 俺と屋上さんが付き合うことになったという話は、簡単ながらも早々に広がった。


 まず、礼儀として幼馴染に。

 彼女とはその後三日間、連絡がとれなくなったが、四日目、俺の家に押しかけてきた。

 ちなみにそのとき屋上さんもいた


「夢を見ました」


 と幼馴染は言った。


「なんか、人気のあるラーメン屋なら行列くらいあって当然だ、みたいな天啓を受けました」


 どっかで聞いたことのある話だ。


「というわけで、諦めないことにしました」


「そこは祝福してください」


 話は簡単には終わらないようだった。


 それとは別に、ユリコさん側からも話があり、


「アンタに彼女ができようが彼氏ができようが、私としてはこれまで通り、面倒みたり連れまわしたりします」


 とのこと。

 それ、いいんだろうか。そろそろ年頃だし、別に面倒見てもらわなくても。

 どこかに行くとなれば幼馴染も一緒になるわけだし、さすがに気まずい。

 とはいえ、ユリコさんには逆らえない。どうしたものかと策略を練っているところだ。


 妹の反応はというと、ひどくシンプルだった。


「あ、そう」


 短く頷く。もうちょっと、なんかないの? と訊ねると、彼女は簡単に答えてくれた。


「お兄ちゃんに彼女ができようができなかろうが、私はお兄ちゃんの分のご飯を作るし、新学期になればお弁当も作るんです」


 ちょっとよく分からない理屈だが、自分の態度はなんら変わることがない、と言いたかったらしい。

 周囲の反応はといえばそんなふうだった。


 それから、後になって後輩から聞かされた話がある。


「ぶっちゃけ、ちい姉から告白するように仕向けてたんですけどね、私は」 

 

 なんでも、後輩の誕生日というのは単なる口実だったらしい(実際に誕生日は近かったらしいが)。


「ちい姉がね、新学期始まったら、これまでみたいに会えなくなるんじゃないかって心配してたんですよ」


 もちろん初耳だった。


「そんで、じゃあ告っちゃえば? と私が言ったんです。で、だったらまずデートだろ、と」


 軽い。開けっぴろげな言い草に苦笑する。そういう裏があったらしい。

 これは直接関係ない話だが、タクミとるーは双方とも携帯を持っていて、今もメールのやりとりを続けているという。

 時代も変わったもんだ、と奇妙な気持ちになる。


 男たちの反応はどうだったかというと、彼らには報告が遅れた。

 屋上さんと二度目のデートに行ったあと。そろそろ報告しておくか、と久しぶりに三人を呼び出した。


 サラマンダーはなぜだか笑い転げて、キンピラくんはどうでもよさそうに窓の外を眺めていた。

 マエストロだけが呆然と俺の顔を睨んでいた。


 その日の夕方、丘の上の公園に、ひとりの男の咆哮がこだましたとかしてないとか。

 後になってサラマンダーから聞いたので、まぁ、実際に叫んだんだろう。


 そんなこんなで、夏休みが終わった。


 二学期が始まって、また忙しない学校生活が始まる。長い休みでだらけきった生活リズムを正すのは困難を極めた。

 とはいえ、学校にいかないわけにはいかないし、いきたくないわけでもない。


 起きなければならないことはわかっているが、それで眠気が吹き飛ぶわけでもない。

 ベッドの中で寝転がる。学期が始まって何日かたった今でも、体はまだ眠さに負けそうになる。

 そうこうしているうちに、休み中ずっと眠っていたなおとが、それまで休んでいた分を取り戻そうとするみたいに騒ぎ始めた。

 

 目覚まし時計のアラームは融通がきかない。

 が、ここ数ヶ月で親しくなれた感があるし、起こしてもらっているわけなので、殴ったりはしなかった。

 ここ最近の俺は特にゴキゲンです。


 起き上がって学校に行く準備をする。残暑はまだまだ続きそうだ。

 リビングに下りると妹が朝食を並べていた。一緒になって食べる。

 休み中はだらだらと過ごしていた妹も、学校が再開されてからはまたきっちりとし始めた。


 一緒に家を出る。そのうち屋上さんと一緒に登校したいな、と思うのだが、いまいち言い出すきっかけがない。

 距離的にも道的にも、できないわけではないのだが。


 まぁそれより先に、未だに強引に一緒に登校しようとする幼馴染をなんとかするのが先かもしれない。


 最近ではわざと屋上さんを挑発するみたいなことを言い出す始末。ひやひやする。女って怖い。

 とはいえ、俺がいない場所ではそこそこ仲良くやっている、らしい、が。

 どうだろう。そこらへんの機微は良く分からない。問題があるというわけではないようだが。


 教室につくと、マエストロが俺の席で薄い本を読んでいた。

 またかよ、と思うと同時に、なんとなく嫌な予感がする。


 静かに声をかける。


「マエストロ、何読んでんの?」


 彼は表紙だけをこちらに向けた。

 好きなヒロイン。

 やっぱこいつは敵だ、と思う。


「……まぁいいや」


 なんでもないつもりでそう言い放つと、マエストロの眼光がぎらりと歪んだ。


「まぁいいや、だと?」


 怖い。

 なんか踏んだ。


「おまえ、彼女できたからって調子に乗りやがって! 自分はソンナモノ興味ないですよ、みたいな顔しやがって!」


 彼はガタイがいいので、大声で騒ぐと迫力がある。

 困る。


「いや、落ち着け」


「落ち着け、じゃねえよ!」


 彼は俺が何かを言うたびに声を荒げた。

 どうしろっていうんだ。


「なんか最近上から目線になりやがって! おまえだって依然として童貞だろうが!」


 ――そりゃそうなんだけど。

 彼の叫びが終わると、教室は耳鳴りのしそうな静寂に包まれた。


 周囲のクラスメイトたちから、ああ、この夏もこいつはダメだったのか、みたいな目で見られる。

 済、のハンコが全員に押されてる気がした。馬鹿にしやがって。


 ふと視線に気付いて振り返ると、教室の入り口に、幼馴染と屋上さんがふたりで立っていた。


「……」


「……あー」


 言葉をなくす。

 デジャビュ。


 やがて屋上さんは、困ったみたいな声音で言った。

 

「……童貞、だもんね」

 

 ……なんというか。

 否定しようのない事実だった





 とりあえず、目下のところ、火急の解決を要するような要件はないのだが、ひとつ考えはあった。

 別に急いで変えるようなものでもないのだけれど、まぁ、今のままよりは、というもの。


 呼び名。

 いつまでも、屋上さん、と呼ぶのもどうか、という気がした。

 なので近々、そのことについての提案をしようと思うのだが、学校に来るたびに、別にこのままでいいんじゃないか、という気になってしまう。


 なにせ彼女は、昼休みのたびに、やっぱり屋上でサンドウィッチをかじっているのだ。

 屋上に続く鉄扉を開ける。彼女はフェンスの近くに座って、サンドウィッチをかじりながらツバメでも探してる。

 今日も今日とて。


 話しかけるわけでもなくその横に座って、彼女と一緒に昼食をとる。

 こういうことをしていると、夏休みの前となにひとつ変わっていないような気がした。


 でもまぁ。

 なんとなく、という幸せ。

 問題があるとすれば、近頃やたら、屋上さんにイニシアチブを握られているというところだ。


「ねえ」

  

 不意に屋上さんが口を開いた。


「キスしよっか」


「え」


 突然なにいってるんだこの人は、と思った。

 ともあれ。

 そこらへんの顛末は、あまり語るべきことでもない。


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